雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

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エピソード5 マオー来訪者

魔王と温泉と中止

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 「一週間後……ですか」

 買い出しから戻って来て早々、顔面蒼白のギャレマスから藁半紙を見せられたスウィッシュも、憂い顔を浮かべながら唸った。

「今日から一週間後に、あの“伝説の四勇士”のシュータ・ナカムラが、このアヴァーシにやって来ると……」
「う……うむ」

 スウィッシュの言葉に、ソファに深く腰をかけたギャレマスは、苦々しげな表情を浮かべてコクンと頷いた。

「そこに書いてあるように、例の『“伝説の四勇士”第二期メンバー発掘プロジェクト』とやらの審査の為にな……」
「鉢合わせしてしまったら……困った事になりますね」
「う、うむ……」

 再び頷きかけたギャレマスだったが、ハッとした表情を浮かべると、慌てて「あ、いや!」と叫びながら、激しく首を横に振る。

「ち、違うぞ! よ……余は別に、あの男が恐ろしい訳ではないぞ! た、ただ……余とあの男が顔を合わせて戦闘になってしまったら、エルフ解放作戦の方に支障が出てしまう可能性を憂慮しておるのだ! け、決して怖気づいているのでは――」
「もちろん、それは承知しておりますが……」
「よ、余の手にかかれば、あんな冴えない顔の品性下劣な男、一撃でコテンパンにのしてやる事など造作もないのだ! 余はまだ本気出してないだけ――」
「……ですから、それは分かってますって」

 スウィッシュは、やけに必死なギャレマスの様子を訝しみつつ、言葉を継いだ。

「……確かに、極力目立たぬようにしながら作戦を進めている最中に、我らの天敵である勇者たちと遭遇してしまっては元も子もありませんね。……ここは、今日中にでも宿を引き払って、アヴァーシから離れた方が――」
「え~ッ?」

 不満げな声を上げて、スウィッシュの言葉を途中で遮ったのは、それまでホクホク顔で今日の買い出しで入手した品をバッグの中から取り出していたサリアだった。
 彼女は悲しげな表情を浮かべながら、スウィッシュに問いかける。

「そんなぁ……。『今日にでも』って、じゃあ明日の温泉はどうするの、スーちゃん?」
「それは……」

 今にも泣き出しそうなサリアの顔を見て一瞬躊躇したスウィッシュだったが、キッと眉を吊り上げると、努めて平静を装った口調で答えた。

「サリア様……残念ですが、温泉はキャンセルして――」
「えーッ? そ……そんなぁ……」

 スウィッシュの答えを聞いたサリアは、落胆の様子を隠せず、ガックリと肩を落とした。
 だが、すぐに顔を上げると、必死な表情でスウィッシュに向けて訴えかける。

「で……でも! でも、そのイベントの開催って、今日から一週間後でしょ! だったら、何も急いで今日発たなくても……!」
「ですが……何があるか分かりません。ここは、慎重の上に慎重を期して、早め早めの行動をするべきかと――」

 そうキッパリと言い切ったスウィッシュだったが、ふと表情を曇らせると、ぷうと頬を膨らませ、

「――まぁ、あたしもすごく残念なんですけど……」

 と、ぼそりと呟いた。
 サリアは、その呟きを聞き逃さなかった。
 彼女は、グイッと身を乗り出し、スウィッシュの顔に爛々と目を光らせた自分の顔を近付ける。

「ちょ! さ、サリア様っ? お、お顔がちょっと近――」
「でしょ? スーちゃんもそう思うでしょー!」

 サリアは、たじろぐスウィッシュに向けて、猛烈に捲し立てた。

「っていうか! 明日の温泉、サリアよりもスーちゃんの方がずっと楽しみにしてたよね? さっきの買い出しでも、明日の為に色々と買って来てたでしょ? 香油とか石鹸とか、何かちっちゃな下着とか!」
「わ――――ッ!」

 スウィッシュは顔を茹でダコよりも真っ赤にして、なおも捲し立てようとするサリアの口を塞いだ。

「さ、サササササリア様ッ! へ、陛下の前で、そそそそんな事は言わないで下さいッ!」
「ふぇ、ふぇふぉ……スーふぁん、あんふぁふぃうふぃうふぃふぃふぇふぁふぁん」
「そ! それは確かに……そうなんですけどぉ……」

 モゴモゴ言うサリアの言葉に、がくりと肩を落としてシュンとしてしまうスウィッシュ。
 重苦しい空気が、三人の間に垂れ込める。
 ――と、

「……ふむ」

 その沈黙を破ったのは、ギャレマスだった。
 彼はしきりに顎髭を撫でながら、サリアが並べていた買い出しの品をチラリと見て、サリアに尋ねる。

「サリアよ……これらは、明日の為に買ってきたものなのか?」
「あ、ハイ!」

 ギャレマスの問いかけに目を輝かせたサリアは、ニコニコ笑いながら、並べた品の説明をし始める。

「これが、お肌に塗る用の香油です! アヴァーシ名産のハーブから作ったそうで、美肌効果抜群らしいです! で、こっちは馬のお乳から作ったっていう石鹸で、泡立ちがとってもいいって、お店のおじさんがおススメしてました!」
「ほ、ほう……そうなのか」
「で……これは、お父様の為に買ってきた、トンカチザメの皮で作ったボディタオル垢こすりです! とっても良く垢が落ちるんですって!」
「そ、そうなのか……いや、これは垢だけではなくて、皮膚ごと削り落としそうな感じなんだが……」

 硬い突起が表面に万遍なくびっしりと並んだ、どっちかというと“布ヤスリ”と呼んだ方が相応しそうなボディタオルに、思わず顔を引きつらせるギャレマス。
 そんな彼にも構わず、サリアは更に説明を続ける。

「で、これがアヒルさんです!」
「あ、アヒルさん……?」
「お湯の上に浮かべて遊ぶんです。温泉と言ったらアヒルさんですから!」
「そ……そういうものなのか……」
「そして……」

 そう言うと、サリアはバッグの中に手を突っ込み、何かを取り出そうとする。

「これが……スーちゃんが二時間かけて選んだ――」
「あああああああああああっ! ダメええええええええええッ!」

 突然素っ頓狂な声を上げたスウィッシュがサリアの腕に飛びつき、必死でその手を押し止めた。

「な……何だ? どうした、ス――」
「陛下には、関係ありませんッ!」
「アッ……す、すまん……」

 涙目のスウィッシュに殺気交じりの目で睨みつけられたギャレマスは、素直に引き下がる。(これは、深追いしない方がいいヤツだ……)と、長年の経験から本能的に察知したからだ。

「え――っ……ゴホン」

 代わりに咳払いを一つしたギャレマスは、ふたりの顔とその前に並べられた“入浴グッズ”の数々を見回して、小さく頷いた。

「まあ……ふたりがそこまで楽しみにしておったのなら仕方がない。宿を引き払うのは、明日温泉に行ってからにするとしよう」
「お父様――本当ですか!」

 ギャレマスの言葉に、サリアがパッと顔を輝かせる。
 そんな彼女に、苦笑交じりの微笑みを向けながら、ギャレマスはもう一度大きく頷いた。

「確かに、例のイベントの開催まで、まだ一週間ある。シュータがアヴァーシに来るのは、早くとも前日ぐらいだろうから、まだ慌てる時間では無いであろう」
「まあ……確かにそうですけど……」

 スウィッシュは、ギャレマスの言葉に、喜びと不安が入り混じった複雑な表情を浮かべる。
 そんな彼女の脇腹を、サリアが肘で小突いた。

「お父様のおっしゃる通りだよ、スーちゃん! せっかく予約が取れたんだから、行かないと損だよー。スーちゃんも、あんなにウキウキしてたじゃない。『陛下と一緒に温泉に行ける~♪』って!」
「ちょ! ちょちょちょっと、サリア様ッ!」

 サリアの言葉に、目を飛び出さんばかりに見開いたスウィッシュは、激しく狼狽しながらサリアに叫ぶ。

「そ……それは、陛下の前で言っちゃダメですって……!」
「そうなの?」
「そうなの? ……って、そりゃ、そうですよ……」
「……?」

 そんなふたりのやり取りを見守りながら、(……何だか良く分からぬが、楽しそうだからヨシ!)と、ひとり満足げに頷くギャレマスであった。
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