シリウスをさがして

朽縄咲良

文字の大きさ
37 / 44
第三章

第三十六話 質問

しおりを挟む
 心を決めて、拳を口元に当てて軽く咳払いをした僕は、カウンター越しに七星ちゃんの顔を見た。

「ええと……七星ちゃん」
「……あ、はい」

 不意に呼びかけられたことに少しビックリした顔をした七星ちゃんだったが、すぐに自分の名前を呼んだ僕の声色に何かを感じ取った様子で、怪訝そうに眉をひそめる。

「……なんでしょう?」
「あ、いや……」

 七星ちゃんに訊き返された僕は、どう話を切り出そうかと一瞬迷いながら、おずおずと口を開いた。

「その……まだ、あんなことがあって間もないから、不謹慎なのかもしれないけど……少し、質問してもいいかな?」
「質問……ですか?」
「うん……北斗のことで、少しだけ」
「……!」

 僕の言葉を聞いた七星ちゃんが、目を大きく見開いて、息を呑む。

「……」

 すぐには問いかけに答えず、無言でティーカップを手に取った彼女は、中のミルクティーを一口飲んだ。
 そして、ティーカップをソーサーに静かに置いてから、こくんと頷く。

「はい……大丈夫です」
「ありがとう」

 緊張した面持ちの七星ちゃんにお礼を言った僕も、彼女と同じように顔が強張っていた。
 もう一度わざとらしく咳払いして、無理やり緊張をほぐした僕は、少し固い声で彼女に質問する。

「確か……あの日、急性アルコール中毒で倒れてる北斗を最初に見つけたのは、七星ちゃんだったんだよね?」
「…………はい」

 僕の問いかけを聞いた瞬間、当時のことを思い出したのか、今にも泣き出しそうに表情をゆがめた七星ちゃんだったが、なんとか平静を保って小さく頷いた。

「朝起きて……リビングに行ったら、テーブルの上にお酒の瓶がたくさん転がってて……その下で、お兄ちゃんが椅子から落ちた状態で床に倒れてて……」
「……」
「あ……慌てて起こそうとしたんですけど、顔が真っ白で……多分もう、その時には……」
「ごめん。嫌なことを思い出させちゃったね……」

 声を震わせる七星ちゃんの様子に心を痛めた僕は、彼女に質問をしたことを後悔しながら謝る。

「ありがとう、もういいよ」
「いえ……だいじょうぶです」

 意外なことに、七星ちゃんは僕の制止に首を横に振った。
 そして、溢れそうなほどに涙が浮いた目で僕の顔を見つめ、震えながらもはっきりとした口調で言葉を継ぐ。

「他にも私に訊きたいことがあるんですよね?」
「え? あ、いや、ええと……」
「隠さなくてもいいですよ」

 言い淀む僕に、七星ちゃんはにこりと微笑みかけた。

「昴さんの目を見たら分かります。なにか……お兄ちゃんが死んだ時のことで知りたいことがあるんだなって」
「……」
「私はだいじょうぶです」

 そう言う彼女の声はかすれていて、顔からもすっかり血の気が引いていたが、それでも、その瞳には強い意志を感じさせる光が宿っている。

「だから、遠慮なく訊いて下さい。私が知っていることだったら、なんでもお話ししますから」
「で、でも……」
「……私も」

 なおためらう僕に向けて、七星ちゃんがぼそりと呟いた。

「私も、昴さんといっしょです。――知りたいんです。どうしてお兄ちゃんがあんな風に死んじゃったのかを……」

 そう言うと、彼女は僕をまっすぐ見つめる。

「だから……お願いします」
「……分かった」

 僕は、彼女の静かな熱意に折れ、その厚意に甘えることにした。
 細く息を吸って気持ちを落ち着けてから、更に問いを重ねる。

「その時……君が倒れてる北斗を見つけた時、家には他に誰がいたの?」
「……いえ」

 僕の質問に、七星ちゃんはふっと表情を消し、小さく首を横に振った。

「あの時……家にいたのは、私とお兄ちゃんだけでした。お母さんは……いませんでした」
「え……そうなの?」
「その……前日の夜からに出かけていて……」
「っ……」

 どこか歯切れの悪い七星ちゃんの答えを聞いて、それがどういう意味なのかを薄っすら察した僕は、ハッと息を呑む。

「そ、そうなんだ……分かった」

 意図せずに、あまり愉快じゃない事実を知ってしまったけれど……今の七星ちゃんの反応を見る限り、彼女が嘘をついているとは思えない。
 つまり……北斗が倒れた時、家の中には本当に七星ちゃんしかいなかったということだ。
 それが確認できただけでもしとして、僕は質問を変える。

「じゃあ……もうひとつだけ、いいかな?」
「はい。なんでしょう?」

 僕の問いかけに、七星ちゃんは小さく頷く。
 それを見た僕は、ごくりと唾を呑んでから、質問を舌に乗せた。

「……北斗のスマホって……今は誰が持っているの?」
「……っ!」

 僕の問いかけを聞いた瞬間、七星ちゃんが目に見えて動揺した。

「え、なんで……?」

 呆然とした表情を浮かべた彼女は、うわごとのように呟く。

「なんで……お兄ちゃんのスマホのことを……昴さんが?」
「……なにかあったの?」

 ただならぬ七星ちゃんの様子を怪訝に思いながら、僕は尋ねた。

「北斗のスマホのことを訊いただけで、どうしてそんな風に……」
「……見つかってないんです」
「え……?」

 七星ちゃんの答えを聞いた僕は、思わず訊き返す。
 驚く僕に、七星ちゃんは自分も困惑していると言いたげな顔をして言葉を継いだ。

「実は……あの日以来、どこを探してもお兄ちゃんのスマホが見つからなくって……どこにあるのか、今でも分からないんです……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ② 人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。 そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。 そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。 友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。 人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら

たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生 海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。 そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…? ※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。 ※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。

36.8℃

月波結
BL
高校2年生、音寧は繊細なΩ。幼馴染の秀一郎は文武両道のα。 ふたりは「番候補」として婚約を控えながら、音寧のフェロモンの影響で距離を保たなければならない。 近づけば香りが溢れ、ふたりの感情が揺れる。音寧のフェロモンは、バニラビーンズの甘い香りに例えられ、『運命の番』と言われる秀一郎の身体はそれに強く反応してしまう。 制度、家族、将来——すべてがふたりを結びつけようとする一方で、薬で抑えた想いは、触れられない手の間をすり抜けていく。 転校生の肇くんとの友情、婚約者候補としての葛藤、そして「待ってる」の一言が、ふたりの未来を静かに照らす。 36.8℃の微熱が続く日々の中で、ふたりは“運命”を選び取ることができるのか。 香りと距離、運命、そして選択の物語。

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

幼馴染ってこういう感じ?

とうこ
BL
幼馴染の遥翔と汀は、毎年夏休みいっぱいだけ会って遊ぶ幼馴染。 しかし、1歳違いのお互いが小学生になった夏休みを境に会えなくなってしまう。 筆者初の青春もの!今回は撮って出し方式で参りますので、途中齟齬が生じた場合密やかに訂正を入れさせていただくこともあることをご了承ください。 できるだけそんなことがないようにします^^ それではお楽しみください♪ とうこ

君と過ごした最後の一年、どの季節でも君の傍にいた

七瀬京
BL
廃校が決まった田舎の高校。 「うん。思いついたんだ。写真を撮って、アルバムを作ろう。消えちゃう校舎の思い出のアルバム作り!!」 悠真の提案で、廃校になる校舎のアルバムを作ることになった。 悠真の指名で、写真担当になった僕、成瀬陽翔。 カメラを構える僕の横で、彼は笑いながらペンを走らせる。 ページが増えるたび、距離も少しずつ近くなる。 僕の恋心を隠したまま――。 君とめくる、最後のページ。 それは、僕たちだけの一年間の物語。

処理中です...