田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

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第二章 田中天狼のシリアスな日常・創部編

田中天狼のシリアスな連休明け

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 『奇名部』(当初の名称の『奇名組』は、部としての名前にそぐわないとダメ出しを受け、変更となった模様)への参加を(半強制的に)することになってしまった俺だが、その翌日からゴールデンウィーク明けまで、心休まる日々を過ごすことができた。
 部活立ち上げの発起人である矢的杏途龍やまとあんどりゅう先輩が、あのプールサイドでの邂逅の後、風邪と諸々の感染症のフルコンボを食らって、翌日から学校に来れなかったからだ。
 まあ、様々なものがミックスブレンドされているだろうプールの水(+α)に長時間浸かって、俺たちが来るのをじっと待ち構えていたのだから無理もない。というか、自業自得。
 撫子先輩の話だと、一時はかなり危ない状態だったらしいのだが、何とか持ち直したらしい。俺は、矢的先輩の容態を心配するよりも、プールが当面立ち入り禁止になったり、『当事者』として教員たちから〝事情聴取〟を受けたり(もっとも、教員たちは、俺と春夏秋冬ひととせを「容疑者」というよりは、矢的先輩の馬鹿に巻き込まれた「被害者」として遇してくれた)と、碌でもないとばっちりを食らって、正直いい迷惑だった。
 俺としては、いっそ彼がこのまま長期療養へ――できれば3年間くらい……と淡い期待を抱いていたのだが、ゴールデンウィーク明け最初の登校日に、

「お、ひっさしぶり~、シリウスぅ!」

 へらへらした馬鹿面が目の前に現れた事により、幸せだったモラトリアム期間の終了を確信した。

「…………どうも、お久しぶりです。矢的先輩」

 無視してその場を立ち去りたい衝動を理性で押さえつけて、棒読みで答える。
 矢的先輩は、嫌悪を剥き出しにしているであろう俺の表情に気付かないのか、或いは気付いているのに、ことさらに無視しているのか、締まらない笑顔のまま、ボリボリと頭を掻く。

「いや~、大変だったわ~。マジで死ぬかと思ったわ~。人間死にかけるとマジで走馬灯が見えるんだな! 三回くらいリバイバル上映されたぞ、俺」
「……大きな川渡りました?」
「うん! それもあった!」

 …………冗談のつもりだったのに、マジかよ……。

「あれだな、三途の川って案外小さいんだな。利根川より全然狭かったわ。クロールで渡り切っちゃったもん、オレ」
「あーハイハイ(棒)」
「で、向こう岸に上がろうとしたら、死んだひいじいちゃんがいきなり出てきてさ、『こんボケがぁ! 何しに来とるんじゃぁ!』って怒鳴られて、襟首掴まれて川にブン投げられてよー。気が付いたら病院のベッドで心臓マッサージされてたよ! アハハハ!」
「あーハイハイ……って、マジですか?」

 ひいおじいちゃんめ、余計な事を……と言葉が出かかったが、流石に呑み込む。

「でも、もう大丈夫! この通りビンビン……じゃなくてピンピンよ!」
「……いや、折角だから、もう少し病院できちんと治した方がいいんじゃないですか? 頭の方とか」
「ん……? いや、頭の方は別に異常無いぞ?」

 ……皮肉も通じないのか、この男。

「で、早速だが、ここに署名頼む!」

 矢的先輩は、制服の懐から4つ折りにした書類を取り出した。A4のコピー用紙には、「創部届」とあり、「部員欄」には既に矢的先輩と撫子先輩の名前(撫子先輩は「撫子」とだけだったが)が記入してある。

「……はぁ、覚えてましたか……」

 俺は、うんざりした顔で溜息を吐く。高熱で矢的先輩の記憶が強制フォーマットされた可能性に、少々期待していたのだが……。
 あれから、ゆっくりと考え直してみたが、考えれば考えるほど、軽率に入部を承諾してしまった俺の判断に疑問符が付きまくっていたのだ。ぶっちゃけ、矢的先輩アホと連むデメリット……他人が俺を見る目の変わり様を、あの日以降、まざまざと肌に感じるようになっていた。
 よし……。ここは、キッパリとお断りして……。

「……いや、スミマセン……。や、やっぱりちょっと考え直そうかなぁ~って――」
「あ、おはよ~、シリウスくん。センパイもおはよ~! 昨日退院したんだっけ? 身体はもう大丈夫なの?」

 切り出そうとした俺の後ろから、聞き慣れた声。立ち話をしている俺たちに気付いた春夏秋冬ひととせは、満面の笑みで走り寄ってきた。

「お、おはよう……春夏秋冬ひととせさん」
「おーっ! おはよ~、アクア! ごらんの通り、元気百倍アンポンタンだ! 見舞いに来てくれてありがとな!」

 と、ぐっと力こぶを作って春夏秋冬ひととせに笑いかける矢的先輩。

「ちょうどいいところに来た、アクアもここに署名シクヨロ~!」
「あー、奇名部の創部届だねえ! いいよ~」

 春夏秋冬ひととせは、胸ポケットからキャラクターもののかわいいシャーペンを取り出すと、躊躇う素振りも見せずにサラサラと筆を走らせる。

「はーい、これでいい?」

 女の子らしい丸っこい文字の「春夏秋冬 水」の署名が部員欄に加わった。

「あざっす!」

 満顔の笑みでサムアップする矢的先輩。

「……あれ? シリウスくんはまだ書いてないの?」

 創部届を見直した春夏秋冬ひととせが、その事に気付いて小首をかしげる。

「そういえば、さっき何か言いかけてたよな、シリウス?」

 矢的先輩は、思い出した様に俺の方へ向き直る。

「――で、なんだって?」
「う――えっと……その」

 疑う事を知らない小動物の様な矢的先輩と春夏秋冬ひととせの顔を前にして、俺は言葉に詰まってしまう。自分と違って春夏秋冬ひととせは、奇名部に入る事に何ら抵抗はないらしい――というより、寧ろ入部に前向きの様だ。『奇名部に入部するのを辞めたい』と伝えて、(矢的先輩バカはともかく)春夏秋冬ひととせに哀しい顔をさせてしまうのは、少し躊躇われた。
 ――いや、関係ないだろ? 春夏秋冬ひととせが哀しがろうが、俺自身は、何をするかもわからないようなインチキ臭い部活動に関わるのはゴメンだ。
 俺は心を決めた。

「……えっと、実は、先日了承しておいてアレだと、自分でも分かっているんですけど……やっぱり自分は入部を――」
「おはよう、田中くん、アクアちゃん」
「!!」

 またまた背後からの声に、今度は肝が縮み上がった。
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