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第十三章 屍鬼(したい)置き場でロマンスを
食事と小袋
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茫然として視線を向けるジャスミン達の前で、フジェイルの身体からは、まるで炎に炙られているかのように、どす黒い瘴氣が煙のように噴き出し続ける。
「あああああ……ぐううううううう……」
フジェイルの口からは、末期に喘ぐ猛獣の唸り声のような声が漏れ聞こえてくる。
「……すみません。僕の判断ミスです……“ノリト”で安らかに逝ってもらうのではなく、“キヨメ”で強制的に祓うべきでした……」
パームは、そう言って唇を噛む。
「フジェイルさんの、妄執と未練と憤怒と嫌悪……あそこまで根が深いとは思いませんでした……。ノリトの浄化すら撥ね付けられるほどに……」
「じゃ、じゃあ、もう一度……!」
気を取り直すように、彼に問いかけるジャスミンだったが、パームは蒼白になった顔で頭を振り、己の手をじっと見つめた。
「……ダメです。今のノリトで、完全に僕の生氣は……」
「……へえ、奇遇だな。――俺もだよ」
ジャスミンも、その端正な顔に引き攣った薄笑いを浮かべ、アザレアも、暗い顔で首を横に振る。
「……ワたしが……私ガ――私が……屍人形……だと……?」
一方、夥しい瘴氣の渦の中心で悶えていたフジェイルは、徐々に落ち着きを取り戻しつつあるようだった。絶叫を止め、ブツブツと呟きながら、オズオズと己の掌をじっと見る。
「私が……屍人形に……既に肉体は、死を迎えている――そういう事か?」
そう言うと、彼は背中を丸め、プルプルと全身を震わせ始める。
「……どうしたの、アイツ……?」
アザレアが、黒い瘴氣を吹き出し続けながら身を屈めるフジェイルの背中を、その瞳を見開き、呆然とした顔で見つめていた。
彼女の呟きに、ジャスミンはヨロヨロと立ち上がりながら、小さく頭を振る。
「……解らない。――解らないが……」
彼は、固唾を呑みながら、言葉を継いだ。
「……なんか、途轍もなくヤバい気がする。――“天下無敵の色事師”としての勘が、そう告げているぜ」
「――ああああああああはははははははははははははぁあああっ!」
「――っ!」
フジェイルの唸り声は、中途から哄笑へと変わった。三人は、その笑いの不気味さに、思わずお互いの身を寄せる。
目の前で仁王立ちする白装束の屍人形は、顔を愉悦と恍惚に歪めて、両腕を広げて天を仰いだ。
「――素晴らしい! 素晴らしいではないか! 私は……遂に手にした……いや、とっくの昔に手にしていたのだな。朽ちぬ身体と、ダレムの呪われし祝福を!」
そう叫んで、天に向かって嘲笑を浴びせ、ぐるりと首を廻らせて、ジャスミン達の方を向いた。
「ありがとう! 君たちに、心からの礼を言わせてもらおう。君たちが、私をここまで追い込んでくれなければ、ずっと気付かないままだっただろう。――自分自身が、とっくに人間を超越した存在になっていた事にね!」
「は――? な、何を言ってるんだ、お前は!」
フジェイルの言葉に気圧されながらも、反論の言葉を吐くジャスミン。
「お前は、タダの屍人形だって、パームが言っていたじゃないかよ! お前の周りで動いている屍鬼と似たり寄ったりの動く死体の分際で、人間を超越しただって? 笑わせるなよ、団長さん!」
「動く死体? それはちょっと違うな、色事師」
ジャスミンの鋭い言葉にも、フジェイルは軽蔑の籠もった嘲笑を浴びせただけだった。
「私は、この身体を己自身の屍人形と成す事で、死を超越したのだ。しかも、明確な意識を残したままでな。この屍鬼どもとは次元が違う」
そう言うと、彼は傍らで突っ立っていたひとりのゾンビの髪を鷲掴みにして、己の元へ引き寄せた。
「今の私は、屍鬼でも屍人形でもない。寧ろ――そう、あのゼラに近い性質を持つに到ったのさ!」
そう叫ぶや、フジェイルは口を大きく開けて、鷲掴みにした屍鬼の首元に噛みついた。
「な――っ!」
「ひ……」
「な……何を――!」
ジャスミン達の目が、驚愕で見開かれた。
彼らの前で、首元に食いつかれた屍鬼の身体が、黒い瘴氣を吹きながら、みるみる萎んでいく。
「ま……まさか!」
パームが、身体を震わせながら、信じられないモノを見たという顔で呟いた。
「……屍鬼の瘴氣を吸い尽くして、自分の瘴氣にしようと……?」
「――当たりだよ、神官くん」
絞りかすのように萎みきった屍鬼の身体を打ち捨てて、フジェイルはニヤリと笑った。開いた両手を、感触を確かめるかのように握り締める。
「ああ――、実に良い気分だ。食事を摂って、栄養が全身に行き渡っていく感覚……。清々しい!」
そして、彼はパチンと指を鳴らした。すると、それまでユラユラと棒立ちになっているだけだった屍鬼たちが、一斉に動き出した。――フジェイルの元に向かって。
「――折角だから、少々失礼して、食事をさせてもらうよ。君たちの処分は、それからだ」
フジェイルはそう言って、三人に向けて皮肉たっぷりの嘲笑を浴びせると、次々と屍鬼の首に齧り付き始めた。
「――いけない! 屍鬼たちの瘴氣を吸って、自分の瘴氣を増やす気です! このままでは……!」
パームの絶叫に、アザレアが長鞭を振るう。が、鞭の先端がフジェイルに届く前に、屍鬼たちによって妨げられる。
「いけないなぁ、アザレア! 他人の食事を邪魔しちゃいけないと、ロゼリアに教わらなかったのかい?」
フジェイルは、皮肉をたっぷり効かせた侮蔑の笑いを浴びせ、パチンと指を鳴らした。
すると、フジェイルの元へ向かっていた屍鬼の一部がくるりと振り返り、三人の方へと近付いてくる。
「私の食事が終わるまでヒマだろうから、その屍鬼どもと遊んでいてくれ給え。――ああ、うっかり死んでしまっても構わないよ。後で、デザートとしていただくとするからね。……ククク」
フジェイルは愉快そうに嘲笑うと、己の食事を再開する。
「クッ……!」
三人は、背中を合わせながら身を固くする。屍鬼たちは、そんな彼らに向かって、緩慢な動きでじりじりと近付いてくる。
迎撃するにも、彼らの雄氣は既に枯渇していた。パームのミソギも、アザレアの炎鞭も発現できない。ジャスミンの無ジンノヤイバは、屍鬼たちの後方に転がっている。――もっとも、手元にあったとしても、その鍔元からマゼンタ色の刃を伸ばす事は出来ないだろうが……。
「こりゃあ……手詰まりかな……」
「……ジャス……!」
ジャスミンの言葉に、諦念の響きを聞き取ったアザレアは、思わず振り返る。
一方のパームは、必死で打開策を考える。
……が、何も浮かばなかった。
(……ここまでなのですか――アッザムよ……)
彼は、縋る思いで、主神の名を呼ぶが、その内心では、自分が諦めつつある事にも気付いていた。
(……ならば、せめて最期は、ラバッテリア教の神官らしく、神に祈りを捧げながら……)
そう考えたパームは、三神を象った聖板を取り出そうと、神官服の隠しをまさぐった。――と、
――カチン
「……え?」
聖板とは異なった、固い感触と音を指先に感じ、怪訝な表情を浮かべた。隠しに手を入れ、触ったものを取り出す。
「……これは――!」
――瞬間、パームの脳裏に、忘れていた記憶が蘇る。
『これを持っていけ。……きっと役に立つ……らしい』
『オレにも良く分からん。……大教主の爺様がそう言ってたから、そうなんだろうぜ……多分』
そう、これは……サンクトルを発つ日――、ジザスから渡された、大教主の餞別の小袋だった。
「あああああ……ぐううううううう……」
フジェイルの口からは、末期に喘ぐ猛獣の唸り声のような声が漏れ聞こえてくる。
「……すみません。僕の判断ミスです……“ノリト”で安らかに逝ってもらうのではなく、“キヨメ”で強制的に祓うべきでした……」
パームは、そう言って唇を噛む。
「フジェイルさんの、妄執と未練と憤怒と嫌悪……あそこまで根が深いとは思いませんでした……。ノリトの浄化すら撥ね付けられるほどに……」
「じゃ、じゃあ、もう一度……!」
気を取り直すように、彼に問いかけるジャスミンだったが、パームは蒼白になった顔で頭を振り、己の手をじっと見つめた。
「……ダメです。今のノリトで、完全に僕の生氣は……」
「……へえ、奇遇だな。――俺もだよ」
ジャスミンも、その端正な顔に引き攣った薄笑いを浮かべ、アザレアも、暗い顔で首を横に振る。
「……ワたしが……私ガ――私が……屍人形……だと……?」
一方、夥しい瘴氣の渦の中心で悶えていたフジェイルは、徐々に落ち着きを取り戻しつつあるようだった。絶叫を止め、ブツブツと呟きながら、オズオズと己の掌をじっと見る。
「私が……屍人形に……既に肉体は、死を迎えている――そういう事か?」
そう言うと、彼は背中を丸め、プルプルと全身を震わせ始める。
「……どうしたの、アイツ……?」
アザレアが、黒い瘴氣を吹き出し続けながら身を屈めるフジェイルの背中を、その瞳を見開き、呆然とした顔で見つめていた。
彼女の呟きに、ジャスミンはヨロヨロと立ち上がりながら、小さく頭を振る。
「……解らない。――解らないが……」
彼は、固唾を呑みながら、言葉を継いだ。
「……なんか、途轍もなくヤバい気がする。――“天下無敵の色事師”としての勘が、そう告げているぜ」
「――ああああああああはははははははははははははぁあああっ!」
「――っ!」
フジェイルの唸り声は、中途から哄笑へと変わった。三人は、その笑いの不気味さに、思わずお互いの身を寄せる。
目の前で仁王立ちする白装束の屍人形は、顔を愉悦と恍惚に歪めて、両腕を広げて天を仰いだ。
「――素晴らしい! 素晴らしいではないか! 私は……遂に手にした……いや、とっくの昔に手にしていたのだな。朽ちぬ身体と、ダレムの呪われし祝福を!」
そう叫んで、天に向かって嘲笑を浴びせ、ぐるりと首を廻らせて、ジャスミン達の方を向いた。
「ありがとう! 君たちに、心からの礼を言わせてもらおう。君たちが、私をここまで追い込んでくれなければ、ずっと気付かないままだっただろう。――自分自身が、とっくに人間を超越した存在になっていた事にね!」
「は――? な、何を言ってるんだ、お前は!」
フジェイルの言葉に気圧されながらも、反論の言葉を吐くジャスミン。
「お前は、タダの屍人形だって、パームが言っていたじゃないかよ! お前の周りで動いている屍鬼と似たり寄ったりの動く死体の分際で、人間を超越しただって? 笑わせるなよ、団長さん!」
「動く死体? それはちょっと違うな、色事師」
ジャスミンの鋭い言葉にも、フジェイルは軽蔑の籠もった嘲笑を浴びせただけだった。
「私は、この身体を己自身の屍人形と成す事で、死を超越したのだ。しかも、明確な意識を残したままでな。この屍鬼どもとは次元が違う」
そう言うと、彼は傍らで突っ立っていたひとりのゾンビの髪を鷲掴みにして、己の元へ引き寄せた。
「今の私は、屍鬼でも屍人形でもない。寧ろ――そう、あのゼラに近い性質を持つに到ったのさ!」
そう叫ぶや、フジェイルは口を大きく開けて、鷲掴みにした屍鬼の首元に噛みついた。
「な――っ!」
「ひ……」
「な……何を――!」
ジャスミン達の目が、驚愕で見開かれた。
彼らの前で、首元に食いつかれた屍鬼の身体が、黒い瘴氣を吹きながら、みるみる萎んでいく。
「ま……まさか!」
パームが、身体を震わせながら、信じられないモノを見たという顔で呟いた。
「……屍鬼の瘴氣を吸い尽くして、自分の瘴氣にしようと……?」
「――当たりだよ、神官くん」
絞りかすのように萎みきった屍鬼の身体を打ち捨てて、フジェイルはニヤリと笑った。開いた両手を、感触を確かめるかのように握り締める。
「ああ――、実に良い気分だ。食事を摂って、栄養が全身に行き渡っていく感覚……。清々しい!」
そして、彼はパチンと指を鳴らした。すると、それまでユラユラと棒立ちになっているだけだった屍鬼たちが、一斉に動き出した。――フジェイルの元に向かって。
「――折角だから、少々失礼して、食事をさせてもらうよ。君たちの処分は、それからだ」
フジェイルはそう言って、三人に向けて皮肉たっぷりの嘲笑を浴びせると、次々と屍鬼の首に齧り付き始めた。
「――いけない! 屍鬼たちの瘴氣を吸って、自分の瘴氣を増やす気です! このままでは……!」
パームの絶叫に、アザレアが長鞭を振るう。が、鞭の先端がフジェイルに届く前に、屍鬼たちによって妨げられる。
「いけないなぁ、アザレア! 他人の食事を邪魔しちゃいけないと、ロゼリアに教わらなかったのかい?」
フジェイルは、皮肉をたっぷり効かせた侮蔑の笑いを浴びせ、パチンと指を鳴らした。
すると、フジェイルの元へ向かっていた屍鬼の一部がくるりと振り返り、三人の方へと近付いてくる。
「私の食事が終わるまでヒマだろうから、その屍鬼どもと遊んでいてくれ給え。――ああ、うっかり死んでしまっても構わないよ。後で、デザートとしていただくとするからね。……ククク」
フジェイルは愉快そうに嘲笑うと、己の食事を再開する。
「クッ……!」
三人は、背中を合わせながら身を固くする。屍鬼たちは、そんな彼らに向かって、緩慢な動きでじりじりと近付いてくる。
迎撃するにも、彼らの雄氣は既に枯渇していた。パームのミソギも、アザレアの炎鞭も発現できない。ジャスミンの無ジンノヤイバは、屍鬼たちの後方に転がっている。――もっとも、手元にあったとしても、その鍔元からマゼンタ色の刃を伸ばす事は出来ないだろうが……。
「こりゃあ……手詰まりかな……」
「……ジャス……!」
ジャスミンの言葉に、諦念の響きを聞き取ったアザレアは、思わず振り返る。
一方のパームは、必死で打開策を考える。
……が、何も浮かばなかった。
(……ここまでなのですか――アッザムよ……)
彼は、縋る思いで、主神の名を呼ぶが、その内心では、自分が諦めつつある事にも気付いていた。
(……ならば、せめて最期は、ラバッテリア教の神官らしく、神に祈りを捧げながら……)
そう考えたパームは、三神を象った聖板を取り出そうと、神官服の隠しをまさぐった。――と、
――カチン
「……え?」
聖板とは異なった、固い感触と音を指先に感じ、怪訝な表情を浮かべた。隠しに手を入れ、触ったものを取り出す。
「……これは――!」
――瞬間、パームの脳裏に、忘れていた記憶が蘇る。
『これを持っていけ。……きっと役に立つ……らしい』
『オレにも良く分からん。……大教主の爺様がそう言ってたから、そうなんだろうぜ……多分』
そう、これは……サンクトルを発つ日――、ジザスから渡された、大教主の餞別の小袋だった。
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