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エピソード8 謀事魔多し
魔王と古龍種と墜落
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――話は、それから十五分ほど前に遡る。
「……ぶふうん?」
アヴァーシの南方――ホトタモカヤの大草原にある丘の窪みに隠れるようにして身を伏せていた一頭の巨大な白い龍が、大きな耳をピクリと動かすと、伏せていた頭をムクリと上げた。
その、全身を象牙色をした鱗に覆われた古龍種は、真誓魔王国の王女サリア・ギャレマスの無二の親友――ポルンである。
ポルンは、ウンダロース山脈の山中で見つけたアルトゥーを山の向こうまで運んだ後、ホトタモカヤの大草原のあちこちに駐屯している人間族兵たちの目から隠れるようにして、丘と丘の間にある大きな窪みに潜み、再びサリアからの呼び出しがかかるのを、ずっと待っていた。
ポルンは、何としても大好きな親友の役に立ちたかったのだ。
……だが、合図である指笛の音は、なかなか聞こえてこない。
それでも、ポルンは待ち続けた。
人間族の目に触れぬよう、じっと丘の窪みに身を伏せたまま。
何日も、何日も……。
――そして、今日。
「――ぶふうんっ!」
間違いない。
今、一瞬だけ聞こえた微かな高い音は、ずっと待ち続けていたサリアからの合図である指笛の音だ。
そう確信したポルンは、折り曲げていた四肢を伸ばして立ち上がると、背中に畳んでいた巨大な双翼を目いっぱい伸ばす。
木の枝に留まってうたた寝をしていた鳥たちが、突然動き出した巨体に驚いて一斉に夜空に飛び立った夥しい羽音で、周囲はたちまちのうちに喧騒に包まれた。
「ぶふうううううううううんっ!」
鳥や獣たちが奏でる騒乱の音に倍する咆哮を上げたポルンは、その長い首をぐるりと廻らし、指笛がどこから聞こえてきたかを思い返す。
「ぶふう……!」
ポルンはある一点に首を向け、その巨大な目を眇めるようにして凝視した。
そして、確信した。その先に、自分にとってかけがえの無い親友が居る事を。
――そして、彼女が自分に助けを求めている事を。
「ぶふうううううううううううううんっ!」
ポルンは、一際大きな咆哮を上げると、背中の白翼を大きく羽搏かせた。
周囲の草木が、翼が巻き起こした強風に煽られて大きく揺れる中、ポルンの身体はゆっくりと空中に浮き上がる。
「ぶふうううううううううう――んっ!」
ポルンは、更に強く翼で空気を叩き、空高く飛び上がった。
そして、象牙色の鱗を月明かりで輝かせながら、分厚い闇に覆われた夜の空を、すさまじい速度で駆け始める。
眼下の地上の景色が目まぐるしく流れていく。だが、ポルンはそんな光景を一瞥もせず、ただただ一刻も早くサリアの元に辿り着かんが為に、背中の白翼を激しく羽搏かせ続けた。
――その時、
「……ぶふ?」
ポルンは、自分の進行方向に瞬く紅い光に気付いて、怪訝な声を上げる。
まだ大分距離が離れているようだが、数個の紅い光が不規則な動きを取りながら、漆黒の夜空に浮かんでいるのが見えた。
その正体が何なのか分からぬまま、ポルンは身体を傾け、とりあえず紅い光の集団と接触するコースを回避しようとする。
――だが、そうしようとした矢先、紅い光は熾り火が消えるようにかき消えた。
それを見たポルンは、安堵して、一瞬だけ気を逸らす。
その時――
唐突に、ポルンの目の前に、どこか見覚えのある男の姿が現れた。
彼が漆黒のローブを身に纏っていた事もあって、視認が遅れたのだ。
「こ……これ――い、いや、お主は……ポル――」
「――ぶふぅっ?」
突然眼前に現れた魔族の中年男にひどく驚いたポルンは、本能的に身体を空中でくねらせ、その長い尻尾を大きく撓らせ――、
「ぶふうううううううううんっ!」
そのまま力任せに中年男に叩きつける。
「ぐふぅえおわああああああああ~ッ!」
哀れ、巨大な鞭の如き痛烈な一撃を受けた中年男は、どこか間の抜けた悲鳴と共に、身体を空中で激しく回転させながら、緩やかな放物線を描いて遥か彼方へと飛んでいったのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆
「うおうわああああぉおえあああおおおうううああああ~ッ!」
ポルンの尻尾の一撃によって吹っ飛ばされたギャレマス。
彼はグルグルと目を回しながら、凄まじい遠心力の前に為す術もなく身を委ねるだけだった。
体に錐揉み回転がかかった状態では、今自分が上を向いているのか、それとも下を向いているのかがまるで分からない。
ただ、時折見える地上の光景がだんだんと大きくなってきているので、自分が地上に向けて落下しているのは確かだった。
(い……いかん! このままでは、墜落してしまう……!)
危険を感じたギャレマスは、必死で背中の黒翼を羽搏かせようとするものの、身体に纏わりつく風圧と遠心力がそれを許さない。
ギャレマスが姿勢制御に手間取っている間に、彼の身体はどんどんと高度が下がっていく。
と――、彼の目の前に、草原の中にポツンと立つ廃寺院が現れた。
「うおっ! ぶ、ぶつかる――ッ!」
みるみる近付く廃寺院の朽ちかけた屋根を目の当たりにしたギャレマスは、交差した両腕を前に掲げ、衝突に備える。
その直後、彼の身体は廃寺院の屋根を突き破った。
「ぶふぅっ!」
衝突の衝撃と飛び散る瓦礫に、ギャレマスは思わず苦悶の声を上げる。
そして、その身体は廃寺院の石畳の床に強かに叩きつけられた。
「うごおうッ! い……痛たたたたた……!」
墜落の際に打ちつけた額を擦りながら、ギャレマスはヨロヨロと身を起こす。
並みの魔族なら、この高さと勢いで地上に叩きつけられてはひとたまりも無かっただろうが、彼は“地上最強の生物”雷王ギャレマスである。
その並外れて強靭な身体は、斯様にすさまじい衝撃にも耐え切った。
「う……うう、頭がガンガンする……」
……とはいえ、身体を高速回転させられた上、遥か上空から地上まで一気に降下した事で、彼の三半規管はすっかり狂ってしまった。
まるで大嵐の中の小舟に乗っているように、視界と足元がぐらりぐらりと揺れている。
「う、うう……き、気持ち悪い……は……吐きそう……だ……オエエエ」
彼は口元を押さえて、その場にへたり込む。
そして、必死で吐き気を押さえながら、グルグルと円を描くかのように揺れる視界で、周りを見回した。
「こ……ここは……い、一体……どこ――」
「――まぁ……うさまっ!」
「……んん?」
その時、激しい耳鳴りの中に微かな叫び声が混じっていた様な気がして、ギャレマスは訝しげに首を傾げる。
「な……何だ、今のは? だ……誰かおる――のか?」
「……とう様! お父様ぁッ!」
「――そ、その声はッ?」
少し耳鳴りが収まったところで鼓膜を揺らした少女の絶叫に、ギャレマスは目を大きく見開いた。
そして、慌てて声のした方に顔を向ける。
「――さ」
ようやく定まりかけた彼の目に映ったのは――身体を大きな石柱に縛りつけられた、赤毛の少女。
……そう。
「――サリアアアアアァッ!」
――彼の最愛の娘の姿だった。
「……ぶふうん?」
アヴァーシの南方――ホトタモカヤの大草原にある丘の窪みに隠れるようにして身を伏せていた一頭の巨大な白い龍が、大きな耳をピクリと動かすと、伏せていた頭をムクリと上げた。
その、全身を象牙色をした鱗に覆われた古龍種は、真誓魔王国の王女サリア・ギャレマスの無二の親友――ポルンである。
ポルンは、ウンダロース山脈の山中で見つけたアルトゥーを山の向こうまで運んだ後、ホトタモカヤの大草原のあちこちに駐屯している人間族兵たちの目から隠れるようにして、丘と丘の間にある大きな窪みに潜み、再びサリアからの呼び出しがかかるのを、ずっと待っていた。
ポルンは、何としても大好きな親友の役に立ちたかったのだ。
……だが、合図である指笛の音は、なかなか聞こえてこない。
それでも、ポルンは待ち続けた。
人間族の目に触れぬよう、じっと丘の窪みに身を伏せたまま。
何日も、何日も……。
――そして、今日。
「――ぶふうんっ!」
間違いない。
今、一瞬だけ聞こえた微かな高い音は、ずっと待ち続けていたサリアからの合図である指笛の音だ。
そう確信したポルンは、折り曲げていた四肢を伸ばして立ち上がると、背中に畳んでいた巨大な双翼を目いっぱい伸ばす。
木の枝に留まってうたた寝をしていた鳥たちが、突然動き出した巨体に驚いて一斉に夜空に飛び立った夥しい羽音で、周囲はたちまちのうちに喧騒に包まれた。
「ぶふうううううううううんっ!」
鳥や獣たちが奏でる騒乱の音に倍する咆哮を上げたポルンは、その長い首をぐるりと廻らし、指笛がどこから聞こえてきたかを思い返す。
「ぶふう……!」
ポルンはある一点に首を向け、その巨大な目を眇めるようにして凝視した。
そして、確信した。その先に、自分にとってかけがえの無い親友が居る事を。
――そして、彼女が自分に助けを求めている事を。
「ぶふうううううううううううううんっ!」
ポルンは、一際大きな咆哮を上げると、背中の白翼を大きく羽搏かせた。
周囲の草木が、翼が巻き起こした強風に煽られて大きく揺れる中、ポルンの身体はゆっくりと空中に浮き上がる。
「ぶふうううううううううう――んっ!」
ポルンは、更に強く翼で空気を叩き、空高く飛び上がった。
そして、象牙色の鱗を月明かりで輝かせながら、分厚い闇に覆われた夜の空を、すさまじい速度で駆け始める。
眼下の地上の景色が目まぐるしく流れていく。だが、ポルンはそんな光景を一瞥もせず、ただただ一刻も早くサリアの元に辿り着かんが為に、背中の白翼を激しく羽搏かせ続けた。
――その時、
「……ぶふ?」
ポルンは、自分の進行方向に瞬く紅い光に気付いて、怪訝な声を上げる。
まだ大分距離が離れているようだが、数個の紅い光が不規則な動きを取りながら、漆黒の夜空に浮かんでいるのが見えた。
その正体が何なのか分からぬまま、ポルンは身体を傾け、とりあえず紅い光の集団と接触するコースを回避しようとする。
――だが、そうしようとした矢先、紅い光は熾り火が消えるようにかき消えた。
それを見たポルンは、安堵して、一瞬だけ気を逸らす。
その時――
唐突に、ポルンの目の前に、どこか見覚えのある男の姿が現れた。
彼が漆黒のローブを身に纏っていた事もあって、視認が遅れたのだ。
「こ……これ――い、いや、お主は……ポル――」
「――ぶふぅっ?」
突然眼前に現れた魔族の中年男にひどく驚いたポルンは、本能的に身体を空中でくねらせ、その長い尻尾を大きく撓らせ――、
「ぶふうううううううううんっ!」
そのまま力任せに中年男に叩きつける。
「ぐふぅえおわああああああああ~ッ!」
哀れ、巨大な鞭の如き痛烈な一撃を受けた中年男は、どこか間の抜けた悲鳴と共に、身体を空中で激しく回転させながら、緩やかな放物線を描いて遥か彼方へと飛んでいったのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆
「うおうわああああぉおえあああおおおうううああああ~ッ!」
ポルンの尻尾の一撃によって吹っ飛ばされたギャレマス。
彼はグルグルと目を回しながら、凄まじい遠心力の前に為す術もなく身を委ねるだけだった。
体に錐揉み回転がかかった状態では、今自分が上を向いているのか、それとも下を向いているのかがまるで分からない。
ただ、時折見える地上の光景がだんだんと大きくなってきているので、自分が地上に向けて落下しているのは確かだった。
(い……いかん! このままでは、墜落してしまう……!)
危険を感じたギャレマスは、必死で背中の黒翼を羽搏かせようとするものの、身体に纏わりつく風圧と遠心力がそれを許さない。
ギャレマスが姿勢制御に手間取っている間に、彼の身体はどんどんと高度が下がっていく。
と――、彼の目の前に、草原の中にポツンと立つ廃寺院が現れた。
「うおっ! ぶ、ぶつかる――ッ!」
みるみる近付く廃寺院の朽ちかけた屋根を目の当たりにしたギャレマスは、交差した両腕を前に掲げ、衝突に備える。
その直後、彼の身体は廃寺院の屋根を突き破った。
「ぶふぅっ!」
衝突の衝撃と飛び散る瓦礫に、ギャレマスは思わず苦悶の声を上げる。
そして、その身体は廃寺院の石畳の床に強かに叩きつけられた。
「うごおうッ! い……痛たたたたた……!」
墜落の際に打ちつけた額を擦りながら、ギャレマスはヨロヨロと身を起こす。
並みの魔族なら、この高さと勢いで地上に叩きつけられてはひとたまりも無かっただろうが、彼は“地上最強の生物”雷王ギャレマスである。
その並外れて強靭な身体は、斯様にすさまじい衝撃にも耐え切った。
「う……うう、頭がガンガンする……」
……とはいえ、身体を高速回転させられた上、遥か上空から地上まで一気に降下した事で、彼の三半規管はすっかり狂ってしまった。
まるで大嵐の中の小舟に乗っているように、視界と足元がぐらりぐらりと揺れている。
「う、うう……き、気持ち悪い……は……吐きそう……だ……オエエエ」
彼は口元を押さえて、その場にへたり込む。
そして、必死で吐き気を押さえながら、グルグルと円を描くかのように揺れる視界で、周りを見回した。
「こ……ここは……い、一体……どこ――」
「――まぁ……うさまっ!」
「……んん?」
その時、激しい耳鳴りの中に微かな叫び声が混じっていた様な気がして、ギャレマスは訝しげに首を傾げる。
「な……何だ、今のは? だ……誰かおる――のか?」
「……とう様! お父様ぁッ!」
「――そ、その声はッ?」
少し耳鳴りが収まったところで鼓膜を揺らした少女の絶叫に、ギャレマスは目を大きく見開いた。
そして、慌てて声のした方に顔を向ける。
「――さ」
ようやく定まりかけた彼の目に映ったのは――身体を大きな石柱に縛りつけられた、赤毛の少女。
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