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エピソード14 魔王がやらねば誰がやる
魔王と危機と救い
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「ぐ……!」
イキビト二号が至近距離で放った光球雷起呪術を間一髪のところで避けたギャレマスは、低い唸り声を上げながら右の脇腹を押さえた。
ローブの上から傷口に当てた左掌に伝わる、冷たく固い氷の手触りとは違うぬらついた液体の感触に、ギャレマスは僅かに顔を顰める。
どうやら、蓋をしていた氷が時間経過とともに溶け始めた事で、塞がっていた傷口が再び開いてしまったようだ。
それに伴って、一旦は完全に消えていた痛みと出血も、徐々に酷くなってきている。
(くっ……。これでは、今までのようには戦えなくなるな……)
痛みは我慢できない事も無いが、出血の方はそうもいかない。出血量が多くなればなるほど、生きているギャレマスのフィジカルコンディションは悪化していく。
その上、傷口の痛みをどれだけ我慢しようとも、完全に感じなくなる訳ではない。だから、無意識に痛みを避けようとして、どうしても傷を庇うような動きを取ってしまうし、常に神経を苛む痛みによって集中力を乱され、放つ術や技の精度も落ちてしまう……。
イキビト二号と激しく戦う中で、ギャレマスはその事を文字通り“痛感”していた。
(それに比べて、ガシオ様の方は……!)
ギャレマスは、すかさず間合いを詰めてきたイキビト二号が繰り出してくる鉄拳……もとい“雷拳”を、必死に真空の大剣で捌きながら、心の中で秘かに愚痴を吐く。
(余と違って痛みを感じぬから、余がいくら有効打を放とうと怯ませる事が出来ぬし、攻撃のキレも一切衰えぬ……。これでは、時が移れば移るほど、余が不利になるばかりだ……)
そんなネガティブな事を考えながらも、彼は積極的に攻勢へ出た。
そして、相手が僅かに生じた隙を逃さず振るった真空の大剣の切っ先が、イキビト二号の腹を深く裂いた。
イキビト二号は、ぱっくりと開いた腹の傷から赤黒い血を噴きながら、そのまま仰向けに倒れる――。
当然、普通の敵なら、その一撃で勝負がついた――はずだった。
――だが、今の相手は、普通ではない。
「……くっ! やはりダメか!」
ギャレマスは、腹に受けた傷など意に介さぬ様子のイキビト二号が起き上がりざまに放った雷撃弾を躱しながら、悔しそうに舌打ちした。
その次の瞬間、彼の顔が激痛で引き攣る。
「痛う……っ! 傷口が……」
ギャレマスの脇腹の傷は、イキビト二号の攻撃を無理な体勢で躱したせいで、完全に開いてしまった。
砕け散った氷片の冷たさと、噴き出す鮮血の温かさを同時に感じながら、ギャレマスはたまらず膝をつく。
イキビト二号は、そんな彼を白濁した目で見下ろしながら、両手を勢いよく打ち合わせた。
『イカズチアレ……』
そのしわがれた詠唱に呼応して、彼の右拳がたちまちの内に分厚い雷膜で覆い尽くされる。
イキビト二号は、雷光で青白い光を放つ右拳を大きく振りかぶった。
その狙いは、目の前で荒い息を吐いているギャレマスの頭――!
『スタ・ンガ・ン』
抑揚の乏しい声と共に、イキビト二号が振り下ろした拳は、不気味な風切音を上げながら、無防備に垂れたギャレマスの頭に炸裂した――かに見えたその寸前、
「――聖鎖法術!」
唐突に上がった艶っぽい女の声と共に金色に輝く鎖が飛来し、イキビト二号の身体に何重にも巻きついた。
『……』
「……なっ?」
「なにッ?」
黄金の鎖に拘束されたイキビト二号を目の当たりにして、対峙していたギャレマスと、彼らから離れた場所で戦いを傍観していたマッツコーが驚愕の声を上げる。
「エ――」
ギャレマスは、声を上ずらせながら振り返り、鎖の主の名を叫んだ。
「――エラルティス!」
「フンッ! 情けないツラでわらわの名を呼ばないで下さいまし! 耳が穢れますわ」
ギャレマスが上げた声に、聖女エラルティスは露骨に顔を顰めてみせる。
そんな彼女に向けて、動揺を隠せぬ様子のマッツコーが上ずった声をかけた。
「あ、アナタは……聖女ちゃんっ? アナタの気配なんて、これっぽっちも感じなかったのに……一体どうやってこんな近くまで?」
「……己だ」
「ちっ……そうか、ネクラちゃんが……!」
マッツコーは、ここでようやく聖女の横に無言で佇んでいた陰密将の姿を見止め、悔しげに舌打ちする。
「ネクラちゃんの影の薄さで、聖女ちゃんの気配を消したのね。……さっき陛下ちゃんを襲った時と同じ手で……!」
「そういう事だ」
「おーっほっほっほっ! 森羅万象に愛されしわらわの完璧な作戦が、見事にハマりましたわね!」
小さく頷くアルトゥーとは対照的に、聖鎖を握りながら勝ち誇るエラルティス。
マッツコーは、そんな彼女の高笑いに、思わず渋面を浮かべて歯噛みをした。
一方のギャレマスは、目の前で聖鎖に囚われて身じろぎも出来ぬイキビト二号を一瞥すると、満面に安堵の表情を浮かべながら、ドヤ顔の聖女に声をかける。
「正直助かったぞ、エラルティス。まさか、お主に危機を救われる日が来ようとは――」
「気ッ色悪い誤解してるんじゃありませんわよ! このヘボクソ魔王!」
礼を言うギャレマスの言葉を遮るように声を荒げたエラルティスは、嫌悪の感情を微塵も隠さぬ目を向けながら、険しい声で言葉を継ぐ。
「正直わらわは、あなたがあのまま焼き殺されようが殴り殺されようが斬り殺されようが射殺されようがどーでも良かったんですけど、『このままじゃ取り返しがつかなくなる』と言われたから、イヤイヤ介入して差し上げただけですのよ! あなたの為なんかじゃこれっぽっちも無いんですから、くれぐれも思い上がらぬように。いいですわね!」
「と……取り返しがつかなくなると言われた……だと?」
エラルティスの言葉に、ギャレマスは怪訝な顔をして首を傾げた。
「はて……? そのような事、誰に言われたというのだ? ……ヴァートス殿か?」
「フンッ! 全然違いますわよ!」
ギャレマスの問いかけに、エラルティスは鼻で嗤いながら頭を振る。
「神に選ばれし聖女たるわらわが、なんであんなしょぼくれたエルフのジジイなんかの言葉で動かなければいけませんのよ? ……まあ、正当で充分な報酬に希少な宝物がおまけで付いてくるのなら、話は別ですけど」
「……」
そう言ってにんまりと笑うエラルティスに顔を引き攣らせたギャレマスは、気を取り直して訊ね直した。
「じゃあ……一体誰なのだ? 言葉ひとつでお主を動かしたのは? ――まさか、お主ら人間族たちの神だとでも言うつもりか?」
「ふふ……近いですけど、ちょっと違いますわね」
ギャレマスの言葉にそう答えたエラルティスは、意味深にほくそ笑む。
そして――おもむろに指をこちらに突きつけた。
「それは、他でもない……神よりも更に高次の存在――この世界の万物を生み出した創造主ですわ!」
イキビト二号が至近距離で放った光球雷起呪術を間一髪のところで避けたギャレマスは、低い唸り声を上げながら右の脇腹を押さえた。
ローブの上から傷口に当てた左掌に伝わる、冷たく固い氷の手触りとは違うぬらついた液体の感触に、ギャレマスは僅かに顔を顰める。
どうやら、蓋をしていた氷が時間経過とともに溶け始めた事で、塞がっていた傷口が再び開いてしまったようだ。
それに伴って、一旦は完全に消えていた痛みと出血も、徐々に酷くなってきている。
(くっ……。これでは、今までのようには戦えなくなるな……)
痛みは我慢できない事も無いが、出血の方はそうもいかない。出血量が多くなればなるほど、生きているギャレマスのフィジカルコンディションは悪化していく。
その上、傷口の痛みをどれだけ我慢しようとも、完全に感じなくなる訳ではない。だから、無意識に痛みを避けようとして、どうしても傷を庇うような動きを取ってしまうし、常に神経を苛む痛みによって集中力を乱され、放つ術や技の精度も落ちてしまう……。
イキビト二号と激しく戦う中で、ギャレマスはその事を文字通り“痛感”していた。
(それに比べて、ガシオ様の方は……!)
ギャレマスは、すかさず間合いを詰めてきたイキビト二号が繰り出してくる鉄拳……もとい“雷拳”を、必死に真空の大剣で捌きながら、心の中で秘かに愚痴を吐く。
(余と違って痛みを感じぬから、余がいくら有効打を放とうと怯ませる事が出来ぬし、攻撃のキレも一切衰えぬ……。これでは、時が移れば移るほど、余が不利になるばかりだ……)
そんなネガティブな事を考えながらも、彼は積極的に攻勢へ出た。
そして、相手が僅かに生じた隙を逃さず振るった真空の大剣の切っ先が、イキビト二号の腹を深く裂いた。
イキビト二号は、ぱっくりと開いた腹の傷から赤黒い血を噴きながら、そのまま仰向けに倒れる――。
当然、普通の敵なら、その一撃で勝負がついた――はずだった。
――だが、今の相手は、普通ではない。
「……くっ! やはりダメか!」
ギャレマスは、腹に受けた傷など意に介さぬ様子のイキビト二号が起き上がりざまに放った雷撃弾を躱しながら、悔しそうに舌打ちした。
その次の瞬間、彼の顔が激痛で引き攣る。
「痛う……っ! 傷口が……」
ギャレマスの脇腹の傷は、イキビト二号の攻撃を無理な体勢で躱したせいで、完全に開いてしまった。
砕け散った氷片の冷たさと、噴き出す鮮血の温かさを同時に感じながら、ギャレマスはたまらず膝をつく。
イキビト二号は、そんな彼を白濁した目で見下ろしながら、両手を勢いよく打ち合わせた。
『イカズチアレ……』
そのしわがれた詠唱に呼応して、彼の右拳がたちまちの内に分厚い雷膜で覆い尽くされる。
イキビト二号は、雷光で青白い光を放つ右拳を大きく振りかぶった。
その狙いは、目の前で荒い息を吐いているギャレマスの頭――!
『スタ・ンガ・ン』
抑揚の乏しい声と共に、イキビト二号が振り下ろした拳は、不気味な風切音を上げながら、無防備に垂れたギャレマスの頭に炸裂した――かに見えたその寸前、
「――聖鎖法術!」
唐突に上がった艶っぽい女の声と共に金色に輝く鎖が飛来し、イキビト二号の身体に何重にも巻きついた。
『……』
「……なっ?」
「なにッ?」
黄金の鎖に拘束されたイキビト二号を目の当たりにして、対峙していたギャレマスと、彼らから離れた場所で戦いを傍観していたマッツコーが驚愕の声を上げる。
「エ――」
ギャレマスは、声を上ずらせながら振り返り、鎖の主の名を叫んだ。
「――エラルティス!」
「フンッ! 情けないツラでわらわの名を呼ばないで下さいまし! 耳が穢れますわ」
ギャレマスが上げた声に、聖女エラルティスは露骨に顔を顰めてみせる。
そんな彼女に向けて、動揺を隠せぬ様子のマッツコーが上ずった声をかけた。
「あ、アナタは……聖女ちゃんっ? アナタの気配なんて、これっぽっちも感じなかったのに……一体どうやってこんな近くまで?」
「……己だ」
「ちっ……そうか、ネクラちゃんが……!」
マッツコーは、ここでようやく聖女の横に無言で佇んでいた陰密将の姿を見止め、悔しげに舌打ちする。
「ネクラちゃんの影の薄さで、聖女ちゃんの気配を消したのね。……さっき陛下ちゃんを襲った時と同じ手で……!」
「そういう事だ」
「おーっほっほっほっ! 森羅万象に愛されしわらわの完璧な作戦が、見事にハマりましたわね!」
小さく頷くアルトゥーとは対照的に、聖鎖を握りながら勝ち誇るエラルティス。
マッツコーは、そんな彼女の高笑いに、思わず渋面を浮かべて歯噛みをした。
一方のギャレマスは、目の前で聖鎖に囚われて身じろぎも出来ぬイキビト二号を一瞥すると、満面に安堵の表情を浮かべながら、ドヤ顔の聖女に声をかける。
「正直助かったぞ、エラルティス。まさか、お主に危機を救われる日が来ようとは――」
「気ッ色悪い誤解してるんじゃありませんわよ! このヘボクソ魔王!」
礼を言うギャレマスの言葉を遮るように声を荒げたエラルティスは、嫌悪の感情を微塵も隠さぬ目を向けながら、険しい声で言葉を継ぐ。
「正直わらわは、あなたがあのまま焼き殺されようが殴り殺されようが斬り殺されようが射殺されようがどーでも良かったんですけど、『このままじゃ取り返しがつかなくなる』と言われたから、イヤイヤ介入して差し上げただけですのよ! あなたの為なんかじゃこれっぽっちも無いんですから、くれぐれも思い上がらぬように。いいですわね!」
「と……取り返しがつかなくなると言われた……だと?」
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ギャレマスの問いかけに、エラルティスは鼻で嗤いながら頭を振る。
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「……」
そう言ってにんまりと笑うエラルティスに顔を引き攣らせたギャレマスは、気を取り直して訊ね直した。
「じゃあ……一体誰なのだ? 言葉ひとつでお主を動かしたのは? ――まさか、お主ら人間族たちの神だとでも言うつもりか?」
「ふふ……近いですけど、ちょっと違いますわね」
ギャレマスの言葉にそう答えたエラルティスは、意味深にほくそ笑む。
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