【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那

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第5章

63・幸せは私が決める

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 突然の義兄の変化に戸惑う私を見て、アルフレッドはわらっていた。
 その顔は、いつもの張り付いたような笑みではない。
 心の底から愉快だとでも言いたげな、底冷えするような嗤いだった。
 
「お義兄、様……?」

 問いかける私の声は、自分でもわかるほどに震えていた。
 アルフレッドはゆっくりと私の方へ視線を向ける。

「はは……お前はほんと、素直でいい子だな。呼べばついてくるんだから」

「どういうことですか……。お義父様とお義母様は……体調を崩したんじゃ……」

 アルフレッドへ注意を向けながらも、私は薄暗い室内へ目をこらす。
 あるのは、簡素なベッドと丸机。それから丸椅子が一つだけ。
 体調を崩した義両親の姿なんて、どこにも見当たらない。

 シリウス様から「危険だ」と忠告されたアルフレッドと、町外れの一軒家で二人きり。
 その上、アルフレッドは出口を塞ぐように扉の前に立っている。

 (これはまずい)

 今の状況を理解した途端、強い緊張がぶわっと全身に走った。
 今更遅いかもしれないが、それでもアルフレッドからは距離取った方がいいだろう。
 私はじりと、一歩後ずさる。

「はっ、まさか本当に信じていたのか? あいつらが心労で倒れるなんてありえない。どこまでも浅ましく、厚かましいんだから」

 アルフレッドははっと鼻であざけるように笑う。

「私を、騙したんですか」

「ああ。全部、お前を連れ出すための嘘に決まってるだろ。あんな無能な親なんて捨ててきたよ」

「捨てた……?」

 アルフレッドにとって、あの二人は実の両親のはずだ。
 それなのに、平然と「捨てた」と言い放つ。
 私の知っていたアルフレッドとは別人だ。

 それともこちらが、本当の彼なのだろうか。

 (私は今まで、何を見ていたんだろう)

「お前と同じだよ。俺も家を裏切ったってことさ。あいつらがどこで野垂れ死のうが、もう知ったことじゃない」

「……っ私は、裏切ってなんて……!」

「裏切っただろ。俺を」

 咄嗟に言い返した私を、アルフレッドは赤い瞳でギロリと睨みつけた。

「俺を裏切って、俺より幸せになった。俺以外の男を選んだ。重罪だよ」
 
 アルフレッドが一歩、また一歩と私へ近づいてくる。
 開いたはずの距離が簡単に縮められてしまう。
 
 反射的に後ろへと下がり続けて……私は、知らず知らずのうちに部屋の隅にまで追い詰められていたことに気づいた。

「お前は俺のものだ。俺だけの義妹いもうとだ。俺のいないところで勝手に幸せになるなんて、そんなこと許すわけないだろ」

 アルフレッドはまた一歩、私の方へ踏み出す。
 
 もう、これ以上逃げられない。
 分かってはいる。けれど、咄嗟に足を後ろへ引いてしまい、太ももがベッドの縁に触れた。
 バランスを崩して、私はマットレスへどさりと尻もちをついてしまう。

 見上げたアルフレッドの赤い瞳は、暗くにごっていた。

「俺とずっと一緒にいればいい。俺より不幸でいて、俺だけを見ていればいいんだよ」

「どうしてそんな……」

 どうして私は、これほどまでにアルフレッドに執着されているのだろう。
 私たちはただの義理の兄妹ではなかったのか。
 分からない。

 それに――。

 (私が幸せになるのが許せない? お義兄様より不幸でいないといけない?)

 そんなの変だ。狂っている。

 アルフレッドの瞳は狂気に染まっていた。
 彼は本気で、私が『不幸であるべき』だと思っているのだろう。
 そのことが何よりも恐ろしい。

「バクスター家の残りの金は全部もってきた。土地と屋敷を売った金だ。これで、魔術師長の目の届かない場所へ行って、二人だけでやり直そう」

 アルフレッドは逃げ道を塞ぐように私の身体の両脇へ手をついた。
 古びたマットレスがぎしりと鈍い音を立てて沈み込む。
 アルフレッドの影が覆いかぶさり、薄暗い視界がより一層暗くなった。
 まるで押し倒されるような姿勢に息が詰まり、胸の奥がぎゅっと縮み上がる。

「あの魔術師長が、お前を幸せにできるわけがない。あの男は何も分かってやしない」

 (……違う)

 恐怖で声が出せないのに、反発する心は残っていた。

「お前を甘やかして、守って、壊れ物のように大事に扱えばいいと思ってる。はっ、馬鹿だろ。お前は不幸でいるのが一番可愛いんだから」

 (違う)
 
 シリウス様は、誰よりも私のことを想ってくれていた人だ。
 六年も前からずっと、私を大事に想ってくれていた。

 誰にでも平等で厳しくも優しい、手のひらの温かい人。
 私の大好きな人。

 アルフレッドが言葉を重ねる度に、私の反発が大きくなっていく。
 
「お前は元々俺のものだ。それを魔術師長に奪われたから取り返しただけ」

 (私はものじゃないわ……!)

 頭の中も、胸の奥も、手足の先も、すべてが熱かった。
 この感情は、怒りなのだろうか。悔しさなのだろうか。

「私だけじゃなくて……シリウス様のことまで馬鹿にするなんて……」
 
 (私だって許せない。あなたが許せない)

 その時、私の中で何かがぷつりと切れる音がした。
 
「お前は俺が大切に使い潰す。俺が、この世で一番不幸しあわせにしてあげるよ」

 アルフレッドは私の声など聞こえていないようで、自分勝手に言葉を重ねている。
 
 (もう、限界だ)
 
「お義兄様は、ずっと私を騙していたんですね」

 言葉にした途端、自分の感情がクリアになった気がした。
 私の中にあったのは、怒りだけではない。裏切られた痛みと、もうアルフレッドとの関係修復が不可能だということへの確信。
 
「私は、シリウス様といることが一番幸せです。お義兄様と一緒にいるつもりはありません」

「なんだって……?」

「私の幸せは、私が決めます。あなたに幸せを決められる筋合いはない」

 私は真っ直ぐにアルフレッドの瞳を見据えた。
 どんなにアルフレッドが狂った願望を持っていようが関係ない。
 私にだって、願いはある。

 (私は、シリウス様のそばにいたい)

 私はもう、バクスター家にいた頃の私じゃない。
 ヴェルナーの屋敷でたくさんの優しさをもらって、私は変わったのだ。
 
「帰ります。シリウス様のもとへ」

 はっきりと告げた私に、アルフレッドは一瞬言葉を失っていた。

「帰る……? 誰が許すと思ってるんだよ」

 掠れた声でいいながら、アルフレッドが私の腕を掴みあげようと手を伸ばしてくる。

「嫌……っ!」

 迫ってくる腕を強く払いのけようとしたその瞬間、薬指にはめていた指輪が強く光を発してアルフレッドの身体ごと弾き飛ばした。

 

 
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