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第三章
第三十六話 質問
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心を決めて、拳を口元に当てて軽く咳払いをした僕は、カウンター越しに七星ちゃんの顔を見た。
「ええと……七星ちゃん」
「……あ、はい」
不意に呼びかけられたことに少しビックリした顔をした七星ちゃんだったが、すぐに自分の名前を呼んだ僕の声色に何かを感じ取った様子で、怪訝そうに眉をひそめる。
「……なんでしょう?」
「あ、いや……」
七星ちゃんに訊き返された僕は、どう話を切り出そうかと一瞬迷いながら、おずおずと口を開いた。
「その……まだ、あんなことがあって間もないから、不謹慎なのかもしれないけど……少し、質問してもいいかな?」
「質問……ですか?」
「うん……北斗のことで、少しだけ」
「……!」
僕の言葉を聞いた七星ちゃんが、目を大きく見開いて、息を呑む。
「……」
すぐには問いかけに答えず、無言でティーカップを手に取った彼女は、中のミルクティーを一口飲んだ。
そして、ティーカップをソーサーに静かに置いてから、こくんと頷く。
「はい……大丈夫です」
「ありがとう」
緊張した面持ちの七星ちゃんにお礼を言った僕も、彼女と同じように顔が強張っていた。
もう一度わざとらしく咳払いして、無理やり緊張をほぐした僕は、少し固い声で彼女に質問する。
「確か……あの日、急性アルコール中毒で倒れてる北斗を最初に見つけたのは、七星ちゃんだったんだよね?」
「…………はい」
僕の問いかけを聞いた瞬間、当時のことを思い出したのか、今にも泣き出しそうに表情をゆがめた七星ちゃんだったが、なんとか平静を保って小さく頷いた。
「朝起きて……リビングに行ったら、テーブルの上にお酒の瓶がたくさん転がってて……その下で、お兄ちゃんが椅子から落ちた状態で床に倒れてて……」
「……」
「あ……慌てて起こそうとしたんですけど、顔が真っ白で……多分もう、その時には……」
「ごめん。嫌なことを思い出させちゃったね……」
声を震わせる七星ちゃんの様子に心を痛めた僕は、彼女に質問をしたことを後悔しながら謝る。
「ありがとう、もういいよ」
「いえ……だいじょうぶです」
意外なことに、七星ちゃんは僕の制止に首を横に振った。
そして、溢れそうなほどに涙が浮いた目で僕の顔を見つめ、震えながらもはっきりとした口調で言葉を継ぐ。
「他にも私に訊きたいことがあるんですよね?」
「え? あ、いや、ええと……」
「隠さなくてもいいですよ」
言い淀む僕に、七星ちゃんはにこりと微笑みかけた。
「昴さんの目を見たら分かります。なにか……お兄ちゃんが死んだ時のことで知りたいことがあるんだなって」
「……」
「私はだいじょうぶです」
そう言う彼女の声はかすれていて、顔からもすっかり血の気が引いていたが、それでも、その瞳には強い意志を感じさせる光が宿っている。
「だから、遠慮なく訊いて下さい。私が知っていることだったら、なんでもお話ししますから」
「で、でも……」
「……私も」
なおためらう僕に向けて、七星ちゃんがぼそりと呟いた。
「私も、昴さんといっしょです。――知りたいんです。どうしてお兄ちゃんがあんな風に死んじゃったのかを……」
そう言うと、彼女は僕をまっすぐ見つめる。
「だから……お願いします」
「……分かった」
僕は、彼女の静かな熱意に折れ、その厚意に甘えることにした。
細く息を吸って気持ちを落ち着けてから、更に問いを重ねる。
「その時……君が倒れてる北斗を見つけた時、家には他に誰がいたの?」
「……いえ」
僕の質問に、七星ちゃんはふっと表情を消し、小さく首を横に振った。
「あの時……家にいたのは、私とお兄ちゃんだけでした。お母さんは……いませんでした」
「え……そうなの?」
「その……前日の夜からどこかに出かけていて……」
「っ……」
どこか歯切れの悪い七星ちゃんの答えを聞いて、それがどういう意味なのかを薄っすら察した僕は、ハッと息を呑む。
「そ、そうなんだ……分かった」
意図せずに、あまり愉快じゃない事実を知ってしまったけれど……今の七星ちゃんの反応を見る限り、彼女が嘘をついているとは思えない。
つまり……北斗が倒れた時、家の中には本当に七星ちゃんしかいなかったということだ。
それが確認できただけでも善しとして、僕は質問を変える。
「じゃあ……もうひとつだけ、いいかな?」
「はい。なんでしょう?」
僕の問いかけに、七星ちゃんは小さく頷く。
それを見た僕は、ごくりと唾を呑んでから、質問を舌に乗せた。
「……北斗のスマホって……今は誰が持っているの?」
「……っ!」
僕の問いかけを聞いた瞬間、七星ちゃんが目に見えて動揺した。
「え、なんで……?」
呆然とした表情を浮かべた彼女は、うわごとのように呟く。
「なんで……お兄ちゃんのスマホのことを……昴さんが?」
「……なにかあったの?」
ただならぬ七星ちゃんの様子を怪訝に思いながら、僕は尋ねた。
「北斗のスマホのことを訊いただけで、どうしてそんな風に……」
「……見つかってないんです」
「え……?」
七星ちゃんの答えを聞いた僕は、思わず訊き返す。
驚く僕に、七星ちゃんは自分も困惑していると言いたげな顔をして言葉を継いだ。
「実は……あの日以来、どこを探してもお兄ちゃんのスマホが見つからなくって……どこにあるのか、今でも分からないんです……」
「ええと……七星ちゃん」
「……あ、はい」
不意に呼びかけられたことに少しビックリした顔をした七星ちゃんだったが、すぐに自分の名前を呼んだ僕の声色に何かを感じ取った様子で、怪訝そうに眉をひそめる。
「……なんでしょう?」
「あ、いや……」
七星ちゃんに訊き返された僕は、どう話を切り出そうかと一瞬迷いながら、おずおずと口を開いた。
「その……まだ、あんなことがあって間もないから、不謹慎なのかもしれないけど……少し、質問してもいいかな?」
「質問……ですか?」
「うん……北斗のことで、少しだけ」
「……!」
僕の言葉を聞いた七星ちゃんが、目を大きく見開いて、息を呑む。
「……」
すぐには問いかけに答えず、無言でティーカップを手に取った彼女は、中のミルクティーを一口飲んだ。
そして、ティーカップをソーサーに静かに置いてから、こくんと頷く。
「はい……大丈夫です」
「ありがとう」
緊張した面持ちの七星ちゃんにお礼を言った僕も、彼女と同じように顔が強張っていた。
もう一度わざとらしく咳払いして、無理やり緊張をほぐした僕は、少し固い声で彼女に質問する。
「確か……あの日、急性アルコール中毒で倒れてる北斗を最初に見つけたのは、七星ちゃんだったんだよね?」
「…………はい」
僕の問いかけを聞いた瞬間、当時のことを思い出したのか、今にも泣き出しそうに表情をゆがめた七星ちゃんだったが、なんとか平静を保って小さく頷いた。
「朝起きて……リビングに行ったら、テーブルの上にお酒の瓶がたくさん転がってて……その下で、お兄ちゃんが椅子から落ちた状態で床に倒れてて……」
「……」
「あ……慌てて起こそうとしたんですけど、顔が真っ白で……多分もう、その時には……」
「ごめん。嫌なことを思い出させちゃったね……」
声を震わせる七星ちゃんの様子に心を痛めた僕は、彼女に質問をしたことを後悔しながら謝る。
「ありがとう、もういいよ」
「いえ……だいじょうぶです」
意外なことに、七星ちゃんは僕の制止に首を横に振った。
そして、溢れそうなほどに涙が浮いた目で僕の顔を見つめ、震えながらもはっきりとした口調で言葉を継ぐ。
「他にも私に訊きたいことがあるんですよね?」
「え? あ、いや、ええと……」
「隠さなくてもいいですよ」
言い淀む僕に、七星ちゃんはにこりと微笑みかけた。
「昴さんの目を見たら分かります。なにか……お兄ちゃんが死んだ時のことで知りたいことがあるんだなって」
「……」
「私はだいじょうぶです」
そう言う彼女の声はかすれていて、顔からもすっかり血の気が引いていたが、それでも、その瞳には強い意志を感じさせる光が宿っている。
「だから、遠慮なく訊いて下さい。私が知っていることだったら、なんでもお話ししますから」
「で、でも……」
「……私も」
なおためらう僕に向けて、七星ちゃんがぼそりと呟いた。
「私も、昴さんといっしょです。――知りたいんです。どうしてお兄ちゃんがあんな風に死んじゃったのかを……」
そう言うと、彼女は僕をまっすぐ見つめる。
「だから……お願いします」
「……分かった」
僕は、彼女の静かな熱意に折れ、その厚意に甘えることにした。
細く息を吸って気持ちを落ち着けてから、更に問いを重ねる。
「その時……君が倒れてる北斗を見つけた時、家には他に誰がいたの?」
「……いえ」
僕の質問に、七星ちゃんはふっと表情を消し、小さく首を横に振った。
「あの時……家にいたのは、私とお兄ちゃんだけでした。お母さんは……いませんでした」
「え……そうなの?」
「その……前日の夜からどこかに出かけていて……」
「っ……」
どこか歯切れの悪い七星ちゃんの答えを聞いて、それがどういう意味なのかを薄っすら察した僕は、ハッと息を呑む。
「そ、そうなんだ……分かった」
意図せずに、あまり愉快じゃない事実を知ってしまったけれど……今の七星ちゃんの反応を見る限り、彼女が嘘をついているとは思えない。
つまり……北斗が倒れた時、家の中には本当に七星ちゃんしかいなかったということだ。
それが確認できただけでも善しとして、僕は質問を変える。
「じゃあ……もうひとつだけ、いいかな?」
「はい。なんでしょう?」
僕の問いかけに、七星ちゃんは小さく頷く。
それを見た僕は、ごくりと唾を呑んでから、質問を舌に乗せた。
「……北斗のスマホって……今は誰が持っているの?」
「……っ!」
僕の問いかけを聞いた瞬間、七星ちゃんが目に見えて動揺した。
「え、なんで……?」
呆然とした表情を浮かべた彼女は、うわごとのように呟く。
「なんで……お兄ちゃんのスマホのことを……昴さんが?」
「……なにかあったの?」
ただならぬ七星ちゃんの様子を怪訝に思いながら、僕は尋ねた。
「北斗のスマホのことを訊いただけで、どうしてそんな風に……」
「……見つかってないんです」
「え……?」
七星ちゃんの答えを聞いた僕は、思わず訊き返す。
驚く僕に、七星ちゃんは自分も困惑していると言いたげな顔をして言葉を継いだ。
「実は……あの日以来、どこを探してもお兄ちゃんのスマホが見つからなくって……どこにあるのか、今でも分からないんです……」
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