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エピソード9 転移しても魔王だった件
魔王と白い部屋と温もり
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「うぅ……ん」
深い眠りの底から浮上したスウィッシュは、目を瞑ったまま微かな呻き声を上げた。
もう思い出せないが、何となく、とても良い夢を見ていたような、晴れ晴れとした心地の良さを感じる。
「……あったかい」
それは、横たわった自分が体を預けているものから感じる温もりによるものだろうか。それは、彼女の身体の重さを優しく受け止めている。
一定のリズムを刻んでゆっくりと上下するそれの上で、スウィッシュはとても満ち足りた気分だった。その確かな温もりと鼻をくすぐる独特の匂いが、彼女が忘れかけていた、遠い記憶を呼び起こさせるからだ。
(……ちちうえ)
幼い頃に死別した父親に抱き上げられ、優しくあやされた時の事を思い出したスウィッシュは、懐かしい想いを胸に抱きながら、ゆっくりと目を開く。
そして、目を開けた彼女の視界に入ったのは、既に鬼籍に入っている父親の顔ではなく――長い黒髪に黒い口髭を蓄えた、彼女の主の顔だった。
「へ――陛下……ッ?」
息のかかる至近距離でギャレマスの顔を目の当たりにしたスウィッシュは、激しく狼狽して上ずった声を漏らす。
そして、それまでの自分が、彼の胸に体を預けて眠っていた事実にようやく気付くと、たちまち顔を真っ赤に染め、慌てて身を起こした。
「へ、へへへへ陛下ッ! ももももも申し訳ござざざいませんっ! ああああたしったら、とんだ不敬を……」
動揺で激しく声をどもらせながら、急いでギャレマスの上から身をどかそうとしたスウィッシュだったが、一向に返事が無い事に気が付き、恐る恐る彼の顔を覗き込む。
――目を瞑ったギャレマスは、彼女を胸の上に乗せたまま、変わらず静かな寝息を立てていた。
「…………寝てる」
スウィッシュは、拍子抜けした声で呟いた。
それから、彼女はギャレマスの頬を軽く抓ってみたり、肩を揺すってみたりしたが、それでも彼は目を覚まさず、ただ「……むぅ……むにゃ……」と、寝息とも寝言ともつかぬ声を上げるだけだった。
「……ふふ」
それを聞いたスウィッシュは、思わず笑みを漏らした。
彼女は、ギャレマスの安らかな寝顔を見つめながら「……可愛い」と呟き、更に紅く頬を染める。
そして、躊躇いがちにその身を倒して、ギャレマスの胸に顔を深く埋めると、
「……ふふ、うふふふへへ……」
どことなく怪しい笑い声を漏らしながら、彼の身体の温もりを存分に堪能するのであった……。
◆ ◆ ◆ ◆
「む……うむぅ……」
ギャレマスが、微かな呻き声を上げて目を覚ましたのは、それから十分ほど経ってからだった。
何故かとても満ち足りた気分で目を開けたギャレマスは、自分がひんやりとした床の上に横たわっている事に気付いて、怪訝な表情を浮かべた。
「ここは……?」
寝起きでぼんやりした意識のまま、彼は寝ぼけ眼で周囲を見回す。
そこは、壁も床も天井も真っ白な、だだっ広い部屋だった。
四方を囲む壁には扉も窓もなく、燭台や松明のような光源も見当たらなかったが、不思議と部屋の中は真昼のように明るい。
「どこだ、ここは……? 余は確か……」
ギャレマスはそう呟きながら、薄く霞のかかったような頭を振りつつ身を起こそうとした。……だが、胸に何かが圧し掛かっているようで、起きられない。
彼は不審に思いながら、視線を自分の胸元へと移す。
「え……えへへ……お、おはようございます、陛下……」
「ファ……ファ――ッ?」
自分の胸に埋めていた顔を上げて、照れ笑いを浮かべている蒼髪の少女の顔を見たギャレマスは、思わず驚愕の叫びを上げた。
「す、スススススウィッシュッ? な、何故お主が余の胸の上に……?」
「え……ええと……あ、あたしも今起きたばっかりで、良く分からないんですけど……」
ギャレマスから微妙に目を逸らしながら、スウィッシュは答える。
彼女の答えに対し、ギャレマスは特に不審にも思わずに「そうか……」と頷いたが、すぐに『うら若い娘を自分の胸の上に乗せている』という事実を思い出した。
「って! す、すまぬ、スウィッシュ! いつまでも余のような中年オヤジの上に乗せられていては不快であろう!」
彼は上ずった声でそう叫ぶと、スウィッシュの肩を支えて、彼女の身体を自分の胸の上から隣の床に下ろす。
「あ……いえ、そんな事は……」
スウィッシュは、少しガッカリしたような、少し不満そうな表情を浮かべながら首を横に振った。
一方のギャレマスは、バクバクと音を立てる心臓を落ち着かせようとするように胸に手を当てながら立ち上がり、忙しげに顎髭を撫でつけながら、意識を失う前の記憶を思い返してみる。
「た、たしか……余は、サリ――ツカサが放った雷の戦槌から、お主の身を護ろうとして……」
そう呟きながら、彼は恐る恐る自分の身体を手で触れて確かめ、それから訝しげな表情を浮かべて首を傾げた。
「ふむ……。エラルティスにやられた傷はそのままだが、それ以外の新たな負傷は無いようだ。これは……あの戦槌の攻撃を食らった訳では無いのか……?」
「あたしも……特にどこも……」
自分の身体を見回したスウィッシュも、当惑の表情を浮かべる。
「……どういう事でしょうか? 夜の廃墟で戦っていたはずのあたしたちが、いつの間に、こんな真っ白な部屋の中で眠っているなんて、どう考えたら……」
「……解らぬ」
スウィッシュの問いかけに、力無く頭を振るギャレマス。彼は沈んだ表情で自分の手のひらを見つめながら、「ただ……」と、躊躇いがちに言葉を継いだ。
「……一番腑に落ちるのは、あのツカサの攻撃で、余とお主は既に命を落としてしまっていて、ここはいわゆる“あの世の入口”という場所なのでは……という――」
「そ……そんな事ありません!」
ギャレマスの言葉を聞いたスウィッシュは、激しく首を横に振りながら叫ぶ。
そして、その紫の瞳を大きく見張りながら、ギャレマスに言った。
「だって……温かかったんです、陛下の胸の中……! あんなに温かいのに、死んでるなんて事はありません!」
「スウィッシュ……」
「ほら! 陛下も!」
スウィッシュはそう叫ぶと、おもむろにギャレマスの手を取り、自分の首元に当てる。
「す、スウィッシュ――?」
「いいから!」
驚いたギャレマスが、慌てて引っ込めようとした手を、そうはさせまいと強く握ったスウィッシュは、その掌をさらに強く自分の首筋に押し付けた。
そして、強い光を宿した紫色の瞳でギャレマスの顔を見つめながら、微かに震える声で問いかける。
「……どうです? あたしの身体……冷たいですか?」
「い……いや……」
彼女の問いに対し、ギャレマスは静かに首を横に振った。
「冷たくなぞない。温かい……いや、熱い……」
「……これでも、あたしが死んでいると思いますか?」
「いや」
ギャレマスは、もう一度、今度はキッパリと頭を振る。
そして、スウィッシュの首筋に触れていた手を彼女の火照った頬に当て、じっと見つめた。
「……」
「……」
静かに見つめ合うふたり。
ふたりの胸を打つ鼓動が、徐々に早くなっていく――。
――と、その時、
「――うん、そうじゃぞ」
「ッ!」
「っ?」
静寂に包まれた部屋の中に、唐突に幼い娘のものらしき声が響き渡り、ギャレマスとスウィッシュは驚いて顔を上げた。
「な――何者だっ?」
咄嗟にスウィッシュを背に庇い、ギャレマスは鋭い声で誰何し、キョロキョロと周囲を見回す。
彼の誰何に対する返事は、すぐに返ってきた。
「ここじゃ、ここじゃ」
「――ッ!」
声のした方向に振り向いたギャレマスとスウィッシュは、思わず目を丸くする。
そこには――背中から白鳥のような四枚の翼を生やし、光沢のある薄布を身体に巻きつけた、ひとりの銀髪の幼女が忽然と立っていた。
「い……いつの間に? だ……誰なの、あなた?」
「ふふん」
驚きで目を丸くしながら、スウィッシュが尋ねると、翼を生やした幼女は得意げに鼻で笑った。
そして、エヘンとばかりに胸を張り、尊大な態度で堂々と名乗る。
「わっちの名はインフォレミアルス。お主らの概念で言えば……いわゆるひとつの“女神”と呼ばれる存在じゃな」
「……は?」
「め……女神?」
「左様」
ポカンとするふたりの反応に、幼女は実に愉快そうに笑いながら深く頷くと、パチパチとまばらな拍手をした。
「そして、おめでとう」
「お……おめでとう……だと?」
唐突なインフォレミアルスの祝福に、戸惑いを隠せないギャレマス。
「左様」
と、彼にニヤリと笑みかけながら答えた幼女神は、更にふたりが驚愕する事実を口にする。
「つまり――そなたたちは、わっちが行った厳正なる抽選に見事当選したのじゃ。……そなたらの住む世界とは別の次元にある、わっちの世界への転移者を選ぶ為の、な」
深い眠りの底から浮上したスウィッシュは、目を瞑ったまま微かな呻き声を上げた。
もう思い出せないが、何となく、とても良い夢を見ていたような、晴れ晴れとした心地の良さを感じる。
「……あったかい」
それは、横たわった自分が体を預けているものから感じる温もりによるものだろうか。それは、彼女の身体の重さを優しく受け止めている。
一定のリズムを刻んでゆっくりと上下するそれの上で、スウィッシュはとても満ち足りた気分だった。その確かな温もりと鼻をくすぐる独特の匂いが、彼女が忘れかけていた、遠い記憶を呼び起こさせるからだ。
(……ちちうえ)
幼い頃に死別した父親に抱き上げられ、優しくあやされた時の事を思い出したスウィッシュは、懐かしい想いを胸に抱きながら、ゆっくりと目を開く。
そして、目を開けた彼女の視界に入ったのは、既に鬼籍に入っている父親の顔ではなく――長い黒髪に黒い口髭を蓄えた、彼女の主の顔だった。
「へ――陛下……ッ?」
息のかかる至近距離でギャレマスの顔を目の当たりにしたスウィッシュは、激しく狼狽して上ずった声を漏らす。
そして、それまでの自分が、彼の胸に体を預けて眠っていた事実にようやく気付くと、たちまち顔を真っ赤に染め、慌てて身を起こした。
「へ、へへへへ陛下ッ! ももももも申し訳ござざざいませんっ! ああああたしったら、とんだ不敬を……」
動揺で激しく声をどもらせながら、急いでギャレマスの上から身をどかそうとしたスウィッシュだったが、一向に返事が無い事に気が付き、恐る恐る彼の顔を覗き込む。
――目を瞑ったギャレマスは、彼女を胸の上に乗せたまま、変わらず静かな寝息を立てていた。
「…………寝てる」
スウィッシュは、拍子抜けした声で呟いた。
それから、彼女はギャレマスの頬を軽く抓ってみたり、肩を揺すってみたりしたが、それでも彼は目を覚まさず、ただ「……むぅ……むにゃ……」と、寝息とも寝言ともつかぬ声を上げるだけだった。
「……ふふ」
それを聞いたスウィッシュは、思わず笑みを漏らした。
彼女は、ギャレマスの安らかな寝顔を見つめながら「……可愛い」と呟き、更に紅く頬を染める。
そして、躊躇いがちにその身を倒して、ギャレマスの胸に顔を深く埋めると、
「……ふふ、うふふふへへ……」
どことなく怪しい笑い声を漏らしながら、彼の身体の温もりを存分に堪能するのであった……。
◆ ◆ ◆ ◆
「む……うむぅ……」
ギャレマスが、微かな呻き声を上げて目を覚ましたのは、それから十分ほど経ってからだった。
何故かとても満ち足りた気分で目を開けたギャレマスは、自分がひんやりとした床の上に横たわっている事に気付いて、怪訝な表情を浮かべた。
「ここは……?」
寝起きでぼんやりした意識のまま、彼は寝ぼけ眼で周囲を見回す。
そこは、壁も床も天井も真っ白な、だだっ広い部屋だった。
四方を囲む壁には扉も窓もなく、燭台や松明のような光源も見当たらなかったが、不思議と部屋の中は真昼のように明るい。
「どこだ、ここは……? 余は確か……」
ギャレマスはそう呟きながら、薄く霞のかかったような頭を振りつつ身を起こそうとした。……だが、胸に何かが圧し掛かっているようで、起きられない。
彼は不審に思いながら、視線を自分の胸元へと移す。
「え……えへへ……お、おはようございます、陛下……」
「ファ……ファ――ッ?」
自分の胸に埋めていた顔を上げて、照れ笑いを浮かべている蒼髪の少女の顔を見たギャレマスは、思わず驚愕の叫びを上げた。
「す、スススススウィッシュッ? な、何故お主が余の胸の上に……?」
「え……ええと……あ、あたしも今起きたばっかりで、良く分からないんですけど……」
ギャレマスから微妙に目を逸らしながら、スウィッシュは答える。
彼女の答えに対し、ギャレマスは特に不審にも思わずに「そうか……」と頷いたが、すぐに『うら若い娘を自分の胸の上に乗せている』という事実を思い出した。
「って! す、すまぬ、スウィッシュ! いつまでも余のような中年オヤジの上に乗せられていては不快であろう!」
彼は上ずった声でそう叫ぶと、スウィッシュの肩を支えて、彼女の身体を自分の胸の上から隣の床に下ろす。
「あ……いえ、そんな事は……」
スウィッシュは、少しガッカリしたような、少し不満そうな表情を浮かべながら首を横に振った。
一方のギャレマスは、バクバクと音を立てる心臓を落ち着かせようとするように胸に手を当てながら立ち上がり、忙しげに顎髭を撫でつけながら、意識を失う前の記憶を思い返してみる。
「た、たしか……余は、サリ――ツカサが放った雷の戦槌から、お主の身を護ろうとして……」
そう呟きながら、彼は恐る恐る自分の身体を手で触れて確かめ、それから訝しげな表情を浮かべて首を傾げた。
「ふむ……。エラルティスにやられた傷はそのままだが、それ以外の新たな負傷は無いようだ。これは……あの戦槌の攻撃を食らった訳では無いのか……?」
「あたしも……特にどこも……」
自分の身体を見回したスウィッシュも、当惑の表情を浮かべる。
「……どういう事でしょうか? 夜の廃墟で戦っていたはずのあたしたちが、いつの間に、こんな真っ白な部屋の中で眠っているなんて、どう考えたら……」
「……解らぬ」
スウィッシュの問いかけに、力無く頭を振るギャレマス。彼は沈んだ表情で自分の手のひらを見つめながら、「ただ……」と、躊躇いがちに言葉を継いだ。
「……一番腑に落ちるのは、あのツカサの攻撃で、余とお主は既に命を落としてしまっていて、ここはいわゆる“あの世の入口”という場所なのでは……という――」
「そ……そんな事ありません!」
ギャレマスの言葉を聞いたスウィッシュは、激しく首を横に振りながら叫ぶ。
そして、その紫の瞳を大きく見張りながら、ギャレマスに言った。
「だって……温かかったんです、陛下の胸の中……! あんなに温かいのに、死んでるなんて事はありません!」
「スウィッシュ……」
「ほら! 陛下も!」
スウィッシュはそう叫ぶと、おもむろにギャレマスの手を取り、自分の首元に当てる。
「す、スウィッシュ――?」
「いいから!」
驚いたギャレマスが、慌てて引っ込めようとした手を、そうはさせまいと強く握ったスウィッシュは、その掌をさらに強く自分の首筋に押し付けた。
そして、強い光を宿した紫色の瞳でギャレマスの顔を見つめながら、微かに震える声で問いかける。
「……どうです? あたしの身体……冷たいですか?」
「い……いや……」
彼女の問いに対し、ギャレマスは静かに首を横に振った。
「冷たくなぞない。温かい……いや、熱い……」
「……これでも、あたしが死んでいると思いますか?」
「いや」
ギャレマスは、もう一度、今度はキッパリと頭を振る。
そして、スウィッシュの首筋に触れていた手を彼女の火照った頬に当て、じっと見つめた。
「……」
「……」
静かに見つめ合うふたり。
ふたりの胸を打つ鼓動が、徐々に早くなっていく――。
――と、その時、
「――うん、そうじゃぞ」
「ッ!」
「っ?」
静寂に包まれた部屋の中に、唐突に幼い娘のものらしき声が響き渡り、ギャレマスとスウィッシュは驚いて顔を上げた。
「な――何者だっ?」
咄嗟にスウィッシュを背に庇い、ギャレマスは鋭い声で誰何し、キョロキョロと周囲を見回す。
彼の誰何に対する返事は、すぐに返ってきた。
「ここじゃ、ここじゃ」
「――ッ!」
声のした方向に振り向いたギャレマスとスウィッシュは、思わず目を丸くする。
そこには――背中から白鳥のような四枚の翼を生やし、光沢のある薄布を身体に巻きつけた、ひとりの銀髪の幼女が忽然と立っていた。
「い……いつの間に? だ……誰なの、あなた?」
「ふふん」
驚きで目を丸くしながら、スウィッシュが尋ねると、翼を生やした幼女は得意げに鼻で笑った。
そして、エヘンとばかりに胸を張り、尊大な態度で堂々と名乗る。
「わっちの名はインフォレミアルス。お主らの概念で言えば……いわゆるひとつの“女神”と呼ばれる存在じゃな」
「……は?」
「め……女神?」
「左様」
ポカンとするふたりの反応に、幼女は実に愉快そうに笑いながら深く頷くと、パチパチとまばらな拍手をした。
「そして、おめでとう」
「お……おめでとう……だと?」
唐突なインフォレミアルスの祝福に、戸惑いを隠せないギャレマス。
「左様」
と、彼にニヤリと笑みかけながら答えた幼女神は、更にふたりが驚愕する事実を口にする。
「つまり――そなたたちは、わっちが行った厳正なる抽選に見事当選したのじゃ。……そなたらの住む世界とは別の次元にある、わっちの世界への転移者を選ぶ為の、な」
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