田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

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第三章 田中天狼のシリアスな日常・奔走編

矢的杏途龍のシリアスな妙案

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 事の発端は、今から十日ほど前、俺たちが奇名部の創部届を出した日に遡る。
 行方なめかた会長から、承認印を貰えたところまでは良かったのだが、その直後、新たな問題が発覚した。
 すなわち――『奇名部』に宛がわれる部室の空きが無い、という事。
 その事実を伝えられた矢的先輩は、血相を変えて、(主に武杉副会長に)猛抗議を行ったのだが、その抗議は「だって、無い袖は振れないだろうが」という一言で一蹴された。
 その後数日間、矢的先輩は、俺たちと顔を合わせる度に、生徒会や他の部や、終いには地球創世の神に至るまでの不平不満・憤懣を隠しもせずに、愚痴りまくっていた。
 正直鬱陶しかったが、基本的に矢的先輩が一方的にまくし立てるのに対して、適当なところでそれっぽい相槌を打っていればいい事に気が付いてからは、対処が随分と楽になった。
 ……まあ、興味の無い話に対して、相手の心証を害せず聞き流すスキルは、春夏秋冬ひととせに『炎愛の極星』バナシを聞かされ続ける中で既に習得していたので、あの経験が意外なシチュエーションで役に立ったとも言える。
 と、いう訳で、『奇名部』部員になってしまったものの、実質的な活動は皆無のままで、付きまとわれる人数が二人に増えた以外は、以前と変わらぬ日常を過ごせている事に、俺は内心ホッとしていたのだが。

 昨日の放課後、俺の教室の扉を開けて、上機嫌の矢的先輩が、撫子先輩と春夏秋冬ひととせを連れて入ってきた事で、俺はこの安らかな日常ももう終わりだと察した。
 喜色満面といった感じの矢的先輩が手にしていたのは、6月第一土曜日に開催予定の、東総倉ひがしふさくら高校体育祭のプログラム進行表。
 彼は、俺の姿を見つけるなり、手をぶんぶん振りながら、大声で叫んだ。

「おーい、シリウス! 朗報だ! 我らが奇名部の苦境を打破する神の一手が見つかったぞ!」
「……神の一手って――体育祭ですか?」
「そうそう、コレだ!」

 と、矢的先輩は、進行表のある部分をビシィッと音を立てて指さした。

「この、『文化部対抗リレー』! これこそが天佑だ!」
「そうなの、シリウスくん!」

 矢的先輩と同じくらいウキウキした様子の春夏秋冬ひととせが、大きな瞳を輝かせて身を乗り出す。

「この『文化部対抗リレー』なんだけどさ。この競技で優勝した部は、ひとつだけ学校に対して好きな事を要求出来るんだって!」
「そう! 例えば『部費上げてくれ』とか、『備品を入れてくれ』とか――」
「去年優勝した写真部は、新しいカメラ一式を導入したらしいわ……確か、クワンオンのAOS―M10とかいう……」
「――って、AOS―M10! マジっすか?」

 撫子先輩の言葉にビックリした。AOS―M10といえば、昨年発売されたばかりの、クワンオンのデジタル一眼カメラの高級機種だ。レンズキットならば、店頭価格で優に30万円位はする筈……。

「な、スゲえだろ?」

 何故かドヤ顔の矢的先輩。いや、体育祭の一種目で優勝しただけで、30万のカメラをポーンと備品購入するウチの生徒会は確かに凄いんだけど、それって別にアンタは関係無いよな?
 矢的先輩は、そんな俺のジトーッとした視線に気付かないのか、上機嫌のまま言葉を続ける。

「で、閃いたのよ。俺たち奇名部が今年の文化部対抗リレーに優勝して、部室ゲットだぜ! しちゃえばいいんじゃね? ってな」
「でも、会長は部室の空きは無いって言ってましたけど……」
「なーに、そうしたら、ビリッケツの部に、部室を明け渡すように言えばいいんだよ」

 しれっと酷い事を言う。

「ね。名案でしょ!」
「去年の写真部の優勝特典の内容を考えると、出来なくは無いと思うわ」

 うーん……。確かに、30万円のカメラの購入を認められるくらいだから、優勝部特典として「部室を下さい」位の要求だったら、許容範囲内なのかもしれない。……いや、あの侠気・・溢れる会長なら、きっと認めるわ。
 うん、確信した。

「……でも、待って下さいよ」

 俺は、引っかかっている事を言葉にしてみる。

「優勝特典として部室の要求が可能かどうか以前に、まず、前提条件として『文化部対抗リレー』に優勝できなきゃいけませんよね……?」
「うん。優勝するよ?」
「いや、そんな簡単に……」

 あっさり優勝を断言した矢的先輩の楽観的な言葉に、言い淀む俺。
 矢的先輩は、破顔すると、俺の背中をバシバシ叩きながら言った。

「な~に心配しちゃってんの? だって、文化部・・・対抗だぜ? 大体文化部なんて、運動が苦手で、部屋に籠もって研究やら鑑賞やらやってるヤツばっかだろ。そんな連中相手ならヨユーヨユー♪」
「ちょ――ちょっと! そんな事を大きな声で言わないで下さいよ!」

 俺は、慌てて無神経男やまとの口を押さえる。まだ教室には生徒が沢山居る。もちろん文化部所属の奴も。彼らの敵意に満ちた視線が集中するのを感じたのだ。
 ――ああ、どうしてくれるんだ。これでまた、俺のこのクラスでの立ち位置が悪化してしまうじゃないか……。

「でも、田中くんの言う事も一理あるわね」

 と、撫子先輩が言った。

「そうだよー。運動が得意でも、何かしらの事情があって、文化部に入ってる人も居ると思うし……油断大敵って言うでしょ?」
「そうね。アクアちゃんの言う通りね。それに、『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』とも言うわ。相手の実力も大事だけど、私達自身の能力もキチンと把握する事が大事になるわね」
「うーん……そう言われれば、確かになあ」

 二人の言葉に、少し考え込む矢的先輩。
 そして、ポンと手を叩くと高らかに宣言したのだった。

「よし! なら、早速明日にオレたちみんなの走力を測ってみよう! そして、体育祭本番に備えて練習するぞ!」


 ――そして、現在に至る、という訳だ。
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