残業は熱砂の国で

芳一

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やってしまった。外で。全裸で。
そういえばヴァシムも全裸だった気がする。という事は、部屋から全裸で追いかけてきたって事…?
馬鹿なんじゃないの、やっぱり。

青空の下、一糸纏わず獣の交尾が如くまぐわった。
しかもあの夜とは違うイき方していた、ように思う。
酸欠状態だったのと終わった後の余韻であまり覚えてはいなかったが、なんとなく漏らしてしまった時と似たような感覚だけが残っていて込み上げる羞恥心と自己嫌悪が凄かった。

食事の前にとヴァシムに案内された風呂場はとにかく広く煌びやかな空間だった。大理石の床に陽光の差し込む天窓、一見すると遊泳場かという造りの巨大な湯槽には赤い花びらが浮かんでいる。
ここにはヴァシムと付き人以外ほかに人はいないらしい。
付き人は女性しか居らず、身の回りの事も彼女たちがするのだとヴァシムは教えてくれたが、着替えや入浴の世話までされるのには驚いた。
ヴァシムのように育てられたのであればそこには何の抵抗もないのだろう。しかしこっちは生粋の日本人で、独り身の寂しい男である。
こんな草臥れたおじさんが女性に着替えも入浴も手伝って貰うなど、とてもじゃないが耐えられない。
それらが仕事である付き人の女性には大変申し訳なかったが、それはもう丁寧にお断りをして一人で入浴させて貰う事にした。

「俺が汚したのだから俺が綺麗にするべきだろう?」
そうしつこく言ってきた元凶の男に至っては勿論全力で拒否しながら。


用意して貰ったお風呂で汗やら何やらを洗い流し、その後は付き人らしき大勢の女性たちに見守られる形でヴァシムと二人少し遅めの朝食を摂った。
サラダやスープにパンといった日本でも目にするものから、聞いたことはないがやたらと煌びやかでこれは食べ物か?というものまで様々用意されていた。
盛り付けは勿論、食器も何処からどう見ても高価なもので、一口分スプーンによそって食べるだけでも手が震えてしまいそうだった。
「どうだトーゴ」
「…そりゃ、こんなに豪勢なものを作って貰って不味いわけがない」
周りの視線と食事の豪華さが気になって正直居心地は悪いが。
誰かに作って貰う料理も誰かのために作られた料理も、どちらも美味しい。
そんな当たり前の事を今になって知るとは思わなかった。
「それは良かったな」
そう言って笑うヴァシムの言葉は、まるで付き人女性たちの労いも含んでいるように思えた。
行動に関しては諸説あるが、少なくとも言葉であればヴァシムという男は褒めるのが上手いのかもしれない。
こんなふうに毎日自分の努力を認めて褒めて貰えたなら、と少しだけ彼女たちが羨ましくなったのは一瞬の気の迷いだったと思う。




「あっ、ぅ…ン、ひんっ」

すべて俺が貰って愛してやろう───そう曰った通り、あの日からずっとヴァシムはこの身体を手放さなかった。
そして毎夜の如く、それはそれはとんでもない誉め殺しを喰らった。
やれ愛らしいだのいじらしいだの専用に拵えたように中の具合が良いだの。最後に関しては褒められているのか疑問だが。
兎にも角にもおじさんに対して凡そ投げかけるものではない言葉をよもや暴力かと言わんばかりに与えられた。
「どうしたトーゴ。今日はまた一段と唆るじゃないか」
「…ッぁ、しら、な…ぃあッ、ぁ、あっ…!」
泣いて嫌がっても全てに対して甘い言葉を囁かれ、危うく男としての矜持がへし折られそうになるのを何とかして毎夜持ち堪える。
だからけして褒められるたびに中を締め付けてヴァシムを喜ばせてしまうだとか、そんな事はない。断じて、絶対に、本当に。

「ん、ふッ、ぅ…っん、んん…ッ」

口付けをされながら胸を刺激されると、頭も体も蕩けそうになるくらい気持ちがいい。
少しの刺激でぷくりと主張し出すそこが女の子のようで恥ずかしいのに、ヴァシムの厚い皮膚で丹念に押し潰されて撫でられると、もっとと強請るように震えてしまうのだから現金なものだった。

「はッ……トーゴ、もっと俺に見せてくれ。お前のすべてを」
「っ、ゔぁ、し む…っあ、ぁ、そこ…あぅ、あ、あ」
ばちばちと視界で星が舞う。
ふと、こんな時なのに以前交わした付き人の女性との会話が頭を過った。


「貿易商会の、トップ」
「そうでございます」

あれはいつかの何でもない日の、夜の帷がすっかり降りた時の事だったと思う。
寝る前に入浴を済ませ宛てがわれた部屋に戻ろうとしたところで付き人女性の一人に「就寝前の準備を」と引き留められた。
元より洗髪後は放置して乾かすタイプの人間だったため、時間をかけて丁寧に髪を梳かされ艶を与えられているというのは何とも居心地が悪かったのを覚えている。
彼女曰く、ヴァシムはこの熱砂の国でも有名な貿易商会のトップの人間であるらしく、昔からその手に入らないものはなかったのだそうだ。

「ヴァシム様に愛されて不幸になる者はおりません」

付き人女性たちも皆ヴァシムに心酔しているようで、どこか確信めいた口調でそう言われた。
ヴァシムの地位と容姿であればそれも当然であろうが、ここまで人生に差があるというのも何とも残酷な話だと思ってしまった。別にヴァシムのようになりたいかと言われるとそれも少し違うのだが。
「トーゴ様もきっとすぐにお分かりになられますかと」
彼女が何故そんな事を言ったのか、その時の自分にはわからなかった。


「ぁ、あ、…ゔぁ、し…ッぁ、ヴァ、シム…っぅ、あ、んん…っ」
「うん?どうした」
優しく髪を梳かすように頭をひと撫でされる。
この手が好きだ。大きくて熱い掌で触れられると心が満たされる。
『ヴァシム様に愛されて不幸になる者はおりません』──そう言うのなら、愛の証の少しくらいその身で感じてみてもいいだろう。

だから。

「中に、出し て」




バチュンッ─────!!
「ひ、あああッあ!?」

電撃が全身に走ったかのような衝撃で奥まで一気に貫かれ、それまで蕩けて落ちかけていた瞼が見開く。

「あっ、あ、あぁッあん、ぁ、なん、で、ッ?あ、ひあッ…」
「お前と…言うやつは…ッ!」
うつ伏せの状態から片足を抱え上げられ肩に担がれたかと思うと、ドチュッドチュッドチュッと容赦なく腹奥目掛けて腰を打ち付けられる。
これまでとは違う角度と挿入の激しさに、快感よりも不安が駆け巡った。

「あ、ぉ、ッおこっ…た、?ッあ、ごめ、あっ、あ、あッ…あっ」

情事中でなければ思いもしないような事を、いい気になって口にしてしまったのがいけなかったか。
ヴァシムに付き従う魅力的な女性たちならいざ知らず、こんなみっともない身体のおじさんが言ったのだから嫌がられて当然だったのかもしれない。
後悔しても遅いけれどあんなお願いするんじゃなかった、とシーツを握りしめる。
けれど一方で理不尽だとも思ってしまった。
だってそうだろう。仕事漬けの毎日だった自分に、何もかもを諦めていた自分に、「もっと欲しいと言って良い」と言ったのはヴァシムだった筈なのに。


「…ッ、トーゴ」
ぐう…とヴァシムが喉奥で唸ったと思うと、少しだけ腰の動きが緩やかになる。
それでも尚、欲を高めてくる肉棒の熱さに声を漏らしていいのか我慢するべきなのか迷ってしまう。
「…いい、我慢しなくて」
見透かしたように言われ、そのまま素直に「あ、ん…っ」と喘ぐ。
その瞬間、ぐんと中のものが大きくなってびくりと肩が跳ねた。
何故このタイミングで…?

「あっ、ぁ、あう、ッお、怒って…な、い…っ?ぁッ…」
「ああ」
伺うようにヴァシムを見上げれば、その眉間には深い皺が寄っていた。
やっぱり怒ってるじゃん…。
「ヴァシ…っ、ンぁあッ──!?」
「お前が」
ヴァシムがこちらに顔を寄せるように上体を倒してきたせいで挿入がより深くなる。
快感の波に耐える暇もなく耳朶に唇を押し付けられ、熱い吐息と共に呟かれた。


「あんまり可愛い事を言うから余裕が無くなった」

人生で聞いたこともないほどに色っぽく熱を帯びた声。
それを発したのは目の前で相変わらず眉間に皺を寄せた──真っ赤な顔の男だった。
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