雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

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エピソード6 勇魔同舟

老エルフと女ハーフエルフと収容所

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 アヴァーシの西に広がる荒れ地を越えると、ふたつのなだらかな山の間に挟まれた一本の川へと辿り着く。
 川の名称は、ホカァタ川。
 北の山脈から流れ出た雪解け水が集まり、白波を立てながら南へと流れている、人間族ヒューマー領内で最も大きな川である。
 そして、ホカァタ川が流れる幅の広い渓谷地帯は、メヒナ渓谷と呼ばれていた。

 かつては人間族ヒューマー領北東部の観光地のひとつであったメヒナ渓谷だが、渓谷へ続くすべての道は、今は閉鎖されている。
 それだけではなく、渓谷の周辺には少なからぬ数の警備隊が砦を設けて駐屯し、一般人の渓谷への侵入を固く拒んでいた。
 表向きは『狂暴な害獣が多数出没し、非常に危険な為』立ち入り禁止になっているという事になっていたが……真実は、“保護”という名目で各地から集められたエルフ族を監視監督する為に設けられた収容所の存在を隠匿する為である。

 “エルフ族収容所”の建物は、ホカァタ川の東岸沿いに建てられていた。
 『収容所』という大仰な名前が付けられてはいたものの、エルフ族が収容された建物群は“掘っ立て小屋”と呼んでも差し支えないと思えるほどの、非常に粗末なものだった。
 扉の建付けも悪く、板を打ちつけただけの壁の隙間から、川から吹き上げてくる冷たい風が部屋の中へ容赦なく吹き込んでくる。
 それまでの住処を追われ、強制的に集められたエルフ族は、そんな劣悪な環境下での起居を余儀なくされ、人間族ヒューマー側から支給された薄い寝具を頭から被り、家族で身を寄せ合って寒さをしのぐしかなかったのだった……。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 ――夜も半ばを過ぎた深更。
 空を分厚く覆った雲のせいで星明かりすらなく、深い夜の帳に包まれた収容所。
 居並ぶ小屋の一棟の玄関先に、ローブのフードを目深に被った黒い影が忽然と現れた。

「……」

 黒い影は、ふと背後を振り返ると、フードを被ったまま慎重に首を巡らせる。
 そして、巡回する警備兵の姿が見えない事を確認すると、扉へと向き直り、粗末なドアノブの鍵穴に粗末な鍵を挿し込んだ。そのまま、音を立てないよう細心の注意を払いながら回す。
 カチリと解錠の音が鳴ると、黒い影はドアノブを掴み、微かな軋み音を立てる扉をゆっくりと開けた。
 そして、扉を半分ほど開けたところで、黒い影は空いた隙間に身体を滑らせるようにして入れ、音もなく部屋の中に侵入する。
 後ろ手で音を立てずに扉を閉めた影は、小さく息を吐いてから、真っ暗な部屋の中で目を凝らした。
 始めは何も見えなかったが、次第に目が慣れ、小ぢんまりとした部屋の中の様子がぼんやりと見えてくる。
 二脚の椅子と小さなテーブル。それを挟むように設置された二台のベッド。

「……」

 その内の一台のベッドに敷かれたシーツが、こんもりと盛り上がっているのを見た黒い影の口元が微笑を浮かべる。
 黒い影は、足音を忍ばせながら、盛り上がったベッドへと近付いていく。
 そして、シーツの端を指で摘まみ、慎重に捲ろうとして――ピタリと動きを止めた。
 そして、両手を頭上に挙げると、愉快そうな笑い声を上げる。

「――ヒョッヒョッヒョッ! 何じゃ、起きとったんか。狸寝入りとは、人が悪いのぉ」
「……起きてたんじゃなくて、起こされたんだ、……あなたにな」

 しわがれた老人の声に応じるように、ベッドに横たわっていた人物がムクリと身を起こした。
 そして、密かに右掌で発現させていた精霊術の真空の刃かまいたちを解除すると、寝ぐせのついた金髪を手櫛で整えながら、寝ぼけ眼で闖入者の顔を睨みつける。

「――随分と遅かったじゃないか。どこで道草を食っていたんだ?」
「ヒョッヒョッヒョッ。ひょっとして、帰りが遅いワシの事を心配してくれておったのか、まいはにーや?」
「ヴァートス様……だから、ふたりきりの時には、その小芝居は止めなさいって言っているでしょうが」
「つれないのぅ、ファミィさんは……」

 いかにも不機嫌そうなファミィの言葉に苦笑しながら、老人はフードを脱いだ。そして、精霊術で掌の上に熾した炎で、テーブルの上の粗末な燭台の蝋燭に火を灯す。
 質の悪い蝋が燃えるにおいと同時に、真っ暗だった部屋が炎の赤い光で照らし出される。

「よっこいしょういち……っと」

 ろうそくに火を灯したヴァートスは、自分のベッドに腰を下ろした。
 一方のファミィも、寝乱れた寝間着の襟元を調えながら起き上がり、ヴァートスと向かい合うようにベッドの縁に腰かける。
 そして、ジト目で老エルフの顔を睨みつけた。

「というか……、何であんなにコソコソと入って来たんだ? まるで泥棒みたいに……」
「ヒョッヒョッヒョッ! そりゃあもちろん、ぐっすり寝ているファミィさんを起こさないようにと……」
「じゃあ、何で私のシーツを捲ろうとしてたんだ?」
「……そりゃあ、寂しい一人寝で、寒い思いをしておるであろうファミィさんの事を不憫に思って、ワシが一緒に寝て温めてやろ――ぶふぁっ!」
「この色ボケ破廉恥ミイラジジイがッ!」

 思い切りヴァートスの顔面に枕を投げつけて、ファミィは怒鳴る。
 ヴァートスは、枕の直撃を受けた鼻頭を押さえながら、そんな彼女の剣幕に苦笑する。

「痛たたたた……老い先短い老人の事を、少しは労らんかい」
「やかましい! 何が“老い先短い”だ! どう見てもあと百年は死にそうにないぞ、アンタは! ……って」

 ヴァートスの言葉に声を荒げかけたファミィだったが、ふと眉をひそめると、老エルフの顔をしげしげと見つめた。

「……何か、心なしかいつもよりも肌がつやつやしてないか? まるで、あなたの頭みたいにテカテカと輝いている様な気が――」
「いや、何でわざわざワシの頭を比喩に挙げたんじゃ? そこは『ゆでたまごみたい』とか、他にいくらでも言い方はあったじゃろうが……」
「あ……す、すまん、つい目に入ったんで……」
「……」

 ファミィの正直な答えに、僅かに顔を顰めたヴァートスだったが、すぐに気を取り直して口を開いた。

「まあ……肌がツヤツヤなのは当然じゃろうなぁ。何せ、昼間にたっぷり温泉に浸かってきたからのう」
「な……何っ?」

 ヴァートスの言葉を聞き、ファミィは目を剥いた。

「お、温泉だってッ? ヴァートス様ッ! あなたは、魔王たちに会う為にアヴァーシに行ったのではないのかッ?」
「いやいや、ギャレの字たちにはちゃんと会ってきたぞい。ただ……会った場所がたまたま温泉だったというだけじゃ」
「あ、会ったのが温泉? ど……どういう意味?」

 ヴァートスの答えに、ファミィは思わず戸惑いの表情を浮かべる。
 そんな彼女に、ヴァートスは苦笑を向けた。

「ヒョッヒョッヒョッ。順を追って説明してやるから、ワシの話をおとなしく聞きんしゃい」
「う……うん、分かった……」

 訝しげな顔をしながらも、ファミィは素直に頷く。
 それを見たヴァートスは、満足げに笑いながら顎髭をしごいたが、ふと何かを思い出したという表情を浮かべた。

「あぁ……そういえば。これは最初に言っておいた方が良いかのう?」
「ん? 何がだ?」
「いやぁ……そんなに大した事じゃないんじゃが」

 と言いながら、キョトンとするファミィにニヤリと笑いかけると、ヴァートスは言葉を継ぐ。

「――あっちで、お主の仲間じゃった勇者シュータにも会ってきたぞい。ヒョッヒョッヒョッ」
「……は?」

 ヴァートスの言葉を聞いた瞬間、ファミィの目は点になった。
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