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エピソード2 魔王はつらいよ
炎将と不満と違和感
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「おう、スウィッシュよ。そちらの首尾はどうじゃ?」
軍議を終えた後、ヴァンゲリンの丘の麓に展開している自隊の配置について、小隊長たちへ細かく指示を伝えていたスウィッシュは、突然背後からかけられた声に気付き、振り向いた。
そして、大股でこちらへ向かって歩いてくる巨大な影に向けて、小さく頭を下げる。
「……イータツ様。こちらは概ね順調です。――そういう貴方の隊は?」
「ガッハッハッ! ワシの方は、とうの昔に布陣を終えておるわ! でなくば、わざわざこちらまで出向いては来ぬぞ!」
スウィッシュの問いかけに対し、轟炎将イータツは、長く伸ばした赤髭を撫でながら、豪快に笑い飛ばす。
――と、彼はフッと表情を曇らせた。
そして、仏頂面を浮かべると、スウィッシュに向かって問いかけた。
「……にしても、一体どういうおつもりなのであろうな? 主上は――」
「……と、仰いますと?」
「我らに対し、『砦を遠巻きに囲み、合図があるまで決して手を出さず、陣を調えたまま待機するように』とは……」
そう言うと、イータツは不満を露わにして、両拳を激しく打ち合わせる。
「まったく……! せっかく、憎き仇敵である勇者シュータの首が、すぐ手が届くところにあるというのに、待機しておけとは……!」
「……陛下には、何かお考えがあるのでしょう」
立腹するイータツとは対照的に、落ち着いた口調で諭すように答えるスウィッシュ。――だが、夕闇に沈む小高い丘を見つめるその美しき紫瞳には、今にも爆発しそうな闘志が爛々と満ちている。
彼女は、自分の気を落ち着けるように小さく息を吐くと、静かに言葉を続けた。
「――何せ、前の四天王をことごとく葬った、あの“伝説の四勇士”が相手ですから。陛下も、これ以上戦力が消耗する事を望んでいない――そういう事でしょう」
「それは……ワシらでは、“伝説の四勇士”には太刀打ちできない――主上にとって、我々はタダの足手纏いだという事か……?」
「あ……いえ、そういう事では……ないと――」
更に怒りを募らせている様子のイータツに向かって、主の擁護しようとするスウィッシュだったが、咄嗟に上手く言葉が出ず、曖昧に言い淀んだ。
だが、すっかり頭に血が上ったイータツは、彼女が言葉を詰まらせた理由にまで気が回らない。
彼は、スウィッシュに向かって、責めるような口調で言った。
「大体……お主がもっと強硬に、自分の提案した作戦を押し通せば良かったのだ。あれは、ワシもいい作戦だと思っておったのに……」
「え……?」
思いもかけないイータツの言葉に、スウィッシュは思わず目を丸くした。
歴戦の戦士であるが、意固地な頑固者でもあるイータツが、他人の作戦やアイディアを褒める事は、実に珍しい事なのである。
「“あれ”って……あたしの、『夜闇に乗じて丘の北側を横断する谷まで押し出し、あたしが硬化氷板創成魔術で大きな橋を架け、一気に砦内に攻め込む』って作戦ですか?」
「おう、それよそれ」
驚きと喜びで、思わず声を上ずらせるスウィッシュに、イータツは大きく頷いた。
「まさか、谷を越えてくるとは考えておらぬ敵の裏をかく妙案だと、ワシは感服したのだがな……。主上に却下されたら、言い出しっぺのお主があっさりと取り下げてしまったせいで、ワシが口を挟む空気じゃなくなってしもうた……」
「あ……、それは、申し訳御座いませ――」
ぶつくさと文句を言うイータツに謝ろうと、口を開きかけたスウィッシュだったが、ふと眉間に皺を寄せると、手の甲で鼻を押さえた。
「あ、あの……イータツ様……?」
「? 何じゃ、妙な顔をしおって」
「いえ、その……」
スウィッシュは、僅かに顔を顰めながら、イータツに向かっておずおずと言った。
「ど、どうやら……先ほど、サリア姫を庇った時に被った古龍種の……その、落としモノのニオイが……まだ――」
「な、何じゃとっ?」
スウィッシュの言葉に、イータツは声を裏返して驚く。
「そ、そんなハズは……。あんなに念入りに水浴びと洗浄魔術を浴びたというのに、まだ臭うというのか?」
「え……ええ、まあ……」
「そ、そんなハズは無かろう! さ、先ほどの軍議では、お主も姫君も主上も、誰一人としてワシの事を臭いとは言っておらなんだではないか!」
「あれ……? そういえば……」
必死に捲し立てるイータツの声に、スウィッシュはハッとした。
「確かに……あの時は密閉された空間の中に居たのに、別に気になりませんでしたね……」
そう呟くと、訝しげに首を傾げる。
「……何で、外にいる今は感じたんだろう? 普通、逆ですよね……」
と、考え込むスウィッシュをよそに、不安げな表情を浮かべつつ、首を巡らしながら盛んに自分の身体を嗅ぎまわっていたイータツだったが、つと顔を顰めると、
「む、むぅ……一応、念の為、もう一度水浴びしてくる。で――では、またな!」
そう言い残してくるりと踵を返すと、来た時よりも早足で、そそくさと立ち去っていった。
「あ……はい。どうぞ、お風邪を召しませんように――」
その背中を、呆気にとられつつ見送ったスウィッシュだったが、
「……あれ?」
再び怪訝な表情を浮かべると、キョロキョロと顔を動かしつつ、スンスンと鼻を鳴らす。
そして、「おかしいな……」と独り言つと、思わず戸惑いの表情を浮かべた。
「――イータツ様は、もう行ってしまったのに、臭いが消えていない……?」
軍議を終えた後、ヴァンゲリンの丘の麓に展開している自隊の配置について、小隊長たちへ細かく指示を伝えていたスウィッシュは、突然背後からかけられた声に気付き、振り向いた。
そして、大股でこちらへ向かって歩いてくる巨大な影に向けて、小さく頭を下げる。
「……イータツ様。こちらは概ね順調です。――そういう貴方の隊は?」
「ガッハッハッ! ワシの方は、とうの昔に布陣を終えておるわ! でなくば、わざわざこちらまで出向いては来ぬぞ!」
スウィッシュの問いかけに対し、轟炎将イータツは、長く伸ばした赤髭を撫でながら、豪快に笑い飛ばす。
――と、彼はフッと表情を曇らせた。
そして、仏頂面を浮かべると、スウィッシュに向かって問いかけた。
「……にしても、一体どういうおつもりなのであろうな? 主上は――」
「……と、仰いますと?」
「我らに対し、『砦を遠巻きに囲み、合図があるまで決して手を出さず、陣を調えたまま待機するように』とは……」
そう言うと、イータツは不満を露わにして、両拳を激しく打ち合わせる。
「まったく……! せっかく、憎き仇敵である勇者シュータの首が、すぐ手が届くところにあるというのに、待機しておけとは……!」
「……陛下には、何かお考えがあるのでしょう」
立腹するイータツとは対照的に、落ち着いた口調で諭すように答えるスウィッシュ。――だが、夕闇に沈む小高い丘を見つめるその美しき紫瞳には、今にも爆発しそうな闘志が爛々と満ちている。
彼女は、自分の気を落ち着けるように小さく息を吐くと、静かに言葉を続けた。
「――何せ、前の四天王をことごとく葬った、あの“伝説の四勇士”が相手ですから。陛下も、これ以上戦力が消耗する事を望んでいない――そういう事でしょう」
「それは……ワシらでは、“伝説の四勇士”には太刀打ちできない――主上にとって、我々はタダの足手纏いだという事か……?」
「あ……いえ、そういう事では……ないと――」
更に怒りを募らせている様子のイータツに向かって、主の擁護しようとするスウィッシュだったが、咄嗟に上手く言葉が出ず、曖昧に言い淀んだ。
だが、すっかり頭に血が上ったイータツは、彼女が言葉を詰まらせた理由にまで気が回らない。
彼は、スウィッシュに向かって、責めるような口調で言った。
「大体……お主がもっと強硬に、自分の提案した作戦を押し通せば良かったのだ。あれは、ワシもいい作戦だと思っておったのに……」
「え……?」
思いもかけないイータツの言葉に、スウィッシュは思わず目を丸くした。
歴戦の戦士であるが、意固地な頑固者でもあるイータツが、他人の作戦やアイディアを褒める事は、実に珍しい事なのである。
「“あれ”って……あたしの、『夜闇に乗じて丘の北側を横断する谷まで押し出し、あたしが硬化氷板創成魔術で大きな橋を架け、一気に砦内に攻め込む』って作戦ですか?」
「おう、それよそれ」
驚きと喜びで、思わず声を上ずらせるスウィッシュに、イータツは大きく頷いた。
「まさか、谷を越えてくるとは考えておらぬ敵の裏をかく妙案だと、ワシは感服したのだがな……。主上に却下されたら、言い出しっぺのお主があっさりと取り下げてしまったせいで、ワシが口を挟む空気じゃなくなってしもうた……」
「あ……、それは、申し訳御座いませ――」
ぶつくさと文句を言うイータツに謝ろうと、口を開きかけたスウィッシュだったが、ふと眉間に皺を寄せると、手の甲で鼻を押さえた。
「あ、あの……イータツ様……?」
「? 何じゃ、妙な顔をしおって」
「いえ、その……」
スウィッシュは、僅かに顔を顰めながら、イータツに向かっておずおずと言った。
「ど、どうやら……先ほど、サリア姫を庇った時に被った古龍種の……その、落としモノのニオイが……まだ――」
「な、何じゃとっ?」
スウィッシュの言葉に、イータツは声を裏返して驚く。
「そ、そんなハズは……。あんなに念入りに水浴びと洗浄魔術を浴びたというのに、まだ臭うというのか?」
「え……ええ、まあ……」
「そ、そんなハズは無かろう! さ、先ほどの軍議では、お主も姫君も主上も、誰一人としてワシの事を臭いとは言っておらなんだではないか!」
「あれ……? そういえば……」
必死に捲し立てるイータツの声に、スウィッシュはハッとした。
「確かに……あの時は密閉された空間の中に居たのに、別に気になりませんでしたね……」
そう呟くと、訝しげに首を傾げる。
「……何で、外にいる今は感じたんだろう? 普通、逆ですよね……」
と、考え込むスウィッシュをよそに、不安げな表情を浮かべつつ、首を巡らしながら盛んに自分の身体を嗅ぎまわっていたイータツだったが、つと顔を顰めると、
「む、むぅ……一応、念の為、もう一度水浴びしてくる。で――では、またな!」
そう言い残してくるりと踵を返すと、来た時よりも早足で、そそくさと立ち去っていった。
「あ……はい。どうぞ、お風邪を召しませんように――」
その背中を、呆気にとられつつ見送ったスウィッシュだったが、
「……あれ?」
再び怪訝な表情を浮かべると、キョロキョロと顔を動かしつつ、スンスンと鼻を鳴らす。
そして、「おかしいな……」と独り言つと、思わず戸惑いの表情を浮かべた。
「――イータツ様は、もう行ってしまったのに、臭いが消えていない……?」
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