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第5章
56・義兄の来訪
しおりを挟む星空茶会の夜から数日が経った。
あの夜、シリウス様と気持ちが通じあってからというもの、胸の奥がずっとふわふわとしている感じだ。
好きな人と毎日一緒の馬車で通勤して、帰りはバラバラでも同じ屋敷へ戻る。
そんな当たり前のようで特別な日々が続く。これが、幸せというものなのだろう。
結婚式の日取りも近づいてきていることも合わさってか、どうしてもそわそわとしてしまう。
(でも、浮ついてばかりじゃいられないわ。しっかり仕事はしなきゃ)
気を引きしめるように小さく息を吸うと、今日も私は事務室の扉を開いた。
「セレフィア~!」
開けた瞬間、アリスが勢いよく私へ抱きついてきて、思わずたたらを踏んでしまう。
どうにか抱きとめると、アリスは私の腕にしがみついたまま、顔をはね上げた。
「結婚式の招待状届いたよ~! 絶対行くからね!!」
「無事に届いたみたいで良かった」
にこにこと屈託なく笑って伝えてくれるアリスにほっとする。
急な日程のため、招待状はごく一部の人にだけ送ることになっていた。
シリウス様が手配を進めてくれていたけれど、最終的な送付リストは私も確認させてもらった。
事務室の同僚たちには全員送ったはずだ。
(義家族にも送ってはいるけれど……どうしているかしら)
ふと、少し前に義兄から手紙をもらったことを思い出す。
読んでいて胸が苦しくなるような内容だったために机の引き出しに押し込んだままだ。
(手紙のこと、すっかり忘れていたわ……。何かしら返信しないとまずいわよね……)
義家族に思うところはあれど、父が亡くなって行き場を失った私を引き取ってもらった恩はある。
義兄にも、優しくはしてもらった……はずだ。
さすがに不義理を続けるのはまずいだろう。
そんなことを考えていると、気づけばアリスの他にも同僚たちが私のもとへやってきていた。
「セレフィアさん、おめでとう。シリウス魔術師長と恋人だったなんて知らなかった」
「ね、ホントびっくり」
驚きと興味が入り交じった視線を向けられて、なんだかむず痒い。
せめてこの場にシリウス様がいてくれれば、多少は視線が分散されるのだろうけれど……。
さっき魔術省の入口で別れたシリウス様は、当然魔術師長室に向かっていった。この場にはいない。
「あ、でも、魔術師長、セレフィアさんとここ最近毎日通勤されていたみたいだもんな」
「俺、見たぜ。魔術師長が普段からは信じられないくらい優しい顔してんの。恋って人を変えるんだな……」
「あ、はは……」
祝ってもらえるのは嬉しいのだが、自分が話題の中心になることに慣れていなさすぎて落ち着かない。
同僚たちの温かくも好奇の混じった視線を囲まれ、気恥ずかしさに視線を逸らしたその時だった。
事務室の扉がノックされ、静かに開かれた。
「こんにちは」
聞き慣れた、爽やかで人の良さそうな明るい声が響く。
職場で聞くとは思っていなかった声に、どきりと心臓が跳ねた。
振り返ると、事務室の入口に義兄――アルフレッドが立っていた。
「お、お義兄様!?」
(どうして職場に……!?)
私が魔術省に勤め始めて半年。
アルフレッドがここへきたことなど初めてだ。
驚きを隠せないまま、私は急ぎ足でアルフレッドの元へと向かう。
同僚たちはちらちらとこちらへ視線を向けていたが、やがて仕事へ戻っていった。
「久しぶりだね、セレフィア」
「……お久しぶりです」
アルフレッドと最後に顔を合わせたのは結婚の了承を得たあの日だから、約一ヶ月ぶり。
意外にも時間が経っていることに驚きを禁じ得ない。
(でも、そうよね。シリウス様との結婚式が近づいてきているんだもの。それぐらい経っていて当然か)
「近くまで来たから挨拶と、差し入れを持ってきたんだ。良かったらみんなで食べてくれ」
言いながら、アルフレッドは片手に持っていた紙袋を私の方へ差し出してくる。
「ありがとう、ございます」
紙袋に印字されているロゴは、王都にあるパティスリーのものだ。
わざわざ買ってきてくれたのだろうか。
「元気にしてた? 手紙を送ったんだけど、ちゃんと届いてる?」
「あ……元気です。返信していなくてごめんなさい」
「いいんだよ。お前も、忙しかったんだろ?」
アルフレッドは、私が屋敷にいた時と変わらない柔らかな笑顔を浮かべている。
けれど、その赤い瞳の奥にあるものが……今まで感じたことがないくらいに冷たい。
笑顔の形だけが妙に整っていて、いつも以上にどこか作り物めいて見えた。
(……気のせい?)
どうしてだろうか。
アルフレッドの視線に当てられていると、じわじわと追い詰められていくような心地がする。
「それじゃ、今日はこの辺で帰ろうかな。また来るよ」
アルフレッドはひらりと手を振ると、事務室を出ていった。
時間にして、ほんのわずかな来訪。
それなのに、なぜか私の背筋は冷えてしまっている。
「セレフィア、お兄さんいたの? めっちゃかっこいいね~! ねね、魔力は持ってる? 強い?」
「……魔術を使っているところを見たことがないから、多分持っていないと思うわ」
「そっかぁ、残念~!」
近くにやってきたアリスの無邪気な発言に返答しながらも、言葉が右から左へ抜けていくような気分だった。
――嫌な予感がする。
その感覚だけが、静かに胸の底へ沈んでいった。
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