田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

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第六章 田中天狼のシリアスな日常・捜査編

田中天狼のシリアスな課外部活動

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 「イソノ~! カラオケ行こーぜ~!」

 部室棟213号室を部室として受領した翌週の月曜日の放課後。部室で、机の配置や埃の積もった窓枠の拭き掃除をしていた俺は、遅れてやってきた矢的先輩に、そう言われて肩を叩かれた。

「……人違いです。俺には、お魚咥えた野良猫を追いかける姉も、かぼちゃパンツ丸出しで平気な妹も、禿げ上がった父親もいません」
「ナハハハ! なかなかいい返しだ、シリウスくん!」

 矢的先輩は、上機嫌な様子で、俺の肩をバシバシ叩く。

「……痛いっす。――つーか、何なんですか、来るなり!」

 俺は、心底面倒に思いながら振り返る。

「いやー、無事部室も手に入れた事だし。一段落付いたここら辺で奇名部の親睦を深めるべく、みんなでカラオケでも行って、楽しく騒ごうぜ~って事なんだけど♪」
「いや、一段落なんてついてないでしょ。部屋の中はまだガラガラだし、埃っぽいし……まず、部屋のレイアウトと掃除を――」
「え~、こんな天気で、コスコスお掃除とか、マジテンションお腹の急降下なんですけどぉ~!」

 矢的先輩は、ぶーたれて、窓の外を指さす。灰色の空から落ちてくる、6月の陰気なしとしと雨が、窓を濡らしている。

「こんな気が滅入る天気の日には、掃除だ何だはうっちゃって、カラオケでパーッと騒ぐのが一番よ! さ、行くよ、シリウス~!」
「いや……行きませんって。行きたいなら、3人で行ってくればいいでしょ? 俺はパスで――」
「え――――っ! ダメだよ、そんなの!」

 俺の言葉に、頬を膨らませて怒る春夏秋冬ひととせ

「みんなで行かないと意味ないの~! 奇名部のシンボク? ていうのを深めるイベントなんだからっ!」
「ええ……。でも、まだこんな有様だよ?」

 俺は、振り向いて、部室の中を見渡す。ゴチャゴチャと詰め込まれていた大きなゴミや荷物は、綺麗さっぱり無くなっていたが、細かいゴミや埃はそのままだ。この状態では、埃っぽくて、とても室内で過ごす事は出来ない。

「――それに、必要なものも足りてないし……」
「だ~か~ら~! そういうの全部、明日に回して、今日は楽しもうぜ、って言ってんの!」

 焦れったくなったのか、俺の言葉を遮る矢的先輩。

「こんなじめじめした天気じゃ、作業なんて進まないよ。行こうよ、シリウスくん!」
「……行きましょう、田中くん。……この部屋に、ひとりで居たりなんかしたら、ひょっとすると……」

 撫子先輩まで……。この人は、出来るだけこの部屋に居たくないんだろうな……。

「……もう! 俺なんか放っといてくれていいって言ってるのに――」
「それじゃダメなんだって」

 俺の呟きに、矢的先輩が首を振る。

「俺たちは仲間なんだからさ。……お前にも一緒に楽しんでもらわないと、俺たちも思いっきり楽しめないんだよ」
「もし、今日のカラオケで楽しめなければ、次からは来なくてもいいわよ、田中くん。……でも、試しもしないで拒絶しては駄目。それじゃ、視野が狭くなるだけ」
「大丈夫! 絶対楽しいから! ――だって、あたし達が集まって騒ぐんだよ? ……それとも、体育祭の時は楽しくなかった、シリウスくん?」
「…………いや、確かに…………たの、楽しくなかった……訳では……無いけど、さ」

 俺は、春夏秋冬ひととせの大きな瞳に見つめられ、ドギマギしながら肯定した。
 嘘では無い。
 体育祭は、練習はキツかったし、結果はアレだったけど、多分これまでの運動会と体育祭ひっくるめた中でも、もっとも楽しかったと思う。
 でも、それを具体的に口に出したくは無かった……。

「ほーら~! 何だかんだ言っても、結局俺たちといた方が楽しいんじゃないの! ゴチャゴチャ言ってないで行くよ~!」

 ……ほら、こうやって調子に乗られて、強引に事を運ばれるから……。


 「……つーワケで、これからちょっと親睦会に行ってきま~す!」
「分かったから……もうちょい静かに話せ。他の先生方の迷惑になるだろうが」

 職員室前で、奇名部顧問(名目上)の丘元先生は、小声で矢的先輩を嗜める。

「サーセン! ――コレ、鍵でーす!」
「だから、静かにしろって」

 矢的先輩から部室の鍵を受け取りながら、辟易して、重ねて注意する丘元先生。

「……あんまりハメ外すなよ、アンドリュー。お前がやらかしたら、ケツ拭かされるのは俺なんだからな」
「はーい、気をつけまーす!」
「いっつも、返事だけはいいんだよ、お前は……」

 そう言って苦笑する丘元先生は、30代の古文教師だ。
 ボサボサの頭で無精髭を生やし、ヨレヨレのシャツを着ていて、お世辞にも清潔的とは言えない外見だが、そのさっぱりとした人柄から、生徒の間での人気は高い。

「……先生、あんまりタバコは吸わない方がいいですよ」

 撫子先輩が、先生の口元を指さして言った。咎めた訳では無く、本当に先生の健康を心配している口ぶりだった。

「……え? ああ、こりゃ、禁煙パイプだよ」

 先生は、そう言って苦笑すると、口の端に咥えていたそれを抓んで、俺たちに見せる。

「いや、タバコ自体は、2年くらい前に止めてるんだケドよ、どうも口寂しくてな……。そう易々と、20年近く続けてきた悪習は抜けない……て事だな」
「あれ? 丘ちゃん、今年で36じゃん? ……計算合わなくね?」
「……ホント余計な事・・・・には目ざとく気付くよなぁ、お前。――そこら辺は察しろ・・・
「――丘元先生、何か問題でもあったんですか?」

 談笑する俺たちの背後から、唐突に声が掛けられた。

「あ――原先生」

 丘元先生が慌てて体をずらして、職員室の扉の前を空ける。

「いや、単に、奇名部こいつらが、カラオ……校外で活動するというので、注意事項を伝えていただけです」
「……そうですか」

 英語担当の原辰恵先生は、ジロリと俺たちを睨むと、

「君たち。丘元先生からも話があったと思いますけど、くれぐれも問題を起こさないように。――学校全体が迷惑を被るんですからね。――特に矢的」
「……はいはーい。肝に銘じまーす」
「……何ですか、その態度は! 前々から、アンタは――!」
「あー、スミマセン、原先生! コイツには私からキツく指導しておきますので!」

 慌てて、丘元先生が矢的先輩と原先生の間に割り込む。
 原先生は、ギロリと俺たちと丘元先生を睨み付けると、ブツブツ悪態をつきながら、職員室の中へ入っていった。
 丘元先生は、ハーッと溜息をつくと、矢的先輩を軽く小突く。

「もう、お前はよぉ……! あんまり刺激するなよ。面倒くさいんだからよぉ……」
「あー……何かすんませんね、丘ちゃん。あのチビヒスババアに、後でグジグジ言われちゃう感じっすか?」
「……グジグジで済めば御の字だよ」

 丘元先生は、肩を竦めた。

「あたしは、原先生好きじゃない……。この前、思いっ切りバカ呼ばわりされたし……」

 春夏秋冬ひととせが、眉根を潜めて言う。

「……まあ、気にするな。あの人も、色々あって煮詰まってるんだろう……多分」

 丘元先生が歯切れ悪くフォローし、気を取り直す様に、パンパンと手を叩いた。

「さ、嫌な事は忘れて、今日は存分に楽しんできな! 高校時代ってのは、結構貴重なんだからな……満喫しないと損だぞ! ……あ、でも、ホントに問題だけは起こすなよ!」
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