雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

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エピソード16 魔王と円卓の勇士たち

魔王と妻と娘たち

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 『…………た……なた……』
『ん……?』

 ギャレマスは、微かに聴こえてくる優しい声に気付き、目を瞑ったまま身じろぎをした。
 ……どうやら、自分は横になっているらしい。とても安らかな空気に全身が包まれていて、心地よい気分だ。
 特に、頭が乗っている枕は程よい弾力で、その上、後頭部から伝わる温もりは何とも言えない懐かしさを感じさせる。
 ……その上、この鼻をくすぐる仄かな香水の香り……なぜだろうか、どこかひどく懐かしく……そして、とても寂しくて……。
 目を閉じたまま、不思議な気持ちに戸惑いを覚えるギャレマス。
 その耳に、再びあの優しい声が、さっきよりもはっきりとして届いた。

『……なた。あなた……』
『――っ!』

 その声――聞き間違えようもはずの無い、最愛の女性ひとの囁き声に、ギャレマスはハッと息を呑みながら目をカッと開く。
 そして、紅玉の如き瞳で自分の顔を上から覗き込んでいる赤髪の美しい女性の顔を見るや、上ずった声で名を呼んだ。

『ルコーナ……!』
『……おはようございます、あなた』

 夫の顔を上から見下ろしながら、彼女――ルコーナ・ギャレマスは優しく微笑みかけた。
 その魅惑的な微笑に、ギャレマスも頬を緩めかけるが、ハッと我に返って、慌てて跳ね起きる。
 そして、後頭部に残る温もりから、自分が彼女に膝枕されていた事に気付いた彼は、反射的に身を起こしてしまった事をちょっぴり後悔しつつ、おずおずと問いかけた。

『ルコーナ……これは夢か……幻か……?』
『……』

 夫の問いに、ルコーナは困ったように首を傾げる。
 そんな彼女の反応を見たギャレマスは、ある可能性に思い当たって、呆然とした顔をした。

『まさか……余は死んだのか? だから、お主が余の魂を迎えに――?』
『……あなた、それは――』
『い、いや! そ、そんな事よりもッ!』

 何か答えようとしたルコーナの声を遮るように、ギャレマスは一際大きな声で叫んだ。
 その顔がみるみる青ざめる。

『余がここあの世に居るという事は、サリアは……ツカサは――』
『――安心して下さい、あなた』

 オロオロと狼狽えるギャレマスを落ち着かせるように微笑みかけてみせたルコーナは、静かに首を左右に振った。

『ここはあの世でも無ければ、あなたも死んでなんかいませんよ。――あのも』
『……え?』

 ルコーナの言葉に目を丸くしながら、ギャレマスは妻が指さした方向に顔を向けた。

『あ……!』

 そこには――、
 ふたりの少女――ルコーナに面立ちが良く似た赤毛の少女と、気の強そうな黒髪の少女が並んで横たわり、すやすやと安らかな寝息を立てていた。
 彼女たちの顔を見たギャレマスは、思わず目を潤ませながら、その名を呼ぶ。

『さ……サリア! ……と、その黒髪の娘は……まさか――』
『……ええ』

 上ずったギャレマスの言葉に小さく頷いたルコーナは、ゆっくりと立ち上がって、ふたりの元に行って膝をついた。
 そして、乱れた毛布をかけ直してあげながら、愛しげに彼女たちの顔を見つめる。

『その通りです』

 そう答えながら、彼女は手を伸ばし、ふたりの娘の頬を優しく撫でながら言葉を継いだ。

『サリアとツカサ……大切な、私たちの子たちです』

 サリア……そしてツカサに向けた眼差しは、愛しい娘たちに対する母親のそれだった。
 そんな妻を見て、柔らかな微笑みが浮かべたギャレマスも、ふたりの娘たちへ歩み寄って膝をつき、ふたりの髪にそっと触れると、大きく頷く。

『そうだな。ふたりとも、かけがえのない余の……いや、の娘だ』
『はい……』

 ギャレマスの言葉に、ルコーナも満面の笑みで頷き返した。
 ――と、

「……か! ……いかぁ!」
『む……!』

 どこからか聴こえてきた、微かな金切り声を耳にし、ギャレマスはハッと目を上げる。

『あの声は……?』
『あなた……』

 そんな夫に、ルコーナは少し寂しそうな微笑みを浮かべながら声をかけた。

『行ってあげて……いえ、帰ってあげて下さい。の元に……』
『ルコーナ……』

 彼女の言葉に、ギャレマスは迷うように口ごもる。

『だが……俺はまだ、ここでお前と――』
『…………ここは、まだ生きている人が長居していいところではありません』

 夫の言葉に、ルコーナはキュッと唇を噛んでから、小さく首を横に振った。
 そして、無理矢理拵えた事がありありと解る表情を浮かべながら、僅かに震える声で言葉を継ぐ。

『……私は、大丈夫。だから、あなたは――』
『俺は――大丈夫ではないっ!』

 ギャレマスは、ルコーナの言葉を遮るように叫ぶと、彼女の身体をひしと抱きしめた。

『俺は……寂しい! お前が……お前が俺の横からいなくなってから……ずっと! せっかく会えたのに……もう、お前と離れたくない!』
『ふふ……何をおっしゃっているのですか』

 ルコーナは、ギャレマスに抱きしめられたまま、ニコリと微笑む。
 そして、その紅玉のような美しい瞳で夫の顔を真っ直ぐに見つめた。

『……私は、いつでも一緒ですよ』

 そう言って、彼女は白魚のような指で彼の胸を指さす。

『ここで――あなたの胸の中で、いつでもあなたとサリア……そして、ツカサの事を見守っています』
『ルコーナ……』
『……だから、心配しないで下さい。私はずっと幸せでしたし、きっとこれからもずっと幸せです。――あなたが、私の事を忘れない限り』
『忘れるものか!』

 ギャレマスは、ルコーナの言葉に激しくかぶりを振った。

『絶対に忘れる事などあるものか! 俺の心臓が止まるその日まで……きっと!』
『……嬉しいです、あなた』

 毅然と言い放ったギャレマスの言葉に、ルコーナの頬を一筋の涙が伝い落ちる。
 そして、夫の顔をじっと見つめながら、僅かに震える声で言った。

『その言葉だけで、私は満足です。だから――』
『……だから?』
『……これからは、私と同じくらいあなたを愛しているあの子の事を、私と同じくらい幸せにしてあげて下さい。ご自分の気持ちに正直になって……ね』
『え……?』

 突然のルコーナの言葉に、ギャレマスはポカンと口を開けて訊き返す。

『な……何を言っているんだ、お前は――』

 ……だが、彼の言葉は、ルコーナの口づけによって強引に塞がれた。

「……いか! 陛下……起きて! お願い……!」
『……ほら、あの子が呼んでます。早く行ってあげて下さい』

 先ほどよりもハッキリとした少女の声を耳にしたルコーナは、そう穏やかな声で告げ、ギャレマスの胸を優しく押して身を離した。
 その途端、急激に意識が遠のくのを感じながら、ギャレマスは必死に叫ぶ。

『ルコーナ……ルコーナぁっ!』
『……お元気で、あなた』

 少しずつ離れていくギャレマスに向けてニコリと笑いかけたルコーナは、優しい声で愛する夫に束の間の別れの言葉を告げた。

『――なるべく遠い未来で、おじいちゃんになったあなたと再会できる日を楽しみにしてます――』
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