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第二章
第二十五話 呼び方
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「え……?」
宙の言葉を聞いた僕は、慌てて首を横に振った。
「さすがに、それはちょっと早すぎなんじゃないかな……?」
そう続けた僕の脳裏に、昨日の辛い光景が浮かぶ。
「……七星ちゃんたちは、まだ北斗を見送ったばかりで、心の整理もついてないだろうし。北斗の家に行くにしても、もう少し時間を置いてからの方がいいと思う……」
宙は、僕のその言葉にハッとしたように顔を伏せて呟く。
「じゃあ……今日行くのはやめておくか」
「うん……それがいいと思う」
「でも――」
頷いた僕に、宙は大きく息を吐きながら僕を見て尋ねる。
「だったらさ、いつ頃だったらいいんだろうな?」
「それは……よく分からないけど」
宙の問いかけに困惑しながら、僕は考えた。
「とりあえず……初七日法要が終わるくらいまでは遠慮した方がいいんじゃないかな……」
「初七日か……ってことは」
僕の答えを聞いた宙は、指を折って日付を数えようとしたが……すぐに諦めたように首を左右に振る。
「……やっぱやめとく……無理だ。気持ちの整理なんてさ」
「……そうだね」
感情を抑えたその表情から、宙の痛いほどの悲しみが僕に伝わってくる。
そもそも……僕だって、北斗が死んだなんて事自体、まだ信じたくないんだ。……もちろん、宙も。
話題を変えようと考えたところで――冷たい風が一陣舞った。
「……くしゅんッ!」
冬の名残を感じさせる寒風に身を襲われた僕は、思わず両腕を抱え肩を震わせる。
宙が心配そうに僕を見つめた。
「おい、大丈夫か、スバル?」
「あ……うん」
その気遣うような問いかけに、僕は照れ笑いを浮かべながら頷く。
「ごめん、ちょっと体が冷えちゃったみたい。でも、平気だから……」
「いや、オレの方こそゴメン」
僕の答えにかぶりを振りながら、宙は本当に申し訳なさそうな表情で頭を下げてきた。
「確かに、さっきまでだいぶ空気が冷たくなってきたのに、自分がこんなライダースーツなんかを着てるせいで気づかなかったよ。そんな恰好じゃ寒いよな」
そう言うと、彼はおもむろに自分が着ていたレザーのライダースジャケットを脱ぎ、ハーフコートを着た僕の肩にかける。
「ほら……これで少しは暖かいだろ?」
「え? あ……う、うん……」
ライダースジャケットに残る宙の体の温もりを感じてドギマギしながら、僕はぎこちなく頷いたが、ジャケットを僕に渡した彼がTシャツ一枚しか着ていないことに気づいた。
「って! だ、ダメだよ! そんなカッコしてたら、宙の方が先にカゼを引いちゃう! やっぱり返すよ!」
「いや、オレなら大丈夫だよ。心配すんな」
慌ててかけられたジャケットを脱ごうとする僕を手で制しながら、宙は苦笑いを浮かべる。
「真冬にバイクで峠を走ってる時に比べたら、このくらいの風は屁でもな……」
そう言いかけた宙は、ふと何かに気づいた様子でポカンと口を開けた。
そして、少し眉根を寄せながら、僕に向かっておずおずと言う。
「……って、今、お前……オレの事を“そら”って呼んだか?」
「え?」
彼の問いかけに、僕はさっきのやり取りを思い返し――
「……あっ!」
確かに彼の問いかけの通りだったことに気づいて、焦りながら首を左右に振った。
「ご、ごめんっ! あ、慌てたせいで、つい下の名前で呼んじゃった……」
そう弁解しながら、僕は彼の顔色を窺う。
「や……やっぱり嫌だよね……。まだ、僕と君は知り合って二日しか経ってないのに、いきなり名前で呼ぶのは馴れ馴れしすぎるよね……」
「……いや」
「だよね……。もう呼ばないから許して、望月く――」
「いや! そうじゃないっ!」
僕の声を強い口調で遮った宙は、呆気にとられた僕の両肩を掴んだ。
「むしろ逆! “宙”でいい!」
宙は、僕の肩を掴む手に力を込めながら、目を輝かせて言う。
「つか、ずっとモヤモヤしてたんだよ! お前がずっとオレのことを“望月くん”って呼んでるのがさ!」
「えっ? そ、そうなの?」
「そうだよ!」
訊き返す僕に大きく頷いた宙は、口をへの字に曲げた。
「もう、オレとお前は友達だろ? なのに、なんでまだ他人行儀な『望月くん』呼びなんだよ……ってさ」
「い、いや、確かに君と僕は友だちだけど、でも……さすがに知り合ってたった二日で名前呼びされたら嫌なんじゃないかなと……」
「イヤなはずないだろ!」
僕の言葉に心外そうに口を尖らせながら、宙は大きく首を左右に振る。
「つうか、それを言ったらオレはどうするんだよ? 最初っからお前のことを“スバル”呼びだぜ?」
「あっ、そういえば……」
「お前は、オレに“スバル”って呼ばれるたびに嫌だと思ってたのか?」
「……ううん」
宙の問いかけに、僕はかぶりを振った。
「全然嫌じゃないよ。むしろ……なんだか嬉しかった」
「オレも同じだよ」
僕の答えを聞いた宙が、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「今、お前に“宙”って呼ばれて、めっちゃ嬉しかった。だから……」
そこで一瞬ためらうように口をつぐんだ宙は、少し恥ずかしそうにしながら、はにかみ笑いを浮かべた。
「――これからは、“望月くん”じゃなくて“宙”って呼んでほしい……いや、呼んでくれ」
「あ……うん」
彼の表情につられて照れくさくなりながら、僕は小さく頷く。
「分かったよ。望づ……そ、宙……」
「うん……うん。それでいい」
僕がつっかえながら名前を呼ぶと、宙は満足そうに何度も首を縦に振りながら、スッと右手を差し出した。
「じゃあ……改めてよろしくな、スバル」
「うん……よろしく――宙」
隠し切れない喜びで眩しそうに目を細める宙に、僕も微笑み返し、差し出された右手を握り返す。
宙の……いや、僕たちの手の平は、びっくりするくらいに熱かった。
宙の言葉を聞いた僕は、慌てて首を横に振った。
「さすがに、それはちょっと早すぎなんじゃないかな……?」
そう続けた僕の脳裏に、昨日の辛い光景が浮かぶ。
「……七星ちゃんたちは、まだ北斗を見送ったばかりで、心の整理もついてないだろうし。北斗の家に行くにしても、もう少し時間を置いてからの方がいいと思う……」
宙は、僕のその言葉にハッとしたように顔を伏せて呟く。
「じゃあ……今日行くのはやめておくか」
「うん……それがいいと思う」
「でも――」
頷いた僕に、宙は大きく息を吐きながら僕を見て尋ねる。
「だったらさ、いつ頃だったらいいんだろうな?」
「それは……よく分からないけど」
宙の問いかけに困惑しながら、僕は考えた。
「とりあえず……初七日法要が終わるくらいまでは遠慮した方がいいんじゃないかな……」
「初七日か……ってことは」
僕の答えを聞いた宙は、指を折って日付を数えようとしたが……すぐに諦めたように首を左右に振る。
「……やっぱやめとく……無理だ。気持ちの整理なんてさ」
「……そうだね」
感情を抑えたその表情から、宙の痛いほどの悲しみが僕に伝わってくる。
そもそも……僕だって、北斗が死んだなんて事自体、まだ信じたくないんだ。……もちろん、宙も。
話題を変えようと考えたところで――冷たい風が一陣舞った。
「……くしゅんッ!」
冬の名残を感じさせる寒風に身を襲われた僕は、思わず両腕を抱え肩を震わせる。
宙が心配そうに僕を見つめた。
「おい、大丈夫か、スバル?」
「あ……うん」
その気遣うような問いかけに、僕は照れ笑いを浮かべながら頷く。
「ごめん、ちょっと体が冷えちゃったみたい。でも、平気だから……」
「いや、オレの方こそゴメン」
僕の答えにかぶりを振りながら、宙は本当に申し訳なさそうな表情で頭を下げてきた。
「確かに、さっきまでだいぶ空気が冷たくなってきたのに、自分がこんなライダースーツなんかを着てるせいで気づかなかったよ。そんな恰好じゃ寒いよな」
そう言うと、彼はおもむろに自分が着ていたレザーのライダースジャケットを脱ぎ、ハーフコートを着た僕の肩にかける。
「ほら……これで少しは暖かいだろ?」
「え? あ……う、うん……」
ライダースジャケットに残る宙の体の温もりを感じてドギマギしながら、僕はぎこちなく頷いたが、ジャケットを僕に渡した彼がTシャツ一枚しか着ていないことに気づいた。
「って! だ、ダメだよ! そんなカッコしてたら、宙の方が先にカゼを引いちゃう! やっぱり返すよ!」
「いや、オレなら大丈夫だよ。心配すんな」
慌ててかけられたジャケットを脱ごうとする僕を手で制しながら、宙は苦笑いを浮かべる。
「真冬にバイクで峠を走ってる時に比べたら、このくらいの風は屁でもな……」
そう言いかけた宙は、ふと何かに気づいた様子でポカンと口を開けた。
そして、少し眉根を寄せながら、僕に向かっておずおずと言う。
「……って、今、お前……オレの事を“そら”って呼んだか?」
「え?」
彼の問いかけに、僕はさっきのやり取りを思い返し――
「……あっ!」
確かに彼の問いかけの通りだったことに気づいて、焦りながら首を左右に振った。
「ご、ごめんっ! あ、慌てたせいで、つい下の名前で呼んじゃった……」
そう弁解しながら、僕は彼の顔色を窺う。
「や……やっぱり嫌だよね……。まだ、僕と君は知り合って二日しか経ってないのに、いきなり名前で呼ぶのは馴れ馴れしすぎるよね……」
「……いや」
「だよね……。もう呼ばないから許して、望月く――」
「いや! そうじゃないっ!」
僕の声を強い口調で遮った宙は、呆気にとられた僕の両肩を掴んだ。
「むしろ逆! “宙”でいい!」
宙は、僕の肩を掴む手に力を込めながら、目を輝かせて言う。
「つか、ずっとモヤモヤしてたんだよ! お前がずっとオレのことを“望月くん”って呼んでるのがさ!」
「えっ? そ、そうなの?」
「そうだよ!」
訊き返す僕に大きく頷いた宙は、口をへの字に曲げた。
「もう、オレとお前は友達だろ? なのに、なんでまだ他人行儀な『望月くん』呼びなんだよ……ってさ」
「い、いや、確かに君と僕は友だちだけど、でも……さすがに知り合ってたった二日で名前呼びされたら嫌なんじゃないかなと……」
「イヤなはずないだろ!」
僕の言葉に心外そうに口を尖らせながら、宙は大きく首を左右に振る。
「つうか、それを言ったらオレはどうするんだよ? 最初っからお前のことを“スバル”呼びだぜ?」
「あっ、そういえば……」
「お前は、オレに“スバル”って呼ばれるたびに嫌だと思ってたのか?」
「……ううん」
宙の問いかけに、僕はかぶりを振った。
「全然嫌じゃないよ。むしろ……なんだか嬉しかった」
「オレも同じだよ」
僕の答えを聞いた宙が、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「今、お前に“宙”って呼ばれて、めっちゃ嬉しかった。だから……」
そこで一瞬ためらうように口をつぐんだ宙は、少し恥ずかしそうにしながら、はにかみ笑いを浮かべた。
「――これからは、“望月くん”じゃなくて“宙”って呼んでほしい……いや、呼んでくれ」
「あ……うん」
彼の表情につられて照れくさくなりながら、僕は小さく頷く。
「分かったよ。望づ……そ、宙……」
「うん……うん。それでいい」
僕がつっかえながら名前を呼ぶと、宙は満足そうに何度も首を縦に振りながら、スッと右手を差し出した。
「じゃあ……改めてよろしくな、スバル」
「うん……よろしく――宙」
隠し切れない喜びで眩しそうに目を細める宙に、僕も微笑み返し、差し出された右手を握り返す。
宙の……いや、僕たちの手の平は、びっくりするくらいに熱かった。
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