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第四章 孤独な狼は、猫獣人たちと解り合う事ができるのか
第四章其の玖 追及
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「さてと……」
そう呟いてもう一度ハヤテをジロリと見た王は、くるりと踵を返し、そのままツカツカと上座へと歩を進める。
彼が階の下に到ると、それまで蹲ったままだったイドゥンが、ようやく深々と頭を下げた。
王は階の前で立ち止まり、無言のままで長男を睨み据える。
何も言わない父を前に、先ほどまでの威勢が嘘のように不安げな表情を浮かべたイドゥンが、恐る恐る声をかけた。
「お……お帰りなさいませ、父上……。斯様にお戻りが早いとは思いもよらず、お出迎えにも向かわぬ不調法……も、申し訳ございませぬ……」
「……イドゥン」
殊勝な態度の王太子の名を低い声で呼ぶアシュガト二世。その声の響きに気圧され、イドゥンの耳がビクリと震えた。
「は……はっ!」
「……そこを退け」
「……は?」
王の発した短い命令の意図が呑み込めず、イドゥンはポカンとした表情を浮かべて、王の顔をまじまじと見つめる。
そんな息子の呆け面を見て大きな溜息を吐いたアシュガト二世は、苛立ちを隠せぬ様子でイドゥンの背後を指さした。
「――その玉座は、余のものである。本来の持ち主でもないお前が、何故そこに座っておるのだ?」
「ひ――し、失礼致しました!」
王の威圧感たっぷりの問いかけを聞いたイドゥンは、弾かれるように立ち上がり、慌てて階の脇へと身体をずらした。
「……」
アシュガト二世は、そんな息子を冷ややかな目で一睨みした後、ゆっくりと階を昇る。
「……おい」
そして、階の上に立ったアシュガト二世は、目を更に険しくさせて、玉座の脇で頭を垂れているふたりの娘を睨みつけた。
微かな怒気を含んだ父親の声を耳にした娘ふたりは、ビクリと身体を震わせると、耳と尻尾を垂らして縮こまる。
そんな娘達の反応に、アシュガト二世の目は更に厳しくなった。
「ファアラ、そしてカテリナ……お主らは、父に出迎えの挨拶も無いのだな」
「あ――! い、いえ……」
「も……もうしわけございません! お、お帰りなさいませ、お父様……」
ふたりの娘は、父の低い声に顔面を強張らせから、慌ててスカートの裾を摘まんで深々と礼をし、それからいそいそと玉座の座面を手で払い、背もたれや肘掛けを自分のドレスの袖で拭いてから、引き攣った笑顔を王に向ける。
「お……お父様、ど……どうぞ」
「……」
アシュガト二世は無表情のまま、ふたりの娘を一瞥した後、階を登り始める。
ふたりの顔に、安堵の表情が浮かぶ――
が、
「――ファアラ姉上、カテリナ姉上」
「――!」
ぼそりと自分たちの名を呼ばれ、その表情はたちまち凍りつく。
「な……何かしら、ドリューシュ……」
彼女たちを呼んだのは、弟のドリューシュだった。
彼は、厳しい目をふたりの姉に向け、静かな声で問いかける。
「姉上たちは、斯様な兄上の不遜な暴挙をお止めにならなかったのですか?」
「う……」
ドリューシュの率直な詰問に、姉たちは言葉を詰まらせた。
――と、
「ド……ドリューシュ! 何を言うのだ貴様!」
血相を変えて声を荒げたのは、イドゥンである。
彼は、剥いた目を血走らせて弟に指を突きつけた。
「ふ……『不遜な暴挙』とは……兄に向かって無礼であろう!」
「はて……? では、王の居ぬ間に、勝手に玉座にふんぞり返って、国の主の如く振る舞う事は無礼ではないと?」
「ぐ……ッ!」
威厳たっぷりに言い放つも、皮肉気に口元を歪めた弟によってあっさりと論破され、顔を顰める王太子。
だが、悔しげにぎりぎりと歯噛みしながらも、イドゥンは論駁する。
「そ……それは、父上がお出かけになった後の留守を預かる身として……その……責務の体現として……」
「父上が厚く遇している者を籠檻に入れて、まるで見世物の様に晒すのも“責務の体現”ですか?」
「そ……それは……違う……」
「ええ、そうでしょうね。違うんでしょう」
ドリューシュは、イドゥンを冷ややかに見下しながら言葉を継いだ。
「本当は、怖かったのでしょう? ハヤテ殿の事が」
「な――!」
「姿を変える魔具が手元に無いとはいえど、森の悪魔と同じ姿をしたハヤテ殿が恐ろしかった。――それでいながら、自身の威厳を臣たちとハヤテ殿に見せつけたいと考え、抗っても危害を加えられぬよう、用心としてこの大広間の中央に籠檻を据え、その中に彼を押し込んだ――そういう事なのでしょう?」
「ぐ……」
ドリューシュの言葉に、イドゥンは返す言葉にも窮し、ただギリギリと唇を噛む。
だが、ドリューシュの追及は止まらない。
「――それに加えて看過できぬのは、先ほどの、父上をあまりに軽視した発言です」
「そ……それ――は……」
ドリューシュの鋭い言葉に、イドゥンは狼狽しながらも、首を大きく左右に振った。
「ち……違う! あれは……あれは言葉の綾というもので、決して本心では――!」
「ち……違うのです! お父様! ドリューシュ!」
「そ、そう! 誤解なのですわ!」
イドゥンの言葉を遮るように声を張り上げたのは、ファアラとカテリナだった。
彼女たちは、王の脚に縋りつき、必死で訴える。
「……というか、あれはお兄様が勝手に口走った事で……! わたくし達は、そんな事、おひげの先ほども思ってはおりません……」
「そ……そうです! 兄様はともかく、このわたし達が、お父様の事をそんな風に思っている訳が無いじゃないですか! どうか、お信じ下さいまし!」
「あ――! お、おい、お前ら! 何を言っておるのだ! この期に及んで、私を裏切る――」
突然の妹たちの翻意に、イドゥンは毛皮を逆立て、我を忘れて怒鳴った。
だが、そんな彼に冷ややかな声がかけられる。
「……裏切るという事は、お認めになるのですね? 先ほどの、ご自身の発言を……」
「あ……い、いや! そ……そうではない! そうでは……決して……!」
言葉尻を捉えたドリューシュの指摘に、今度は尻尾を枝垂れさせ、イドゥンは必死で首を横に振った。
――と、
「……もうよい。止めよ、ドリューシュ」
疲れた顔で大きな溜息を吐き、ふるふると首を振りながら、王は呆れ声でドリューシュを制する。
「ですが――」
「臣下たちの目もある。これ以上、事を荒立てるな」
「……畏まりました、父上」
王に諭されたドリューシュは、不承不承頷いた。
それを見たアシュガト二世も頷き返し、そして、安堵の息を吐いているイドゥンと娘ふたりを冷ややかな目で見下ろし、厳かに言う。
「イドゥン。――そして、ファアラとカテリナ」
「「「――!」」」
父の声を聞いた三人の表情が強張る。
そんな三人の子に、アシュガト二世は厳しい声で言った。
「お前たちはもう良い。……下がれ」
「ち――父上……!」
「下がれと言ったぞ、イドゥン」
「……ッ!」
父の声の冷たさに、慌てて言い縋ろうとするイドゥンだったが、アシュガト二世はそれを赦さない。
「……畏まりました」
何を言っても無駄だと悟ったイドゥンは、打ちひしがれた様子でゆらりと立ち上がり、ふたりの妹と一緒に、すごすごと階を降りていく。
そして、立ち尽くすハヤテとフラニィの横を通り抜ける時に、敵意を剥き出しにした目でふたりを睨みつけてから、大広間からすごすごと出て行った。
「……」
「……」
そんな王太子たちを、無言で見送るハヤテとフラニィ、そして居合わせた臣下たち。――そして、階の上の王とドリューシュ。
「……ふぅ」
王は、秘かに溜息を漏らし、誰にも聞こえぬような声で吐き捨てた。
「……あのうつけめが……!」
そう呟いてもう一度ハヤテをジロリと見た王は、くるりと踵を返し、そのままツカツカと上座へと歩を進める。
彼が階の下に到ると、それまで蹲ったままだったイドゥンが、ようやく深々と頭を下げた。
王は階の前で立ち止まり、無言のままで長男を睨み据える。
何も言わない父を前に、先ほどまでの威勢が嘘のように不安げな表情を浮かべたイドゥンが、恐る恐る声をかけた。
「お……お帰りなさいませ、父上……。斯様にお戻りが早いとは思いもよらず、お出迎えにも向かわぬ不調法……も、申し訳ございませぬ……」
「……イドゥン」
殊勝な態度の王太子の名を低い声で呼ぶアシュガト二世。その声の響きに気圧され、イドゥンの耳がビクリと震えた。
「は……はっ!」
「……そこを退け」
「……は?」
王の発した短い命令の意図が呑み込めず、イドゥンはポカンとした表情を浮かべて、王の顔をまじまじと見つめる。
そんな息子の呆け面を見て大きな溜息を吐いたアシュガト二世は、苛立ちを隠せぬ様子でイドゥンの背後を指さした。
「――その玉座は、余のものである。本来の持ち主でもないお前が、何故そこに座っておるのだ?」
「ひ――し、失礼致しました!」
王の威圧感たっぷりの問いかけを聞いたイドゥンは、弾かれるように立ち上がり、慌てて階の脇へと身体をずらした。
「……」
アシュガト二世は、そんな息子を冷ややかな目で一睨みした後、ゆっくりと階を昇る。
「……おい」
そして、階の上に立ったアシュガト二世は、目を更に険しくさせて、玉座の脇で頭を垂れているふたりの娘を睨みつけた。
微かな怒気を含んだ父親の声を耳にした娘ふたりは、ビクリと身体を震わせると、耳と尻尾を垂らして縮こまる。
そんな娘達の反応に、アシュガト二世の目は更に厳しくなった。
「ファアラ、そしてカテリナ……お主らは、父に出迎えの挨拶も無いのだな」
「あ――! い、いえ……」
「も……もうしわけございません! お、お帰りなさいませ、お父様……」
ふたりの娘は、父の低い声に顔面を強張らせから、慌ててスカートの裾を摘まんで深々と礼をし、それからいそいそと玉座の座面を手で払い、背もたれや肘掛けを自分のドレスの袖で拭いてから、引き攣った笑顔を王に向ける。
「お……お父様、ど……どうぞ」
「……」
アシュガト二世は無表情のまま、ふたりの娘を一瞥した後、階を登り始める。
ふたりの顔に、安堵の表情が浮かぶ――
が、
「――ファアラ姉上、カテリナ姉上」
「――!」
ぼそりと自分たちの名を呼ばれ、その表情はたちまち凍りつく。
「な……何かしら、ドリューシュ……」
彼女たちを呼んだのは、弟のドリューシュだった。
彼は、厳しい目をふたりの姉に向け、静かな声で問いかける。
「姉上たちは、斯様な兄上の不遜な暴挙をお止めにならなかったのですか?」
「う……」
ドリューシュの率直な詰問に、姉たちは言葉を詰まらせた。
――と、
「ド……ドリューシュ! 何を言うのだ貴様!」
血相を変えて声を荒げたのは、イドゥンである。
彼は、剥いた目を血走らせて弟に指を突きつけた。
「ふ……『不遜な暴挙』とは……兄に向かって無礼であろう!」
「はて……? では、王の居ぬ間に、勝手に玉座にふんぞり返って、国の主の如く振る舞う事は無礼ではないと?」
「ぐ……ッ!」
威厳たっぷりに言い放つも、皮肉気に口元を歪めた弟によってあっさりと論破され、顔を顰める王太子。
だが、悔しげにぎりぎりと歯噛みしながらも、イドゥンは論駁する。
「そ……それは、父上がお出かけになった後の留守を預かる身として……その……責務の体現として……」
「父上が厚く遇している者を籠檻に入れて、まるで見世物の様に晒すのも“責務の体現”ですか?」
「そ……それは……違う……」
「ええ、そうでしょうね。違うんでしょう」
ドリューシュは、イドゥンを冷ややかに見下しながら言葉を継いだ。
「本当は、怖かったのでしょう? ハヤテ殿の事が」
「な――!」
「姿を変える魔具が手元に無いとはいえど、森の悪魔と同じ姿をしたハヤテ殿が恐ろしかった。――それでいながら、自身の威厳を臣たちとハヤテ殿に見せつけたいと考え、抗っても危害を加えられぬよう、用心としてこの大広間の中央に籠檻を据え、その中に彼を押し込んだ――そういう事なのでしょう?」
「ぐ……」
ドリューシュの言葉に、イドゥンは返す言葉にも窮し、ただギリギリと唇を噛む。
だが、ドリューシュの追及は止まらない。
「――それに加えて看過できぬのは、先ほどの、父上をあまりに軽視した発言です」
「そ……それ――は……」
ドリューシュの鋭い言葉に、イドゥンは狼狽しながらも、首を大きく左右に振った。
「ち……違う! あれは……あれは言葉の綾というもので、決して本心では――!」
「ち……違うのです! お父様! ドリューシュ!」
「そ、そう! 誤解なのですわ!」
イドゥンの言葉を遮るように声を張り上げたのは、ファアラとカテリナだった。
彼女たちは、王の脚に縋りつき、必死で訴える。
「……というか、あれはお兄様が勝手に口走った事で……! わたくし達は、そんな事、おひげの先ほども思ってはおりません……」
「そ……そうです! 兄様はともかく、このわたし達が、お父様の事をそんな風に思っている訳が無いじゃないですか! どうか、お信じ下さいまし!」
「あ――! お、おい、お前ら! 何を言っておるのだ! この期に及んで、私を裏切る――」
突然の妹たちの翻意に、イドゥンは毛皮を逆立て、我を忘れて怒鳴った。
だが、そんな彼に冷ややかな声がかけられる。
「……裏切るという事は、お認めになるのですね? 先ほどの、ご自身の発言を……」
「あ……い、いや! そ……そうではない! そうでは……決して……!」
言葉尻を捉えたドリューシュの指摘に、今度は尻尾を枝垂れさせ、イドゥンは必死で首を横に振った。
――と、
「……もうよい。止めよ、ドリューシュ」
疲れた顔で大きな溜息を吐き、ふるふると首を振りながら、王は呆れ声でドリューシュを制する。
「ですが――」
「臣下たちの目もある。これ以上、事を荒立てるな」
「……畏まりました、父上」
王に諭されたドリューシュは、不承不承頷いた。
それを見たアシュガト二世も頷き返し、そして、安堵の息を吐いているイドゥンと娘ふたりを冷ややかな目で見下ろし、厳かに言う。
「イドゥン。――そして、ファアラとカテリナ」
「「「――!」」」
父の声を聞いた三人の表情が強張る。
そんな三人の子に、アシュガト二世は厳しい声で言った。
「お前たちはもう良い。……下がれ」
「ち――父上……!」
「下がれと言ったぞ、イドゥン」
「……ッ!」
父の声の冷たさに、慌てて言い縋ろうとするイドゥンだったが、アシュガト二世はそれを赦さない。
「……畏まりました」
何を言っても無駄だと悟ったイドゥンは、打ちひしがれた様子でゆらりと立ち上がり、ふたりの妹と一緒に、すごすごと階を降りていく。
そして、立ち尽くすハヤテとフラニィの横を通り抜ける時に、敵意を剥き出しにした目でふたりを睨みつけてから、大広間からすごすごと出て行った。
「……」
「……」
そんな王太子たちを、無言で見送るハヤテとフラニィ、そして居合わせた臣下たち。――そして、階の上の王とドリューシュ。
「……ふぅ」
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