平成犬形男子と昭和猫形喪女の狭間で起きた恋愛バトル

香穂

文字の大きさ
11 / 17

11 嘘と嘘

しおりを挟む
 父親どころか母親にだってぶたれたことないのに!


 目の前にしゃがみこんだその姿に、本気でびっくりした。


「なに、なんでここにいるの!」
「董子さん、何回呼んでも気づいてくれないんだもんな。まじで傷ついた」
「え? そうなの? 気づかなかった」
「ぼーっとするなんて、董子さんにしては珍しいっすね」


 にやっと笑う佐倉くん。
 立ち上がった彼を見て、違和感を覚える。
 私服だ。


「ねえ佐倉くん、本当になんでここにいるの?」
「原さんに決まってるじゃないですか。俺が休みなのをいいことに、使いっ走りっていうか、お守りを頼まれたっていうか」
「じゃあ私、休み取る必要なかった? 今から出勤しようかな…」
「いやいやいや! 董子さんそれひどいでしょ! 俺ひとりじゃ子守りなんて無理ですよ! 董子さんもひとりじゃ大変だろうから、助っ人に入ってくれって言われたんですよ! 二人で子守りしてほしいってことです!」


 なんだか必死に訴えてくる。
 申し訳ない誤解をした。


「でも今日、新しいカノジョとデートって言ってなかった? 大丈夫なの?」
「あー特にどこに行くとか決めてなかったんで大丈夫です。それより袖、すごいことになってますよ」
「…うん。もう今更手遅れだろうし、帰ってから洗うよ」


 愛鈴ちゃんの手からどろどろに溶けたチョコレートをつまみ上げ、テッシュでくるんでコンビニ袋に入れる。
 右隣に座った佐倉くんは珍しい、と呟いた。


「いつもきっちりしてる董子さんが。ぼーっとしてたり、どうしたんですか?」
「原さんから、今日のことはなんて聞いてるの?」
「奥さんと喧嘩して家を追い出されて、自分のかわりに董子さんが子守りしてくれてるから助けてほしいって」


 うん。嘘はついていない。
 ただ本当のことも言ってない感じだ。
 浮気がばれたこととか昨夜は私の部屋に泊まったこととか。
 まあ、あえて言う必要もなかろう。


「ちなみに原さん、今日は勝負デーです。夕方から勝負案件の打ち合わせ。なるべく早めに切り上げるようにするとは言ってましたけど」
「早く切り上げなくていいから、しっかり受注してきてほしいって伝えて」
「了解でーす」


 原さんからの返信はすぐにきた。
 任せろ、と力強いお言葉。
 仕事では、とっても頼りになる人なのだ。


「原さんてすごいよねえ」
「なんすか、急に」
「だってあんなに案件抱えて忙しいのに、佐倉くんたち後輩の面倒も見て、飲み会にも必ず顔出すしさ。それで家に帰って奥さんと愛鈴ちゃんの相手までして。私なんてこの数時間でこんなヘトヘトなのに。本当にすごいと思う」
「子守りだって慣れでしょ」
「慣れ。慣れなのかな。このドタバタに慣れる日がくるのかなあ」
「…そんな弱気な董子さん、はじめてですよ。まじで大丈夫ですか?」
「私は応用力がないから、はじめてのことにチャレンジするのは、いつも本当に大変なの。でもだから大丈夫。はじめての時は、いつもこんな感じだから」
「意外だなー」
「そう? 私だって佐倉くんくらいの年頃の時は毎日のように先輩に怒られて、しょげで、転職しようかなとか何回も考えてたよ。今そうじゃないのは、私が優秀だからじゃなくて、それこそ慣れてるからなだけ。誰だって長く同じ仕事をしてれば、ある程度まではできるようになるものなの」


 でも、と左隣を見る。
 天使はすやすやと眠っている。


「子育ては、向いてないかな。ほんと世のお母様がたを尊敬するわー」
「そうかなあ。董子さんなら、可愛いお母さんになると思うけどなあ」
「無理無理」
「でも」


「ままはどこ?」


 起きた。
 天使が目を覚ましてしまった。


「ままどこおおおお!」


 それからが大変だった。
 チョコレートまみれの口で泣き叫ぶ愛鈴ちゃんを、いい歳をした大人二人であわあわと慰めるも、いっこうに泣き止まない。


「佐倉くん、女の子の扱い慣れてるでしょ! たらしなんでしょ!」
「なんすか、たらしって! そもそも未成年は守備範囲外です」
「役立たず!」
「そんなこと言ったって!」


 これはもう、最終手段だ。


「佐倉くん、原さんの家の住所知ってる?」
「あー、前に飲み会のあと送ってったことがあるんで、カーナビに記録残ってると思うけど」
「よし。ここまでは車で来てるんだよね?」
「はい。董子さん家の近くのパーキングに停めてます。…え? まさか行くんですか? 原さん家に?」
「他に何か名案がある?」
「ないです」
「よし。愛鈴ちゃん、おうちに帰ろうか。ママに会いに行こう」


 手を差し出すと、握り返してくる。
 すると佐倉くんが愛鈴ちゃんの隣にしゃがみこんだ。


「可愛いワンピースだね」
「ままが買ってくれたの」
「いいね。可愛い。似合ってるよ。汚れたらいけないから、お兄ちゃんがだっこしてってあげようか」
「やだ」
「でも車まで距離があるからたくさん歩くよ」
「やだ」
「とうこちゃん、ままにあいたい」
「諦めなよ、佐倉くん。ふられたんだよ」
「…俺は諦めが悪いんで、諦めません」


 不貞腐れた佐倉くんを引き連れて、車を停めているというパーキングまで三人で歩く。
 

「そういえば、どうして私たちがあの公園にいるってわかったの?」
「董子さん家に行ったら誰も出てこないし、携帯にも出ないし、そういや近くに公園があるって話してたなって横峯が」
「横峯?」
「あ、いやあの、董子さんの家に泊まったことがあるって言ってたから、ちょっと聞いてみたんですよ」


 たしかに横峯を家に泊めて、翌朝、この通勤路を一緒に歩いて出勤したことがある。
 でもなんだろう。
 怪しい。動揺する姿が怪しい。
 まさか付き合ってる相手って、横峯?
 あの飲み会での一連の流れはカムフラージュ?


「董子さん?」


 そんなことって、ある?


「董子さん、そこ、左ですよ」


 おっと右に行きそうだった。慌てて左の道へ入る。
 動揺している。これはまずい。落ち着け董子。ここは路上、隣には幼子、私には臨時保護者としてこの子を無事に親元に届ける義務がある。
 今はこの疑惑は横に置いておこう。
 目的のパーキングに到着し、佐倉くんの愛車に乗り込む。私と愛鈴ちゃんは後部座席に座った。当然のごとくチャイルドシートなんてものはないので、シートベルトをさせて、手をぎゅっと握った。
 原さんの自宅は車でも一時間ほど。
 走行中の車中では奇妙な沈黙が続く。
 音楽でもかけてと頼むと、よくわからないダンスミュージックばかりだった。愛鈴ちゃんの表情が曇ったので、しかたなくスマホで幼児向けの音楽を探した。


「これ、知ってる?」
「うん」
「歌える?」
「うん」


 かすれた声で愛鈴ちゃんはぼそぼそと歌ってくれる。
 とりあえずの間は繋げそうだ。


「こどもの世話って大変ですね」
「ようやく思い知ったか」
「まさかちびっこにまでふられるなんて、俺の何がそんなに駄目なんですかね?」
「ん? …ちびっこにまで、とは? 前のカノジョのこと?」
「昨日ふられました」
「ん? 昨日? 昨日って、昨日?」


 辻褄が合わない…いや、そうでもないか?
 周囲が知ったのが最近なだけで、私が勘違いしていただけで、彼は二ヶ月前に恋人と別れ、その後また新しい恋人と出逢って別れていたとすれば、辻褄は合う。
 ただなぜ恋人と別れる寸前に公言したのだろうかという謎は残るが。
 恐るべし二十代のスピード感。
 ついていけない。


「昨日、お昼一緒してた女の子は?」
「あれは友達です」
「…ともだちねえ」
「同じ業界に就職するつもりだから、話が聞きたいって言われて」
「ともだちねえ」
「ほんとだってば!」


 愛鈴ちゃんが びっくりしている。
 ごめん、と佐倉くんは軽く謝った。


「愛鈴ちゃん、あのお兄ちゃんのこと好き?」
「…すきくない」
「だよね。そういうとこが、ふられる要因なんじゃないの。反省したら?」


 目的地周辺に到着しました、とカーナビのアナウンスが案内終了を告げる。
 愛鈴ちゃんは近所の景色をよく覚えていて、あそこと自宅の一軒家を指差した。表札にはローマ字で原と書いてある。ここだ。


「すぐ済むと思うから、ちょっと待ってて」
「了解です。路駐してたら迷惑になりそうだし、その辺流してきますよ。終わったら連絡ください」


 愛鈴ちゃんを連れて原家の前で降りる。
 インターホンを鳴らすが反応がない。
 勢いあまった愛鈴ちゃんは玄関のドアノブを回すが、やはり開かない。
 弱った。不在であるとは想定していなかった。
 
 と、その時、


「まま!」


 愛鈴ちゃんが駆け出した。
 見ると、青いワンピース姿の女性と、その母親らしい女性がこちらへ向かって歩いてくるところだった。
 良かった。これで臨時保護者の肩書きから解放される。


「突然申し訳ありません。私、楠ノ宮董子と申します」
「楠ノ宮?」


 反芻したのは母親のほうだった。
 おや、とその怒気に違和感を覚えたのも束の間。


「浮気相手がよくもノコノコ顔を出せたもんだね!」


 ばちーん。


 左から、右に。
 首がぐきっと回ったような気がした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

処理中です...