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エピソード4 さまよえる(顔色が)蒼い魔王
魔王と辻馬車と席
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「痛ちちちち……」
“エルフ族解放作戦”決行の為、人間族領との国境を目指すべく、ギャレマス一行が王城を発ってから二時間ほどが経った。
小さな箱馬車のさらに小さな窓から流れる、いつまでも変わり映えのしない長閑な田園風景を見ながら、ギャレマスは顔を顰めて首を捻る。
動かす度に、ゴキリゴキリと鈍い音を立てる首をこわごわ擦りながら、ギャレマスは憂いに満ちた溜息を吐いた。
「むぅ……。この前も思ったが、やはり馬車は慣れぬな。首と肩と腰が凝ってかなわぬ」
「だ、大丈夫ですか、陛下?」
辟易とした声でボヤくギャレマスに、おずおずと声をかけたのは、彼の隣に座るスウィッシュ。
彼女は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、主に言う。
「あの……やはり、あたしは馬車から降りて、傍らを歩く事にいたします。陛下に、これ以上窮屈な思いはさせられません」
「あ……いや、すまぬ。そういう意味ではないのだ」
ギャレマスはそう言って、躊躇なく走行中の馬車の扉を開けようとするスウィッシュを慌てて止めた。
「せっかく、国境を越えるまで他の者の目につかぬように、あえて市中の辻馬車に乗っておるのだ。お主のような女子が外に出て、馬車の隣を歩いていては、道中目立つ事この上ない。そのまま座っておれば良い。余の事は案ずるな」
「陛下……」
ギャレマスの言葉に、スウィッシュは感激したかのように紫瞳を輝かせるが、慌てて首を横に振る。
「で……でも、やっぱりこれでは陛下の御身には狭すぎますよね! あ、あたし、せめて向かいの席に――」
「あ、ダメダメ!」
狼狽した様子で向かいの席へ移動しようとしたスウィッシュだったが、すかさず制止の声が上がった。
その声の主は、ギャレマスの向かいの席に座ったサリアだった。
彼女はにんまりと笑うと、自分とその隣を指さしながら言う。
「こっちは、サリアとファミちゃんが座ってるから、もう満席だよー! スーちゃんはそっちに座ってて!」
「あ……」
サリアの言葉に、スウィッシュは一瞬躊躇したが、キッと目を吊り上げると、サリアの隣に座る白いローブ姿のハーフエルフを睨みつけた。
「ちょっと、そこのエッルフ。もうちょっと詰めて。あたしもそこに座るから」
「……聞こえなかったのか? こちらの席はもう満席だ。お前が入る隙間など無い」
スウィッシュの不躾な言葉に明らかにムッとした様子で、ファミィは負けじと睨み返す。
そんなファミィの反応に、スウィッシュの眉は吊り上がり、更に言葉が荒くなる。
「アナタがそんな大きな態度でふんぞり返ってなければ、あたしひとりくらい座れるわよ!」
「好き好んで大きくなった訳じゃないんだけどな。成長したら、勝手に大きくなっただけで――」
「誰もソコの話はしてないでしょうがッ! 態度よ態度ッ!」
「誰も、胸の事だとは言っていないぞ? 背丈の事を言ったつもりだったんだけど」
「こ……この……っ! 表出ろっ! そして、走ってついてこい!」
「だから……それは目立つからダメだって、そこの魔王が言っていただろうが。鳥頭かお前」
「やめんか、ふたりとも!」
狭い車内で激しい口論をする二人を見かねて、ギャレマスは思わず声を荒げた。
怒声を浴びてシュンとなるスウィッシュと、憮然とした表情を浮かべてそっぽを向くファミィの顔を順番に見回した魔王は、大きな溜息を吐きながら、向かいの席のサリアを手招きした。
「致し方ない。サリアよ、こっちに移れ。それならば文句あるまい」
「え、ダメですよー、お父様」
ギャレマスの指示に小さく首を横に振ったサリアは、困った顔をしながら、スウィッシュとファミィを指さした。
「スーちゃんとファミちゃんを隣同士で座らせたら、また今みたいな口喧嘩が始まっちゃいます」
「む、むう……確かに……」
サリアの言う事にも一理ある。というか、彼女の言葉の通りになる事は、火を見るよりも明らかだ。
と、その時、
前方の御者台の方から、低い声が聞こえてきた。
「…………ろう」
「え?」
「……いだろう」
「は?」
馬車の車輪が回る音や馬の蹄の音で、何を言っているのか聞こえない。
ギャレマスは眉を顰めながら、御者台の方に向かって怒鳴った。
「何だ? すまぬが、声が聞こえぬゆえ、もう少し大きな声で頼む、アルトゥー!」
「……『だったら、ハーフエルフが王の隣に座ればいいだろう』と言った!」
心なしか怒気を孕んだように感じる声が返ってきて、ようやくアルトゥーの言った言葉の内容を把握したギャレマスは、顎髭を撫でながら小さく頷いた。
「ふむ……確かに、そうするしかないやもしれぬな――」
「は、はぁ~ッ?」
ギャレマスの言葉に素っ頓狂な声を上げたのは、ファミィだった。
彼女は、顔を真っ赤にしながら、目を飛び出さんばかりに見開いて叫んだ。
「そ、そそそそそんな事、承知できるはずが無いだろうが! ままま魔王の隣に座るなんて、そんなおぞましい事――!」
「おぞましいって……」
「ていうか、貴様ッ!」
思いの外激しい拒絶を受けて、少なからず傷つくギャレマスに指を突きつけ、ファミィは更に激昂した様子で怒鳴る。
「そ、そんな事を言って、本心では卑猥な事を考えているのだろう! 馬車が揺れるドサクサに紛れて、私の身体に触れようとか、横から私の胸元を覗き込もうとか、こっそり私の匂いを嗅ごうとか! こ……この陰湿ムッツリドスケベ痴情色魔王めが!」
「い、いや! そ、そんな事、するはずが無いだろうが!」
根拠の無い推測に基づく罵倒に、さしものギャレマスもカッとして言い返した。
それに呼応するように、スウィッシュも怒気を露わにして声を荒げる。
「そうよ! アナタ、陛下の事を見くびり過ぎよ! こんなに素晴らしい方を、事ある毎に変態だ痴漢だムッツリスケベだとか……!」
「な……何だ! 魔王って言ったらそういう性質だと、古来から相場が決まっているだろうが! 違うとでも言うのかッ?」
「違うわよッ! 陛下はね――」
スウィッシュは、ファミィの事を睨みつけながら大きく息を吸うと、言葉と共に一気に吐き出した。
「陛下は――そういう事に対して、絶望的に鈍いのよッ!」
「「……はい?」」
スウィッシュの言葉に、呆気にとられるファミィ……と魔王。
だが、興奮したスウィッシュは、ふたりの反応にも気付かず、更に声を張り上げる。
「陛下はねぇ! もう成人済みの子供を持った、いい年齢の男の人なのに、そういう異性関係の事には、本当に鈍感なの! あた――お、女の人からのアプローチにも全然動じないっていうか、そもそも気付いてないし! 尊敬できる方なんだけど、ホントそういうところはモヤモヤするっていうか――」
と、そこまで一気に捲し立てたところで、ようやく周りのポカンとした様子に気が付いたスウィッシュの顔が、みるみる青ざめた。
「あ……ちょ、ちょっと! い、今の無し! わ、忘れて……忘れて下さいぃぃっ!」
「……」
「……うふふ。楽しいなぁ~」
顔を両手で隠して突っ伏すスウィッシュを無言で見つめるファミィと、ニマニマ笑いを浮かべるサリア。
そして――、
「…………?」
ギャレマスは、良く分からないといった顔で首を傾げている……。
「……というか」
と、前方の御者台で手綱を握りながら、アルトゥーは呆れ声で呟く。
「お前のアプローチの仕方も、相当に不器用で、アレだと思うぞ、ス……氷牙将よ……」
だが、御者台からの彼の呟きは、当然のように、他の誰にも聞こえていなかった……。
“エルフ族解放作戦”決行の為、人間族領との国境を目指すべく、ギャレマス一行が王城を発ってから二時間ほどが経った。
小さな箱馬車のさらに小さな窓から流れる、いつまでも変わり映えのしない長閑な田園風景を見ながら、ギャレマスは顔を顰めて首を捻る。
動かす度に、ゴキリゴキリと鈍い音を立てる首をこわごわ擦りながら、ギャレマスは憂いに満ちた溜息を吐いた。
「むぅ……。この前も思ったが、やはり馬車は慣れぬな。首と肩と腰が凝ってかなわぬ」
「だ、大丈夫ですか、陛下?」
辟易とした声でボヤくギャレマスに、おずおずと声をかけたのは、彼の隣に座るスウィッシュ。
彼女は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、主に言う。
「あの……やはり、あたしは馬車から降りて、傍らを歩く事にいたします。陛下に、これ以上窮屈な思いはさせられません」
「あ……いや、すまぬ。そういう意味ではないのだ」
ギャレマスはそう言って、躊躇なく走行中の馬車の扉を開けようとするスウィッシュを慌てて止めた。
「せっかく、国境を越えるまで他の者の目につかぬように、あえて市中の辻馬車に乗っておるのだ。お主のような女子が外に出て、馬車の隣を歩いていては、道中目立つ事この上ない。そのまま座っておれば良い。余の事は案ずるな」
「陛下……」
ギャレマスの言葉に、スウィッシュは感激したかのように紫瞳を輝かせるが、慌てて首を横に振る。
「で……でも、やっぱりこれでは陛下の御身には狭すぎますよね! あ、あたし、せめて向かいの席に――」
「あ、ダメダメ!」
狼狽した様子で向かいの席へ移動しようとしたスウィッシュだったが、すかさず制止の声が上がった。
その声の主は、ギャレマスの向かいの席に座ったサリアだった。
彼女はにんまりと笑うと、自分とその隣を指さしながら言う。
「こっちは、サリアとファミちゃんが座ってるから、もう満席だよー! スーちゃんはそっちに座ってて!」
「あ……」
サリアの言葉に、スウィッシュは一瞬躊躇したが、キッと目を吊り上げると、サリアの隣に座る白いローブ姿のハーフエルフを睨みつけた。
「ちょっと、そこのエッルフ。もうちょっと詰めて。あたしもそこに座るから」
「……聞こえなかったのか? こちらの席はもう満席だ。お前が入る隙間など無い」
スウィッシュの不躾な言葉に明らかにムッとした様子で、ファミィは負けじと睨み返す。
そんなファミィの反応に、スウィッシュの眉は吊り上がり、更に言葉が荒くなる。
「アナタがそんな大きな態度でふんぞり返ってなければ、あたしひとりくらい座れるわよ!」
「好き好んで大きくなった訳じゃないんだけどな。成長したら、勝手に大きくなっただけで――」
「誰もソコの話はしてないでしょうがッ! 態度よ態度ッ!」
「誰も、胸の事だとは言っていないぞ? 背丈の事を言ったつもりだったんだけど」
「こ……この……っ! 表出ろっ! そして、走ってついてこい!」
「だから……それは目立つからダメだって、そこの魔王が言っていただろうが。鳥頭かお前」
「やめんか、ふたりとも!」
狭い車内で激しい口論をする二人を見かねて、ギャレマスは思わず声を荒げた。
怒声を浴びてシュンとなるスウィッシュと、憮然とした表情を浮かべてそっぽを向くファミィの顔を順番に見回した魔王は、大きな溜息を吐きながら、向かいの席のサリアを手招きした。
「致し方ない。サリアよ、こっちに移れ。それならば文句あるまい」
「え、ダメですよー、お父様」
ギャレマスの指示に小さく首を横に振ったサリアは、困った顔をしながら、スウィッシュとファミィを指さした。
「スーちゃんとファミちゃんを隣同士で座らせたら、また今みたいな口喧嘩が始まっちゃいます」
「む、むう……確かに……」
サリアの言う事にも一理ある。というか、彼女の言葉の通りになる事は、火を見るよりも明らかだ。
と、その時、
前方の御者台の方から、低い声が聞こえてきた。
「…………ろう」
「え?」
「……いだろう」
「は?」
馬車の車輪が回る音や馬の蹄の音で、何を言っているのか聞こえない。
ギャレマスは眉を顰めながら、御者台の方に向かって怒鳴った。
「何だ? すまぬが、声が聞こえぬゆえ、もう少し大きな声で頼む、アルトゥー!」
「……『だったら、ハーフエルフが王の隣に座ればいいだろう』と言った!」
心なしか怒気を孕んだように感じる声が返ってきて、ようやくアルトゥーの言った言葉の内容を把握したギャレマスは、顎髭を撫でながら小さく頷いた。
「ふむ……確かに、そうするしかないやもしれぬな――」
「は、はぁ~ッ?」
ギャレマスの言葉に素っ頓狂な声を上げたのは、ファミィだった。
彼女は、顔を真っ赤にしながら、目を飛び出さんばかりに見開いて叫んだ。
「そ、そそそそそんな事、承知できるはずが無いだろうが! ままま魔王の隣に座るなんて、そんなおぞましい事――!」
「おぞましいって……」
「ていうか、貴様ッ!」
思いの外激しい拒絶を受けて、少なからず傷つくギャレマスに指を突きつけ、ファミィは更に激昂した様子で怒鳴る。
「そ、そんな事を言って、本心では卑猥な事を考えているのだろう! 馬車が揺れるドサクサに紛れて、私の身体に触れようとか、横から私の胸元を覗き込もうとか、こっそり私の匂いを嗅ごうとか! こ……この陰湿ムッツリドスケベ痴情色魔王めが!」
「い、いや! そ、そんな事、するはずが無いだろうが!」
根拠の無い推測に基づく罵倒に、さしものギャレマスもカッとして言い返した。
それに呼応するように、スウィッシュも怒気を露わにして声を荒げる。
「そうよ! アナタ、陛下の事を見くびり過ぎよ! こんなに素晴らしい方を、事ある毎に変態だ痴漢だムッツリスケベだとか……!」
「な……何だ! 魔王って言ったらそういう性質だと、古来から相場が決まっているだろうが! 違うとでも言うのかッ?」
「違うわよッ! 陛下はね――」
スウィッシュは、ファミィの事を睨みつけながら大きく息を吸うと、言葉と共に一気に吐き出した。
「陛下は――そういう事に対して、絶望的に鈍いのよッ!」
「「……はい?」」
スウィッシュの言葉に、呆気にとられるファミィ……と魔王。
だが、興奮したスウィッシュは、ふたりの反応にも気付かず、更に声を張り上げる。
「陛下はねぇ! もう成人済みの子供を持った、いい年齢の男の人なのに、そういう異性関係の事には、本当に鈍感なの! あた――お、女の人からのアプローチにも全然動じないっていうか、そもそも気付いてないし! 尊敬できる方なんだけど、ホントそういうところはモヤモヤするっていうか――」
と、そこまで一気に捲し立てたところで、ようやく周りのポカンとした様子に気が付いたスウィッシュの顔が、みるみる青ざめた。
「あ……ちょ、ちょっと! い、今の無し! わ、忘れて……忘れて下さいぃぃっ!」
「……」
「……うふふ。楽しいなぁ~」
顔を両手で隠して突っ伏すスウィッシュを無言で見つめるファミィと、ニマニマ笑いを浮かべるサリア。
そして――、
「…………?」
ギャレマスは、良く分からないといった顔で首を傾げている……。
「……というか」
と、前方の御者台で手綱を握りながら、アルトゥーは呆れ声で呟く。
「お前のアプローチの仕方も、相当に不器用で、アレだと思うぞ、ス……氷牙将よ……」
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