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エピソード6 勇魔同舟
勇者と仮面と素面
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「ぐふぅっ――!」
ギャレマスの拳をまともに食らったシュータは椅子から転げ落ち、派手な音を立てて絨毯張りの床へ身体を叩きつけられた。
「く……くそっ……痛ってえ……! 痛ぇよう……!」
呻き声を上げながら、四つん這いの格好で起き上がろうとするシュータの鼻から、夥しい鼻血が滴り落ち、フカフカの絨毯に数輪の真っ赤な花が咲く。
「ああっ……血が……鼻血が……止まらねえよ……!」
声を震わせながら鼻を押さえるシュータ。だが、押さえた手の指の間から、止めどもなく鮮血が溢れ続ける。
「ひぃっ……! ど……どうしよぉ……!」
真っ赤に染まった掌を呆然と見るシュータの黒い瞳は潤み、目尻には大粒の涙すら浮かんでいた。
一方の魔王ギャレマスも、呆然自失といった様子で立ち竦んでいる。
「あ……当たった?」
彼は信じられぬ様子で、つい今しがた強かにシュータの頬を打ち据えた己の拳を凝視していた。
「よ……余の攻撃が、シュータに当たった……。多分……初めて……」
我ながら信じられない思いだったが、己の拳に残る感触と鈍痛が、先ほどの事が夢幻では無い事を雄弁に主張している。
「な……何故だ? 今までどんなに本気で攻撃しても、ただの一発もシュータの身体に傷をつけるどころか、掠る事すらできなかったというのに……何故今は、いとも容易く……?」
「何じゃギャレの字。自分からぶん殴っておいて、何をビックリしておるんじゃ?」
「え? あ……いや……」
我関せずとばかりに蜂蜜酒を呷ったヴァートスの呆れ声に、ギャレマスは戸惑い交じりに頭を振る。
と、
「さすが、我らが王!」
感嘆の声を上げたのはアルトゥーだった。
「先ほどから、妙に勇者にへりくだっていて妙だと思っていたが、奴の油断を誘い、隙に乗じて一気に討ち滅ぼす奸計だったようだな!」
そう叫んだ彼は、懐から取り出した小剣の柄をスラリと抜き放った。
「ならば、後は任せろ! 憎っくき勇者の首、今ここで己――陰密将アルトゥーが刎ね飛ばしてや――!」
「あ、い、いや! 待て! 待つのだ、アルトゥー!」
今にも跳びかかろうとするアルトゥーを慌てて制止するギャレマス。
急に止められたアルトゥーは、思わず蹈鞴を踏みながら、すんでのところで足を止めた。
そして、苛立ちと困惑がない交ぜになった表情を浮かべながら、怪訝な声でギャレマスを問い質す。
「何故だ? 何故止めるのだ、王よ? 今が絶好の機会ではないか?」
「ま……まあ……確かにそうなのかもしれぬが……」
彼は歯切れ悪く答えると、自分の拳に向けていた目を足元で蹲っているシュータへと移した。
そして、ゆっくりと首を横に振った。
「……いや、さすがに、この状態のシュータを討ち果たすのは、騙し討ちのようで目覚めが悪い。ここは、余に免じて剣を納めてくれ」
「……了解した」
ギャレマスの命に、アルトゥーは顔にありありと不満を浮かべながらも小さく頷き、抜いた小剣を鞘に納める。
ほっと息を吐いたギャレマスは、アルトゥーを宥めるように小さく頷くと、再び目を亀のように背を丸めて蹲るシュータへ向けた。
そして、眉を顰めると首を傾げる。
(というか……本当にこやつは、あの勇者シュータなのか?)
――不思議だった。
自分の足元に這いつくばり、泣きそうな顔で血に塗れた鼻を押さえている男からは、いつものシュータに感じていた、絶対的な自信に裏打ちされた傲慢極まるオーラとプレッシャーなど欠片も感じられない。
そこにあったのは、そこら辺にいるような、ごくごく普通の若者の姿だった。
(……あ)
その時、ギャレマスは唐突に思い至った。
(もしかすると……この姿が、この男――シュータ・ナカムラの本当の姿なのか……?)
いつもの傲岸不遜で傍若無人な“伝説の四勇士”であるシュータ・ナカムラは、実は彼が持つ圧倒的な力を使う事で取り繕った“仮面”を被った姿で、そんな虚勢の下に隠れた彼の本性は、案外と市井に暮らす若者と変わらぬのではないか……?
そして、先ほどの――ほんの偶然なのか、それともシュータの油断なのか、或いはそれともその両方によって初めて届いたギャレマスの一撃。
それが、彼が被っていた“虚勢”という名の仮面をも弾き飛ばし、本来のシュータ・ナカムラの姿が露わになったのではないだろうか――そう考えた瞬間、ギャレマスは、それまで『得体の知れない怪物』という、掴みどころのない霧のような認識だったシュータの姿が、初めてハッキリとした実像を伴ったように感じたのだった。
「……」
彼は、小さく息を吐くと、シュータの背中に向けて声をかける。
「おい」
「……っ!」
ギャレマスの声に、びくりと身体を震わせるシュータ。
そんな彼の反応にどこか安堵すら覚えながら、ギャレマスはシュータに向けて手を差し出した。
「……すまぬ、思わず頭に血が上って、手が出てしまった。……大丈夫か?」
「だ……大丈夫に決まってんだろ。テメエのグーパンくらい、この俺には屁でも無ぇんだよ、このクソ魔王が……」
そう強がるシュータだったが、微かに震えるその声には、いつもの威勢と勢いが無い。
シュータは、普段の彼からは考えられないくらい素直に手を伸ばし、ギャレマスの手を掴むと、僅かにふらつきながら自分の椅子に座った。
それを見て小さく頷いたギャレマスは、テーブルの上に載った白いナプキンを手に取ると、シュータに差し出す。
「……取り敢えず、これで鼻を押さえろ。まだ、鼻血が止まらぬようだからな」
「……大丈夫だよ、このくらい……知ってんだろ、テメエは」
そう言って小さく首を横に振ったシュータは、広げた左手を、真っ赤に腫れた自分の頬に向けた。
と、その掌が淡く光り出し、その光に照らされた彼の頬の腫れがみるみる引いていく。
同時に、流れ続けていた鼻血もピタリと止まった。
それを見ていたヴァートスが、ひゅうと口笛を吹く。
「ほほう……急速治癒か。なかなかレアな能力を持っとる。さすが、異世界転移チート勇者……」
「こ、これは……余が死にかけた時にかけられた……」
一方のギャレマスは、初めてシュータと戦った時の忌まわしい記憶が蘇り、思わず顔を顰めた。
それからわずか数分で、シュータの顔はすっかり元通りになる。
「……ふぅ」
「よし……終わったか」
そう呟いたギャレマスは、大きく頷くと自分の席に腰を下ろし、自分のグラスに残った発泡酒を飲み干した。
空になったグラスを置いて小さく息を吐いたギャレマスは、テーブルの向かいに座るシュータの顔をじっと見つめる。
そして、静かな声で切り出した。
「それでは……大事な話をするとしようか。――シュータ・ナカムラよ」
ギャレマスの拳をまともに食らったシュータは椅子から転げ落ち、派手な音を立てて絨毯張りの床へ身体を叩きつけられた。
「く……くそっ……痛ってえ……! 痛ぇよう……!」
呻き声を上げながら、四つん這いの格好で起き上がろうとするシュータの鼻から、夥しい鼻血が滴り落ち、フカフカの絨毯に数輪の真っ赤な花が咲く。
「ああっ……血が……鼻血が……止まらねえよ……!」
声を震わせながら鼻を押さえるシュータ。だが、押さえた手の指の間から、止めどもなく鮮血が溢れ続ける。
「ひぃっ……! ど……どうしよぉ……!」
真っ赤に染まった掌を呆然と見るシュータの黒い瞳は潤み、目尻には大粒の涙すら浮かんでいた。
一方の魔王ギャレマスも、呆然自失といった様子で立ち竦んでいる。
「あ……当たった?」
彼は信じられぬ様子で、つい今しがた強かにシュータの頬を打ち据えた己の拳を凝視していた。
「よ……余の攻撃が、シュータに当たった……。多分……初めて……」
我ながら信じられない思いだったが、己の拳に残る感触と鈍痛が、先ほどの事が夢幻では無い事を雄弁に主張している。
「な……何故だ? 今までどんなに本気で攻撃しても、ただの一発もシュータの身体に傷をつけるどころか、掠る事すらできなかったというのに……何故今は、いとも容易く……?」
「何じゃギャレの字。自分からぶん殴っておいて、何をビックリしておるんじゃ?」
「え? あ……いや……」
我関せずとばかりに蜂蜜酒を呷ったヴァートスの呆れ声に、ギャレマスは戸惑い交じりに頭を振る。
と、
「さすが、我らが王!」
感嘆の声を上げたのはアルトゥーだった。
「先ほどから、妙に勇者にへりくだっていて妙だと思っていたが、奴の油断を誘い、隙に乗じて一気に討ち滅ぼす奸計だったようだな!」
そう叫んだ彼は、懐から取り出した小剣の柄をスラリと抜き放った。
「ならば、後は任せろ! 憎っくき勇者の首、今ここで己――陰密将アルトゥーが刎ね飛ばしてや――!」
「あ、い、いや! 待て! 待つのだ、アルトゥー!」
今にも跳びかかろうとするアルトゥーを慌てて制止するギャレマス。
急に止められたアルトゥーは、思わず蹈鞴を踏みながら、すんでのところで足を止めた。
そして、苛立ちと困惑がない交ぜになった表情を浮かべながら、怪訝な声でギャレマスを問い質す。
「何故だ? 何故止めるのだ、王よ? 今が絶好の機会ではないか?」
「ま……まあ……確かにそうなのかもしれぬが……」
彼は歯切れ悪く答えると、自分の拳に向けていた目を足元で蹲っているシュータへと移した。
そして、ゆっくりと首を横に振った。
「……いや、さすがに、この状態のシュータを討ち果たすのは、騙し討ちのようで目覚めが悪い。ここは、余に免じて剣を納めてくれ」
「……了解した」
ギャレマスの命に、アルトゥーは顔にありありと不満を浮かべながらも小さく頷き、抜いた小剣を鞘に納める。
ほっと息を吐いたギャレマスは、アルトゥーを宥めるように小さく頷くと、再び目を亀のように背を丸めて蹲るシュータへ向けた。
そして、眉を顰めると首を傾げる。
(というか……本当にこやつは、あの勇者シュータなのか?)
――不思議だった。
自分の足元に這いつくばり、泣きそうな顔で血に塗れた鼻を押さえている男からは、いつものシュータに感じていた、絶対的な自信に裏打ちされた傲慢極まるオーラとプレッシャーなど欠片も感じられない。
そこにあったのは、そこら辺にいるような、ごくごく普通の若者の姿だった。
(……あ)
その時、ギャレマスは唐突に思い至った。
(もしかすると……この姿が、この男――シュータ・ナカムラの本当の姿なのか……?)
いつもの傲岸不遜で傍若無人な“伝説の四勇士”であるシュータ・ナカムラは、実は彼が持つ圧倒的な力を使う事で取り繕った“仮面”を被った姿で、そんな虚勢の下に隠れた彼の本性は、案外と市井に暮らす若者と変わらぬのではないか……?
そして、先ほどの――ほんの偶然なのか、それともシュータの油断なのか、或いはそれともその両方によって初めて届いたギャレマスの一撃。
それが、彼が被っていた“虚勢”という名の仮面をも弾き飛ばし、本来のシュータ・ナカムラの姿が露わになったのではないだろうか――そう考えた瞬間、ギャレマスは、それまで『得体の知れない怪物』という、掴みどころのない霧のような認識だったシュータの姿が、初めてハッキリとした実像を伴ったように感じたのだった。
「……」
彼は、小さく息を吐くと、シュータの背中に向けて声をかける。
「おい」
「……っ!」
ギャレマスの声に、びくりと身体を震わせるシュータ。
そんな彼の反応にどこか安堵すら覚えながら、ギャレマスはシュータに向けて手を差し出した。
「……すまぬ、思わず頭に血が上って、手が出てしまった。……大丈夫か?」
「だ……大丈夫に決まってんだろ。テメエのグーパンくらい、この俺には屁でも無ぇんだよ、このクソ魔王が……」
そう強がるシュータだったが、微かに震えるその声には、いつもの威勢と勢いが無い。
シュータは、普段の彼からは考えられないくらい素直に手を伸ばし、ギャレマスの手を掴むと、僅かにふらつきながら自分の椅子に座った。
それを見て小さく頷いたギャレマスは、テーブルの上に載った白いナプキンを手に取ると、シュータに差し出す。
「……取り敢えず、これで鼻を押さえろ。まだ、鼻血が止まらぬようだからな」
「……大丈夫だよ、このくらい……知ってんだろ、テメエは」
そう言って小さく首を横に振ったシュータは、広げた左手を、真っ赤に腫れた自分の頬に向けた。
と、その掌が淡く光り出し、その光に照らされた彼の頬の腫れがみるみる引いていく。
同時に、流れ続けていた鼻血もピタリと止まった。
それを見ていたヴァートスが、ひゅうと口笛を吹く。
「ほほう……急速治癒か。なかなかレアな能力を持っとる。さすが、異世界転移チート勇者……」
「こ、これは……余が死にかけた時にかけられた……」
一方のギャレマスは、初めてシュータと戦った時の忌まわしい記憶が蘇り、思わず顔を顰めた。
それからわずか数分で、シュータの顔はすっかり元通りになる。
「……ふぅ」
「よし……終わったか」
そう呟いたギャレマスは、大きく頷くと自分の席に腰を下ろし、自分のグラスに残った発泡酒を飲み干した。
空になったグラスを置いて小さく息を吐いたギャレマスは、テーブルの向かいに座るシュータの顔をじっと見つめる。
そして、静かな声で切り出した。
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