雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

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エピソード5 マオー来訪者

魔王と憤怒と悶絶

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 「な、何だとッ?」

 宿屋に帰ったスウィッシュから今日の顛末の報告を受けたギャレマスは、憤怒で顔を赤黒くさせながら、寝そべっていたソファから跳ね起きた。

「す……スウィッシュが、人間族ヒューマーの無頼どもにかどわかされそうになっただと……ッ!」
「申し訳ございません、陛下……!」

 目を飛び出さんばかりに剥き出し、激しい怒りを露わにするギャレマスに恐れおののきながら、スウィッシュは深々と頭を下げる。

「あたしが付いていながら……この失態に対するどのような罰でも、甘んじてお受けいたします……」
「お父様っ! スーちゃんの事を責めないで下さい!」

 顔を青ざめさせながらも、神妙にギャレマスの裁きを受けようとするスウィッシュを庇うように立ったサリアが、目を潤ませながら必死に父親へ訴えかける。

「元々、サリアが悪いのです! スーちゃんに動かないで待っているように言われていたのに、あの男の人に騙されてホイホイ後をついていってしまったから……。だから、罰を受けるのは、スーちゃんじゃなくてサリアの方なんです! お父様、どうぞサリアに厳しい処罰を!」
「いえ! そんな事ダメです! これは、臣下としてサリア様をお守りできなかったあたしが――」
「ううん! スーちゃんは全然悪くないもの! 悪いのは、サリアだよっ!」
「いいえ! お心遣いは嬉しいんですが、これはやっぱりあたしの……!」
「ダメダメーッ! とにかく、スーちゃんは悪くない!」
「あ……いや……ちょ、ちょっと落ち着け、ふたりとも!」

 互いを庇い合って、激しく口論をし始めたふたりを、慌てて制止するギャレマス。
 そして、ふたりの顔を順々に見回しながら、静かに言った。

「あのな……別に、余はお主らを罰するつもりなど無いぞ」
「え……?」
「本当ですか、お父様……?」
「本当だとも」

 目を丸くする二人に向かって、大きく頷くギャレマス。そして、少しだけ厳しい表情を浮かべながら「まあ……」と言葉を継ぐ。

「確かに、落ち度がなかったとは言えぬがな。主をひとりで置き去りにしたまま、町の聞き込みに没頭してしまったスウィッシュは不用心であったし、怪しい男の誘いに乗せられて、その後をついていってしまったサリアも迂闊であった」
「……申し訳ございません」
「ごめんなさい……」

 ギャレマスの厳しい言葉に、スウィッシュとサリアはしょげ返って、力無く俯いた。
 そんなふたりの様子を見て小さな溜息をついたギャレマスは、「……だが」と言葉を続ける。

「それは、お互いの事を思い遣っての行動であったのだからな。であれば、その行為を注意はしても、罰する事など出来ようはずもない。……まあ、次からはくれぐれも気を付けよ。――以上」
「へ、陛下……」
「――お父様……っ!」

 ギャレマスの言葉に、パッと顔を輝かせるふたり。
 ――と、

「……だが」

 再び憤怒の表情を浮かべた魔王が、低い声で言った。

「だが……罰するべき者は他に居る」
「え……?」

 ギャレマスの言葉に、怪訝な表情を浮かべるスウィッシュ。
 彼女は、おずおずと魔王に尋ねる。

「へ……陛下? そ、それは……“罰するべき者”とは、一体……?」
「そんなの、決まっておろう!」

 スウィッシュの問いに、ギャレマスは眦を決して吼えた。
 そして、ギリギリと音を立てて歯噛みしながら、怒気と殺気を孕んだ声で続ける。

「よりにもよって、余の娘であるサリアをかどわかし、いかがわしい輩へ売りつけようとしおった、愚劣極まる人間族ヒューマーのゴロツキどもよ!」

 ギャレマスはそう言うと、絶えずバチバチと火花を散らし始めた拳を固く握りしめた。

「おのれ! 小癪で愚昧で悪辣な人間族ヒューマーめ! 必ずや見つけ出し、我が娘を傷モノにしかけた報いを受けさせてやろうぞ! そう、この極龍雷撃呪術デスト・ラディで――!」
「わ――――ッ!」

 ギャレマスが、青白く帯電した両拳を高々と天に突き上げようとしたのを見て、スウィッシュが血相を変えて叫んだ。

「へ、陛下ッ、お気持ちは分かりますが、どうか御心を静めて下さいッ! こんな所で極龍雷撃呪術デスト・ラディなんて超大技を放ったりしたら……!」
「分かっておるわ! 放つのは、にっくき人間族ヒューマーのチンピラどもに向けて――」
極龍雷撃呪術デスト・ラディを普通の人間族ヒューマーなんかに放ったら、当人たちはもちろん、ここら一帯がまとめて消し炭になりますッ!」
「ええいっ! 止めるなスウィッシュ! 我が愛しの娘に斯様な狼藉を働いておいて、余が無事に明日の朝日を拝ませると思うたか! 否! 断じて否ァッ!」

 そう、いたく興奮して叫びながら、スウィッシュの事を強引に押し退けたギャレマスは、ローテーブルの上に置いてあった牛獣人ミノタウロス覆面マスクを引っ掴むと、大股で歩き出そうとした――その時、
 不意に彼の身体が大きくバランスを崩した。

「あ……あがががががががァっ!」

 ギャレマスは、大きく目を剥くや苦悶の声を上げ、うっすらと埃の積もった床の上にくずおれると、右脚のふくらはぎを押さえ、額に大粒の脂汗を浮かべながらのたうち回り始める。

「へっ、陛下ッ? ど、どうなされたのですかッ?」
「お、お父様ァッ?」

 突然のギャレマスの変調に驚き、スウィッシュとサリアが狼狽の声を上げる。
 だが、脚を押さえて悶絶するギャレマスには、彼女たちの声にこたえる余裕は無いようだった。

「い、一体、何が……?」
「ま、まさか……陛下を魔王だと知った人間族ヒューマーの手の者が、密かに毒を……?」

 取り敢えず、苦しみ喘ぐギャレマスの背中を支え起こしながら、最悪の想像を思い浮かべたスウィッシュが顔を強張らせる。
 その言葉を聞いて、サリアの顔色が真っ白になった。

「ど……毒? そ、そんな……! お父様が……死んじゃう……?」
「と、とにかく! 今すぐに医者か解毒師を呼んで――!」
「……ふたりとも、ちょっとそこをどけ」

 狼狽するふたりの耳朶を、低い男の声が打った。
 ハッとした表情を浮かべたふたりは、慌てて後ろを振り向く。
 そこには、それまで完全に気配を消していた(本人に気配を消す意図は無いのだが)アルトゥーが忽然と立っていた。

「わ! あ、アル……? そ、そういえば、居たんだっけ、アナタ?」
「……もう、魔王国くにに帰っていいか、オレ?」
「あ、ゴメン……」

 さすがにムスッとした表情を浮かべるアルトゥーに、スウィッシュは慌てて謝る。そして、縋りつく様な目で彼の顔を見上げた。

「ね、ねえ……アル? もしかして、あなたなら――?」
「アルくん……! 何か、いい方法が……?」
「……」

 焦燥に駆られるふたりの視線を浴びながら、おもむろにギャレマスの足元に屈みこんだアルトゥーは、無言で彼の脚を持ち上げると、そのつま先を掴んで彼の身体側に引っ張る。
 すると、

「アアアアアアア――ッ! あああああぁ! ……あぁああ……あぁ……はぁ……はぁ……」

 驚いた事に、ギャレマスの苦悶の声は徐々に小さくなり、それに伴って彼の顔も穏やかになっていき、やがて収まった。
 その様子を固唾を呑んで見守っていたサリアとスウィッシュは、ギャレマスが落ち着いた事に安堵しながらも、怪訝な表情を浮かべてアルトゥーに尋ねる。

「ね、ねえ……アル? 今のは?」
「アルくん……どうやって、毒にやられたお父様の事を治したの?」
「……毒?」

ふたりの問いかけに、訝しげに眉根を寄せたアルトゥーは、小さく首を横に振りながら答えた。

「毒なんかじゃないぞ、今のは」
「へ? 違うの?」
「当然だ」

 キョトンとするサリアに頷くと、アルトゥーはギャレマスの脚を一瞥し、ぼそりと言う。

「だって、これは――単になんだからな」
「「……はい?」」

 意外な答えに、思わず目を点にするサリアとスウィッシュ。
 そんなふたりの反応に対し、大きな溜息を吐いたアルトゥーは、目尻に涙の粒を浮かべながら自分の脚を擦っているギャレマスに声をかけた。

「――そうだろう? 王よ」
「……う、うむ」

 アルトゥーに問いかけられたギャレマスは、バツ悪げな表情を浮かべながら不承不承と言った様子で頷く。

「じ……実はな。今日は一日中追いかけられて、全速力で町中を逃げ回っておってな。そのせいで脚の筋肉の疲労が溜まっていたようで、さっき歩き出そうとしたタイミングで、こう、バチンと……」
「お、追いかけられたァ?」

 ギャレマスの言葉を聞いて、サリアが素っ頓狂な声を上げた。
 一方のスウィッシュは、表情を緊張させながら、おずおずと魔王に尋ねる。

「まさか……“追いかけられた”というのは、人間族ヒューマーの刺客とか――?」
「あ……いや」

 ギャレマスは、スウィッシュの問いかけに小さくかぶりを振ってみせた。

「そういう……物騒な手合ではない。――いや、ある意味何よりも物騒だったとも言えるか……」
「……何ですか、それは?」

 要領を得ない魔王の答えに、スウィッシュはキョトンとした顔で首を傾げる。他の二人も、同じような表情を浮かべて、ギャレマスの更なる言葉を待っている。

「だから……つまり……」

 ギャレマスは、三人を前にしてたじろぎながら、しぶしぶといった様子で言葉を継ぐ。

「ちょ、ちょっと……余の角と覆面に一目惚れして発情した牛獣人ミノタウロス女子おなごに……な」
「「「……は?」」」

 予想のはるか斜め上をいく言葉パワーワードを聞かされた三人の口から思わず洩れた当惑の声は、それはそれは見事にハモったのだった……。
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