雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

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エピソード6 勇魔同舟

老エルフと下戸と乾杯

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 “亡霊”の存在に驚いて腰を抜かしたトーチャが、従業員に担ぎ上げられて大食堂を退室した後、ギャレマスたちは溢れんばかりの料理が並べられたテーブルの椅子に腰を下ろした。

「じゃあ、先ずは乾杯でもするとしようかのう」

 そう言いながら、いそいそと発泡酒バルの瓶を手にしたのは、ヴァートスである。
 彼は、右隣に座ったギャレマスに向けて瓶を差し出した。

「ホレ、お主も遠慮せずに飲め飲め!」
「……あの。遠慮も何も、ここの料金を払うのは余なのだが……」

 まるで主賓のように振る舞うヴァートスにジト目を向けつつ覆面を脱いだギャレマスは、逆さに置かれたグラスを手に取り、酌を受ける。
 ギャレマスのグラスになみなみとバルを注ぎ込んだヴァートスは、今度は左隣に座ったシュータに酒を勧める。

「ホレ、転移者の兄ちゃんも遠慮せんと!」
「あ……いや、俺、酒はちょっと……」

 意外にも、掌を上げて酌を断るシュータ。
 それを見たヴァートスが、訝しげな表情を浮かべる。

「何じゃ若いの。ここは日本じゃないんじゃ。二十歳未満で飲酒しても、別に咎められんぞ」
「……いや、そういうのじゃなくって」

 シュータはヴァートスにしかめ面を向けつつ、気まずそうに言った。

「その……苦手なんだよ、酒って。だって……何か変な匂いがするし、苦いし……」
「カーッ! お子様舌か! つまらん奴っちゃのう~」
「う、うるっせえな!」

 大げさに呆れるヴァートスに、ムッとした表情を浮かべて怒鳴るシュータ。

「酒が飲めねえからって、別に何にも損しねえからいいじゃねえかよ!」
「それが意外と、社会人になってから、気難しい偏屈老害オヤジを相手にする機会が増えると役に立つんじゃぞい。酒が飲めるってだけで、勝手に親近感を持ってくれたりするからのう」
「今まさに目の前でウザがらみしてくる偏屈老害爺を相手にする時とかか?」
「ヒョッヒョッヒョッ! 確かに!」

 ヴァートスは、シュータの物言いに愉快そうな笑い声を上げると、バルの瓶を置き、代わりに木苺のジュースの瓶を手に取った。
 そして、シュータの返事も聞かずにグラスにジュースを注ぎ込むと、再びバルの瓶を持ち直し、今度は向かいに座ったアルトゥーに顔を向ける。

「お主はイケるじゃろ。……それとも、まだ気分がすぐれぬか?」
「あ、いや、大丈夫だ。自分で注ぐから――」
「まあまあ、遠慮するな」
「あ……忝い」

 アルトゥーのグラスにもバルを注いだヴァートスは、傍らに瓶を置くと、自分のグラスを持った。そして、他の三人に目配せする。
 彼の目配せを受けた三人も、渋々といった様子でグラスを持った。

「……では」

 と、ヴァートスはひとつ咳払いをしてから声を上げる。

「えー、奇しくも、この場に現地人魔王と転移者と転生者と、ついでにもうひとりが勢揃いした事を祝して――」
「いや、だから、ここの料金を払うのは余なのに、何で貴殿が仕切るのだ……」
「つうか、そんな事を祝されてもなぁ……」
「……ついで……」

 自分の声に対して上がった三者三様の不満の声も華麗に無視して、ヴァートスはグラスを掲げ上げた。
 そして、満面の笑顔を湛えて声高らかに叫ぶ。

「カンパ~イッ!」
「「「――乾杯……」」」

 彼の音頭に続いて、テンションダダ下がりの三人の声が重なった。
 そんな三人の様子を気にかける様子も無く、ヴァートスはグラスのバルを一気に飲み干し、

「か~ッ! 美味い! 美味すぎる! もう一杯ッ!」

 と叫びながら、空になったグラスをギャレマスに突き出した。

「あーハイハイ……」

 ギャレマスは、慌てて手を伸ばそうとしたアルトゥーを目で制すると、気安い様子でバルの瓶を手に取り、差し出されたヴァートスのグラスに注ぎ込む。

「おっとっと……」

 なみなみと注がれ、溢れそうになった泡を口で受けながら、ヴァートスは満面の笑みを浮かべた。

「いやはや、三百年生きてきたが、現役の魔王から酌をされる日が来ようとは、些か感慨深いのう。……とはいえ」

 老エルフはそう言うと、三人の顔を見回し、少しガッカリした表情を浮かべる。

「……せっかくの名酒、どうせじゃったら、キレイな姉ちゃんの酌で飲みたいもんじゃのう。――というか、ギャレの字。お主の連れの蒼髪のおネエちゃんや、お主の娘っ子はおらんのか?」
「あ……スウィッシュとサリアか?」

 ギャレマスは、ヴァートスの言葉に首を横に振って、言葉を継いだ。

「あのふたりは今、エステだかマッサージだかを受けておる。一時間は戻って来ぬであろうな」
「ちょ! ちょっと待て、クソ魔王!」

 ギャレマスの答えに声を上ずらせたのはシュータだった。
 彼は、目を大きく見開きながらギャレマスに訊ねる。

「む……娘っ子って、まさか、あの赤毛の凶運女の事か? あ、あいつもここに来てるのかッ?」
「ん? あ、ウム。そうだが……」

 ギャレマスは、シュータの異常な反応に怪訝な表情を浮かべながら頷いた。
 その答えを聞いて、「マジかよ……」と表情を引き攣らせるシュータに、ヴァートスは尋ねかける。

「何じゃ? どうしたんじゃ、急に? あのお嬢ちゃんと何かあったんか?」
「いや……べ、別に、そんな大した事じゃないんだけどよ……」
「――まさかっ!」

 どこか歯切れの悪いシュータの様子に、何やらピンときたギャレマスは、目を剥いた。

「しゅ、シュータッ! き、貴様……よもや、余のサリアに懸想しておるのかッ? な、ならぬ、断じてならぬぞ! 余の命よりも大切なサリアを、お主のような鬼畜非道な人格破綻男になど、絶対に嫁に行かせは――グボアッ!」
「んな訳ねえだろ、このボケ魔王ッ!」

 興奮で顔を真っ赤にして激昂するギャレマスの眉間をエネルギー弾で強かに打ち据えたシュータは、肩を怒らせながら怒鳴る。
 そして、バツが悪そうに目を逸らしながら、言い訳するように言葉を継いだ。

「ただ……苦手なんだよ、あの天然女。性格もアレだけど、アイツの運関係のパラメータが異常値過ぎて、すげえ戦りづらかったしよぉ……」
「あー、確かに。ちいと分かるわい」

 シュータの言葉に、骨付き肉に齧り付いていたヴァートスも頷く。

「ワシも、最初に会った時に、あのお嬢ちゃんと戦ったからのう。確かに、理屈では説明のつかん偶発的な奇跡が起こったわい」
「え? ジイさんも、あの赤毛娘と戦ったのか?」
「おうともさ」

 驚いたシュータの問いに、ヴァートスは大きく頷き、グラスの中のバルを一息に飲み干した。
 そして、泡の付いた口髭を手の甲で拭ってニヤリと笑うと、ギャレマスの事を指さす。

「あのお嬢ちゃんとだけではないぞ。ギャレの字と戦って、あと一歩のところまで追い詰めたし――」
「い、いや、アレは……ギックリ腰のせいで本調子じゃなかったせいであって……」

 ヴァートスの言葉に、思わず不満げな声を上げるギャレマス。だが、ヴァートスは、そんな魔王の抗議も華麗にスルーして、更に言葉を続ける。

「蒼髪のお嬢ちゃんとハーフエルフのパツキンお嬢ちゃんがふたりがかりでも、ワシの火精霊術を防ぐのがやっとじゃったんだからのう、ヒョッヒョッヒョッ!」
「……え?」

 シュータは、ヴァートスの言葉を聞いて、ハッとした表情を浮かべた。
 そして、訝しげに眉間に皺を寄せる。

「……ハーフエルフのパツキン……何か……それって……まるでアイツみたいな……」
「おう、そうじゃったな」

 難しい顔をして考え込むシュータに、ヴァートスは顎髭を撫でながら大きく頷いた。

「今はギャレの字とつるんでおるが、以前は、お主と同じ“伝説の四勇士”のひとりじゃったんだっけか。まいは……は」
「……は?」

 老エルフの口から思いもかけない名前が飛び出した事に驚き、思わずシュータは目を丸くした。
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