雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

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エピソード5 マオー来訪者

姫と友達と温泉

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 明り取りの窓から入る秋の穏やかな日の光を反射して、乳白色の湯面がキラキラと輝く。

「熱ちちち……」

 濛々と湯気を上げる湯舟の中に恐る恐る足を入れたスウィッシュは、皮膚を通して伝わる熱さを我慢しながら、なみなみと湛えられたお湯の中にゆっくりと浸かった。
 冷えた身体の隅々に、お湯の温かさがじんわりと広がっていくのが分かる。

「ふぅいぃぃぃぃ……」

 スウィッシュは思わず深く長い吐息を吐いた。左胸の心臓が勢い良く脈打ち始め、温められた血潮が血管の隅々まで巡り渡っていく……。

「ふわぁあああ……気ン持ちいいいいいいぃぃぃ~……」

 そのあまりの心地よさに、スウィッシュの顔はだらしなく緩んだ。
 彼女は、両手で乳色のお湯をひと掬いして、顔にかけようとした――その時、

「ひゃっは――――っ!」
「うわっぷっ!」

 奇声と共に上がった夥しい水飛沫……もとい、お湯飛沫しぶきがまともに彼女の顔面を襲い、スウィッシュは思わず噎せ返った。
 顔をびしょびしょに濡らした彼女は、目を吊り上げてお湯飛沫しぶきの爆心地を睨みつけ、抗議の声を上げる。

「――さ、サリア様! お風呂に跳び込んではいけません!」
「あ、ごめ~ん!」

 スウィッシュに叱られたサリアは、お湯の中から顔だけ出すと、ぺろりと舌を出しながら謝った。
 だが、いたずらっぽい笑みを浮かべながら言葉を継ぐ。

「――でも、いいじゃん。どうせ貸し切りで、他にお客さんもいないんだしさ」
「そういう問題ではありません!」

 髪から滴り落ちるお湯を手で拭い取りながら、スウィッシュはむっとした表情で言った。

「お風呂に入る時には、ちゃんとしたマナーがあるんです……って! そこでパシャパシャ泳がないで下さいっ!」
「あ、は~い……」

 再びスウィッシュに叱られたサリアは、少しだけむくれた顔をしながらも、素直にバタ足を止めて、湯舟の中で立ち上がった。
 そして、色々とメリハリが付き始めた素っ裸の身体を隠す素振りも見せず、無遠慮にスウィッシュの前を横切る。

「ちょ、ちょっと! さ、サリア様ッ?」

 サリアの一糸纏わぬ健康的な裸体を目の当たりにしたスウィッシュは、思わず赤面しながら声を上ずらせた。

「そ、その……! も、もうちょっと恥じらいを持って……ま、前を隠して……」
「え~、何で?」

 顔を真っ赤にしたスウィッシュの顔を見て、サリアは訝しげに小首を傾げる。

「男の人がいるんだったら別だけど、スーちゃんは女の子なんだから、別に見られたっていいじゃん」
「そ、そういう問題ではありません!」

 スウィッシュは、湯気の向こう側で霞む、サリアの背中に向けて叫んだ。

「た、たとえ同性であっても、他人の前でみだりに裸を晒しちゃいけません! も、もうちょっと慎みを持って……」
「え~、でも、サリアとスーちゃんは、他人じゃないよ~?」
「……え?」

 湯舟の縁に置いていたカラフルなアヒルの人形を持って戻って来たサリアの一言に、スウィッシュは怪訝な声を上げた。
 そんな彼女の傍らに座ったサリアは、アヒルの人形をお湯の上に浮かべながら言葉を継ぐ。

「スーちゃんは、サリアの大切な友達だよ。……ううん、もう友達通り越して、“家族”って感じだよねぇ。えへへ」
「か……家族……?」
「そう、家族」

 キョトンとするスウィッシュに、にへらあと笑いかけながらサリアは頷いた。
そして、ぴちょんぴちょんと音を立てながら水滴が滴り落ちてくる天井を見上げながら、人差し指を顎に軽く当てる。

「サリアに優しくって、でも、ダメな事をしたらちゃんと叱ってくれる、お姉さんみたいな……ううん、どっちかといえば、お母さんって言った方が近いかも……」
「お! おおおお母さんッ?」
「……あ、ごめん、スーちゃん!」

 紫色の目を真ん丸にして、驚愕の表情を浮かべたスウィッシュに、サリアは慌てて謝った。

「いくら何でも、サリアとあんまり年が離れてないスーちゃんに向かって“お母さん”なんて、さすがに失礼だよね……。ゴメン、今のは忘れて――」
「い! いえいえいえいえいえいえっ!」

 目を爛々と輝かせて、サリアの謝罪を遮るスウィッシュ。
 彼女は、千切れんばかりに激しく首を左右に振って、顔を上気させながら捲し立てる。

「し、失礼だなんてとんでもない! サリア様にそう思われるなんて、このスウィッシュにとっては、身に余る光栄ですッ!」
「そ、そっか……。それなら良かっ――」
「そ、それにっ! サリア様のお母さんっていう事は、あたしはへへへへ陛下のおおおおお嫁さんって事に……っ!」
「あ、かぁ……」

 サリアは、スウィッシュの言葉を聞いて、思わず苦笑した。
 そして、いたずらっぽい表情を浮かべるとすっくと立ち上がり、赤面しながら悶えているスウィッシュの顔をずいッと覗き込む。

「ひゃっ? さ、サリア様、どうなされたんですッ? ちょ、ち、近い……っ!」
「スーちゃんはさぁ……」

 あられもない裸体を前にして、目の遣り処に困ったスウィッシュが慌てて顔を逸らそうとするのを押し止めて、サリアは問いかける。

「――ぶっちゃけ、お父様の事をどう想っているの?」
「ヒェッ? へ……陛下の事……ですか?」

 サリアの紅玉のような瞳に見据えられたスウィッシュは、更に顔を真っ赤にした。
 そして、少しの間口をパクパクさせた後、慎重に言葉を選ぶようにして、ぽつぽつと答え始める。

「そ……それはもちろん……す、素晴らしい方だと、尊敬しております。ま……まあ、時々抜けていらっしゃるところも少しはありますけど……それも含めて、その……つ、仕え甲斐のある御方だなぁ、と……」
「あ、そういうのじゃなくって」

 スウィッシュの答えを聞いたサリアは、ブンブンと頭を振って、目をキラキラと輝かせながら言った。

「魔王とか上司とかっていうのは抜きにして……つまり、お父様の事を、どう想っているの、スーちゃんは?」
「ふぁ、ふぁいぃ……ッ?」

 サリアの直接的な言葉に、スウィッシュは大きく見開いた目をパチクリと瞬かせる。

「ひ、ひとりの男性として……へ、陛下の事を……?」
「そう。どうなの、スーちゃん?」
「え、えと……それは……その……」

 サリアに迫られながらも言い淀むスウィッシュの脳裏に、ギャレマスの顔が浮かび上がる。
 その瞬間、彼女は、左胸の奥の心臓の鼓動が早鐘のように打ち始めるのを感じた――。
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