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エピソード9 転移しても魔王だった件
魔王と王女と忠告
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それから数分後、ウェスクアとの話が終わったスウィッシュが、ギャレマスの方へ戻ってきた。
「お……お待たせしました、陛下……」
「お、おお、そうか……」
なぜか顔を赤らめて視線を逸らし、微妙に自分から距離を取ったスウィッシュの様子に違和感を覚えつつ、ギャレマスはおずおずと頷く。
すると、今度は彼に向けて、ウェスクアが手招きをした。
「ほれ、次はお主だ、鬼よ! さっさとこっちへ来やれ!」
「え……余もか?」
唐突に呼びつけられたギャレマスは、当惑しながら首を傾げる。
「だって……余は、スウィッシュと違って“乙女”などでは――」
「たわけ! んな事は分かっとるわ!」
眉を顰めたウェスクアは、苛立たしげに声を荒げた。
「今度は、国を統べる君主の先達として、お主に忠告をしてやると言うておるのじゃ!」
「あ……そ、そういう事か……」
ウェスクアの言葉に、ようやくギャレマスは合点がいく。
「分かったら、早よ来んかい! あまり乙女の事を待たせるでないわ!」
「お、おと……? あ、いや……りょ、了解した」
老王女に急かされたギャレマスは、慌てて彼女の許へと駆け寄った。
だが、
「遅い!」
「痛い!」
近付いた途端に、叱責と共にウェスクアが放った幽氣弾を食らったギャレマスは、涙目になって眉間を押さえながら抗議の声を上げる。
「うぇ、ウェスクア殿……いきなりは止めてもらえるか……? さすがに、至近距離からは痛――」
「たわけ! さっさと来ぬ方が悪いのじゃ! 妾には時間が無いと言うておるじゃろうが!」
「じ、時間が……あ」
そう言いかけたギャレマスは、ウェスクアの身体が半透明になっているのに気付いて、ハッとした表情を浮かべた。
「ウェスクア殿……お主、もう魂が……」
「そういう事じゃ」
ウェスクアは、消えかけている自分の指先に目を落としながら、ギャレマスの問いに対して鷹揚に頷く。
「民たちの魂と同様、禁術から解き放たれた妾の魂も、もう少しでこの世から離れる事になる。ようやく、妾もあの世に行けるのじゃな……」
「……」
「そのような顔をするでないわ、鬼よ。禁術に囚われて以来、妾はずっと望んでおったのじゃよ。このように、きちんと死に切れる事をな」
「ウェスクア殿……」
ギャレマスは、神妙な顔で頷いた。
ウェスクアは、そんな彼に険の取れた笑みを向けると、厚い雲の切れ間から覗く青い空を見上げながら言葉を継ぐ。
「ふふ……、楽しみじゃよ。もうすぐ、あの空の上で、この世界を統べし神様とやらに御目文字出来るのがのう。さぞや、ご立派な御姿をしていらっしゃるのじゃろうなぁ……」
「……」
期待に胸を膨らませている様子のウェスクアに、いたずら盛りの小娘のような幼女神の容姿を思い浮かべ、気まずそうに口を開きかけたギャレマスだったが、(――まあ、今ここで言うのも野暮だな……)と思い直して、グッと言葉を飲み込んだ。
ゴホンと咳払いをひとつしてから、彼は話題を変える。
「ところで……余への“忠告”とは、一体どんな――」
「おお、そうじゃったそうじゃった!」
ギャレマスの問いかけに大きく頷いたウェスクアは、チラリとスウィッシュの方を一瞥すると、「鬼よ……」と潜めた声で切り出した。
「其方……歳を理由にして、自分の気持ちに嘘を吐く様なことはするなよ」
「……は?」
ウェスクアの言葉に、キョトンとした表情を浮かべるギャレマス。
そんなとぼけたギャレマスの反応に、ウェスクアは苛立ちを露わにする。
「ほれ……『愛があれば、歳の差なんて』と言うであろうが! 互いが想い合い、互いを思いやれば、歳の差など取るに足らぬモノなんじゃぞ! だから、己の気持ちを押し殺したりはせず、思いの丈をあの小娘に――」
「ちょ、ちょっと待たれよ、ウェスクア殿ッ!」
ギャレマスは慌てて声を上げ、興奮気味に捲し立てるウェスクアの事を遮った。
「き……貴女が何を言わんとしておられるのか、余には良く解らぬのだが……」
「なんじゃ、まだしらばっくれる気かえ?」
ウェスクアは、呆れたようにギャレマスの顔を見る。
「戦っている時にも、あんなにラブラブっぷりを妾に見せつけおって……。アレでバレぬとでも思ったんかい、オノレは……」
「ば……バレぬも何も、余は別にそんな気持ちは……」
「はぁ~……だったら、まだハッキリと自覚しておらぬクチか……」
ウェスクアは盛大な溜息を吐くと、溜め無しの幽氣弾をギャレマスの鼻頭に撃ち込んだ。
「痛いッ!」
「今のは、あの娘っ子の代わりのお仕置きじゃ! まったく……鼻たれの小便くさい童か、オノレは」
鼻血を垂らしながら蹲るギャレマスの事を冷ややかに見下ろしながら、ウェスクアは呆れ声で言う。
「まあ良い。これを機会に、今一度自分の気持ちに問うてみる事じゃ。己の心の中が、誰にどのくらい占められておるのか、をな。……そこまで言えば、いくら何でも解るじゃろ?」
「……」
「早い方が良いぞ。いくら『愛があれば、歳の差なんて』と言うても、あまりに年老いてしまっては、そう信じる事が出来なくなってしまうんじゃ」
そう言うと、ウェスクアは皮肉げに顔を歪め、嘆息するように言葉を続けた。
「そうなったら悲惨じゃぞ。まともな思考が出来なくなる。例えば……想う相手との歳の差を少しでも縮めようとするあまりに、若返りの禁術に手を出した挙句、何もかも失ってしもうたり……な」
「ウェスクア殿……」
老媼の言葉を聞いたギャレマスは、ハッとして彼女の顔を見る。
そんな彼の許に、スウィッシュが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「――陛下! 大丈夫ですかっ? さあ、これで鼻血を止めて下さい」
「う、うむ。すまぬな、スウィッシュよ……」
「……」
主の身体を支えるスウィッシュと、彼女から渡されたハンカチでおずおずと鼻を押さえるギャレマスの姿を見て、ウェスクアはフッと微笑んだ。そして、自分の身体がますます薄くなっている事に気が付くと、静かに目を閉じ、ふたりに向けて声をかける。
「……さて、そろそろお迎えの時間のようじゃ。ふたりとも、息災でな」
「あ……」
「お、おお……」
ウェスクアの言葉に、スウィッシュとギャレマスは表情を曇らせ、小さく頷いた。
「ウェスクア殿こそ、元気でな……は、少し変か……」
「ええと……どうぞ、安らかに……でしょうか?」
「ほっほっほっ! まあ、何でも良いわ」
愉快そうな笑い声を立てたウェスクアは、ふと慈愛に満ちた目をスウィッシュに向ける。
「――氷を操る娘よ。些か大変かもしれんが、頑張るんじゃぞ。さっき妾が伝えたようにやれば、きっとうまくいくじゃろうて」
「は……はい……ガンバリマス……」
スウィッシュは、ウェスクアの言葉になぜか顔を赤らめて、ぎこちなく頷いた。
それを見て満足げに頷いた老媼は、今度は鋭い目をギャレマスに向ける。
「雷を操る鬼よ。お主もじゃぞ。……くれぐれも、妾のようにはなるなよ」
「……相分かった」
ウェスクアに向かって躊躇いがちに頷いたギャレマスだったが、ふと何かに気付いたように目を見開くと、「そういえば……」と彼女に尋ねた。
「それはともかく……先ほど貴女が口にしておった、『国を統べる君主の先達としての忠告』とやらを、まだ聞いていないようだが……」
「ああ……そのような事も言うたのう」
ウェスクアも思い出したように手を叩き、ニヤリと笑いながら答える。
「まあ……臣下の言葉に良く耳を傾けよ。――以上」
「い、以上って……それだけ……?」
「うるさいのう。もうくどくどと言う時間が無いんじゃ」
唖然とするギャレマスに、面倒くさげに言い放ったウェスクア。
だが、フッと表情を和らげると、「もっとも……」と言葉を継ぐ。
「今更、君主の先達として、妾がお主に垂れる説教などあるまい。そなたは、もう充分に“良き王”のようじゃ。それは、その娘っ子とのやり取りを見て、良く分かったわい」
そう言って、ニコリと微笑んだウェスクアの身体が、仄かに輝き始めた。いよいよ、彼女の魂が天に召される刻が来たのだ。
ウェスクアは、最後にふたりの顔を見回すと、満面の笑みを浮かべた。
「――ふたりとも、本当にありがとう」
……それが、ニーソガセ公王国最後の女王ウェスクア・エニック・スクンカバールが遺した、最期の言葉だった――。
「お……お待たせしました、陛下……」
「お、おお、そうか……」
なぜか顔を赤らめて視線を逸らし、微妙に自分から距離を取ったスウィッシュの様子に違和感を覚えつつ、ギャレマスはおずおずと頷く。
すると、今度は彼に向けて、ウェスクアが手招きをした。
「ほれ、次はお主だ、鬼よ! さっさとこっちへ来やれ!」
「え……余もか?」
唐突に呼びつけられたギャレマスは、当惑しながら首を傾げる。
「だって……余は、スウィッシュと違って“乙女”などでは――」
「たわけ! んな事は分かっとるわ!」
眉を顰めたウェスクアは、苛立たしげに声を荒げた。
「今度は、国を統べる君主の先達として、お主に忠告をしてやると言うておるのじゃ!」
「あ……そ、そういう事か……」
ウェスクアの言葉に、ようやくギャレマスは合点がいく。
「分かったら、早よ来んかい! あまり乙女の事を待たせるでないわ!」
「お、おと……? あ、いや……りょ、了解した」
老王女に急かされたギャレマスは、慌てて彼女の許へと駆け寄った。
だが、
「遅い!」
「痛い!」
近付いた途端に、叱責と共にウェスクアが放った幽氣弾を食らったギャレマスは、涙目になって眉間を押さえながら抗議の声を上げる。
「うぇ、ウェスクア殿……いきなりは止めてもらえるか……? さすがに、至近距離からは痛――」
「たわけ! さっさと来ぬ方が悪いのじゃ! 妾には時間が無いと言うておるじゃろうが!」
「じ、時間が……あ」
そう言いかけたギャレマスは、ウェスクアの身体が半透明になっているのに気付いて、ハッとした表情を浮かべた。
「ウェスクア殿……お主、もう魂が……」
「そういう事じゃ」
ウェスクアは、消えかけている自分の指先に目を落としながら、ギャレマスの問いに対して鷹揚に頷く。
「民たちの魂と同様、禁術から解き放たれた妾の魂も、もう少しでこの世から離れる事になる。ようやく、妾もあの世に行けるのじゃな……」
「……」
「そのような顔をするでないわ、鬼よ。禁術に囚われて以来、妾はずっと望んでおったのじゃよ。このように、きちんと死に切れる事をな」
「ウェスクア殿……」
ギャレマスは、神妙な顔で頷いた。
ウェスクアは、そんな彼に険の取れた笑みを向けると、厚い雲の切れ間から覗く青い空を見上げながら言葉を継ぐ。
「ふふ……、楽しみじゃよ。もうすぐ、あの空の上で、この世界を統べし神様とやらに御目文字出来るのがのう。さぞや、ご立派な御姿をしていらっしゃるのじゃろうなぁ……」
「……」
期待に胸を膨らませている様子のウェスクアに、いたずら盛りの小娘のような幼女神の容姿を思い浮かべ、気まずそうに口を開きかけたギャレマスだったが、(――まあ、今ここで言うのも野暮だな……)と思い直して、グッと言葉を飲み込んだ。
ゴホンと咳払いをひとつしてから、彼は話題を変える。
「ところで……余への“忠告”とは、一体どんな――」
「おお、そうじゃったそうじゃった!」
ギャレマスの問いかけに大きく頷いたウェスクアは、チラリとスウィッシュの方を一瞥すると、「鬼よ……」と潜めた声で切り出した。
「其方……歳を理由にして、自分の気持ちに嘘を吐く様なことはするなよ」
「……は?」
ウェスクアの言葉に、キョトンとした表情を浮かべるギャレマス。
そんなとぼけたギャレマスの反応に、ウェスクアは苛立ちを露わにする。
「ほれ……『愛があれば、歳の差なんて』と言うであろうが! 互いが想い合い、互いを思いやれば、歳の差など取るに足らぬモノなんじゃぞ! だから、己の気持ちを押し殺したりはせず、思いの丈をあの小娘に――」
「ちょ、ちょっと待たれよ、ウェスクア殿ッ!」
ギャレマスは慌てて声を上げ、興奮気味に捲し立てるウェスクアの事を遮った。
「き……貴女が何を言わんとしておられるのか、余には良く解らぬのだが……」
「なんじゃ、まだしらばっくれる気かえ?」
ウェスクアは、呆れたようにギャレマスの顔を見る。
「戦っている時にも、あんなにラブラブっぷりを妾に見せつけおって……。アレでバレぬとでも思ったんかい、オノレは……」
「ば……バレぬも何も、余は別にそんな気持ちは……」
「はぁ~……だったら、まだハッキリと自覚しておらぬクチか……」
ウェスクアは盛大な溜息を吐くと、溜め無しの幽氣弾をギャレマスの鼻頭に撃ち込んだ。
「痛いッ!」
「今のは、あの娘っ子の代わりのお仕置きじゃ! まったく……鼻たれの小便くさい童か、オノレは」
鼻血を垂らしながら蹲るギャレマスの事を冷ややかに見下ろしながら、ウェスクアは呆れ声で言う。
「まあ良い。これを機会に、今一度自分の気持ちに問うてみる事じゃ。己の心の中が、誰にどのくらい占められておるのか、をな。……そこまで言えば、いくら何でも解るじゃろ?」
「……」
「早い方が良いぞ。いくら『愛があれば、歳の差なんて』と言うても、あまりに年老いてしまっては、そう信じる事が出来なくなってしまうんじゃ」
そう言うと、ウェスクアは皮肉げに顔を歪め、嘆息するように言葉を続けた。
「そうなったら悲惨じゃぞ。まともな思考が出来なくなる。例えば……想う相手との歳の差を少しでも縮めようとするあまりに、若返りの禁術に手を出した挙句、何もかも失ってしもうたり……な」
「ウェスクア殿……」
老媼の言葉を聞いたギャレマスは、ハッとして彼女の顔を見る。
そんな彼の許に、スウィッシュが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「――陛下! 大丈夫ですかっ? さあ、これで鼻血を止めて下さい」
「う、うむ。すまぬな、スウィッシュよ……」
「……」
主の身体を支えるスウィッシュと、彼女から渡されたハンカチでおずおずと鼻を押さえるギャレマスの姿を見て、ウェスクアはフッと微笑んだ。そして、自分の身体がますます薄くなっている事に気が付くと、静かに目を閉じ、ふたりに向けて声をかける。
「……さて、そろそろお迎えの時間のようじゃ。ふたりとも、息災でな」
「あ……」
「お、おお……」
ウェスクアの言葉に、スウィッシュとギャレマスは表情を曇らせ、小さく頷いた。
「ウェスクア殿こそ、元気でな……は、少し変か……」
「ええと……どうぞ、安らかに……でしょうか?」
「ほっほっほっ! まあ、何でも良いわ」
愉快そうな笑い声を立てたウェスクアは、ふと慈愛に満ちた目をスウィッシュに向ける。
「――氷を操る娘よ。些か大変かもしれんが、頑張るんじゃぞ。さっき妾が伝えたようにやれば、きっとうまくいくじゃろうて」
「は……はい……ガンバリマス……」
スウィッシュは、ウェスクアの言葉になぜか顔を赤らめて、ぎこちなく頷いた。
それを見て満足げに頷いた老媼は、今度は鋭い目をギャレマスに向ける。
「雷を操る鬼よ。お主もじゃぞ。……くれぐれも、妾のようにはなるなよ」
「……相分かった」
ウェスクアに向かって躊躇いがちに頷いたギャレマスだったが、ふと何かに気付いたように目を見開くと、「そういえば……」と彼女に尋ねた。
「それはともかく……先ほど貴女が口にしておった、『国を統べる君主の先達としての忠告』とやらを、まだ聞いていないようだが……」
「ああ……そのような事も言うたのう」
ウェスクアも思い出したように手を叩き、ニヤリと笑いながら答える。
「まあ……臣下の言葉に良く耳を傾けよ。――以上」
「い、以上って……それだけ……?」
「うるさいのう。もうくどくどと言う時間が無いんじゃ」
唖然とするギャレマスに、面倒くさげに言い放ったウェスクア。
だが、フッと表情を和らげると、「もっとも……」と言葉を継ぐ。
「今更、君主の先達として、妾がお主に垂れる説教などあるまい。そなたは、もう充分に“良き王”のようじゃ。それは、その娘っ子とのやり取りを見て、良く分かったわい」
そう言って、ニコリと微笑んだウェスクアの身体が、仄かに輝き始めた。いよいよ、彼女の魂が天に召される刻が来たのだ。
ウェスクアは、最後にふたりの顔を見回すと、満面の笑みを浮かべた。
「――ふたりとも、本当にありがとう」
……それが、ニーソガセ公王国最後の女王ウェスクア・エニック・スクンカバールが遺した、最期の言葉だった――。
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