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第一章 田中天狼のシリアスな日常・集結編
田中天狼のシリアスな序章
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そこは、歯医者の待合室。
暖色系の壁紙には可愛らしいどうぶつのイラストがあしらわれ、優しくフレンドリーな雰囲気を醸し出そうとしていたが、その必死の工夫も空しい。超音波の様なドリルの音と、治療を受けている子供たちの阿鼻叫喚の叫び声のフルコーラスが鳴り響き、順番待ちの人間の心胆を容赦なく凍らせている。
俺は、雑誌を捲りながら、順番を待っている。
もう高校一年生。気障っぽく足を組み替えながら、その年齢に相応しい余裕ある態度を周囲の小学生には見せていたが、掌はじっとりと嫌な汗をかいている。
(ここは……どうだろう? 腕は確か……かな?)
せわしなく雑誌のページをめくるが、雑誌の中身は全く頭に入ってこない。ただひたすらに、今日が初診のこの歯医者に対する僅かな期待と、大いなる不安が渦を巻き、頭の中が洗濯機のようになっていた。
前に通っていた、腕の確かなベテランの歯医者は、俺を大いに悩ませている奥歯の病巣を根絶してくれる前に、非情にも悠々自適のリタイヤ生活に突入してしまった。……ま、何だかんだと理由をつけて、通院するのを避け続けた俺にも若干の責任がある事は否定しない……完全に自業自得ですすみません。
出来れば、もう歯科医院とは一生関わりあいたくない所だったが、奥歯を蝕むミュータンス菌達は、日夜掘削工事に明け暮れ、俺に決して安寧を許さず――その苛烈極まる攻撃は、遂に我慢のハードルを飛び越してしまった。
そして、俺が奥歯の激痛にのたうち回りながら、数多ある歯科医から選び出したのが、この、外観がファンシーでこじんまりとした街角の歯医者だったのだ――。
「ふぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!」
「だいじょぉーぶ、痛くないよぉ。ほーら、大きなお口であーんして」
「ぐぎゃああぁぁぁぁっ! やめてぇぇぇ! おうちにかえりたいよおおおお!」
「ほーら、怖くないよ~。…………ちょっとだけチクッとするけどね……」
「いやああああああっ! 痛いのいやあああああああああああああ!」
診察室からの幼い患者の断末魔が耳を打ち、思わず耳を押さえたくなる衝動に駆られる。口の中はカラカラに乾いていた。
――今ならまだ間に合う。
俺は敢然と決意した。
――帰ろう。
「えー、次の方……」
読み止しの雑誌を棚に戻し、踵を返して玄関へ向かおうとした所で、恰幅の良い受付の中年女性が、手元の診察表を捲りながら野太い声で処刑執行宣告をする。
次は――俺だ。
俺は観念し、名を呼ばれるのを待つ……。
「次の方、えーと、田中……」
(ま、いいや。そうだよな、虫歯は早く治した方がいいに決まってるし、案外すぐ終わるかもしれないし、ここの歯医者さんはブラックジャック並の腕前で全然痛くないかもしれないし、もしかしたら俺の気のせいかもしれないし実はものすごい自然治癒力を発揮して治ってるかもしれないしそもそも……)
「……田中……て……てん……?」
俺がものすごい勢いで脳内をポジティブシンキングで埋め尽くそうとしている間、何故か名前は呼ばれなかった。
「えー……と、田中……てんろう? さん?」
あー、はいはいそう来たか。
皮肉気に口元を歪めると、俺は看護師に手を上げる。
「あのー、それ俺です」
「……あ、た、田中さん、診察室へどうぞ」
看護師はほっとした表情を見せると、診察室という名の修羅場への扉を開けた。
俺は頷くと、扉へ進み、看護師の横を通り過ぎる時、さりげなく口を開いた。
「……あ、ちなみに俺の名前は、しりうすです。田中天狼」
「……へ? あ……」
『鳩が豆鉄砲を食らった』とはああいう顔の事を言うのだろう。目を白黒させる看護師の前を通り過ぎ、俺は診察室に足を踏み入れ、
「うわ~……こりゃ酷い。よくここまでほっといたもんだねぇ……」
と、歯科医に呆れられながら、骨伝導で脳内にダイレクトで響くドリルの音と、焦げた歯の臭いに悶絶しながら、色々な事を後悔し、呪詛するのだった。
暖色系の壁紙には可愛らしいどうぶつのイラストがあしらわれ、優しくフレンドリーな雰囲気を醸し出そうとしていたが、その必死の工夫も空しい。超音波の様なドリルの音と、治療を受けている子供たちの阿鼻叫喚の叫び声のフルコーラスが鳴り響き、順番待ちの人間の心胆を容赦なく凍らせている。
俺は、雑誌を捲りながら、順番を待っている。
もう高校一年生。気障っぽく足を組み替えながら、その年齢に相応しい余裕ある態度を周囲の小学生には見せていたが、掌はじっとりと嫌な汗をかいている。
(ここは……どうだろう? 腕は確か……かな?)
せわしなく雑誌のページをめくるが、雑誌の中身は全く頭に入ってこない。ただひたすらに、今日が初診のこの歯医者に対する僅かな期待と、大いなる不安が渦を巻き、頭の中が洗濯機のようになっていた。
前に通っていた、腕の確かなベテランの歯医者は、俺を大いに悩ませている奥歯の病巣を根絶してくれる前に、非情にも悠々自適のリタイヤ生活に突入してしまった。……ま、何だかんだと理由をつけて、通院するのを避け続けた俺にも若干の責任がある事は否定しない……完全に自業自得ですすみません。
出来れば、もう歯科医院とは一生関わりあいたくない所だったが、奥歯を蝕むミュータンス菌達は、日夜掘削工事に明け暮れ、俺に決して安寧を許さず――その苛烈極まる攻撃は、遂に我慢のハードルを飛び越してしまった。
そして、俺が奥歯の激痛にのたうち回りながら、数多ある歯科医から選び出したのが、この、外観がファンシーでこじんまりとした街角の歯医者だったのだ――。
「ふぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!」
「だいじょぉーぶ、痛くないよぉ。ほーら、大きなお口であーんして」
「ぐぎゃああぁぁぁぁっ! やめてぇぇぇ! おうちにかえりたいよおおおお!」
「ほーら、怖くないよ~。…………ちょっとだけチクッとするけどね……」
「いやああああああっ! 痛いのいやあああああああああああああ!」
診察室からの幼い患者の断末魔が耳を打ち、思わず耳を押さえたくなる衝動に駆られる。口の中はカラカラに乾いていた。
――今ならまだ間に合う。
俺は敢然と決意した。
――帰ろう。
「えー、次の方……」
読み止しの雑誌を棚に戻し、踵を返して玄関へ向かおうとした所で、恰幅の良い受付の中年女性が、手元の診察表を捲りながら野太い声で処刑執行宣告をする。
次は――俺だ。
俺は観念し、名を呼ばれるのを待つ……。
「次の方、えーと、田中……」
(ま、いいや。そうだよな、虫歯は早く治した方がいいに決まってるし、案外すぐ終わるかもしれないし、ここの歯医者さんはブラックジャック並の腕前で全然痛くないかもしれないし、もしかしたら俺の気のせいかもしれないし実はものすごい自然治癒力を発揮して治ってるかもしれないしそもそも……)
「……田中……て……てん……?」
俺がものすごい勢いで脳内をポジティブシンキングで埋め尽くそうとしている間、何故か名前は呼ばれなかった。
「えー……と、田中……てんろう? さん?」
あー、はいはいそう来たか。
皮肉気に口元を歪めると、俺は看護師に手を上げる。
「あのー、それ俺です」
「……あ、た、田中さん、診察室へどうぞ」
看護師はほっとした表情を見せると、診察室という名の修羅場への扉を開けた。
俺は頷くと、扉へ進み、看護師の横を通り過ぎる時、さりげなく口を開いた。
「……あ、ちなみに俺の名前は、しりうすです。田中天狼」
「……へ? あ……」
『鳩が豆鉄砲を食らった』とはああいう顔の事を言うのだろう。目を白黒させる看護師の前を通り過ぎ、俺は診察室に足を踏み入れ、
「うわ~……こりゃ酷い。よくここまでほっといたもんだねぇ……」
と、歯科医に呆れられながら、骨伝導で脳内にダイレクトで響くドリルの音と、焦げた歯の臭いに悶絶しながら、色々な事を後悔し、呪詛するのだった。
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