装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜

第十二章 忍の装甲戦士に、如何に抗うのか

第十二章其の壱拾弐 陽動

　「――サンダーストラック驚天動地！」

　地を蹴った瞬間、ルナの足裏が、青白い雷光に包まれる。
　同時に、その姿は凄まじい加速で、まるで幻の様に消え失せた。

「――ッ！」

　ルナの姿が見えなくなった瞬間、ニンジャは素早く身体を翻らせ、飛び退りざまに手にしたシノビ・クナイを放った。
　次の瞬間、カ――ンッという、甲高い音が鳴り響き、同時に「くッ！」という、くぐもった悲鳴が上がる。
　それは、瞬時にニンジャの背後に回り込んで、鈎爪での攻撃を加えようとしていたルナが、目の前に飛んできたクナイに驚き、すんでのところで打ち払った音と声だった。

「な、何で分かるのよッ！」
「さっきも言っただろ？　キミは戦闘慣れしてない上に、気配がダダ漏れだから、姿が見えなくても攻撃のタイミングが分かりやす――」
「おおおおおおっ！」

　得意げに捲し立てるニンジャの声は、フレイムブレードを担ぎ上げた体勢で突っ込んできたテラの雄叫びで遮られる。

「ッ！」
「はああああ――っ！」

　雄たけびに気付いて、足を止めて振り返ったニンジャに向けて、テラは肩に乗せたフレイムブレードを、渾身の力を込めて振り下ろした。

「くッ――そ！」

　自分の肩口に迫る赫刃を躱し切れないと悟ったニンジャは、手に握った忍一文字シノビストレートを振り上げる。

　ガギィンッ！

　大剣の幅広の刃と、直刀の刃がぶつかり合い、真っ赤な火花が散った。

「ぐっ……！」
「ッ……！」

　テラとニンジャは、鍔迫り合いしながら、互いの刃越しに睨み合う。
　ふたりは鍔迫り合いの体勢のまま、数秒の間静止していたが、徐々にテラがじりじりとフレイムブレードの刃を押し込み始めた。
　一方、ニンジャは渾身の力で耐えようとするが、テラの力に抗いきれず、遂に片膝をつく――。
　と思われた瞬間、

「……なんてな！」

　嘲笑混じりの声と共に、ニンジャが忍一文字シノビストレートに込めていた力をふっと抜いた。
　そして、直刀の角度をずらし、フレイムブレードの刃を斜めにいなす。

「な――！」

　力の限りに押し込んでいたフレイムブレードをすかされた格好になったテラは、バランスを崩して蹈鞴たたらを踏んだ。
　それと同時に、ツールズ戦で負っていた肩口の傷が開き、激しい痛みを発する。

「ぐっ……ッ！」

　テラはくぐもった声で唸ると、手に持っていたフレイムブレードを取り落としてしまった。
　その隙を見逃すニンジャではない。

「――もらった！」

　彼は短く叫ぶと、ニンジャブレードを逆手に持ち替え、左手で素早く印を結んだ。

「忍技・火装焦刃かそうしょうじん！」

　そう高らかに声を上げたニンジャが、左掌で忍一文字シノビストレートの鎬の辺りに触れる。
　それと同時に、刃面から噴き出した赤い炎が纏わりつくように刃に絡んでいき、忍一文字シノビストレートの刀身は、たちまち真っ赤に燃え上がる炎に包み込まれた。
　逆手に持った炎の刀を振り上げたニンジャは、体勢を崩したままのテラの首元に狙いをつけ、

「――サヨナラだ！」

　そう叫ぶや、躊躇いなく刃を突き入れようとした――その時、

「――やらせないッ！」

　テラの危機を察知したルナが、鈎爪を振りかざして、ニンジャへ飛びかかる。
　――だが、

「――待ってたよ、お嬢ちゃん！」

　テラへ攻撃しようとする動きは、ニンジャの陽動ブラフだった。
　彼が最初から標的ターゲットとしていたのは、数多の装甲戦士アームド・ファイター達との豊富な戦闘経験を持つテラではなく、この世界に堕とされたばかりで戦いに慣れておらず、尚且つ心理的誘導もしやすいルナの方だったのだ。

　ニンジャは素早く刀を引きながら、その場で体をぐるりと翻す。そして、振り下ろされたルナの鈎爪を紙一重で躱すと、右手に持った炎に包まれた忍一文字シノビストレートを逆袈裟に斬り上げた。

「キャアッ！」

　炎に包まれた一閃を食らったルナが、悲鳴を上げて仰け反る。そして、数メートルほど吹き飛ばされると、仰向けに倒れた。

「――ルナッ！」

　テラは、吹き飛ばされたルナに向けて叫ぶと、その傍らに立つニンジャに向けて横薙ぎの斬撃を放つ。
　だが、その刃はニンジャの身体を捉えることなく、虚しく空を斬った。

「ハハハッ！　鈍のろい鈍のろい。肩が痛いみたいだな？　無理すんなよ、お兄さん！」

　テラの攻撃を易々と躱した後、バク転しながらテラから距離を取ったニンジャは、からかい声で叫ぶ。
　と、彼は、仰向けに倒れていたルナがゆっくりと立ち上がるのに気付いた。

「あらら……」

　それを見たニンジャは、驚いたような声を漏らす。――彼のイメージ通りならば、ルナには先ほどの一太刀でかなりのダメージを与えられたはずだったからだ。
　ニンジャは、燃える忍一文字シノビストレートの刀身に目を落としながら、僅かに首を傾げた。

「……少しタイミングが遅かったかな。そういえば、思ったより手応えが浅かった」

　再び、ルナの方に目を向ける。
　彼女の白金色の胸部装甲には、先ほどニンジャが放った斬撃の痕跡が、黒い焦げ痕を伴って深く刻みつけられている。
　――だが、彼女の身体には、ダメージは及んでいないようだ。

「……あのチーターの装甲には、まだ隠れた能力ちからがあるって事なのか？」

　ニンジャはそう呟くと、手にした忍一文字シノビストレートを一振りする。それに伴って、刀身に纏わりつく炎の欠片が散り舞ったが、新たに噴き出した炎によって、直刀を包み込む炎の勢いは更に増した。

「――まあ、いいさ」

　ニンジャは、その頭に浮かんだ微かな違和感を振り払おうとするように首を振ると、逆手に持った忍一文字シノビストレートを掲げるように構えながら、ゆっくりと重心を落とす。
　そして、仮面の下の口元を嗜虐的に歪めながら、静かに独り言ちた。

「じゃあ……あの白い装甲にどんな性能が秘められているのか――見極めさせてもらうとしようか」