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第八章 装甲戦士たちは、何を求めるのか
第八章其の弐 訪問
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――その日、ミアン王国の首都・キヤフェは、沈鬱な空気に包まれていた。
その理由は、朝から分厚い雲に覆われている鉛色の空のせいではない。
日頃は買い物を楽しむ客らでごった返しているはずの繁華街も、営業している店は皆無。
そんな、入り口の扉を固く閉ざした店々が連なるキヤフェの大通りを往く全ての民達は、騎士階級・貴族階級に連なる者は言うに及ばず、場末のスラムの住民に到るまで、皆一様に灰色の服を身に纏い、一様に沈鬱な表情を浮かべていた。
言葉を交わす事も無く、彼らが歩を進める先に聳えているのは――彼らの王が鎮座していた王宮だった。
――そう。彼らは、偉大なる王・アシュガト二世の“大喪の儀”に加わる為に、王宮へと向かっているのである……。
◆ ◆ ◆ ◆
「……はい?」
控えめなノックの音を耳にして、ハヤテは窓の外に向けていた眼を部屋の扉へと向けた。
怪訝そうな表情を浮かべながら上げた彼の声に応じて、分厚い木の扉が重い音を立てながら開く。
「ハヤテ様……」
「ハヤテ殿」
「……フラニィ……ドリューシュ王子も……」
ドアを開けて入ってきた見慣れた顔に、ハヤテは驚きの表情を浮かべた。
「……どうしたんだ? まだ、王様の葬儀は終わっていないだろう?」
彼は、背後の窓の外から聞こえてくる、多くの猫獣人たちが上げる嘆きの声を聴きながら、首を傾げてふたりに尋ねる。
その問いに、灰色の喪服を着たフラニィとドリューシュは、お互いの顔を見合わせた。
「それが……」
「実は……」
言い淀むふたり。
――と、ドリューシュはおもむろに振り返り、彼らの背後にピッタリと張り付くように立っている五名の衛兵に声をかけた。
「……お前たちは、もう下がっていい。僕たちだけにしてくれ」
「は……い、いえ……そういう訳には……」
衛兵たちは、王子の命令に頷きながらも、困ったような表情を浮かべる。
彼らの様子を見たドリューシュが、訝しげな表情を浮かべた。
「……どうした? 何をグズグズしているんだ?」
「は……。ドリューシュ様のお言葉ではありますが……王太子殿下からは『絶対に離れるな』と厳命されておりまして……」
「――兄上から?」
衛兵の答えに、ドリューシュは僅かに顔を顰め、それから小さく溜息を吐く。
「そうか……。だが、ここは見逃してくれないか? 僕の顔に免じて」
「は……で、ですが……」
なおもドリューシュに頼み込まれた衛兵は、ますます困った顔になったが、それでも頑なに首を横に振った。
「た……大変申し訳御座いませんが……たとえ、ドリューシュ様のご命令といえど、王太子のお言葉に背く訳には――」
「何とぞ、ご寛恕を賜りたく……」
「我らの立場もご勘案下さいませ……」
「……お前ら……」
融通の利かない事を繰り返す衛兵たちに、ドリューシュはだんだんと苛立ち始める。
「この僕の命令……いや、願いを聞く気が無いとい――」
「ドリューシュ兄様……!」
牙を剥き出し、憤怒を露わにしようとするドリューシュを、フラニィが小声で窘めた。
「……しょうがないですわ。この者たちの立場も考えなければ……。第二王子であるドリューシュ兄様や、第三王女である私よりも、王太子であるイドゥン兄上の命令を優先するのは当然です」
「だが、しかし……」
「――俺も、フラニィと同じ意見だ」
ふたりの会話に、ハヤテが口を挟んだ。
「ハヤテ殿……」
「彼らにも彼らの仕事があるんだ。尊重しなきゃな。……というか、俺は別に、彼らがここに居ても別に構わないけれど。――どうせ、四六時中監視されている身だしな」
ハヤテは、そう言うと自嘲気味に笑う。
よりにもよって、“監視対象”であり、彼らの憎き敵『森の悪魔』のひとりでもある(と、彼らは思っている)ハヤテに擁護された衛兵たちは、一様に複雑な表情を浮かべた。
一方、自分側に付くと思っていたハヤテに諭され、憮然とした顔をするドリューシュ。
彼は、暫くの間、何かを言いたそうに口をモゴモゴとさせるが、ようやく諦めたのか、大きく息を吐いて不承不承頷く。
「……分かりました。ハヤテ殿がそう仰られるのであれば」
彼はそう言うと、部屋の中央に置かれたテーブルの椅子を引き、どっかりと腰を下ろした。
それに続いて、フラニィも喪服の裾を払って、隣の椅子にちょこんと腰かける。
一方、衛兵たちは彼らなりに気を遣ったのか、ふたりから離れたドアの前で背筋を伸ばし、並んで立った。
と、ドリューシュが、窓の前に立ったままのハヤテを手招きする。
「さあ――ハヤテ殿も、そんなところに立っていないで、ここに座って下さい」
「いや……俺は……」
「そこに立たれたままでは、話がしづらいと言っておるのだ、ハヤテ殿」
「あ……はい、分かった……分かりました」
ドリューシュの声に、先ほど衛兵たちに向けられていた苛立ちの響きが含まれているのを敏感に感じ取ったハヤテは、大人しく頷くと、ドリューシュの向かいの椅子を引いて座った。
それを見たドリューシュの表情がやや和らぎ、傍らに座るフラニィも安堵の表情を浮かべる。
そんなふたりを前にしたハヤテは、緊張の眼差しで、
(……ふたりは一体……俺に、何を伝えに来たのだろうか……?)
と、彼らの表情をじっと窺うのだった。
その理由は、朝から分厚い雲に覆われている鉛色の空のせいではない。
日頃は買い物を楽しむ客らでごった返しているはずの繁華街も、営業している店は皆無。
そんな、入り口の扉を固く閉ざした店々が連なるキヤフェの大通りを往く全ての民達は、騎士階級・貴族階級に連なる者は言うに及ばず、場末のスラムの住民に到るまで、皆一様に灰色の服を身に纏い、一様に沈鬱な表情を浮かべていた。
言葉を交わす事も無く、彼らが歩を進める先に聳えているのは――彼らの王が鎮座していた王宮だった。
――そう。彼らは、偉大なる王・アシュガト二世の“大喪の儀”に加わる為に、王宮へと向かっているのである……。
◆ ◆ ◆ ◆
「……はい?」
控えめなノックの音を耳にして、ハヤテは窓の外に向けていた眼を部屋の扉へと向けた。
怪訝そうな表情を浮かべながら上げた彼の声に応じて、分厚い木の扉が重い音を立てながら開く。
「ハヤテ様……」
「ハヤテ殿」
「……フラニィ……ドリューシュ王子も……」
ドアを開けて入ってきた見慣れた顔に、ハヤテは驚きの表情を浮かべた。
「……どうしたんだ? まだ、王様の葬儀は終わっていないだろう?」
彼は、背後の窓の外から聞こえてくる、多くの猫獣人たちが上げる嘆きの声を聴きながら、首を傾げてふたりに尋ねる。
その問いに、灰色の喪服を着たフラニィとドリューシュは、お互いの顔を見合わせた。
「それが……」
「実は……」
言い淀むふたり。
――と、ドリューシュはおもむろに振り返り、彼らの背後にピッタリと張り付くように立っている五名の衛兵に声をかけた。
「……お前たちは、もう下がっていい。僕たちだけにしてくれ」
「は……い、いえ……そういう訳には……」
衛兵たちは、王子の命令に頷きながらも、困ったような表情を浮かべる。
彼らの様子を見たドリューシュが、訝しげな表情を浮かべた。
「……どうした? 何をグズグズしているんだ?」
「は……。ドリューシュ様のお言葉ではありますが……王太子殿下からは『絶対に離れるな』と厳命されておりまして……」
「――兄上から?」
衛兵の答えに、ドリューシュは僅かに顔を顰め、それから小さく溜息を吐く。
「そうか……。だが、ここは見逃してくれないか? 僕の顔に免じて」
「は……で、ですが……」
なおもドリューシュに頼み込まれた衛兵は、ますます困った顔になったが、それでも頑なに首を横に振った。
「た……大変申し訳御座いませんが……たとえ、ドリューシュ様のご命令といえど、王太子のお言葉に背く訳には――」
「何とぞ、ご寛恕を賜りたく……」
「我らの立場もご勘案下さいませ……」
「……お前ら……」
融通の利かない事を繰り返す衛兵たちに、ドリューシュはだんだんと苛立ち始める。
「この僕の命令……いや、願いを聞く気が無いとい――」
「ドリューシュ兄様……!」
牙を剥き出し、憤怒を露わにしようとするドリューシュを、フラニィが小声で窘めた。
「……しょうがないですわ。この者たちの立場も考えなければ……。第二王子であるドリューシュ兄様や、第三王女である私よりも、王太子であるイドゥン兄上の命令を優先するのは当然です」
「だが、しかし……」
「――俺も、フラニィと同じ意見だ」
ふたりの会話に、ハヤテが口を挟んだ。
「ハヤテ殿……」
「彼らにも彼らの仕事があるんだ。尊重しなきゃな。……というか、俺は別に、彼らがここに居ても別に構わないけれど。――どうせ、四六時中監視されている身だしな」
ハヤテは、そう言うと自嘲気味に笑う。
よりにもよって、“監視対象”であり、彼らの憎き敵『森の悪魔』のひとりでもある(と、彼らは思っている)ハヤテに擁護された衛兵たちは、一様に複雑な表情を浮かべた。
一方、自分側に付くと思っていたハヤテに諭され、憮然とした顔をするドリューシュ。
彼は、暫くの間、何かを言いたそうに口をモゴモゴとさせるが、ようやく諦めたのか、大きく息を吐いて不承不承頷く。
「……分かりました。ハヤテ殿がそう仰られるのであれば」
彼はそう言うと、部屋の中央に置かれたテーブルの椅子を引き、どっかりと腰を下ろした。
それに続いて、フラニィも喪服の裾を払って、隣の椅子にちょこんと腰かける。
一方、衛兵たちは彼らなりに気を遣ったのか、ふたりから離れたドアの前で背筋を伸ばし、並んで立った。
と、ドリューシュが、窓の前に立ったままのハヤテを手招きする。
「さあ――ハヤテ殿も、そんなところに立っていないで、ここに座って下さい」
「いや……俺は……」
「そこに立たれたままでは、話がしづらいと言っておるのだ、ハヤテ殿」
「あ……はい、分かった……分かりました」
ドリューシュの声に、先ほど衛兵たちに向けられていた苛立ちの響きが含まれているのを敏感に感じ取ったハヤテは、大人しく頷くと、ドリューシュの向かいの椅子を引いて座った。
それを見たドリューシュの表情がやや和らぎ、傍らに座るフラニィも安堵の表情を浮かべる。
そんなふたりを前にしたハヤテは、緊張の眼差しで、
(……ふたりは一体……俺に、何を伝えに来たのだろうか……?)
と、彼らの表情をじっと窺うのだった。
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