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エピソード9 転移しても魔王だった件
転生者と覚醒と人格
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インフォレミアルスの言葉を聞くや、眉間に深い皺を寄せ、床を睨みつけたまま黙り込んだギャレマスだったが、それから少ししてから、細く長い息を吐いた。
それから、表面上は冷静さを取り戻した様子で、幼女神の顔を見つめる。
「…………まあ、それは良い。……いや、良くは無いが、ひとまず、その話は措くとしよう。――インフォ殿、もうひとつ教えてくれ」
「好いぞ」
そう切り出したギャレマスに、コクンと頷くインフォレミアルス。
ギャレマスは、もう一度息を吐くと、再び口を開いた。
「……一度は初期化された記憶が蘇った転生者は、その後どうなるのだ?」
「それは、その者次第じゃな」
「その者次第……やはりそうか」
インフォレミアルスの答えを聞いたギャレマスは、沈鬱な表情を浮かべつつも、静かに頷く。
そんな魔王の反応に、インフォレミアルスは怪訝な表情を浮かべた。
「なんじゃ。わっちの答えは予測済みじゃったか?」
「……うむ」
インフォレミアルスに尋ねられたギャレマスは、苦笑いを浮かべた。
「余は……今までの間に、自分の事を“異世界転生者”だと明かした者に二度ほど会った事がある。一度目は、幼少の頃に前世の記憶を取り戻したという、エルフ族のヴァートスという老人。もうひとりは――」
「……サリア様……」
「……ああ」
傍らに座るスウィッシュが上げた、微かに震えた声に、ギャレマスは小さく頷く。
一方のインフォレミアルスは、「ほう……」と興味深げな声を漏らすと、太股の上に頬杖をついた。
「サリア……確か、そなたの娘じゃったか」
「……そうだ」
「そして……あたしにとって、かけがえのない主……いえ、親友です」
と、ギャレマスに続いて言葉を上げたスウィッシュの目から、ポロポロと涙の粒が零れ落ちる。
「とってもいい娘です。やる事なす事がめちゃくちゃで、ついていくのが大変でしたけど、とっても明るくて、臣下であるあたしに対等な“友達”として接してくださって……あたしは大好きです」
「スウィッシュ……」
「なのに……あのクソ聖女の法術で殺されかけた時に……」
スウィッシュは、そこまで言うのが限界だった。彼女は、込み上げる嗚咽を耐え切れず、そのまま顔を覆い、小さく背を丸めてしまった。
微かに震えているスウィッシュの背中を優しく擦りながら、ギャレマスは話を続ける。
「……その時に、サリアの中で眠っていた前世の記憶……いや、人格が蘇ってしまったようなのだ。――ツカサとかいう、サリアとは似ても似つかぬ、残酷で攻撃的な女の人格がな」
「なるほど……」
ギャレマスの言葉を聞いたインフォレミアルスは、納得した様子で頷いた。
「確かに、死にかけた時こそが、転生者が元の記憶と人格を取り戻す――いわゆる“覚醒”する格好の契機だからの」
「……では、サリアがエラルティスに浄滅されかけなければ、その“覚醒”とやらも起こらなかった可能性が高いという事か?」
「そうだな」
インフォレミアルスは、ギャレマスの問いかけにあっさりと首肯し、更に言葉を継ぐ。
「まあ、ひょんなはずみで“覚醒”する事もゼロではないので絶対とは言えぬが、そのサリアとかいう娘が死に直面する事も無いまま生きていければ、死ぬまでそなたの娘のままでいられたかもしれんのう」
「……」
インフォレミアルスの言葉に、ギャレマスは複雑な表情を浮かべて唇を噛む。
だが、気を取り直すように軽く咳払いをした。
「……もう起こってしまった事を嘆いても悔やんでも仕方がない。ならば――インフォ殿」
「なんじゃ?」
「覚醒してしまった転生者を、元に――つまり、覚醒する前の人格に戻す事は可能なのだろうか?」
「陛下……」
ギャレマスの言葉にハッとしたスウィッシュが、涙に濡れた紫瞳で主の顔を見上げた。
……だが、インフォレミアルスは、
「……不可能じゃ」
と、静かに首を横に振る。
「……魔王よ。そなたらの気持ちは分かるが、それは、零れて土に滲んだ水を壺に戻すに等しい。残念ながら、覚醒した転生者の人格を覚醒前に戻す事は無理じゃ」
「そんな……」
幼女神の無情な回答に、失望と絶望を露わにするスウィッシュ。
ギャレマスも、無言のままで蒼白になった顔を強張らせ、固く握った拳を小刻みに震わせている。
――だが、
「……じゃが」
と、インフォレミアルスは言葉を継いだ。
「完全に戻すことは不可能じゃが、転生者自身の心の中に宿るふたつの人格がひとつに混ざり合う前ならば、元の人格を維持する事は出来るやもしれぬ」
「……ッ!」
インフォレミアルスの言葉を聞いたギャレマスは、カッと目を見開き、慌てて身を乗り出した。
そして、必死の形相で幼女神に詰め寄る。
「そ、それは……どういう事だッ? インフォ殿ッ!」
「まあ、そう期待するな」
ギャレマスの剣幕に些か辟易しながら、インフォレミアルスは言った。
「あくまで、わっちが口にしたのは楽観じゃ。そうならぬ可能性や、既に手遅れになっている可能性の方がずっと高い。期待するだけ無駄じゃと思うぞ」
「……それでも!」
インフォレミアルスの念押しに、凛とした声を上げたのは、スウィッシュだった。
彼女は、泣き腫らした目に強い光を宿し、幼女神の事を真っ直ぐに見つめながら言う。
「それでも、教えて下さい! サリア様がサリア様としてあたしたちの前に帰ってくる可能性が爪の先でも残っているのだったら、あたしはそれを信じたい!」
「……無論、余もだ」
スウィッシュの言葉に、ギャレマスも大きく頷いた。
そして、インフォレミアルスに深々と頭を下げる。
「だから、教えてくれ、インフォ殿。サリアの人格を取り戻す方法を……!」
「お願いします、インフォ様!」
ギャレマスに続いて、スウィッシュも懇願した。
そんなふたりを前に、インフォレミアルスは根負けし、小さく頷く。
「……好いぞ」
「「……!」」
インフォレミアルスの返答を聞いたギャレマスとスウィッシュは、パッと顔を綻ばせた。
ふたりの喜ぶ姿を前に、インフォレミアルスは複雑な表情を浮かべつつも、口を開く。
「……転生者の前の人格を維持するには――」
……と、その時、
ギャレマスとスウィッシュの周囲から、凄まじい強さの青い光が天井に向かって上がった。
「な……ッ!」
「これは……!」
自分たちを取り囲むような青い光を見て、ふたりは驚愕の声を上げる。
一方、インフォレミアルスは、思わず苦笑しながら、光の中にいるふたりに声をかけた。
「やれやれ、話の途中じゃが、どうやら時間切れのようじゃ」
「じ、時間切れ……?」
「そなたらを元の世界に戻す為の転移術式が、ようやく発動したようじゃ。待たせてすまんかったの」
「な――ッ?」
インフォレミアルスの言葉に、驚愕の声を上げるギャレマス。
「ちょ、ちょっと待たれよ、インフォ殿! ま、まだ、サリアを元に戻す方法を聞いておら――」
「残念ながら、一度術式が発動したら、一時停止もキャンセルも不可能じゃ。娘の事は……まあ、頑張れ」
「が、頑張れって……だから、どうやって……っ?」
ギャレマスは、凄まじい青い光の奔流の向こうにぼんやり見えるインフォレミアルスに向かって声を荒げる。
そんな彼に、インフォレミアルスはひらひらと手を振りながら、ニッコリと笑いかけた。
「じゃあ、さらばじゃ、魔王。もう会う事も無いであろうが、そなたらの世界に戻っても達者でな。……そなたらと語らうのは楽しかったぞ」
「いや、だから……サリアを元に戻す方法を……!」
そう叫びながら、必死でインフォレミアルスの方に向かって手を伸ばしかけたギャレマスだったが――。
次の瞬間、全てが青い光に覆い尽くされた――。
それから、表面上は冷静さを取り戻した様子で、幼女神の顔を見つめる。
「…………まあ、それは良い。……いや、良くは無いが、ひとまず、その話は措くとしよう。――インフォ殿、もうひとつ教えてくれ」
「好いぞ」
そう切り出したギャレマスに、コクンと頷くインフォレミアルス。
ギャレマスは、もう一度息を吐くと、再び口を開いた。
「……一度は初期化された記憶が蘇った転生者は、その後どうなるのだ?」
「それは、その者次第じゃな」
「その者次第……やはりそうか」
インフォレミアルスの答えを聞いたギャレマスは、沈鬱な表情を浮かべつつも、静かに頷く。
そんな魔王の反応に、インフォレミアルスは怪訝な表情を浮かべた。
「なんじゃ。わっちの答えは予測済みじゃったか?」
「……うむ」
インフォレミアルスに尋ねられたギャレマスは、苦笑いを浮かべた。
「余は……今までの間に、自分の事を“異世界転生者”だと明かした者に二度ほど会った事がある。一度目は、幼少の頃に前世の記憶を取り戻したという、エルフ族のヴァートスという老人。もうひとりは――」
「……サリア様……」
「……ああ」
傍らに座るスウィッシュが上げた、微かに震えた声に、ギャレマスは小さく頷く。
一方のインフォレミアルスは、「ほう……」と興味深げな声を漏らすと、太股の上に頬杖をついた。
「サリア……確か、そなたの娘じゃったか」
「……そうだ」
「そして……あたしにとって、かけがえのない主……いえ、親友です」
と、ギャレマスに続いて言葉を上げたスウィッシュの目から、ポロポロと涙の粒が零れ落ちる。
「とってもいい娘です。やる事なす事がめちゃくちゃで、ついていくのが大変でしたけど、とっても明るくて、臣下であるあたしに対等な“友達”として接してくださって……あたしは大好きです」
「スウィッシュ……」
「なのに……あのクソ聖女の法術で殺されかけた時に……」
スウィッシュは、そこまで言うのが限界だった。彼女は、込み上げる嗚咽を耐え切れず、そのまま顔を覆い、小さく背を丸めてしまった。
微かに震えているスウィッシュの背中を優しく擦りながら、ギャレマスは話を続ける。
「……その時に、サリアの中で眠っていた前世の記憶……いや、人格が蘇ってしまったようなのだ。――ツカサとかいう、サリアとは似ても似つかぬ、残酷で攻撃的な女の人格がな」
「なるほど……」
ギャレマスの言葉を聞いたインフォレミアルスは、納得した様子で頷いた。
「確かに、死にかけた時こそが、転生者が元の記憶と人格を取り戻す――いわゆる“覚醒”する格好の契機だからの」
「……では、サリアがエラルティスに浄滅されかけなければ、その“覚醒”とやらも起こらなかった可能性が高いという事か?」
「そうだな」
インフォレミアルスは、ギャレマスの問いかけにあっさりと首肯し、更に言葉を継ぐ。
「まあ、ひょんなはずみで“覚醒”する事もゼロではないので絶対とは言えぬが、そのサリアとかいう娘が死に直面する事も無いまま生きていければ、死ぬまでそなたの娘のままでいられたかもしれんのう」
「……」
インフォレミアルスの言葉に、ギャレマスは複雑な表情を浮かべて唇を噛む。
だが、気を取り直すように軽く咳払いをした。
「……もう起こってしまった事を嘆いても悔やんでも仕方がない。ならば――インフォ殿」
「なんじゃ?」
「覚醒してしまった転生者を、元に――つまり、覚醒する前の人格に戻す事は可能なのだろうか?」
「陛下……」
ギャレマスの言葉にハッとしたスウィッシュが、涙に濡れた紫瞳で主の顔を見上げた。
……だが、インフォレミアルスは、
「……不可能じゃ」
と、静かに首を横に振る。
「……魔王よ。そなたらの気持ちは分かるが、それは、零れて土に滲んだ水を壺に戻すに等しい。残念ながら、覚醒した転生者の人格を覚醒前に戻す事は無理じゃ」
「そんな……」
幼女神の無情な回答に、失望と絶望を露わにするスウィッシュ。
ギャレマスも、無言のままで蒼白になった顔を強張らせ、固く握った拳を小刻みに震わせている。
――だが、
「……じゃが」
と、インフォレミアルスは言葉を継いだ。
「完全に戻すことは不可能じゃが、転生者自身の心の中に宿るふたつの人格がひとつに混ざり合う前ならば、元の人格を維持する事は出来るやもしれぬ」
「……ッ!」
インフォレミアルスの言葉を聞いたギャレマスは、カッと目を見開き、慌てて身を乗り出した。
そして、必死の形相で幼女神に詰め寄る。
「そ、それは……どういう事だッ? インフォ殿ッ!」
「まあ、そう期待するな」
ギャレマスの剣幕に些か辟易しながら、インフォレミアルスは言った。
「あくまで、わっちが口にしたのは楽観じゃ。そうならぬ可能性や、既に手遅れになっている可能性の方がずっと高い。期待するだけ無駄じゃと思うぞ」
「……それでも!」
インフォレミアルスの念押しに、凛とした声を上げたのは、スウィッシュだった。
彼女は、泣き腫らした目に強い光を宿し、幼女神の事を真っ直ぐに見つめながら言う。
「それでも、教えて下さい! サリア様がサリア様としてあたしたちの前に帰ってくる可能性が爪の先でも残っているのだったら、あたしはそれを信じたい!」
「……無論、余もだ」
スウィッシュの言葉に、ギャレマスも大きく頷いた。
そして、インフォレミアルスに深々と頭を下げる。
「だから、教えてくれ、インフォ殿。サリアの人格を取り戻す方法を……!」
「お願いします、インフォ様!」
ギャレマスに続いて、スウィッシュも懇願した。
そんなふたりを前に、インフォレミアルスは根負けし、小さく頷く。
「……好いぞ」
「「……!」」
インフォレミアルスの返答を聞いたギャレマスとスウィッシュは、パッと顔を綻ばせた。
ふたりの喜ぶ姿を前に、インフォレミアルスは複雑な表情を浮かべつつも、口を開く。
「……転生者の前の人格を維持するには――」
……と、その時、
ギャレマスとスウィッシュの周囲から、凄まじい強さの青い光が天井に向かって上がった。
「な……ッ!」
「これは……!」
自分たちを取り囲むような青い光を見て、ふたりは驚愕の声を上げる。
一方、インフォレミアルスは、思わず苦笑しながら、光の中にいるふたりに声をかけた。
「やれやれ、話の途中じゃが、どうやら時間切れのようじゃ」
「じ、時間切れ……?」
「そなたらを元の世界に戻す為の転移術式が、ようやく発動したようじゃ。待たせてすまんかったの」
「な――ッ?」
インフォレミアルスの言葉に、驚愕の声を上げるギャレマス。
「ちょ、ちょっと待たれよ、インフォ殿! ま、まだ、サリアを元に戻す方法を聞いておら――」
「残念ながら、一度術式が発動したら、一時停止もキャンセルも不可能じゃ。娘の事は……まあ、頑張れ」
「が、頑張れって……だから、どうやって……っ?」
ギャレマスは、凄まじい青い光の奔流の向こうにぼんやり見えるインフォレミアルスに向かって声を荒げる。
そんな彼に、インフォレミアルスはひらひらと手を振りながら、ニッコリと笑いかけた。
「じゃあ、さらばじゃ、魔王。もう会う事も無いであろうが、そなたらの世界に戻っても達者でな。……そなたらと語らうのは楽しかったぞ」
「いや、だから……サリアを元に戻す方法を……!」
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