【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那

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第3章

37・魔術師長、取り乱す

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「失礼」

 顔をのぞかせたのはシリウス様だった。
 きっと様子を見に来てくれたのだろう。

「ドレスの進捗はいかがで――」

 いつものように落ち着いた声音で言いかけて……シリウス様の視線が私をとらえた瞬間、言葉がぴたりと止まった。

 言葉だけではない。オッドアイは見開かれたままで、身体の動きも何もかもが固まってしまっている。

「あの、シリウス様……?」

 恐る恐る私がシリウス様へ声をかけた、その瞬間だった。

「はい……!?」

 途端、シリウス様が突然我に返ったように裏返った声を上げた。
 みるみるうちに、耳の先までシリウス様の顔が赤くなっていく。

 (え? 何? シリウス様どうしたの?)

 こんなシリウス様の姿なんて、見たことがない。
 私の知るシリウス様はいつだって淡々としている人だ。それでいて、優しい視線を向けてくれる人。
 
「シリウスさ――」

「し、試着が済んだのなら、さっさと着替えてきなさい……!」

 咄嗟に声をかけようとしたが、被せるように放たれたシリウス様の言葉に思わず思考が止まってしまった。
 
「え……」

 告げられた思いもよらない言葉に、吐息に近い声が漏れる。
 まさか、着替えてこいと言われるとは思わなかったのだ。

 (褒めてもらえると思っていたわけじゃないけど――……ううん、違うわ。私はどこかで期待していた)

 似合っていると、綺麗だと。
 少しくらいは言ってもらえるかもしれないと、心のどこかで期待をしていた。

 風船のように舞い上がっていた心が、一気にしぼんでいくのが自分でもわかる。

「あ、あなたのその姿に今の私は耐えることができないと、今気づきました。一旦頭を冷やしに戻ります。失礼」

 早口でそう言い残すと、シリウス様は私たちの方を見ようともせずに、足早に客間から出ていってしまった。

「お、奥様……」

 マーサが気遣わしげに私を呼ぶ。

「ご、ごめんなさい、大丈夫よ」
 
 どうにか笑顔を作ろうとするけれど、上手く形にならない。
 マーサはしばらく私を見つめていたが、やがて何かを決意したというように表情を引き締めた。

「……奥様。少しだけ、失礼いたします」

「マーサ?」

 呼び止める間もなくマーサがくるりときびすを返し、私たちへ背を向ける。
 そのまま勢いよく、客間を飛び出していってしまった。
 
 バタンと扉が閉まる音がして、部屋に静けさが戻る。
 気づけば、エリゼ様がそっと私のそばに来ていた。私の背中を優しく撫でてくれる。

「……大丈夫ですよ、セレフィア様」

 エリゼ様の声は穏やかで柔らかい。
 けれど、一度感じた胸の痛みは簡単には消えてくれそうになかった。

 その時だ。
 廊下から、とんでもない叫び声が扉を突き抜けてきたのは。

「なにしでかしてんですか、旦那様のバカぁ!! この初恋拗らせ魔術師がぁ!!」

「なっ、仮にも主人に向かってどんな言葉遣いをしているのですか、あなたは!?」
 
「そんな場合じゃないから、言ってるんですよ!! なんなんですか、あの態度は! いつもはもう少しクールでスマートじゃないですか!? あれじゃあ奥様があんまりですよ!」

「おや、マーサ。旦那様がなにかやらかしましたか。首尾を詳しく」

「オリバーさん! 聞いてください! 実はですね!」

 廊下の向こうで、シリウス様の驚いた声と、マーサの怒鳴り声、それからオリバーの落ち着いた声が交互に響いている。
 徐々に声が遠のいていき、会話の内容の判別が難しくなるが、恐らく二人はシリウス様に向かって何かを言っているのだろう。……私のために。

 (シリウス様は……どうしてあんな言い方をしてきたの……?)

 シリウス様から言われた、「さっさと着替えてきなさい」という言葉が、ずっと私の頭の中を巡っている。
 
 (私が何か、失言してしまった? 「耐えることができない」って、見るに堪えないってこと? ドレスが似合ってなかった?)
 
 理由がわからない。
 胸が痛くて苦しくて、私は痛みをこらえるように胸元で手を握りしめる。

 先ほどまで私の心を踊らせていた純白のドレスが、今はただ、ひどく遠いもののように思えた。
 
 

 
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