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第一章 サンクトルは燃えているか?
色事師と神僕、そして大教主
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「よっ。長かったな。お説教でも喰らってたのか?」
ガデッサ神殿の大食堂での夕食の時間。フォークと食器がぶつかる音がいたる所で鳴らされ、がやがやと喧騒が部屋を賑わせていた。
女性神官を四方に侍らせ、神殿“名産”のすさまじく堅いパンをスープに浸しながら頬張っていたジャスミンは、遅れて広間に入ってきたメガネの神官見習いに気さくに声をかけた。
パームは、そんな彼にジト目を向けながら、憮然とした様子で答える。
「……そんなんじゃありませんよ。誰かさんがさっさとどこかへ消えてしまったおかげで、清掃用具の片付けをずーっとやる羽目になっていただけですよ!」
「ふーん、ひどい奴がいるんだねぇ~」
「……それわざと言ってるんですか?」
「パームくん、ここどうぞ♪」
「あ、す、スミマセン……どうも」
ヘラヘラと笑う色事師に向かって言葉を荒げかけたパームだったが、女性神官の一人に席を譲られた途端、頬を真赤に染めて、ジャスミンの向かいの席に腰掛けた。
「アハハ! 『どうも』だってぇ。パームくん、かわいい~」
「うふふ、うぶよねぇ~」
黄色い声ではしゃぐ周りの女性神官達。
ジャスミンは、ニヤリと笑い、
「モテモテじゃん! オマエ、隅に置けないなぁ! 俺よりモテモテじゃね?」
そう言ってパームをからかう。ますます顔を真赤にするパーム。
「そ、そんな……事は」
と、女性神官が不満そうな声をあげる。
「もう! そんな訳無いじゃない。私はジャスミン様が一番よ!」
「ずるい! 私だって誰よりもジャスミン様をお慕いしておりますわ!」
「あたしだって!」「いえ、私の方が!」「なによー!」…………
言い合いで段々険悪な雰囲気になってくる女性神官達。間に挟まれた格好のパームはオロオロするばかり。
と、
「みんな、喧嘩は止めてくれないかい」
つと、端正な顔を曇らせて、ジャスミンは優しい声で言った。
「みんなの気持ちは嬉しいよ。でも、誰が一番とか、そんな事で皆がいがみ合うのは……嫌なんだ。その上、原因が俺だなんて……耐えられないよ」
そして、彼は黒曜石の如き瞳を輝かせて、じっとひとりひとりの顔を見つめた。
見つめられた彼女たちの顔が次々と真赤に染め上げられていく。
そして、止めの一言。
「俺は君たち皆の虜さ……それでは、駄目かい?」
キラリ、と口元から覗く歯が輝く。
「だ、駄目だなんてぇ!」「とんでもないぃぃぃ!」「ごめんなさぁい!」
ジャスミンの殺し文句の直撃を食らった彼女たちは、頬を林檎の様に染め上げて、その場で失神した。
「はあ……、よくもまあ」
ひとり、白けた顔のパーム。
「よく、そんなに口から調子のいいテキトーな台詞がポンポン出てきますね……。感心しますよ、むしろ」
「あ、そう? 嬉しい事言ってくれるじゃないの、パーム君」
「いや、褒めてませんよ……」
「結構いいモンだよ、色事師。どうよ、お前も神官辞めてコッチの世界に来ないかい?神官なんかよりずっと楽しいよぉ」
と、ジャスミン。
「へ?」
唐突な言葉に戸惑うパーム。
ジャスミンは、まじまじとパームの顔を覗き込む。
「うーん、結構お前もイイ線いってると思うけどな。ほら、髪の毛をもっとキチンとセットしてさ。こんなダサいメガネも替えてさ」
「あ、ちょっと! ジャスミンさん、止めて……下さい…あ!」
「ほーら、いっそ取っちゃったほ――うが……」
半ば強引にパームの顔から黒縁メガネを毟り取ったジャスミンだが、視線を少年神官の顔に向けた瞬間、その動きが固まる。
「……………………」
目を血走らせて、無言でまじまじと少年の顔を凝視するジャスミン。その様子に、戸惑うパーム。
「あ、あの~……ジャスミンさん。どうかなさいましたか……僕の顔に何か――」
「…………フンッ!」
「ガ! アイタタタぁ!」
突然、ジャスミンは、毟り取ったメガネを持ち主の顔面に勢い良くねじ込んだ。
悶絶するパーム。
「……じゃ、ジャスミンさん……。な、何するんですかぁ?」
痛みのあまり涙を浮かべながら抗議の声を上げるパーム。
その声には応えず、ジャスミンは忙しなく、周りに取り巻いていた女性神官達の様子を窺う。
そして、彼女たちが彼の殺し文句で残らず失神していて、今の光景を見ていない事を確認し、安堵の息を吐いた。
彼はパームの肩にポンと手を置き、
「……パームよぉ……」
不気味な薄笑みを浮かべた顔をひくつかせながら、ジャスミンは口を開く。
「な、何でしょう……」
その鬼気迫る表情に思わず気圧されるパーム。
「…………」
「…………」
二人の間に微妙な沈黙が――、
と、ジャスミンはにっこりと笑った。
「お前、これから人前でメガネ外しちゃダメだぞ☆」
「……はい?」
ジャスミンの言葉の意味が分からず、呆気に取られるパーム。
「はい? じゃない!」
肩に置いた指に異常な力を込めるジャスミン。その笑顔には何故か鬼気迫るものがあった。
「メガネを外すんじゃない。と・く・に! 女性の前では、絶対に! 分かった?」
「な……何で……?」
「と・に・か・く!」
パームの肩に、色事師の爪が深く食い込む。困惑と痛みで顔を顰めながら、パームは言った。
「……な、なんだか良く分かりませんけど……分かりましたよぉ……メガネは外しません。――えっと、これで良いですか?」
「よし、分かればよろしい!」
ジャスミンは、パームの答えに満足げな笑みを浮かべた。
「??」
ずれたメガネの位置を調整しながら、パームは首を傾げる。
「まあまあ、気を取り直して、たーんとお食べ♪」
さっきの様子が嘘の様に、上機嫌でパームの前に食事が乗ったトレイを差し出すジャスミン。
「あ、すみません。ありがとうございます。……って、ちょっと少なくなってません?」
「んー? 気のせい気のせい♪」
「絶対違う……」
瓶底メガネの奥から、パームは恨めしげな目を向ける。ジャスミンはその視線を逸らす様に、皿からスープを掬って口に運んだ……もちろん、パームの皿から。
「あ――!」
「なんだよ、いちいちうるさいな。うっかりだよ、うっかり(ニヤリ)」
「(ニヤリ)って何ですか!」
「ホッホッホ、賑やかで良いですねぇ。食事は楽しいのが一番ですのぉ」
その時、彼らの背後から、愉快そうな響きを持った声がかけられた。
「げ――!」
「あ! こ、これは大教主様!」
背後からの老人の声に、色事師の顔色は青ざめ、少年神官は緊張した表情で、深々と頭を下げた。
「まあまあ、そんなに構えないで。食事を続けてください」
大教主は鷹揚に手を振ってみせる。
「「は、はぁ……」」
「構えないで」と言われても無理な話。一人は緊張、一人は恐怖で、二人はめっきり口数が減り、黙々と夕食を口に押し込む。
と、大教主はポンと二人の肩に手を置き、その耳元で、
「食事が終わったら、お二人で私の執務室まで来て下さい」
と囁いた。
「……いやいや! 待て、待てジイさん!」
ジャスミンは顔色を変えて叫んだ。一方のパームは、きょとんとしている。
「ホッホッホ、どうされましたかな、ジャスミン殿」
「いや、ムリ、ゴメン、スミマセン、ホント申し訳ございません! 俺は確かに『天下無敵の色事師』だけどさ、ソッチの趣味は無いんだわ! 確かに俺の、この女も男も惹きつける超絶美顔にふらつく気持ちは分かるけど……けッ、権力を振りかざしても無理だから! 別に、パームには何しようと構わないけど、俺は俺の純潔を命に代えても守るから! いや、マジで俺だけはカンベンして下さい!」
「――って、ナ、ナニ言ってんですかアナタ! 何、しれっと人の事を生贄にしようとしてるんですか……って、違う! 大教主様に何て失礼な事言ってるんですか!」
「……ホッホッホ、ご安心を。幸い私はノーマルですぞ。もう半ば『隠居状態』ですしの。変な意味ではなく、ただ、ちょっとご相談があるだけですよ」
「……そ、そう。安心した……って、『半ば』って事は、逆に言えば、半分は『現役』って事?」
「ホッホッホ、それはご想像にお任せいたしますぞ」
「…………だ、大教主様?」
朗らかに笑う大教主と、怯える色事師と、話の意味が解らず当惑する少年神官。
そして、ガデッサ神殿の夜は更けていく――。
ガデッサ神殿の大食堂での夕食の時間。フォークと食器がぶつかる音がいたる所で鳴らされ、がやがやと喧騒が部屋を賑わせていた。
女性神官を四方に侍らせ、神殿“名産”のすさまじく堅いパンをスープに浸しながら頬張っていたジャスミンは、遅れて広間に入ってきたメガネの神官見習いに気さくに声をかけた。
パームは、そんな彼にジト目を向けながら、憮然とした様子で答える。
「……そんなんじゃありませんよ。誰かさんがさっさとどこかへ消えてしまったおかげで、清掃用具の片付けをずーっとやる羽目になっていただけですよ!」
「ふーん、ひどい奴がいるんだねぇ~」
「……それわざと言ってるんですか?」
「パームくん、ここどうぞ♪」
「あ、す、スミマセン……どうも」
ヘラヘラと笑う色事師に向かって言葉を荒げかけたパームだったが、女性神官の一人に席を譲られた途端、頬を真赤に染めて、ジャスミンの向かいの席に腰掛けた。
「アハハ! 『どうも』だってぇ。パームくん、かわいい~」
「うふふ、うぶよねぇ~」
黄色い声ではしゃぐ周りの女性神官達。
ジャスミンは、ニヤリと笑い、
「モテモテじゃん! オマエ、隅に置けないなぁ! 俺よりモテモテじゃね?」
そう言ってパームをからかう。ますます顔を真赤にするパーム。
「そ、そんな……事は」
と、女性神官が不満そうな声をあげる。
「もう! そんな訳無いじゃない。私はジャスミン様が一番よ!」
「ずるい! 私だって誰よりもジャスミン様をお慕いしておりますわ!」
「あたしだって!」「いえ、私の方が!」「なによー!」…………
言い合いで段々険悪な雰囲気になってくる女性神官達。間に挟まれた格好のパームはオロオロするばかり。
と、
「みんな、喧嘩は止めてくれないかい」
つと、端正な顔を曇らせて、ジャスミンは優しい声で言った。
「みんなの気持ちは嬉しいよ。でも、誰が一番とか、そんな事で皆がいがみ合うのは……嫌なんだ。その上、原因が俺だなんて……耐えられないよ」
そして、彼は黒曜石の如き瞳を輝かせて、じっとひとりひとりの顔を見つめた。
見つめられた彼女たちの顔が次々と真赤に染め上げられていく。
そして、止めの一言。
「俺は君たち皆の虜さ……それでは、駄目かい?」
キラリ、と口元から覗く歯が輝く。
「だ、駄目だなんてぇ!」「とんでもないぃぃぃ!」「ごめんなさぁい!」
ジャスミンの殺し文句の直撃を食らった彼女たちは、頬を林檎の様に染め上げて、その場で失神した。
「はあ……、よくもまあ」
ひとり、白けた顔のパーム。
「よく、そんなに口から調子のいいテキトーな台詞がポンポン出てきますね……。感心しますよ、むしろ」
「あ、そう? 嬉しい事言ってくれるじゃないの、パーム君」
「いや、褒めてませんよ……」
「結構いいモンだよ、色事師。どうよ、お前も神官辞めてコッチの世界に来ないかい?神官なんかよりずっと楽しいよぉ」
と、ジャスミン。
「へ?」
唐突な言葉に戸惑うパーム。
ジャスミンは、まじまじとパームの顔を覗き込む。
「うーん、結構お前もイイ線いってると思うけどな。ほら、髪の毛をもっとキチンとセットしてさ。こんなダサいメガネも替えてさ」
「あ、ちょっと! ジャスミンさん、止めて……下さい…あ!」
「ほーら、いっそ取っちゃったほ――うが……」
半ば強引にパームの顔から黒縁メガネを毟り取ったジャスミンだが、視線を少年神官の顔に向けた瞬間、その動きが固まる。
「……………………」
目を血走らせて、無言でまじまじと少年の顔を凝視するジャスミン。その様子に、戸惑うパーム。
「あ、あの~……ジャスミンさん。どうかなさいましたか……僕の顔に何か――」
「…………フンッ!」
「ガ! アイタタタぁ!」
突然、ジャスミンは、毟り取ったメガネを持ち主の顔面に勢い良くねじ込んだ。
悶絶するパーム。
「……じゃ、ジャスミンさん……。な、何するんですかぁ?」
痛みのあまり涙を浮かべながら抗議の声を上げるパーム。
その声には応えず、ジャスミンは忙しなく、周りに取り巻いていた女性神官達の様子を窺う。
そして、彼女たちが彼の殺し文句で残らず失神していて、今の光景を見ていない事を確認し、安堵の息を吐いた。
彼はパームの肩にポンと手を置き、
「……パームよぉ……」
不気味な薄笑みを浮かべた顔をひくつかせながら、ジャスミンは口を開く。
「な、何でしょう……」
その鬼気迫る表情に思わず気圧されるパーム。
「…………」
「…………」
二人の間に微妙な沈黙が――、
と、ジャスミンはにっこりと笑った。
「お前、これから人前でメガネ外しちゃダメだぞ☆」
「……はい?」
ジャスミンの言葉の意味が分からず、呆気に取られるパーム。
「はい? じゃない!」
肩に置いた指に異常な力を込めるジャスミン。その笑顔には何故か鬼気迫るものがあった。
「メガネを外すんじゃない。と・く・に! 女性の前では、絶対に! 分かった?」
「な……何で……?」
「と・に・か・く!」
パームの肩に、色事師の爪が深く食い込む。困惑と痛みで顔を顰めながら、パームは言った。
「……な、なんだか良く分かりませんけど……分かりましたよぉ……メガネは外しません。――えっと、これで良いですか?」
「よし、分かればよろしい!」
ジャスミンは、パームの答えに満足げな笑みを浮かべた。
「??」
ずれたメガネの位置を調整しながら、パームは首を傾げる。
「まあまあ、気を取り直して、たーんとお食べ♪」
さっきの様子が嘘の様に、上機嫌でパームの前に食事が乗ったトレイを差し出すジャスミン。
「あ、すみません。ありがとうございます。……って、ちょっと少なくなってません?」
「んー? 気のせい気のせい♪」
「絶対違う……」
瓶底メガネの奥から、パームは恨めしげな目を向ける。ジャスミンはその視線を逸らす様に、皿からスープを掬って口に運んだ……もちろん、パームの皿から。
「あ――!」
「なんだよ、いちいちうるさいな。うっかりだよ、うっかり(ニヤリ)」
「(ニヤリ)って何ですか!」
「ホッホッホ、賑やかで良いですねぇ。食事は楽しいのが一番ですのぉ」
その時、彼らの背後から、愉快そうな響きを持った声がかけられた。
「げ――!」
「あ! こ、これは大教主様!」
背後からの老人の声に、色事師の顔色は青ざめ、少年神官は緊張した表情で、深々と頭を下げた。
「まあまあ、そんなに構えないで。食事を続けてください」
大教主は鷹揚に手を振ってみせる。
「「は、はぁ……」」
「構えないで」と言われても無理な話。一人は緊張、一人は恐怖で、二人はめっきり口数が減り、黙々と夕食を口に押し込む。
と、大教主はポンと二人の肩に手を置き、その耳元で、
「食事が終わったら、お二人で私の執務室まで来て下さい」
と囁いた。
「……いやいや! 待て、待てジイさん!」
ジャスミンは顔色を変えて叫んだ。一方のパームは、きょとんとしている。
「ホッホッホ、どうされましたかな、ジャスミン殿」
「いや、ムリ、ゴメン、スミマセン、ホント申し訳ございません! 俺は確かに『天下無敵の色事師』だけどさ、ソッチの趣味は無いんだわ! 確かに俺の、この女も男も惹きつける超絶美顔にふらつく気持ちは分かるけど……けッ、権力を振りかざしても無理だから! 別に、パームには何しようと構わないけど、俺は俺の純潔を命に代えても守るから! いや、マジで俺だけはカンベンして下さい!」
「――って、ナ、ナニ言ってんですかアナタ! 何、しれっと人の事を生贄にしようとしてるんですか……って、違う! 大教主様に何て失礼な事言ってるんですか!」
「……ホッホッホ、ご安心を。幸い私はノーマルですぞ。もう半ば『隠居状態』ですしの。変な意味ではなく、ただ、ちょっとご相談があるだけですよ」
「……そ、そう。安心した……って、『半ば』って事は、逆に言えば、半分は『現役』って事?」
「ホッホッホ、それはご想像にお任せいたしますぞ」
「…………だ、大教主様?」
朗らかに笑う大教主と、怯える色事師と、話の意味が解らず当惑する少年神官。
そして、ガデッサ神殿の夜は更けていく――。
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