無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

文字の大きさ
25 / 47

【25】無意味

しおりを挟む
グリファートは冷たくなった指先を握り込んだ。
きっと教会に篭っている人々とグリファートとの溝は深い。
喪った者にしかその哀しみが理解できないように、どうしたって埋められない感情はある。
だからこれは、ルドガたちにとってはグリファートの傲慢な懇願でしかないのだ。

「……信じてくれとは言わない。今さら信じて欲しいとも願わないよ」
「………」
「でも。君や、オルフィスの人たちが許してくれるなら」

どうかオルフィスを救わせてほしい。

そう思いを告げようとしたと同時、教会奥の扉が音を立てて開いた。
中から出てきた存在にグリファートたちの視線が集まる。
途端、ピリッとした空気が肌を伝わりグリファートは思わず呼吸を止めた。

衣擦れの音ひとつ立ててはいけないような緊張が走る。視線が釘付けになる。瞬きをする事さえ躊躇われる。


「うるさい人たち。だから嫌だったのよ、人が集まるのは………」

ため息と共に吐き出された女性の声は特段低いというわけでもないのに、鉛のように重く静かに響き渡った。




男性に付き添われるように女神像の前までやってきた女性は、煩わしいという感情を隠しもせず気怠げな視線をこちらに向けた。
彼女の肩を気遣うように抱いている男性の雰囲気から察するに夫婦、だろうか。
「リゼッタ……」
ルドガは呟くと居心地悪そうに視線を逸らした。
リゼッタと呼ばれた女性は威圧感と支配力があるような、不思議な空気を纏っている。
ルドガもキースもトアも、レオンハルトでさえ口を開くのが憚られるような重圧がそこにはあった。
ひたり、と首元にナイフを突きつけるような視線をグリファートに向けたリゼッタは、口元だけでにこりと笑む。

「お優しい聖職者様、わざわざこんなところまで私たちを心配して来てくれてありがとう。それに、浄化もしてくださったんですってね?優秀で素晴らしいこと」

何だこの感じは。
グリファートは知らずごくりと唾を飲んだ。
「けれどごめんなさいね。わたしたちはあなたや獅子様たちのように強く生きるのが難しい、無力で無能な人間なの」
悪意でも拒絶でも疑心でも威嚇でもない。彼女が放つこれは────…

「どうか私たちのことはそっとしておいてくださいな」

無関心。彼女の態度を一言で表すならそれだ。
誰かに対してだけではなく、ありとあるゆるものを───言ってしまえば生きている事さえも煩わしく感じているような。

「…聖職者様、あの夫婦は」
グリファートのそばにやってきたレオンハルトが耳打ちをする。最後まで聞かずとも、レオンハルトのなんとも言えない表情を見て察してしまった。
彼らが、ロビンの両親なのだと。

リゼッタの視線はいつの間にかグリファートから外れ、興味なさそうに外方へ向いている。
その態度がまるでロビンに対する表れのようにも思えてしまい、グリファートは自分でもわかるくらいに顔を険しくしてみせた。
「…悪いけど、放っておくつもりはないよ」
「あら、どうして?」
「親なら気持ちは分かるんじゃない?」
「親?………ああ、聖職者様はあの子の事を知っているのね」
その言葉さえも他人事のように、無関心に言ってのける。
わざとそうしているのではないとわかってしまうのがいっそ恐ろしい。彼女には親という仮面を取り繕う気配すらないのだ。

「私たち、あの子に興味がないの。聖職者様はきっと人間ができてらっしゃるから、こんな事を言っても理解してくださらないのでしょうけど。魔力も知恵も、何ひとつ秀でていないあの子が生まれてきて、わたしたちは心底失望したんです」

ふうとため息を吐くリゼッタに、グリファートは信じられないものを見るような視線を送るしかなかった。
人間ができているできていない以前に、それは母親としてあるまじき物言いだ。理解できるわけがないし、理解したくもなかった。
「ああ。神に誓って言えますけど、私たちはあの子に手を上げたりなんてしてませんよ。ただ、優秀ではないあの子を愛せなかった。それだけのこと」
「それだけのことって……優秀だろうとそうでなかろうと、」
「大事な子供、ですか?ええ、そうですね。優秀な聖職者様はやはりそう仰いますのね」
リゼッタはそう言うとグリファートに再び視線を向けた。
それと同時にレオンハルトが一歩前へ出る。突然視界を遮られたグリファートが驚いてレオンハルトを見上げる中、リゼッタはただ口元に笑みを浮かべただけだった。

「あら…どうなさったの獅子様。せっかく楽しくお喋りをしているところだったのに、そんなふうに背中に守られては聖職者様の美しいお顔が見えないわ」
「リゼッタ、アンタはもう少し自分の言葉の重さに責任を持つべきだ」
「責任なら持っていますわよ。私は本当に思っている事しか口にしないわ」

くすくす、と笑うリゼッタの表情はレオンハルトの背によって見えないが、きっと彼女はその言葉通り、悪意なく興味なく思ったままを口にしているのだろう。
それがわかってしまうからこそ、グリファートは嫌な予感に胸が重くなる。

「何の魅力もない、育ててもきっと何の価値にもならないだろうあの子をどうして愛する必要があるのかしら。だって平凡な子なんて他の誰かがいれば替えが利いてしまうのよ?『あの子』である必要がない。誰でもいい、誰でもできる事、じゃ意味がないの。どこに行ったって何をしたって、『あの子』が必要とされる事はないわ」
「リゼッタ」
「私はそんなあの子を見ていると、疲れるの。惨めになるの。いらなくなってしまうの」
レオンハルトが言葉を制するように口を挟むが、無情にも彼女の声は空気を伝い鼓膜を揺らした。


「必要とされないって、『無意味』って事なのよ」

リゼッタの声が途端鋭く低くなる。
その言葉はレオンハルトの背後にいるグリファートへと、真っ直ぐに向けられているようだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~

液体猫(299)
BL
毎日投稿だけど時間は不定期   【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸にクリスがひたすら愛され、大好きな兄と暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスは冤罪によって処刑されてしまう。  次に目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。    巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過保護な兄たちに可愛がられ、溺愛されていく。  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで新たな人生を謳歌する、コミカル&シリアスなハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。 ⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!

【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~

志麻友紀
BL
「婚約破棄の慰謝料だが、三十六回払いでどうだ?」 聖フローラ学園の卒業パーティ。悪徳の黒薔薇様ことアルクガード・ダークローズの言葉にみんな耳を疑った。この黒い悪魔にして守銭奴と名高い男が自ら婚約破棄を宣言したとはいえ、その相手に慰謝料を支払うだと!? しかし、アレクガードは華の神子であるエクター・ラナンキュラスに婚約破棄を宣言した瞬間に思い出したのだ。 この世界が前世、視聴者ひと桁の配信で真夜中にゲラゲラと笑いながらやっていたBLゲーム「FLOWERS~華咲く男達~」の世界であることを。 そして、自分は攻略対象外で必ず破滅処刑ENDを迎える悪役令息であることを……だ。 破滅処刑ENDをなんとしても回避しなければならないと、提示した条件が慰謝料の三六回払いだった。 これは悪徳の黒薔薇と呼ばれた悪役令息が幸せをつかむまでのお話。 絶対ハッピーエンドです! 4万文字弱の中編かな?さくっと読めるはず……と思いたいです。 fujossyさんにも掲載してます。

夫婦喧嘩したのでダンジョンで生活してみたら思いの外快適だった

ミクリ21 (新)
BL
夫婦喧嘩したアデルは脱走した。 そして、連れ戻されたくないからダンジョン暮らしすることに決めた。 旦那ラグナーと義両親はアデルを探すが当然みつからず、実はアデルが神子という神託があってラグナー達はざまぁされることになる。 アデルはダンジョンで、たまに会う黒いローブ姿の男と惹かれ合う。

氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

黄金 
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻! だったら離婚したい! ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。 お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。 本編61話まで 番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。 ※細目キャラが好きなので書いてます。    多くの方に読んでいただき嬉しいです。  コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。    

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw

ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。 軽く説明 ★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。 ★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。

【本編完結】完璧アルファの寮長が、僕に本気でパートナー申請なんてするわけない

中村梅雨(ナカムラツユ)
BL
海軍士官を目指す志高き若者たちが集う、王立海軍大学。エリートが集まり日々切磋琢磨するこの全寮制の学舎には、オメガ候補生のヒート管理のため“登録パートナー”による処理行為を認めるという、通称『登録済みパートナー制度』が存在した。 二年生になったばかりのオメガ候補生:リース・ハーストは、この大学の中で唯一誰ともパートナー契約を結ばなかったオメガとして孤独に過ごしてきた。しかしある日届いた申請書の相手は、完璧な上級生アルファ:アーサー・ケイン。絶対にパートナーなんて作るものかと思っていたのに、気付いたら承認してしまっていて……??制度と欲望に揺れる二人の距離は、じりじりと変わっていく──。 夢を追う若者たちが織り成す、青春ラブストーリー。

処理中です...