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四章

14、図星

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 家に帰ると、ぼくと欧之丞を抱っこした父さんの周りを組の人らが囲んだ。
 長いことこの家で暮らしとう母さんは慣れとうから、すぐにさっと離れてしもた。
 うん、面倒やもんな。あの人ら。

「琥太郎と欧之丞に、えらい恥をかかせてくれたみたいやな」
「恥……ですか?」

「お帰りなさい」と言うのも忘れて、皆は顔を見合わせとう。
 家の中には明かりは灯ってるけど。庭はすでに暗くて、木々はまるで黒い墨で描いたようやった。
 洩れてくる橙色の明かりに照らされた父さんの顔は、さっきまでの楽しそうな笑顔やなかった。

 ぼくらがどれだけ困らせても、父さんはけろっとしてるのに。欧之丞がどれだけ我儘を言うても平気やのに。

「せや。息子らが二人で計画して、出かけたんやで。それやのに、ぞろぞろと後をついて。挨拶回りさせたらしいやんか」
「そ、それはカシラの御子息がいらっしゃるのに、それを皆が知らないのは、許されることではありません」
「そうか」

 父さんは小さくため息をついた。
 ぼくらをまだ下に降ろさへんのは、ちゃんと守ってくれてるからや。彼らに見下ろさせへん為やって、ぼくは気づいた。

「で? 楽しかったか? 組長の息子をつれてまわって、誇らしかったか? その御子息とやらに、えらそうに命令できて、さぞや鼻が高かったやろな」

 辺りはじっとりと温い風が吹いているのに。一瞬、父さんの周囲が凍り付いたように思えた。
 まるで雪まじりの風が吹き抜けたかのように。

「そんなに琥太郎を従えたいんやったら、俺の前でしたらええやんか」

 誰も声を発しない。
 それは、ぼくを引き連れることで夜店の人らがぺこぺこと頭を下げることが、ぼくに否と言わせないことが、快感やったからや。

 ぼくはまだ子どもやから、大人の言うことには反抗できへん。
 それが明らかに間違ってたりしたら「そんなん違う」って言えるのに。
 今回の挨拶回りは、一見したら間違いやない。礼儀的には。

 でも、その奥に父さんの近くにおることを認められてない人らの、虚栄心を満たすという欲が見える。
 父さんがおらんかったからこそ、その息子を利用した。
 ぼくと欧之丞が黙って出かけたんは、彼らにとっては格好の機会やったんや。

「あかんな。他人に利用されるようじゃ。ぼくもまだまだやな」

 ぼくは、ぽつりと呟いた。
 ふと視線を感じると、父さんが間近でぼくを見つめてる。
 うわ、近っ。目の力、つよっ。

「聞いたか。お前ら」

 父さんは視線を、周囲の組の人らに移した。
 そして静かに言うたんや。

「琥太郎は、お前らの欲に利用されたことを、よう理解しとう。五歳の子どもに見抜かれてるんやで。大人として恥ずかしいと思わへんか?」

 やっぱり辺りは静かで。静かすぎて。
 父さんの指摘は、彼らにとってあまりにも図星やったんや。

 多分、今夜のことで父さんは組の人員を減らすんやろ。
 すぐにやのうても、徐々に。

 そうか。組に入ってくる人は、その時はええ顔をしてるけど。しだいに本性を現してくるんやな。
 覚えとこ。
 日常では分からなくても、何か突発的な非日常なことが起こったら、それが浮き彫りになるんや。

 そういう時こそ、目を凝らしてちゃんと見据えなあかん。
 人も物も状況も、全部。

 あかんなぁ。欧之丞の兄ちゃんを気取ってたけど。ぼくもまだまだやなぁ。
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