34 / 56
第3章
30・夜の公園で①
しおりを挟むオペラが終わると、私たちは支配人に案内されて役者や演奏者の控え室へ通された。
ウィリアム様が王太子として感謝やねぎらい、そして今後についての言葉を伝えている中、私は周囲にバレないようにひっそりとため息をついていた。
――結局ずっと手を繋がれてたから、オペラの内容なんて忘れてしまったわ!
しれっとすました顔をしているウィリアム様が憎い。
一体どういうつもりで、ウィリアム様は私の手なんて握ってきたのだろう。
だが、私一人がぐるぐると考えたところで答えなど出るわけもなく。
王立劇場での公務を終えた私たちは、城へ戻ることになった。
◇◇◇◇◇◇
私たちを乗せた馬車は、すっかり暗くなった城下町を一路城へと向かっていく。
「……止めてもらっていい?」
繁華街を通り過ぎた辺りで、ふとウィリアム様が御者台へ向けて声を上げた。
「はっ? か、かしこまりました」
御者は驚いたように返事を返しながらも、ウィリアム様の指示に従って、速度を落とし馬車を止める。
「え? ウィリアム様、何かありましたか?」
一体どうしたというのだろうか。
私が尋ねると、ウィリアム様は静かに首を横へ振った。
「何も。ただ、少し寄り道したくなって」
そう短く答えて、ウィリアム様が馬車を降りていく。
私は慌てて扉を開けて後を追った。
馬車の外に出ると、そこはどうやら公園のようだった。
中央には噴水があり、周囲は木で囲まれている。
夜の公園に人の影はなく、ただ風で揺れる葉の音とどこからか虫の声だけが聞こえてきていた。
ウィリアム様は、周囲を眺めながらゆったりとした足取りで公園を歩いていく。
「ウィリアム様……?」
「今日、城下を見てさ。なんとなく、これが俺の守らないといけないものなんだなって思ったんだ」
ウィリアム様は、歩きながらぽつりと独り言をこぼすように言った。
「劇場を楽しめるのは、平和があるからだ。街を歩く人々が笑っていられるのは、平和だからだ」
「そう、ですね」
私はウィリアム様の言葉に頷きを返した。
大陸には戦争をしている国もあると聞く。だが、このエルエレリア王国は幸いなことに戦争のない平和な時代が続いている。
「……少し、不安になった。俺はそんなに立派な王子じゃないから、ちゃんと守れるのかって」
立ち止まってこちらを振り返ったウィリアム様は、いつもと同じ無表情をしていた。しかしその澄んだ青の瞳の奥には、不安が渦巻いているような気がした。
「人付き合いも社交も苦手な王子についてきてくれる人間がいるのかって――」
「――いますよ」
珍しく弱音のようなものを吐いているウィリアム様に被せるようにして、私は強く言った。
真っ直ぐに、ウィリアム様の瞳を見つめる。
「私は、ウィリアム様のおそばにいます」
――この人は、何を不安に思っているんだろう。
人付き合いや社交が苦手でも、それを打ち消すくらい秀でたものをウィリアム様がもっていることを私は知っていた。
仕事はだれよりも早いし、剣の腕前だって悪くない。人を惹きつけるカリスマ性だってある。
この人は、次代の王になるべき人だ。
「君が? 君は、俺のそばにいてくれるの?」
私の言葉は、ウィリアム様にとって思ってもみなかったものだったらしい。
ウィリアム様はいつもよりも大きく目を見開いている。
私はウィリアム様の不安を少しでも軽くしたくてさらに言葉を重ねた。
「私だけじゃなくて、エリオットもです。私たちは、あなたを支えるためにいるんですから」
ウィリアム様に仕えることを誇りに思っているエリオットと、今は同じだ。
今の私は、 ウィリアム様に仕えることを誇りに思っている。
最初はあれほどウィリアム様と上手くやって行けるか不安だったくせに、おかしなものだ。
「……そっか」
ウィリアム様は私の言葉を聞いてくしゃりと泣きそうな顔で笑っていた。
初めて見るその表情に、なぜだか私は、この人のそばにいたいと強く思ったのだ。
――って、私、もしかして恥ずかしいこと言った!?
言葉にしてしまったあとから、なんだか気恥ずかしくなってきた。
私は誤魔化すようにウィリアム様から顔を逸らす。
「そ、そろそろ帰りましょう、ウィリアム様! 遅くなってしまいますよ!」
けれど、ウィリアム様は何かに気づいた様子で動きをとめていた。
「……あれ、まって、動かないで」
ウィリアム様は静かに言うと、私の顔の方へ手を伸ばしてきた。
27
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
婚約破棄?ありがとうございます!では、お会計金貨五千万枚になります!
ばぅ
恋愛
「お前とは婚約破棄だ!」
「毎度あり! お会計六千万金貨になります!」
王太子エドワードは、侯爵令嬢クラリスに堂々と婚約破棄を宣言する。
しかし、それは「契約終了」の合図だった。
実は、クラリスは王太子の婚約者を“演じる”契約を結んでいただけ。
彼がサボった公務、放棄した社交、すべてを一人でこなしてきた彼女は、
「では、報酬六千万金貨をお支払いください」と請求書を差し出す。
王太子は蒼白になり、貴族たちは騒然。
さらに、「クラリスにいじめられた」と泣く男爵令嬢に対し、
「当て馬役として追加千金貨ですね?」と冷静に追い打ちをかける。
「婚約破棄? かしこまりました! では、契約終了ですね?」
痛快すぎる契約婚約劇、開幕!
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。
腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。
魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。
多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる