田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

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第三章 田中天狼のシリアスな日常・奔走編

十亀敦雄のシリアスな強欲

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 「おいおい、ふたりとも、ちょっとは落ち着けよ」

 ヒートアップする小槻部長と細山田先輩を嗜めたのは、最初に声をかけてきたロン毛の雰囲気イケメンだった。

「おいおい、随分余裕の物言いだな、十亀。さすが、昨年度文化部対抗リレー優勝部は違いますねえ」
「お前んとこは、もう優勝諦めてんだろ? 関係無いんだから、口出しすんなや!」

 額に青筋を立てた二人が、今度はロン毛先輩に絡む。

「いやいや、写真部ウチは、今年も優勝狙ってるよ~」

 十亀ロン毛部長はそう言って、額にかかる長髪をサラリと指で梳き上げた。自分ではイケメンだと思った上でのキザな仕草なんだろうが、顔面クレーター状態のニキビ面なので、その姿はどっかで見た、ホストネタが持ちネタの某芸人にしか見えない……。

「は――? オマエそりゃ無えだろ? 去年バカ高いカメラゲットしてるんだから、今年は空気読んで自粛しろや!」

 細山田部長が、顔面を真っ赤にして怒鳴る。――うーん、オークは実在したのだなあ。

「いやぁー……。実は、先々月にまた欲しいカメラが発売されちゃったんだよねぇ。ν-R93Xって知ってる?」
「にゅう……?」
「オリュンポスが出したハイエンドデジタル一眼なんだけどさ。スゴいんだ、コイツが! 4500万画素で、最高9コマ/秒の連射機能、WiFi機能にGPS機能付き。ISOに至っては――」
「……いや、んな事言われても俺ら全然分かんねえ」
「つーか、おいくら万円なんすか、ソレ?」

 矢的先輩が話に食いついてきた。
 「うーん、確かねえ……」と、十亀部長は額に指を当て、思い出すように目を瞑る。――本人的には格好いいイケメンポーズを取っているつもりなんだろうが、傍から見ると、昔やってたドラマの古畑○三郎の出来損ないにしか見えない。

「この前ビックリカメラの店頭で見た時は、ボディが39万円くらいだったかな……?」
「「「「さ――39万!」」」」

 仰天した俺たち四人の声が見事にハモった。
 二人の部長は、十亀部長に詰め寄る。

「いやいや、十亀くん、そりゃさすがにムリでしょう? この学校破産しちゃうよ!」
「お前、去年のカメラも大概高性能じゃねえか! どんだけ強欲なんだよ!」
「いやね……言うじゃないか? 『一流の人間は一流の道具を求める』……ってさぁ。やっぱり、ボクくらいの腕前になっちゃうと、生半可な性能じゃカメラの方がついていけないってカンジなんだよねえ~」

 二人の剣幕も素知らぬ風に、十亀部長は涼やかに言う。本人的には爽やかイケメンのつもりなんだろうが――(以下同文)。

「でも、『弘法筆を選ばず』とも言いますよねぇ」

 そう、愉悦に浸る十亀部長に水を差したのは、やっぱり矢的先輩。彼はニヤニヤしながら言葉を続ける。

「あ、でも、『鬼に金棒』とも言いますね。……なら、去年の写真部さんは、さぞやコンクールでいい成績を収められたんでしょうねえ……。一流の遣い手が一流の道具を手にしたんですからねえ。無敵ですよねえ~」
「…………」

 渋い顔で沈黙する十亀部長。あ……(察し)。

「あれ? でも、そういえば最近写真部の皆さんがあのカメラAOS-M10を使ってるのを見た事無いなぁ。……使わなかったら、意味無くないッスか~?」

 更に追い打ちをかける矢的先輩。

「…………いや、アレは今オーバーホールに出してて……」

 先程の勢いが嘘のように、何となく歯切れの悪い十亀部長。ゴホンとひとつ咳をすると、

「……ま、まあ。確かに2年続けて30万以上するカメラをねだるのは厳しいかもな、うん。――それならそれで、“優勝特典”を他の事にしてもいいし――あ、例えば」

 気を取り直したように言葉を発した十亀部長は、そこで何かを思いついたのか、ニヤリと下卑た笑いを浮かべた。

「――奇名部の女の子達に、ヌードモデルになって貰うとか……ね。――特に、お前のツレ撫子は、結構いい身体してるからな……撮り甲斐がありそうだよ」
「「――ッ!」」

 思わぬ発言に、俺はアスファルトから跳ね起きた。

「な、なあ。もし写真部が優勝して、ソレが実現したら、俺たちも混ぜてもらってイイかな? 撮影会って事で、カネ払ってもいい!」
「お、マジか! そりゃいいな! ……俺は、どっちかというと1年の娘の方がいいな……デュフフ……」

 十亀部長の言葉に、スケベ面で食いつくツリ目とデブ。
 俺は、その下品な顔を目にした瞬間、カッと頭の芯が熱くなるのを感じた。

「――ちょ、ちょっと待――」

 思わず、叫びかけたところで……言葉を呑む。
 そして――恐る恐る矢的先輩の顔を下から見上げる。
 矢的先輩は、無表情・・・だった。――どこかしらに喜怒哀楽の感情のどれかが発露している、いつもの主張の激しすぎる表情は消え――何も視えない漆黒の虚のような顔つきをしていた。
 ……俺は多分、矢的先輩がいつもは見せる事の無い、もう一つの面を目の当たりにしたのだと察した。
 そうなのだ。
 ――矢的先輩は今、本気で憤怒おこっている。

「……な、何だよ、その顔――」

 矢的先輩の顔つきに気圧されたのか、しどろもどろになる三人。

「ケ――ケッ! 何だよ、タダの冗談だよ! マジにするなよ! 白けるなぁ!」
「…………あんまり舐めた事ほざいてるんじゃねえぞ! 2年坊が!」
「あ!おい……ゴリラたちが戻ってくるぞ……行こうぜ」

 校舎から出てきた人影に気が付いた小槻部長ツリ目が、慌てて二人を促す。
 三人は、そそくさとこの場を立ち去……ろうとしたが、十亀部長雰囲気イケメンが振り返った。

「な、矢的……さっきのは本当に冗談だから、アイツなでしこには言うなよ……」
「あ! 矢的、俺がゴリラって言ったのも黙ってろよ! ……いや、アレは『ゴリラみたいに強い』って意味で言ったのであって……アイツの名字を言った訳じゃないから――いいな!」

 と、小槻部長が慌てて付け加えて、彼らは今度こそ足早に立ち去る。
 ……つか、撫子先輩の名字を呼ぶ事が、彼女をゴリラ呼ばわりしたと本人に伝わる事より怖いんだな……。

「シリウスく~ん、おまたせ~! ゴメン、遅くなっちゃった」

 春夏秋冬ひととせが、ペットボトルを抱えてやってきた。

「いや……ありがとう」

 春夏秋冬ひととせから冷えたペットボトルを受け取り、キャップを捻る。さっきのゴタゴタですっかり忘れてしまっていたが、自分の喉がカラカラになる程に渇いていた事を思い出す。
 フタを開けて、そのまま口をつけ、一気にポカリを流し込む。
 ん――――っ! 美味いっ!
 ウチの親父が、ビールを一飲みした後によく口にする『五臓六腑に染み渡る』という言葉の意味が解った気がする……!

「はい、田中くん。タオル」

 撫子先輩がフカフカのタオルを差し出してきた。

「あ……す、スミマセン」

 撫子先輩からタオルを受け取る時、ふと俺の脳裏に先程の三馬鹿たちとのやりとりが浮かんだ。頭をブンブン振り、妙な想像を追い払う――いや、別に妄想なんかしてないからな! ……撫子先輩と春夏秋冬ひととせのヌードなんか!

「矢的くんも、タオルどうぞ」
「…………ああ」
「――何かあった?」

 上の空な矢的先輩の様子に気が付き、撫子先輩は首を傾げた。

「え?――いや、別に」

 矢的先輩はそっけなく答えた。撫子先輩は、校門を出て坂道を下っていく三人の後ろ姿を見やって、眉を顰める。

「――あの人たちと何かあったの?」

 ……さすが、鋭い。俺は心臓をバクバク音を立てながら、無言で二人の会話の行方に耳を欹てる。
 と、矢的先輩は表情を和らげ、にへらあと笑いかけた。

「いやあ、別に。先輩方あいつらにちょっとイヤミ言われて、言い返してやっただけだよ」
「――本当に?」
「嘘ついてどうするよ?」
「……そう」

 いつもの調子に戻った矢的先輩の様子に訝しみながらも、撫子先輩はそれ以上の追求をしなかった。

「あ――――! 助けてぇ、なでしこセンパイ~!」
「――あらあら。大丈夫、アクアちゃん?」

 その時、手を滑らせてポカリをぶちまけた春夏秋冬ひととせの悲鳴に応えて、撫子先輩が俺たちの前から離れた。

「――――シリウス」

 ポカリまみれになって照れ笑いを浮かべる春夏秋冬ひととせと、タオルで甲斐甲斐しく拭き取る撫子先輩の姿を見ながら、矢的先輩が俺に囁きかける。

「…………リレー、優勝するぞ」
「――――はい」

 小声ながらも強い意志を感じさせる矢的先輩の言葉に、俺は力強く頷く。

 
 意地があんだよ、男の子には――!
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