颱風の夜、ヤクザに戀して乱れ咲く【R18】

真風月花

文字の大きさ
9 / 28
一章

8、来客【3】

しおりを挟む
「お嬢? どないしたんや。気分でも悪いんか」
「良かったです…幾久司さんがご無事で」

 わたしの言葉に、幾久司さんは呆気にとられたような顔をなさいました。
 どう答えていいのか、分からないといったご様子です。
 
 わたし、何かおかしなことを口走ったのかしら。

「えー、えーっと、ありがとうな?」

 口をへの字に結んで、幾久司さんは頭を掻きました。
 よかった。怒ってはいらっしゃらないみたい。

「こんな風に心配されたことがないから。どう反応してええんか分からへん」
「ご迷惑でしたか?」
「いや、そうやのうて。なんか背中がもぞもぞする」

 これまで経験したことのない感覚や、と困ったように呟いてらっしゃいます。
 後ろを向いた幾久司さんの背中。そこに彫られた観音さまも何故か照れていらっしゃるように見えました。

◇◇◇

 俺は混乱しとった。
 いろんな感情がいっぺんに押し寄せてきたからや。

 貴世子が隠れとう押し入れに、賊はいきなり刀を突きたてた。
 一瞬、心臓が止まったかと思た。

 けど、中から悲鳴も呻き声も聞こえへんし、人の体を刺したにしては軽々と奥まで刀は刺さった。あんまり考えたないけど。
 せやから、布団に刺さったんやと自分を納得させた。

 貴世子は細身で小柄や。けど、電力会社を騙る賊には貴世子の体格は分からへん。
 たまたま刃がかすりもせんと、無事やっただけや。

 だからというて、彼女を狙ったことは許されることやない。
 俺はそいつの腕をへし折り、ついでに両方の足首も折っといた。
 
 手に馴染んだ、鈍くて嫌な感触。
 けど、これで賊は歩くことも、這うことも、武器を取ることもできへんはずや。

「あの……幾久司さんはご無事ですか?」
「ああ、何ともあらへんで」

 恐る恐る襖の陰から顔を出す貴世子。薄紅の襦袢姿のままで、辺りを窺ってる。
 あのなぁ、自分。なんで俺の心配をしとんねん。
 優しいんか。それとも俺のことが好きなんか?

 好き? ふっと湧いて出た言葉に、俺は動揺した。
 いや、お嬢さんである貴世子とは、そもそも住む世界が違うやろ。
 これは仕事や。
 貴世子からこの家を奪おうとする奴らを叩きだして、あとは法律関係は、うちの組と懇意にしとう弁護士に任せたらええねん。

 そしたら俺は普段通りの責任のない、組長の大甥に戻れる。
 貴世子も家を手放さんで済んだら、何か仕事を見つけるやろ。そして、社内で見初められたり縁談が持ち込まれたりして、嫁いでいくんや。

 落ちぶれたとはいえお嬢さんの貴世子とヤクザ者の俺の人生は、本来交わることはない。
 今回は、ほんのちょっとすれ違っただけや。

 まぁ、それでええ。賊とはいえ相手の骨を折るのに躊躇もせん男なんか、お嬢には野蛮でしかないからな。

 どっかの誰かと結婚した貴世子が、いつか子どもに「お母さまが若い頃に、こんな怖いことがあったのよ」と話して聞かせて、それだけや。
 
 けど、せめてこの颱風が過ぎ去るまでは。
 嵐が去って、貴世子が落ち着くまでは……それまでは一緒にいてやりたい。
 いや、一緒にいたい。

 多分、一生で一度のささやかな願いやった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

処理中です...