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第一章 田中天狼のシリアスな日常・集結編
田中天狼のシリアスな回想
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物心ついた頃から、自分の名前に違和感を感じていた。周りの子供たちとは明らかに異なる響きの名前。
俺の名前を見たり聞いたりした大人たちが、一様に奇妙な表情を浮かべるのも不思議だった。
「ねーねー、おかあさん」
ある日、幼稚園生だった俺は、台所で忙しげに芋の皮むきをする母のエプロンを引っ張りながら尋ねた。
「んー? どうしたの、しーちゃん?」
「あのね、どおしてボクのなまえって『しりうす』なの?」
「んー、どうしてそんなこと聞くの? しーちゃん?」
母は布巾で手を拭くと、優しく俺の頭を撫でながら聞いた。
「えー、だって、とおるくんが『しりうすってへんななまえ~。おまえにほんじんじゃないんだろー』っていじわるいうんだもん」
「あらあら、いけない事言うのねぇ、とおるくんは」
母は困った顔をして首を傾げた。
「うん、だからぼくいったんだ。『ぼくにほんじんだもん。しりうすってなまえも、ちゃんとおとうさんとおかあさんがかんがえてつけてくれたんだもん!』って」
俺はほっぺを膨らませる。
「そういったら、とおるくんは『じゃあ、しりうすってどういういみでつけたんだよ!』っていうから、きょうおかあさんにきいてくる、っていっちゃったの」
「あー……、そうなんだ」
「だから、『しりうす』ってどういういみなのかおしえてほしいの!」
俺は瞳をキラキラさせて母親に詰め寄る。と、母はなぜか言い淀んで、目を逸らした。
「……えーっと。シリウスって言うのはお星さまの名前なの……確か。そう! しーちゃんの名前はそこから付けたんだよ!」
「――どおしておほしさまのおなまえをぼくにつけたの?」
「どうして、って……そ、それはね……うーんと……そう! しーちゃんが生まれた日の夜に、ちょうどシリウスの星がお空の真ん中でピカピカ光ってて……。お父さんとお母さん、それを見て綺麗だねぇって思ったから、お星さまから『しりうす』って名前をもらったの! シリウスみたいに立派で、みんなの中で輝くしーちゃんになれますように、って」
「へー! そうなんだ! すごいや! じゃあ、『しりうす』っていいなまえなんだね!」
「――も、モチロンよ! とおるくんにもそう言って自慢しちゃいな!」
「ウン!」
――と、今では考えられない程に純粋で無邪気だった幼稚園時代の俺は、母の答えを素直に信じたのだが、小学校三年生の夏休みの自由研究で、星座の観察日記を付ける為の参考として開いた辞典の『シリウス』の解説文に「冬の星座大いぬ座の星」という記載がある事に気付くと、母の話の信憑性はあっさりと崩れた。
「…………何で八月生まれのボクの誕生日の夜中に、シリウスが見えるんだよ?」――と。
で、あれば、『天狼』と名付けた真の理由がある筈なのだが、その理由も解らず、名前の由来に悶々としながら、更に二年が経過し――小学六年生の夏、俺は遂に答えに辿り着いた。
そう、それは忘れもしない、始業式二日前の事。行方不明になった、借り物の本を探して家中の押入れを漁り回っていた時。
見つかるとがみがみ言われるのが嫌で、母親の外出の隙を見計らって捜索活動に明け暮れていた俺は、リビングのクローゼットの奥で、雑多な置物の裏に隠すように置かれた一つの段ボール箱を発見した。
箱は子供の手には余るほどの大きさで、当時の俺の力で持ち上げるのがやっとな程の重量を有していた。
箱の上面には、「炎★極」と太々と赤いマジックで母親の字が書かれており、ガムテープで封がされていた。
「……『炎極』って、何だろう?」
当然、中身が気になった。後で貼り直せるよう、10分以上の時間をかけて、慎重にガムテープを剥がし、箱を開ける。
――中に入っていたのは、『炎愛の極星』というタイトルの漫画の単行本が数冊と、A4サイズの薄いホチキス留めの印刷物が数十冊。
単行本は、俺の本棚に収まっている少年マンガとは違う。本屋での『聖域』として、思春期真っ只中の俺が足を踏み入れるのに躊躇いを持つ、少女マンガのレーベルの様だった。表紙絵に描かれた二人のキャラがえらく耽美で中性的な顔立ちで、二人で熱く見つめあっていたり、裸で抱き合っていたりしているのが、何とも怪しい。
「……何だこれ?」
まだ中学生にもなっていなかった俺には、今まで見た事も無い刺激的なジャンルの絵だった。
それだけにマンガの中身に激しい興味を抱いた。
俺は心臓をばくばくと高鳴らせながら、マンガのページを捲り、数十分をかけて箱の中身を全て読み――、
「ああああああああああああああああああああ!」
悶絶し、絶叫し、この段ボールを開いて、中身を見てしまった己の行動を激しく後悔したのだった。
――『炎愛の極星』とは、主人公の天狼・N・サナドアス(♂)と、敵国の皇子ザクティアヌス・エルダー・シュドワセル伯(♂)との、二重の意味で禁断の『純愛』を描いたボーイズラブコミック(本番アリ)だった。
そして、察してしまったのだ。
自分の、『天狼』という名前の本当の由来を――――。
俺の名前を見たり聞いたりした大人たちが、一様に奇妙な表情を浮かべるのも不思議だった。
「ねーねー、おかあさん」
ある日、幼稚園生だった俺は、台所で忙しげに芋の皮むきをする母のエプロンを引っ張りながら尋ねた。
「んー? どうしたの、しーちゃん?」
「あのね、どおしてボクのなまえって『しりうす』なの?」
「んー、どうしてそんなこと聞くの? しーちゃん?」
母は布巾で手を拭くと、優しく俺の頭を撫でながら聞いた。
「えー、だって、とおるくんが『しりうすってへんななまえ~。おまえにほんじんじゃないんだろー』っていじわるいうんだもん」
「あらあら、いけない事言うのねぇ、とおるくんは」
母は困った顔をして首を傾げた。
「うん、だからぼくいったんだ。『ぼくにほんじんだもん。しりうすってなまえも、ちゃんとおとうさんとおかあさんがかんがえてつけてくれたんだもん!』って」
俺はほっぺを膨らませる。
「そういったら、とおるくんは『じゃあ、しりうすってどういういみでつけたんだよ!』っていうから、きょうおかあさんにきいてくる、っていっちゃったの」
「あー……、そうなんだ」
「だから、『しりうす』ってどういういみなのかおしえてほしいの!」
俺は瞳をキラキラさせて母親に詰め寄る。と、母はなぜか言い淀んで、目を逸らした。
「……えーっと。シリウスって言うのはお星さまの名前なの……確か。そう! しーちゃんの名前はそこから付けたんだよ!」
「――どおしておほしさまのおなまえをぼくにつけたの?」
「どうして、って……そ、それはね……うーんと……そう! しーちゃんが生まれた日の夜に、ちょうどシリウスの星がお空の真ん中でピカピカ光ってて……。お父さんとお母さん、それを見て綺麗だねぇって思ったから、お星さまから『しりうす』って名前をもらったの! シリウスみたいに立派で、みんなの中で輝くしーちゃんになれますように、って」
「へー! そうなんだ! すごいや! じゃあ、『しりうす』っていいなまえなんだね!」
「――も、モチロンよ! とおるくんにもそう言って自慢しちゃいな!」
「ウン!」
――と、今では考えられない程に純粋で無邪気だった幼稚園時代の俺は、母の答えを素直に信じたのだが、小学校三年生の夏休みの自由研究で、星座の観察日記を付ける為の参考として開いた辞典の『シリウス』の解説文に「冬の星座大いぬ座の星」という記載がある事に気付くと、母の話の信憑性はあっさりと崩れた。
「…………何で八月生まれのボクの誕生日の夜中に、シリウスが見えるんだよ?」――と。
で、あれば、『天狼』と名付けた真の理由がある筈なのだが、その理由も解らず、名前の由来に悶々としながら、更に二年が経過し――小学六年生の夏、俺は遂に答えに辿り着いた。
そう、それは忘れもしない、始業式二日前の事。行方不明になった、借り物の本を探して家中の押入れを漁り回っていた時。
見つかるとがみがみ言われるのが嫌で、母親の外出の隙を見計らって捜索活動に明け暮れていた俺は、リビングのクローゼットの奥で、雑多な置物の裏に隠すように置かれた一つの段ボール箱を発見した。
箱は子供の手には余るほどの大きさで、当時の俺の力で持ち上げるのがやっとな程の重量を有していた。
箱の上面には、「炎★極」と太々と赤いマジックで母親の字が書かれており、ガムテープで封がされていた。
「……『炎極』って、何だろう?」
当然、中身が気になった。後で貼り直せるよう、10分以上の時間をかけて、慎重にガムテープを剥がし、箱を開ける。
――中に入っていたのは、『炎愛の極星』というタイトルの漫画の単行本が数冊と、A4サイズの薄いホチキス留めの印刷物が数十冊。
単行本は、俺の本棚に収まっている少年マンガとは違う。本屋での『聖域』として、思春期真っ只中の俺が足を踏み入れるのに躊躇いを持つ、少女マンガのレーベルの様だった。表紙絵に描かれた二人のキャラがえらく耽美で中性的な顔立ちで、二人で熱く見つめあっていたり、裸で抱き合っていたりしているのが、何とも怪しい。
「……何だこれ?」
まだ中学生にもなっていなかった俺には、今まで見た事も無い刺激的なジャンルの絵だった。
それだけにマンガの中身に激しい興味を抱いた。
俺は心臓をばくばくと高鳴らせながら、マンガのページを捲り、数十分をかけて箱の中身を全て読み――、
「ああああああああああああああああああああ!」
悶絶し、絶叫し、この段ボールを開いて、中身を見てしまった己の行動を激しく後悔したのだった。
――『炎愛の極星』とは、主人公の天狼・N・サナドアス(♂)と、敵国の皇子ザクティアヌス・エルダー・シュドワセル伯(♂)との、二重の意味で禁断の『純愛』を描いたボーイズラブコミック(本番アリ)だった。
そして、察してしまったのだ。
自分の、『天狼』という名前の本当の由来を――――。
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