雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~

朽縄咲良

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エピソード8 謀事魔多し

魔王と勇者と本気

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 一方その頃、アヴァーシ近郊では――。

 『“伝説の四勇士”新メンバー選抜オーディション』が開催されていたベルナー公園上空に突如出現し、無慈悲な攻撃を加えてきた魔王を迎え撃つ為、アヴァーシに居る兵の全てが駆り出され、市街区の南端に集結していた。
 アヴァーシの兵だけではない。
 ホトタモカヤ大草原の各砦の駐屯兵や、メヒナ渓谷のエルフ族収容所の警備兵の大半なども急ぎ軍備を整え、じきにアヴァーシここに集結する予定である。
 それは、ニホハムーン州あげての、かつてない規模の大動員ではあったが、それは決して大げさなものではないと言えた。
 何せ、強大な力を持つ残虐非道な魔族の首魁であると古より言い伝えられてきた“魔王ギャレマス”である。彼と対する為には、兵力がいくらあっても多すぎるという事は無い。
 その上、魔王と何度も戦い、互角の戦いを繰り広げてきた勇者シュータによる厳命もあり、何より人間族ヒューマーの不俱戴天の仇である魔王を討ち取るという宿願を果たさんが為、ニホハムーン州総督府が事実上の総動員をかけるのに躊躇は無かったのだった――。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「す……すげえ……!」
「次元が違う……」
「あれが……魔王……!」

 市街区の開けた広場で陣形を組み、いつでも応戦できるように武器を携えた兵士たちは、星の瞬く夜空を見上げながら、呆然と呟いた。
 彼らの視線の先――漆黒の夜空に浮かぶ、紅い光と黒い影。
 それこそは、反重力アン・グラヴィの魔法陣を足元に展開した勇者シュータと、黒いローブを纏った魔王ギャレマスの姿である。
 地上からは握り拳くらいの大きさにしか見えない程の高度に浮いたふたつの人影は、絶えず接近したり離れたりを繰り返しながら、時折赤い光が瞬くなどしていて、互いに一歩も引かない激闘を繰り広げているのが見てとれた。

「勇者シュータもすげえな……」

 その様子を見ていた兵士のひとりが、思わず感嘆の声を上げる。

「あの伝説の魔王を相手にして、互角に戦っている……」
「正直、半信半疑だったが……。本当だったのか、勇者の強さは……」
「ただのヒョロガリのクソ生意気なガキだと思ってたが――」
「……おい! それ、間違っても本人の前で言うなよ! お前ひとりならいいが、下手したら俺たち小隊全員がぶっ殺されるぞ!」
「ヒェッ……!」

 同僚の兵からの言葉に、発言した兵は慌てて口を押さえた。
 ――と、

「……それにしても」

 ひとりの若い兵が、夜空に瞬く光を目で追いながら首を傾げ、訝しげに呟く。

「あの魔王……本気で戦っているのかな?」
「え? ……どういう事だ?」
「いや……」

 呟きを訊き返された若い兵は、少し躊躇いながら答えた。

「だって……あの魔王。確か、“雷王”って異名が付いているんだろう?」
「あ、ああ……確か、そうだ」
「だったら、雷を操るのが得意なはずだろ? 現に、一番最初の攻撃の時には、ド派手な稲妻を落としてきたし……」

 彼はそう言うと、夜空に浮かぶ黒い影を指さし、更に言葉を継ぐ。

「でも……その割には、さっきから全然雷の攻撃を使ってなくないか?」
「――そう言われれば……」

 若い兵の言葉に、周りの兵たちもおずおずと頷いた。
 そして、それを聞いたベテランの老兵が、ある可能性に思い至って慄然とする。

「もしかして……あの魔王は、まだ本気を出していないだけなのかもしれん……。その気になれば、勇者ごとワシらを瞬時に灰に出来るくらいの力を隠していて、今はまだ遊び半分で戦っているだけなのでは……」
「え……?」

 ベテラン兵の言葉を耳にした兵たちの顔が強張った。

「まさか……」

 出来れば、その推測は否定したいところだったが、死線を何度も潜り抜けてきたであろう老兵の言葉には、何とも言えない説得力がある。
 兵たちは互いに顔を見合わせると、畏怖と希望の入り混じった目で上空を見上げた。
 激しく戦い合う、漆黒の魔王と紅光の勇者を――。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 兵たちの視線の先――アヴァーシの遥か上空。

 「――うおぉっ?」

 素っ頓狂な声を上げて、咄嗟に首を捻ったギャレマスの顔スレスレのところを、剣呑な音を立てながら赤いエネルギー弾が通り過ぎた。

「ひ……!」

 自分の黒髪が数房切れて風に舞い、エネルギー弾が掠った頬から血が噴き出した事に気付いたギャレマスは、微かな悲鳴を上げて顔を引き攣らせる。
 慌てて血が滴る頬を掌で押さえた彼は、キッと眦を上げ、自分の前で不敵な薄笑みを浮かべている貧相な人間族ヒューマーの男に向かって抗議の声を上げた。

「しゅ、シュータッ! 危ないであろうが!」
「うっせえなぁ」

 ギャレマスの抗議の声にも、シュータは耳に小指を突っ込みながら涼しい顔をしている。
 そして、耳の穴から抜いた小指に息を吹きかけながら、だるそうに言った。

「さっきから大丈夫だって言ってんだろうが。ちゃんと死なないように手加減してやってるから、安心して食らえ」
「い、いやいや! 今のは避けなかったら無事じゃすまぬレベルだったぞ!」
「だから、心配ねえっつってんだろうが。テメエ相手だったら、直撃しても大した事にはならねえよ。せいぜい、鼻が潰れて人相が変わる程度だ」
「いやいやいやいや! 十二分に大した事だろうがぁっ!」

 ギャレマスは、顔を青ざめさせながら怒鳴る。

「だ……第一、この戦いは、地上の人間族ヒューマーたちの目を集め、欺く為の“芝居”のはずだろうが! それが何で、余の鼻を潰すレベルの攻撃を当てるつもりで放つのだ、お主は!」
「んなの、決まってんだろうが」

 ギャレマスの怒声にも、シュータは全く動じる様子を見せず、首をコキコキと鳴らしながら答えた。

「芝居にも、ある程度のリアリティってのが必要なんだよ。ちょっと顔が潰れるくらい我慢しろ、魔王だろ?」
「ま、魔王にだって痛覚はあるのだぞッ!」

 ギャレマスは憤懣を露わにしながら叫んだ。
 そして、眉間に深い皺を寄せながら、ぼそりと呟く。

「……というか、痛みに弱いのは、お主だって同じだろうが。この前の『良き湯だな』で、余に一発殴られた程度で泣きべそかいていたのは、どこのどいつ――」
「……何か言ったか?」
「アッイエ! ナンデモナイデス!」

 ドスの利いたシュータの声を聞いた瞬間、ギャレマスは顔を青ざめさせ、ピンと背筋を伸ばしながら声を裏返す。
 シュータは、眉間に深い皺を刻みながらギャレマスの顔を睨みつけていたが、ふと地上の方に目を向けると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「……!」

 それを見たギャレマスの胸が、嫌な予感でざわつく。

「なあ……」
「な……なんだ……?」

 低いシュータの声に、僅かに身体を震わせながらおずおずと応えるギャレマス。
 ――だが、シュータが口にしたのは、意外な言葉だった。

「クソ魔王……これからは、本気で戦っていいぜ。――雷系呪術の使用を許してやるよ」
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