無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

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【18】閉ざされた世界

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◇◇◇◇

薄暗い教会内、扉の僅かな隙間から外の様子を伺う人影がひとつ。
影の主である青年は、険しい顔付きで外に視線を走らせながらぽつりと呟いた。
「外の連中がいなくなってる…」
独り言にしては大きかったそれを律儀に拾ったのは細身の青年で、協会の長椅子の背凭れに肘を付きながらちらりと扉の方に目を遣った。
「家の中にでもいるんじゃねぇですか?」
「昨日レオンハルトが外の連中と何か話し込んでるのを見た。もしかしたら関係があるかもしれねぇ」
「覗き見がお好きな事で……」
扉を閉め苦々しい顔でこちらへやってくる青年に呆れたように言ってやれば、相手も眉間の皺を深めて「うるせぇな…!」と狂犬が如く噛み付いてくる。
「それだけじゃねぇ。あいつ、聖職者の野郎と一緒にいるらしい」
「…何で知ってんです?そんなこと」
「外の連中から食材を受け取った時に聞いたんだよ。胡散臭そうな男だったってな」
「……へえ?じゃあオルフィスに新しい聖職者サマが来てくれたんでしょうね」
細身の青年はそう言って薄く笑うと背を向けた。

「ハッ…だとしたら今更よく来たもんだよなあ?いいほど俺たちを見殺しにしておいてよ!」
「…ちょっと、静かにしてちょうだい。頭に響くわ」

教会内に凛と響く女性の声に青年二人は会話を止め視線を向けた。
中央に神々しく佇む女神像の下には男女が身を寄せ合うように座っている。煩わしげに目を瞑り額を押さえる女性は見た目だけで言えば儚いが、声には息を飲むような圧がある。
「大丈夫かい、リゼッタ。まったくルドガ、キース。騒ぐなら教会から出ていってくれよ」
「……んだと?」
「煩くしてどーもすみませんね。言われなくても黙りますよ」
リゼッタの背を摩り青年たちに文句を発したのは彼女の夫である。
片やぴくりと眉を釣り上げ、片や小さくため息を吐いて、それでも彼女の癇に障らぬようルドガとキースは声を潜めた。

「………新しい、聖職者様」

ぽつりとまた声がする。
細身の青年──キースのすぐ隣でそう呟いたのは、それまで静かに座っていた少年だった。少年は光を失った瞳でボーッと女神像を見つめている。
「トア?」
「……会ってみたい」
「は?」
トアと呼ばれる少年の言葉に荒々しく反応したのは狂犬のような青年ルドガだ。
「会ってみたいって、まさか聖職者にかよ」
本気か、と咎めるような視線が少年に向かってあちこちから飛んでくる。子供に対してこうもピリつくなど瘴気の影響がなければ有り得ない事だが、それだけ教会内も精神的に余裕が無いのだ。
唯一、教会の外に出ていたキースだけは心情が違っていて、トアの意図を汲むべく話しかけた。
「どうしてまた?」
「だって聖職者様は助けに来てくれたんでしょう?」

───ボクのお母さんも、助けてくれるかもしれない。

トアが小さく放ったその言葉は静かな教会内に酷く重く響いた。
「……」
「馬鹿言えトア。それはな、お前が傷つくだけだ」
「どうして?聖職者様は悪い人なの?」
トアの瞳は変わらず光を失って燻んだままだが、首を傾げて見上げる仕草は無垢な子供のそれだった。それが何とも痛々しいと感じてしまうキースに代わり、ルドガが諭すように言う。

「ああそうだ。オルフィスが駄目になっちまったのも、俺たちが教会に籠んなきゃ行けないのも、トアが母ちゃんに会えないのも、全部聖職者や聖女のせいだ」
「…新しい聖職者様は、お母さんを助けてくれる良い聖職者様かもしれないのに……?」
「だから!その考えがお前を傷つけるって言ってんだ!!」

子供相手故に手は出ないまでも、ルドガの表情も態度も苛立ちが見て取れる。何故わからない、わかってくれない──と眉を寄せるルドガにキースは小さく息を吐いた。
ルドガの言い分は、恐らく以前のキースであれば賛同できるものだったろう。そう、以前であれば。
「……ま、本人を見もしないで言うのもどうかと思いますけどね」
「はあ!?お前まで何言い出すんだよキース!つーか、テメェだってその聖職者の事なんざしらねぇだろ!」
「…どうでしょうね」
知りはしない。だが、何も知らないわけではない。
キースは息を吹き返した馬たちを思い出し、柄ではないなと思いながらもトアに視線を移した。

「……どうしても会ってみたいんです?」
「うん」
「なら俺が付き合ってやりますよ」
「おい、お前ら何勝手に…!!」
ルドガが威嚇するようにダンッと地面を踏めば、再び女神像の方から神経質そうな声が飛ぶ。
「ルドガ、何度も言わせるな。騒ぐならお前も出て行け」
「……チッ!」
ルドガの舌打ちに夫婦のため息が漏れ聞こえた。
キースが長椅子から立ち上がりトアの手を引いて扉へと歩き出せば、背中に視線が突き刺さる。
無言ながらも非難めいたものを感じたキースは仕方なくリゼッタに振り返った。

「別にだからって教会の外に出ちゃいけないわけじゃねぇでしょう?」

ねえ?と聞き返すように顎を向ける。
そんなキースに彼女の細く美しい眉が不快そうに顰められた。
どうして私に聞くの、と言いたげであるがこの教会においては知らず彼女が中心的扱いになってしまっているのだ。
彼女がこの教会から出ようとしない限り、ここにいる者たちはこの場所以外の何処かへ逃げようとは思わないのだろう。ルドガに関してはもはや意地めいたものを感じるし、リゼッタの夫は彼女に付きっきりである。他の者も教会内に篭っているせいで日に日に聖女と聖職者に対する不信感を募らせているし、トアのような無垢さでもなければ思考はそう変わらない筈だ。
教会に篭っている事が本当に正しいかどうかなど、恐らくここにいる者たちにはどうでも良い事なのだ。自分たちが捨て置かれたという恨み辛みを、この閉ざされた世界で共有する事でしか上手く生きられない。だからここに篭って生きている。
逆に言えば生きる意思が無いから外に出ないとも言える。
その世界を作り出してしまった彼女には責任があるとキースは思っているのだが、彼女にそんな自覚はないらしい。

「……そうね、好きにしたらいいと思うわよ」
「リゼッタ、それでいいのかよアンタは!」
「私たちが教会から出るわけじゃないもの」

ふうと息を吐き今度こそ会話する気はないと言いたげに瞼を閉じられては、ルドガも二の句が継げなくなってしまう。
「…ま、教会に無理やり踏み入ってくるようなら俺が追い返してやりますよ」
キースは薄く笑うと再びトアの手を引いて歩き出した。
リゼッタの許可が下りたせいだろう、視線ももう突き刺さってはこない。
「…っ、俺はしらねぇからな。トアがまた傷ついても…!」
扉を開け、教会の外へと踏み出す間際にルドガのどこか必死な声が聞こえた。
あの男は自分と同じ、聖女や聖職者に対し意地を張っているだけだとキースは思っている。傷付く者を見たくないから教会に篭り、目と耳を塞ぎ続けてしまうのだ。
キースのように一歩外へと出ればまた何か違ったのかもしれないが。
(さて、あの聖職者サマはどうするんでしょうねぇ…)
精々頑張って下さいよ、と。普通の聖職者ではできない浄化などという荒技をやってのけた、あの訳の分からない男にキースはあらゆるものを押し付けてやる。
これが聖職者に対する最後の八つ当たりなのだと思えば可愛いものだろう。


バタン───と重々しく教会の扉が閉まる。

「…大丈夫かい、リゼッタ」
「ええ。ありがとう、あなた」
夫の肩に身を委ねるリゼッタの表情には疲れが見えた。深く息を吐き、彼女の視線が閉じた扉の方へと向く。
その瞳はまるで氷のように、どこまでも冷たい。

「…人間と関わるのって、あの子と一緒にいるみたいで疲れるわね」
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