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二章

23、眠れないお昼寝

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「さすがに長い距離を運転したから、疲れたな」

 琥太郎さんはそう言うと、わたしをベッドに降ろしたの。そして自分も隣に……(同じベッドの隣よ。横にもう一つベッドがあるのに)体を横たえた。

 え、どういうこと? また頭がぐるぐると混乱したの。

「ちょっと昼寝しよか。文子さんも休んどき」
「お昼寝、ですか?」
「うん、おやすみ」

 にっこりと微笑むと、琥太郎さんはすぐに目を閉じた。長い睫毛と柔らかな栗色の髪。
 眺めている分には綺麗だなと思うんだけど。
 どうしてこの人、わたしの手を握りしめたまま寝ているの?

 っていうか、寝入るの早すぎなんだけど。
 昼寝をしろと言われたけれど、琥太郎さんが隣で眠っている状態で、落ち着けるはずないじゃない。
 もしかして心臓の病なのかしら、というほどにバクバクと鼓動が速くて胸が痛いほど。
 
 ううん、寝るのよ。眠ってしまえば、何も考えなくてよくなるもの。
 おやすみ、わたし。

 きつく瞼を閉じても、隣から聞こえる静かな寝息と、窓の外の葉擦れの音や鳥の囀り、それに「すぽーん」という間の抜けたテニスの音が聞こえて。
 無理、眠れるはずないから。
 わたし、そこまで……図太く、ない……のよ。

◇◇◇

 頬に柔らかな感触を覚えて、わたしは瞼を開いた。
 柔らかというより、しなやか、かしら。

 子どもの頃、道で転んだ時にお母さまが優しく撫でてくれたような。頬についた砂を払ってくれるような、丁寧な触れ方。
 わたし、もう子どもじゃないのに。どうしてそんなことを思い出すのかしら。
 でも懐かしくて、優しくて温かくて。あぁ、わたしは愛されているんだわって実感できるような撫で方で。わたしは思わず微笑んでしまったの。

「嬉しそうやな。良かった」

 そう囁く声も、とても嬉しそうに弾んでいた。
 でも、お母さまの声にしては低いわ。それに口調が違う。
 待って、ここは家ではないの? お母さまじゃないの?

 わたしは、ぱっちりと目を開いた。もちろん目の前に見えたのは、琥太郎さん。春の陽射しをまとったような、柔らかな表情でわたしを見下ろしている。

 慌てて体を起こそうとしたら、途中で引っ張られてしまった。何事? と思って見下ろすと、なんということでしょう。
 わたしの手が、琥太郎さんの手をしっかりと握っていた。
 
 間違えてはいけないわ。琥太郎さんが、わたしの手を握っていたんじゃなくて、わたしが彼の手を握りしめていたのよ。

「結構、力強いんやな」
「こ、これはとんだご無礼を」
「なんで? 嬉しかったで」

 楽し気に笑いながら、琥太郎さんが顔を寄せてきた。そしてそのまま、わたしの頬に軽く口づけたの。
 少し薄い彼の唇が触れた箇所が、熱を持って……。
 わたしはベッドに倒れこんでしまったの。もちろん琥太郎さんの手を握りしめたまま。

「そうそう。明日、お見合いやからな。忘れんときや」

 あのー、ですね。こうしてすでに二人きりで出かけているというのに、お見合いってどういうことなんでしょう。
 思い切って尋ねてみると、琥太郎さんは意味深な笑みを浮かべた。
 なんだか、怖いわ。
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