雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

文字の大きさ
16 / 423
エピソード2 魔王はつらいよ

炎将と不満と違和感

しおりを挟む
 「おう、スウィッシュよ。そちらの首尾はどうじゃ?」

 軍議を終えた後、ヴァンゲリンの丘の麓に展開している自隊の配置について、小隊長たちへ細かく指示を伝えていたスウィッシュは、突然背後からかけられた声に気付き、振り向いた。
 そして、大股でこちらへ向かって歩いてくる巨大な影に向けて、小さく頭を下げる。

「……イータツ様。こちらは概ね順調です。――そういう貴方の隊は?」
「ガッハッハッ! ワシの方は、とうの昔に布陣を終えておるわ! でなくば、わざわざこちらまで出向いては来ぬぞ!」

 スウィッシュの問いかけに対し、轟炎将イータツは、長く伸ばした赤髭を撫でながら、豪快に笑い飛ばす。
 ――と、彼はフッと表情を曇らせた。
 そして、仏頂面を浮かべると、スウィッシュに向かって問いかけた。

「……にしても、一体どういうおつもりなのであろうな? 主上は――」
「……と、仰いますと?」
「我らに対し、『砦を遠巻きに囲み、合図があるまで決して手を出さず、陣を調えたまま待機するように』とは……」

 そう言うと、イータツは不満を露わにして、両拳を激しく打ち合わせる。

「まったく……! せっかく、憎き仇敵である勇者シュータの首が、すぐ手が届くところにあるというのに、待機しておけとは……!」
「……陛下には、何かお考えがあるのでしょう」

 立腹するイータツとは対照的に、落ち着いた口調で諭すように答えるスウィッシュ。――だが、夕闇に沈む小高い丘を見つめるその美しき紫瞳には、今にも爆発しそうな闘志が爛々と満ちている。
 彼女は、自分の気を落ち着けるように小さく息を吐くと、静かに言葉を続けた。

「――何せ、前の四天王をことごとく葬った、あの“伝説の四勇士”が相手ですから。陛下も、これ以上戦力が消耗する事を望んでいない――そういう事でしょう」
「それは……ワシらでは、“伝説の四勇士”には太刀打ちできない――主上にとって、我々はタダの足手纏いだという事か……?」
「あ……いえ、そういう事では……ないと――」

 更に怒りを募らせている様子のイータツに向かって、主の擁護しようとするスウィッシュだったが、咄嗟に上手く言葉が出ず、曖昧に言い淀んだ。
 だが、すっかり頭に血が上ったイータツは、彼女が言葉を詰まらせた理由にまで気が回らない。
 彼は、スウィッシュに向かって、責めるような口調で言った。

「大体……お主がもっと強硬に、自分の提案した作戦を押し通せば良かったのだ。あれは、ワシもいい作戦だと思っておったのに……」
「え……?」

 思いもかけないイータツの言葉に、スウィッシュは思わず目を丸くした。
 歴戦の戦士であるが、意固地な頑固者でもあるイータツが、他人の作戦やアイディアを褒める事は、実に珍しい事なのである。

「“あれ”って……あたしの、『夜闇に乗じて丘の北側を横断する谷まで押し出し、あたしが硬化氷板創成魔術アズゥ・キバ・アーで大きな橋を架け、一気に砦内に攻め込む』って作戦ですか?」
「おう、それよそれ」

 驚きと喜びで、思わず声を上ずらせるスウィッシュに、イータツは大きく頷いた。

「まさか、谷を越えてくるとは考えておらぬ敵の裏をかく妙案だと、ワシは感服したのだがな……。主上に却下されたら、言い出しっぺのお主があっさりと取り下げてしまったせいで、ワシが口を挟む空気じゃなくなってしもうた……」
「あ……、それは、申し訳御座いませ――」

 ぶつくさと文句を言うイータツに謝ろうと、口を開きかけたスウィッシュだったが、ふと眉間に皺を寄せると、手の甲で鼻を押さえた。

「あ、あの……イータツ様……?」
「? 何じゃ、妙な顔をしおって」
「いえ、その……」

 スウィッシュは、僅かに顔を顰めながら、イータツに向かっておずおずと言った。

「ど、どうやら……先ほど、サリア姫を庇った時に被った古龍種の……その、のニオイが……まだ――」
「な、何じゃとっ?」

 スウィッシュの言葉に、イータツは声を裏返して驚く。

「そ、そんなハズは……。あんなに念入りに水浴びと洗浄魔術クリンネスを浴びたというのに、まだ臭うというのか?」
「え……ええ、まあ……」
「そ、そんなハズは無かろう! さ、先ほどの軍議では、お主も姫君も主上も、誰一人としてワシの事を臭いとは言っておらなんだではないか!」
「あれ……? そういえば……」

 必死に捲し立てるイータツの声に、スウィッシュはハッとした。

「確かに……あの時は密閉された空間の中に居たのに、別に気になりませんでしたね……」

 そう呟くと、訝しげに首を傾げる。

「……何で、外にいる今は感じたんだろう? 普通、逆ですよね……」

 と、考え込むスウィッシュをよそに、不安げな表情を浮かべつつ、首を巡らしながら盛んに自分の身体を嗅ぎまわっていたイータツだったが、つと顔を顰めると、

「む、むぅ……一応、念の為、もう一度水浴びしてくる。で――では、またな!」

 そう言い残してくるりと踵を返すと、来た時よりも早足で、そそくさと立ち去っていった。

「あ……はい。どうぞ、お風邪を召しませんように――」

 その背中を、呆気にとられつつ見送ったスウィッシュだったが、

「……あれ?」

 再び怪訝な表情を浮かべると、キョロキョロと顔を動かしつつ、スンスンと鼻を鳴らす。
 そして、「おかしいな……」と独り言つと、思わず戸惑いの表情を浮かべた。

「――イータツ様は、もう行ってしまったのに、臭いが消えていない……?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収

ソラ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ち、ソラ。 彼はレベル1の無能として蔑まれ、魔王討伐を目前に「お前のようなゴミはいらない」と追放を言い渡される。 だが、傲慢な勇者たちは知らなかった。 自分たちが人間最高峰の力を維持できていたのは、すべてソラの規格外のステータスを『借りていた』からだということを。 「……わかった。貸していた力、すべて返してもらうよ」 契約解除。返還されたレベルは9999。 一瞬にして力を失い、ただの凡人へと転落しパニックに陥る勇者たち。 対するソラは、星を砕くほどの万能感を取り戻しながらも、淡々と宿を去る。 静かな隠居を望むソラだったが、路地裏で「才能なし」と虐げられていた少女ミィナを助けたことで、運命が変わり始める。 「借金の利息として、君を最強にしてあげよう」 これは、世界そのものにステータスを貸し付けていた最強の『貸与者』が、不条理な世界を再定義していく物語。 (本作品はAIを活用して構成・執筆しています)

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...