ヘイの物語

玉露

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プロローグ

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ご飯はごみを漁って食べる。



そうやって生きていかなければ生きていけない世界最大のスラム街・ヘチカ。



この国の人間だけでなく、世界中からの貧民が集まり、この大きなスラム街は誕生した。


街は簡素なあばら屋が多く、このヘチカに普通の家はない。



「ヘイ、どうしたんだい?」




ヘイと呼ばれる少年があばら屋から出ると右目を隠した老婆・テハに話しかけられた。




ヘイは話せない。


先天性なのか後天性なのかはわからないが、彼は声を発することができなかった。



ヘイは老婆の手を握った。



「そうかいそうかい、今日も海に行くんだね。気を付けるんだよ。外には魔物がたくさんいるからね。」



テハはそういうとヘイの手を撫でた。




彼女はヘイの育ての親である。



テハは海に置き去りにされていたヘイを連れてヘチカにやってきたのだ。


ヘイはテハに手を振り、握った手を解いて、海へ向かう。


テハに立派な貝を食べさせたい一心で。




「ヘイ、今日も海かい?」




海を目指していると幼馴染みのショウが話しかけてきた。



ヘイは彼の言葉に頷く。



「僕も良いかい?」



ショウの言葉にヘイは頷いた。



ショウは器用で貝殻で耳飾りなどを作っては売っている。



売り上げが良いときはヘイにご飯をくれたりするのでショウは大切な仲間だ。



そんなこんなで海辺に着いた。



「さぁ今日もがんばるぞ!」



ショウはそういうと貝殻を集め始めた。


ヘイは貝を集めるために浅瀬に入る。



ここ最近、テハが咳き込み良いものを食べさせてやりたかった。



日が傾き、夜の帳が落ちて来る頃、それは突然流れてきた。




「ヘイ、あれなんだろう?」



ショウは海の方を指す。



ヘイはそちらを向くと何か小さな物が流れてきた。



ヘイはそれを拾う。



「それワインボトルじゃないか?」



漂流物の正体ははワインが入っている緑の瓶だった。



ショウも浅瀬にやって来て、瓶の中身を確認する。




「おかしいな中に白いものが入ってるぞ?」



緑色の瓶の中には白っぽいものが入っていた。



「ヘイ、それ中はカビ生えてんのかな?」



ショウは身震いしているが、ヘイは構わず、瓶を開けるが、なかなかコルク栓が開かない。



「ヘイ、開けるのか!?」


ショウが悲鳴を挙げる。


ヘイは開かないことに腹を立て、岸に上がった。


ショウも着いてきた。

手頃な石を見つけるとそれを瓶をコルク栓に目掛けて振り下ろした。


見事に割れ、その中身を出した。


出てきたのは洋紙だった。



「紙かよ…食えねぇ」


ショウは肩を落とすが、ヘイは始めてみる洋紙に釘付けだった。



「ヘイ、もしかして洋紙を見るのは初めてか?」



ヘイは頷く。




「そうか、それには文字が書いてあるんだろう。テハに見せたらどうだ?」



テハは文字が読める。



ヘイはその洋紙を握りしめ、瓶を抱えて、テハの元へとかける。



「おい待てよ、ヘイ!」



ヘイの獲物(貝)を持って、シュウも続く。




パタパタ…


「おやおや、随分と騒がしいな。」



テハのあばら屋に着くとテハは火をくべていた。


ヘイはテハに近づき、洋紙を差し出す。


「テハ、これ…海岸で見つけたんだ。」


ヘイの代わりにテハへ後からやってきたシュウが説明する。



「手紙?どこから?」



テハはヘイから差し出された洋紙を開ける。


海岸で見つけた瓶もヘイはテハへ差し出した。



瓶を見るなりテハは顔色を変えた。



「ヘイ、シュウ。これを見つけたとき、周りに人はいなかったか?」



「わかんない。周り暗くなりなり始めてたから…。」



シュウはそう答え、ヘイは首を振る。



「そうか、ヘイ。日が昇る前にここを出よう。」


テハはそういうと黙って洋紙を見る。



「テハ?」



シュウは不安そうにテハを呼んだ。



「シュウも良かったら来るか?」



シュウは戸惑っていた。



シュウに親はいない。



しかし、親の墓がこの街の外れにあるのだ。



「ここを出る訳を教えてよ。」




「それは言えない。」



洋紙から目を離さず、テハは答えた。




「ヘイ…。」



シュウはヘイに助けを求めるが、ヘイは話すことができない。



ヘイは首を振った。




「シュウ。とりあえず、今日はここで寝なさい。」



それだけ言うとテハは鍋に水を入れて火にかけた。



「今日は上々じゃないか?」



シュウが持ってきたヘイの獲物を見るなり、テハは話を切り替えた。



ヘイは嬉しくなり、俯く。




ホウケ貝という大きい貝が落ちていた。



「さぁ、焼いて食べようかね。」


ホウケ貝はかなり殻が厚く、火に直接入れなければ死なないので、そのまま火の中にテハは入れる。



「よく焼いて食べよう。」



テハは念入りに焼いてヘイとショウに食べさせた。


テハ少し摘まむだけ。



ヘイは怒り、自分のところにある余分な貝をテハの口に入れた。



「ヘイ、それはお前のだ。」



ヘイは首を振る。




「優しくしてくれるのはありがたいが、今はそれどころではない。」




テハの言っていることを理解できていないヘイは益々怒った。



テハはため息をつく。


「では、食べ終わったか?寝るぞ。日は早い。」



そういうとテハはその場に寝転んだ。




ヘイは少し怒っていたが、その場に寝転んだ。



ショウは何かを考え込んでからその場に寝転んだ。



そして、夜が明ける少し前に金属が擦れた音が聞こえた。



カシャンカシャン



聞きなれない音にヘイは目を開ける。



「ヘイ。」



ヒソヒソと話しかけたのはテハだった。




テハは床の一部の瓦礫を退けると木の板があり、それを外すと道があった。



「ショウ、起きな。」



ヘイはテハのその言葉でショウを揺さぶった。




「ん?」



「しー。」



ショウはテハとヘイの様子でどこかおかしいと感じたらしい。



「ここから出よう。」



瓦礫の下の道を行くと言うのでテハが先に入った。



それにヘイとショウは続いた。




「テハ?」



「お黙り。」



テハはそれだけ言うと、ショウは黙った。


一本道をただひたすら歩き続けた。




「もうすぐ海だ。」



潮の匂いと涼風が体を撫でる。




そこは入江だった。


ヘイもショウもヘチカを色々と遊び回ったが、入り江があるなんて知らなかった。


二人は顔を合わせ、テハを見る。



「さぁあの船に乗ろう。」



入り江に着けてある小舟を指差して、テハはそう言った。





「そうは行きませんよ。テハ様。」




冷たい声が後ろからした。




その声の主の方を向くと全身を被う白いローブの男が立っていた。




「シュバ、貴様なぜ?」



「お遊びはそこまでです。」




そういうと手を前に出し翳してきた。




その手にヘイは飛び付く。



「なっ!」



シュバと呼ばれた男は驚き、手を引っ込めるが、間に合わずその腕に飛び付いたヘイは腕を噛んだ。




「ヘイ!」


テハは叫ぶが、ヘイはテハを逃がさなければと必死にその腕にしがみつき、噛みつく。




「テハこっち!」



ヘイの意思を汲み取り、テハの手を引いて、ショウは小舟に向かうが、その行く手を真っ黒のローブを来た男に阻まれ、止まった。



「テハ様。」



その声にテハは何かを諦めたように項垂れた。



「ヘイ、およし。」




その声にヘイは噛みつくのを止め、腕から手を離した。





「では参りましょう。」



「待て!こども達を…!」




「連れていきますよ。貴方の急所と知った今。」



その声と同時にヘイの腹部に衝撃が走った。






そこからヘイには記憶がない。






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