雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

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エピソード1 魔王の目にも涙

魔王とダメ出しと弁解

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 「さて……」

 と、そそくさと神官服の襟元を寛げ、ギャレマスから貰った腕輪を豊満な胸の間にしまい込んだエラルティスは、コホンと咳払いをして言った。

「これ以上、貴方と無駄話する気はありませんので、本題に移らせて頂きますわね」

 そう一方的に告げると、彼女は先程取り出した紙片を再び開き、その文面に目を落とす。

「さて、先般の戦いに関する、シュータ殿からのダメ出しですが……」
「う……」

 ギャレマスは、無意識のうちに背筋を伸ばし、緊張の面持ちでエラルティスの口から紡がれる言葉を待つ。
 ――そして、エラルティスの艶々した唇がゆっくりと動きはじめる。

「まず……『遅いんだよ、この薄鈍ウスノロ!』――と」
「――お、遅い? う……ウスノロ?」

 彼女の口から飛び出した簡潔にして辛辣な罵声に、思わずギャレマスは気色ばむ。

「な――何の事だ? 余はキチンと、シュータの設定した時間ピッタリに、メラド平原に到着したはずだぞ? 『遅い』と怒られるのは心外だ――」
「時間ピッタリでは遅いんですよ」
「は、はぁっ?」

 自分の抗議を眉ひとつ動かさずバッサリと切り捨てられたギャレマスは、唖然としながら大きな口をあんぐりと開けた。
 そんな魔王の顔をジト目で一瞥したエラルティスは、大げさに肩を竦めてみせる。

「普通、客人をもてなすホスト側は、遅くとも待ち合わせ時間の十五分前には現地に到着してを丁重にお迎えするのがマナーでしょ? それを、時間ピッタリに来て『間に合った』とドヤ顔するなんて……。さすが魔族。一般常識もてんでなってないですわね」
「ちょちょ! 待てィ!」

 ギャレマスは、冷笑するエラルティスに向かって、更に声を荒げた。

「も、もちろん、余が待ち合わせ時間に遅れたというのなら、斯様かような誹りも甘んじて受けよう!  だが、今回の場合は、そもそも遅刻していないではないか! な、なのに、その様に悪し様に罵られるのは……心外の極みぞ!」
「だからぁ……時間ピッタリは遅刻と同義だって言ってるんですよ。こちらは」

 憤然と叫ぶギャレマスの剣幕にも畏れる様子はなく、エラルティスは大きな溜息を吐く。
 彼女の舐め切った態度を前にして、ギャレマスの頭にますます血が上った。

「そ――そもそも、“客人”とは何だ! 余が貴様らに『どうぞ来て下さい』と声をかけて誘った訳では無いぞ! 毎度毎度、貴様らが自分勝手な都合で我が領内に土足で上がり込んでくるんだろうが! それとも何か? 人間族ヒューマーの間では、押し込み強盗の事を“客人”と呼ぶのかッ?」
「……ぷっ!」

 魔王の言葉に、エラルティスが噴き出した。

「ぷ、ぷふふふ……! お……『押し込み強盗を客人と呼ぶのか?』ですって……! うぷぷぷっ! ま、魔王のクセに、なかなか気の利いた、上手い事を言いますわね……ぷふふ……」
「……」

 腹と口元を押さえて必死に笑いをこらえるエラルティスを前に、魔王の心の中でマグマの様に煮え滾っていたはずの怒りが、みるみる内に冷え固まっていく。
 苦虫を嚙み潰したような顔で口をへの字に結んだギャレマスは、頭痛を堪えるようにこめかみを指で押さえながらエラルティスに言った。

「はぁ……もう良いわ。分かった分かった。……今後は、待ち合わせの五分前には現地に着いているようにすればいいのだな? 了解したと、シュータに伝えておけ」
ですわ」
「――十五分前、了解した……」
「できれば、淹れたてのお茶と美味しいお菓子も用意しておいて頂きたいんですけど」
「いや、注文多いな、オイ!」

 エラルティスの厚かましいにも程がある追加要求に、ギャレマスは思わずツッコんだ。

「――っていうか、これから命がけの死闘を行なうって“設定”なのに、余が不倶戴天の敵である貴様らの為にいそいそとお茶とお菓子の準備なんかしておったら、どう見ても不自然だろうが! 周りで観てる部下どもに不審がられるわ、普通に!」
「そこはそれ……。わらわたちを油断させて毒を盛ろうとしているとかなんとか、適当に言い訳しとけばいいんじゃないですの?」
「そ……そんな言い訳、苦し過ぎ――」

 エラルティスの適当な言葉に反駁しようとしたギャレマスだったが、ふと何かに気付いたかのように目を見開いた。
 そして、しきりに口髭を撫でながら、小さく何度も頷く。

「ふむ……、だが案外……それは妙案やもしれぬ――」
「……ひょっとして、本当に毒を盛ったお茶とお菓子を振る舞って、上手い事わらわたちを毒殺してやろう……とか思ってません?」

 ――ギクリ

 エラルティスの指摘を聞いた瞬間、ギャレマスは肩をビクリと震わせた。
 彼は、引き攣った顔をエラルティスから背け、口笛を吹きながら激しく首を横に振ってみせる。

「い……いや! そ……そんなひ、ヒキョーな事、かん、考えておるはずがな……無かろうが! あ、あはは、あははは!」
「……魔王のクセに、誤魔化すのが下手ですわねぇ」

 エラルティスは、冷や汗をダラダラ垂らしつつ必死に笑って誤魔化そうとしているギャレマスの顔を冷ややかに見下しながら、大きな溜息を吐いた。
 そして、口の端を三日月の形に吊り上げると、嫌味たらしく告げる。

「――お生憎様。どんなに巧妙に隠そうとも、ウチの狼女ジェレミィアの鼻は、あらゆる毒の匂いを的確に嗅ぎ分けますわ」
「ぐ……あの魔法騎士か――」

 ギャレマスの脳裏に、ピンと立った獣耳と銀色の頭髪が特徴的な女半獣人の姿が浮かんだ。
 と、

「それに――」

 エラスティスは、更に言葉を続ける。

「たとえ、首尾よくたばかって毒を飲ませたとしても、シュータ殿は殺せませんわよ。何せ、あの方には、どんな毒をもたちどころに無毒化できる、『肝臓超分解レバーブースター』とかいう“ちーと能力”とやらが備わってらっしゃるようなので」
「な……何……だと……?」

 女神官の言葉に、ギャレマスは愕然とし、ガックリと肩を落とした。
 そんな魔王をジト目で見ながら、エラルティスは大げさに溜息を吐いてみせる。

「はぁ……これは、シュータ殿に報告せねばなりませんね。『魔王の奴、貴方に一服盛って、思いっ切り苦しませてから惨たらしく殺してやろうとか考えてるみたいですわ』――ってねぇ」
「――ッ!」

 彼女の呟きに、ギャレマスの顔が一気に引き攣った。

「だ……だから、勝手に事実無根な補足を加えるなと――!」
「え? 事実無根? そうなんですか? ホントに、今わらわが申したような疚しい企てが、脳裏に一片たりとも浮かばなかったと断言する事ができるんですかぁ?」
「う……そ、それは……」
「ほーら、言葉に詰まったぁ! やっぱり、悪い事を考えてるんじゃないですかぁ~!」

 エラルティスは、勝ち誇った顔で声を弾ませた。
 そして、顎に白魚の様な指を添え、悩むような素振りをしながら言葉を継ぐ。

「いやぁ、怒るでしょうねぇ、シュータ殿……。すっかり自分に服従してると思ってた魔王ギャレマスが、実は、肚の底で自分を殺す機会を虎視眈々と狙い続けてるんだなんて知ったら……近いうちに、魔族の町が二・三個ほど地図から消えてしまう事になるかもしれませんねぇ……」
「……つに頼む……」
「え――何ですか?」

 美しい顔に、“聖女”らしからぬ艶っぽくて俗っぽい笑みを浮かべながら、エラルティスはわざとらしく掌を耳に付けながら訊ねた。
 そんな女神官の態度に内心歯噛みしながら、魔王は深々と頭を下げる。

「い……今の件は、シュータには内密に……頼む……」
「う~ん、内密にですか? それは難しい相談ですね」

 肺の底から絞り出すような魔王の声を聞いたエラルティスは、大げさに首を傾げてみせた。

「何せ……シュータ殿に、ありのままを報告するように仰せつかっておりますので。事実の隠蔽がバレてしまったら、わらわもシュータ殿に責められてしまいますわ」
「……」

 わざとらしく思い悩むをする女神官に、はらわたが煮えくり返る思いのギャレマスだったが、勇者シュータが後ろ盾に付いている彼女に逆らう事は出来ない……。

「そ……そこを何とか頼む……」

 湧き上がる怒りをグッと堪えて、ギャレマスはエラルティスに向けて深々と頭を下げた。
 魔王の懇願を聞いたエラルティスは、しめしめとばかりにほくそ笑む。

「そこまでお願いされては、さすがに断れませんわね。今回だけですよ」
「か……かたじけない――」

 エラルティスの返事に、ギャレマスは安堵の表情を浮かべた。
 ――が、

「ただ……タダでとは……ねぇ?」
「……へ?」

 を多分に含んだ言葉に不意を衝かれたギャレマスは、間の抜けた声を上げる。
 そんな魔王に、エラルティスは薄笑みを浮かべながら囁きかけた。

「ほら……良く言うじゃありませんか? ――『誠意とは、言葉ではなく――』って」
「……」

 彼女の言葉の意図を察したギャレマスは、ガックリと肩を落とし――、

 彼のサイドテーブルの引き出しから、今度は銀真珠の首飾りが消えた。
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