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エピソード8 謀事魔多し
姫と指笛と希望
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――ちょうどその時、
エラルティスの奸計に嵌って誘き寄せられた廃精製所の一室の床にへたり込み、呆然とするだけだったスウィッシュが、涙で潤んだ目を見開き、キョロキョロと周囲を見回した。
「……なに、今の音? ものすごく高い……」
「――スッチーにも聞こえた?」
スウィッシュの呟きに頷いたのは、ジェレミィアだった。
彼女は、頭の上の三角形の耳をぴょこぴょこと動かして、ゆっくりと頭を巡らせる。
「……部屋の中な上に一瞬だけだったから、詳しい距離までは掴めなかったけど……多分、西の方から聞こえてきたと思うよ」
「西……アヴァーシの街の外からって事?」
「多分ね」
スウィッシュの問いかけに小さく頷いたジェレミィアは、指で顎の先を擦りながら、先ほど微かに聞こえた音の事を思い返す。
「あれは多分……口笛……いや、指笛かなぁ?」
「指笛……?」
ジェレミィアの答えに、スウィッシュは何か引っかかるものを感じた。険しい表情を浮かべ、額を指で押さえる彼女の脳裏に、かつて目にした覚えのある光景が浮かび上がろうとしている。
そんな彼女の異変に気付かず、ジェレミィアは更に推測を述べ続ける。
「……て言っても、今のは音域が高すぎて、人間族じゃ聴き取れないレベルだと思うけど。犬や狼並みの聴覚を備えた、アタシたち獣人なら何とか聴こえるけどね。……でも、スッチーにも聴こえたって事は、魔族の聴覚も結構すごい――」
「――ジェレミィアッ!」
「ハッ、ハイッ?」
急に、自分の言葉を遮るように叫んだスウィッシュに驚き、目を丸くするジェレミィア。
スウィッシュは、勢いよく立ち上がると、縋るようにジェレミィアの腕を掴みながら、必死の形相で問い質す。
「指笛……! さっきの音は、指笛で間違いない?」
「え……う、うん……」
ジェレミィアは、スウィッシュの剣幕に思わず気圧されながら、ウンウンと頷いた。
「ほんの微かだったけど、間違いないよ。あれは……離れたところにいる動物や魔物を呼び寄せたりする時によく使う、指笛の音だった」
「……ッ!」
スウィッシュは、ジェレミィアの答えを聞いて、大きく目を見開く。
そして、ジェレミィアの腕を掴んだまま、部屋の出口へ大股に歩き出した。
「――行こう! 急いで!」
「え……? ちょ、ちょっと……スッチー? い、いきなりどうしたの? 行くって、どこに――?」
「決まってるでしょ!」
腕を引っ張られながら、戸惑いの表情を浮かべて訊ねるジェレミィアに、興奮した声で答えるスウィッシュ。
彼女の脳裏には、いつぞやに見た、指笛を吹く赤毛の少女の姿が浮かんでいる。
「間違いないわ。さっきの指笛は、サリア様が吹いたものよ! つまり――」
スウィッシュは、先ほどまでとは打って変わり、紫色の瞳を希望で輝かせながら叫んだ。
「――指笛の鳴った場所に、サリア様がいる!」
◆ ◆ ◆ ◆
「何ですの、今のはっ!」
右手で頭を押さえながら、苦しげに顔を顰めたエラルティスが、大股で部屋に入ってくるや、部屋の中央の柱に縛りつけられたサリアに向かって声を荒げた。
「貴女の仕業でしょう?」
「な……何の事?」
突然の詰問に、驚いた顔をして首を傾げるサリア。
そんな彼女を、エラルティスは鋭い目で睨みつけた。
「しらばっくれても無駄ですわよ! わらわ達が同時に原因不明の頭痛に襲われるなんて、貴女が何かよからぬ事をしたからに違いありませんわ!」
そう怒鳴りながら、つかつかとサリアの元に近寄ったエラルティスは、彼女を拘束している太い縄を掴んで引っ張った。
そして、縄に僅かな緩みが生じている事に気付き、目を吊り上げる。
「ほら……! やっぱり!」
「……」
その緩みは片手を抜くのがせいぜいといった感じだったが、先ほどサリアが気絶している間に、指一本入らない程に締めあげた事を念入りに確かめたのだ。自然に緩むという事は考えられない。
そして、自分の顔から目を逸らしたサリアの態度から、エラルティスは、それが彼女の仕業である事を確信する。
彼女は、皮肉げに口の端を吊り上げ、憎々しげに言った。
「まったく……少し目を離したら、すぐに悪さを企むんですから。汚いですわねぇ、さすが魔族さすが汚い」
「……」
唇を噛んで、エラルティスの侮蔑に無言で耐えるサリア。
そんな彼女に凄惨な嘲笑を向けたエラルティスは、おもむろに彼女の首筋にかけられたミスチール鋼製の首輪に手を触れた。
「ふふ……おいたが過ぎる魔族には、キチンとお仕置きをしてあげませんとねぇ」
「……くぅ……うぅぅ……ああッ!」
エラルティスによって、ミスチール鋼の首輪に法力を流し込まれたサリアは、身体を走る激痛に顔を歪め、その口元から苦悶の声を漏らす。
数十秒ほど法力を流し続け、サリアががくりと首を折ったのを確かめたエラルティスは、ようやく首輪から手を離した。
そして、くるりと振り返ると、頭を押さえながらふたりの事を傍観していた警備の男たちに向かって険しい声を上げる。
「……まったく! 貴方たちは、見張りも満足にできませんのッ? この魔族の娘が、二度とヘンな真似をしないように、キチンと目を離さずに見てなさい! 今度ヘマをしたら、呪いますわよ!」
「は、ハッ! 申し訳ございません、聖女様ッ!」
警備の男たちは、エラルティスの激しい叱責を浴びて、顔を青ざめさせながらピンと背筋を伸ばす。
そんな彼らの事を見下し切った目で一瞥したエラルティスは、サリアの身体に巻きついた太縄を指さしながら命じた。
「分かったのなら、さっさと緩んだ縄を締め直しなさいな! 身じろぎひとつできないくらいにきつく、ね!」
「は、ハイッ! 了解いたしましたっ!」
エラルティスの声に弾かれるようにして、男たちが中央の柱へと集まり、サリアを縛りつけている太縄を締め上げる。
「……くぅ……痛っ……!」
反失神の状態でも、身体に食い込む太縄の痛みを感じ、意識が混濁したまま苦悶の声を上げるサリア。
そして、気を失う寸前、彼女は僅かな希望を込めて祈った。
(……お願い。助けに来て……ポ……)
先ほど鳴らした指笛が、彼女の友の耳に届く事を……。
エラルティスの奸計に嵌って誘き寄せられた廃精製所の一室の床にへたり込み、呆然とするだけだったスウィッシュが、涙で潤んだ目を見開き、キョロキョロと周囲を見回した。
「……なに、今の音? ものすごく高い……」
「――スッチーにも聞こえた?」
スウィッシュの呟きに頷いたのは、ジェレミィアだった。
彼女は、頭の上の三角形の耳をぴょこぴょこと動かして、ゆっくりと頭を巡らせる。
「……部屋の中な上に一瞬だけだったから、詳しい距離までは掴めなかったけど……多分、西の方から聞こえてきたと思うよ」
「西……アヴァーシの街の外からって事?」
「多分ね」
スウィッシュの問いかけに小さく頷いたジェレミィアは、指で顎の先を擦りながら、先ほど微かに聞こえた音の事を思い返す。
「あれは多分……口笛……いや、指笛かなぁ?」
「指笛……?」
ジェレミィアの答えに、スウィッシュは何か引っかかるものを感じた。険しい表情を浮かべ、額を指で押さえる彼女の脳裏に、かつて目にした覚えのある光景が浮かび上がろうとしている。
そんな彼女の異変に気付かず、ジェレミィアは更に推測を述べ続ける。
「……て言っても、今のは音域が高すぎて、人間族じゃ聴き取れないレベルだと思うけど。犬や狼並みの聴覚を備えた、アタシたち獣人なら何とか聴こえるけどね。……でも、スッチーにも聴こえたって事は、魔族の聴覚も結構すごい――」
「――ジェレミィアッ!」
「ハッ、ハイッ?」
急に、自分の言葉を遮るように叫んだスウィッシュに驚き、目を丸くするジェレミィア。
スウィッシュは、勢いよく立ち上がると、縋るようにジェレミィアの腕を掴みながら、必死の形相で問い質す。
「指笛……! さっきの音は、指笛で間違いない?」
「え……う、うん……」
ジェレミィアは、スウィッシュの剣幕に思わず気圧されながら、ウンウンと頷いた。
「ほんの微かだったけど、間違いないよ。あれは……離れたところにいる動物や魔物を呼び寄せたりする時によく使う、指笛の音だった」
「……ッ!」
スウィッシュは、ジェレミィアの答えを聞いて、大きく目を見開く。
そして、ジェレミィアの腕を掴んだまま、部屋の出口へ大股に歩き出した。
「――行こう! 急いで!」
「え……? ちょ、ちょっと……スッチー? い、いきなりどうしたの? 行くって、どこに――?」
「決まってるでしょ!」
腕を引っ張られながら、戸惑いの表情を浮かべて訊ねるジェレミィアに、興奮した声で答えるスウィッシュ。
彼女の脳裏には、いつぞやに見た、指笛を吹く赤毛の少女の姿が浮かんでいる。
「間違いないわ。さっきの指笛は、サリア様が吹いたものよ! つまり――」
スウィッシュは、先ほどまでとは打って変わり、紫色の瞳を希望で輝かせながら叫んだ。
「――指笛の鳴った場所に、サリア様がいる!」
◆ ◆ ◆ ◆
「何ですの、今のはっ!」
右手で頭を押さえながら、苦しげに顔を顰めたエラルティスが、大股で部屋に入ってくるや、部屋の中央の柱に縛りつけられたサリアに向かって声を荒げた。
「貴女の仕業でしょう?」
「な……何の事?」
突然の詰問に、驚いた顔をして首を傾げるサリア。
そんな彼女を、エラルティスは鋭い目で睨みつけた。
「しらばっくれても無駄ですわよ! わらわ達が同時に原因不明の頭痛に襲われるなんて、貴女が何かよからぬ事をしたからに違いありませんわ!」
そう怒鳴りながら、つかつかとサリアの元に近寄ったエラルティスは、彼女を拘束している太い縄を掴んで引っ張った。
そして、縄に僅かな緩みが生じている事に気付き、目を吊り上げる。
「ほら……! やっぱり!」
「……」
その緩みは片手を抜くのがせいぜいといった感じだったが、先ほどサリアが気絶している間に、指一本入らない程に締めあげた事を念入りに確かめたのだ。自然に緩むという事は考えられない。
そして、自分の顔から目を逸らしたサリアの態度から、エラルティスは、それが彼女の仕業である事を確信する。
彼女は、皮肉げに口の端を吊り上げ、憎々しげに言った。
「まったく……少し目を離したら、すぐに悪さを企むんですから。汚いですわねぇ、さすが魔族さすが汚い」
「……」
唇を噛んで、エラルティスの侮蔑に無言で耐えるサリア。
そんな彼女に凄惨な嘲笑を向けたエラルティスは、おもむろに彼女の首筋にかけられたミスチール鋼製の首輪に手を触れた。
「ふふ……おいたが過ぎる魔族には、キチンとお仕置きをしてあげませんとねぇ」
「……くぅ……うぅぅ……ああッ!」
エラルティスによって、ミスチール鋼の首輪に法力を流し込まれたサリアは、身体を走る激痛に顔を歪め、その口元から苦悶の声を漏らす。
数十秒ほど法力を流し続け、サリアががくりと首を折ったのを確かめたエラルティスは、ようやく首輪から手を離した。
そして、くるりと振り返ると、頭を押さえながらふたりの事を傍観していた警備の男たちに向かって険しい声を上げる。
「……まったく! 貴方たちは、見張りも満足にできませんのッ? この魔族の娘が、二度とヘンな真似をしないように、キチンと目を離さずに見てなさい! 今度ヘマをしたら、呪いますわよ!」
「は、ハッ! 申し訳ございません、聖女様ッ!」
警備の男たちは、エラルティスの激しい叱責を浴びて、顔を青ざめさせながらピンと背筋を伸ばす。
そんな彼らの事を見下し切った目で一瞥したエラルティスは、サリアの身体に巻きついた太縄を指さしながら命じた。
「分かったのなら、さっさと緩んだ縄を締め直しなさいな! 身じろぎひとつできないくらいにきつく、ね!」
「は、ハイッ! 了解いたしましたっ!」
エラルティスの声に弾かれるようにして、男たちが中央の柱へと集まり、サリアを縛りつけている太縄を締め上げる。
「……くぅ……痛っ……!」
反失神の状態でも、身体に食い込む太縄の痛みを感じ、意識が混濁したまま苦悶の声を上げるサリア。
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