シリウスをさがして

朽縄咲良

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第二章

第十五話 目的地

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 「――着いたよ。お疲れ様」

 それから二十分ほどバイクを走らせてから、そらが運転するバイクはようやく止まった。

「え……あ……う、うん……」
「……大丈夫か、スバル?」

 息も絶え絶えな僕の返事を聞いた宙が、心配そうな声を上げながら振り返る。

「な……何とか……」

 フルフェイスヘルメットのバイザーを上げた彼に、タンデムシートに座る僕はぎこちなく首を縦に振った。

「うぅ……なんか、まだ体が揺れているような感じがする……」
「おいおい、無理すんな」

 フラフラしながらバイクを下りようとする僕に、宙は慌てて声をかける。
 そして、素早くバイクを下りてスタンドを立てると、僕に向けて手を差し伸べた。

「はいよ、お姫様。支えてやるから、ゆっくりな」
「……」

 からかい交じりの宙の言葉にムッとした僕は、彼の手を無視して、自分でバイクから下りようとするが、地に付けた足にうまく力が入らなくてよろけてしまう。

「うわっ……」
「ほら、言わんこっちゃない」

 バランスを崩した僕の体を、宙が受け止めてくれた。
 その結果、僕と彼は、互いに抱き合うような格好になる。
 思わず顔を上げると、僕の目線より少し上の位置にある宙と目が合った。

「あ……ご、ゴメン……!」
「お……おう……大丈夫か?」

 彼の目を見た途端、急に恥ずかしくなって慌てて謝った僕に、宙も少し上ずった声で応える。
 急いで宙の胸から身を離した僕は、照れ隠し代わりに被っていたヘルメットをそそくさと脱ぐと、周囲を見回した。

「で、で……こ、ここはどこなの?」
「あ、ああ……」

 僕の問いかけに、宙はハッとした様子で頷きながら、被っていたヘルメットを脱ぐ。

「ここは……俺が通ってる大学のキャンパスだよ」

 髪を直しながらそう答えた彼の目に、ふと悲しげな光が過ぎった。

「……ついこの間まで、ホクトも通ってた……な」
「あ……」

 宙の言葉を聞いた僕は、ハッとして少し離れたところに建つ、歴史を感じされる外観の大きな建物を見上げる。

「――ここに、北斗が……」
「ああ……」

 僕の呟きに、宙も複雑な表情を浮かべながら頷いた。

「……つい先週まで、オレと北斗は、ここで毎日のように顔を合わせてたんだ。春休みが終わったら、また同じように会えると思ったのに……」
「……」

 微かに震える宙の声を横で聞きながら、僕は周囲を見回す。
 春休みということもあってか、構内を歩く学生の姿はまばらだ。でも、新しい学期が始まったら、たくさんの学生が行き交って活気にあふれるのだろう。
 でも――その中に、北斗の姿は無いんだ……。
 そんなことを考えてしまって、どうしようもない寂しさを覚えた僕は、ぐっと口を結んで下を向いた。そうしないと、震える唇の間から嗚咽混じりの声が漏れてしまいそうだったから。
 下を向いたまま、鼻で息を吸ってなんとか気持ちを落ち着かせた僕は、なるべく平気そうなフリをして宙に尋ねる。

「ここが……“とっておきの場所”?」
「……うん」

 僕の問いかけに、宙は小さく頷いた。
 そして、鼻に指を当てて啜ってから、言葉を継ぐ。

「昨日の晩……喫茶店で言ってたじゃん。『中学を卒業した後、北斗がどうしていたのか全然知らない』って」
「あ……」

 そういえば、確かにそんなことを漏らしたような気がする。

「その時のスバル、ものすごく寂しそうだったからさ。だから、オレが知る限りのホクトの足跡をお前に教えてあげようと思って……」
「だから、北斗が通ってたこの大学ここに僕を……」
「……うん」

 僕の言葉にコクンと頷いた宙は、おずおずと尋ねてきた。

「ひょっとして……おせっかいだったかな?」
「……ううん」

 心配そうな顔をする彼に、僕はかぶりを振りながら微笑みかける。

「全然おせっかいなんかじゃないよ。むしろ嬉しい。君が、僕の為にと思って、わざわざここまで連れてきてくれたことがさ」
「そっか……」

 僕の答えを聞いた宙は、ホッとした顔をした。
 そして、僕から受け取ったヘルメットを背中のデイバッグにしまうと、立てた親指で講義棟らしき大きな建物を指さす。

「じゃあ、早速中を案内するよ。ついてきて」
「あ、うん……」

 宙の声に頷いた僕だったが、ふと不安になった。

「でも……大丈夫なのかな?」
「なにが?」
「いや……全然この大学と関係ない僕が、勝手に構内をうろついたりしても……」
「なんだ、そんなことか」

 僕の心配を聞いた宙は、苦笑いを浮かべる。

「大丈夫だろ。守衛とかは一応居るけど、いちいち在学生かどうかなんて確認してないし。『学生ですがなにか?』って顔して歩いてりゃ、別にバレたりなんかしないって」
「そ、そうかなぁ……?」

 楽観的な宙の返事を聞いても、一抹の不安は拭えない。
 そんな僕の背中をバンと力強く叩きながら、宙は言った。

「心配すんなって! 万が一怪しまれたら、『今年この大学を受験する予定で、下見に来ました』って言えばいいんじゃね? 歓迎されるよ、多分」
「い、いや、それはさすがに無理があるんじゃないかなぁ?」

 僕は顔を引きつらせながら、宙の言葉に首を傾げる。

「いくらなんでも、大学四年生を見て高校三年生だとは思わないでしょ」
「いやいや、案外騙せると思うぜ」

 懐疑的な僕に、宙はニヤリと笑いかけながら言った。

「スバルは顔がかわ……童顔だから、高校三年生だって言えばみんな信じるよ。だから安心しろって」
「……」

 僕は、自分の顔を童顔と言われたことに釈然としない思いを抱きながら、頬を膨らませるのだった。
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