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三章
68 妖精と不幸な女の子②
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契約者は高齢である。
あと数年もすれば寿命を終えることを、ヴィアベルは知っていた。
最期まで見届けてから帰るつもりだったが、ちょっと早めるのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えながら、ダラダラと帰国する日を決めかねていた時だった。
「ん、しょ……ん、しょ……」
それは、誰もが寝静まった夜のこと。
ヴィアベルが散歩から戻ってみると、キッチンから小さな音が聞こえてきた。
はじめは、ネズミでもいるのかと思った。
吊るしているハーブを齧られてはたまらないと、ヴィアベルは渋々キッチンへ向かう。
「む?」
そっと近づいて戸を少しだけ開けてみると、ハーブとチーズの香りが漂ってきて驚いた。
(まさか、ハーブとチーズのクッキーか⁉︎今クッキーをくれるなら、国へ帰るのは延期してやっても良いぞ)
鼻をくすぐる香りは懐かしさを覚えるほどで、もしやと期待しながらヴィアベルはキッチンをのぞく。
だが、予想に反して、キッチンに居たのは契約者ではなくペリーウィンクルだった。
彼女は作業用の椅子の上に立ち、濃紺色のワンピースを小麦粉で真っ白にしながら、オーブンの中をのぞき込んでいるところだった。
「なにをしている」
ヴィアベルがそうっと近づいて声をかけると、ペリーウィンクルは震え上がって椅子の上でしゃがみ込んだ。
危うく椅子ごと倒れ込みそうになるのを、ヴィアベルはとっさに魔法で押しとどめる。
「危ないではないか」
「ごめんなさい……!」
「怒っているわけではない。私は、なにをしているのかと聞いただけだろう?」
小さな椅子の上で丸まるペリーウィンクルを見て、ヴィアベルは器用なことだと思った。
いくら彼女が小さいといっても、そんなところで丸まっていたら危ないだろう。
だって目の前にはオーブンがあって、下手をすればお伽噺の魔女のように焼かれてしまうかもしれない。
そうでなくとも、火傷をしそうなものである。
「クッキーを、作ろうと思って……」
自分が泣くから、祖父はクッキーを作れない。
このままだとヴィアベルはいなくなってしまう。
だから、自分でクッキーを作ろうとしていたらしい。
ぽつりぽつりと話すペリーウィンクルに、意外と勘が良い娘なのだなとヴィアベルは感心した。
(泣いてばかりの愚図かと思っていたが……まぁ、器用でないのは確かだな)
仕様がないやつだと嘆息し、ヴィアベルは小さな手でくるりと円を描いた。
すると小さな風が起こり、ペリーウィンクルの周りを駆け回って消える。
「わ、あ……!」
黒い瞳が、星のように瞬く。
いつだって下を向いて泣いたばかりいた女の子が、ヴィアベルのことをキラキラした目で見ていた。
「な、なんだ」
見慣れない表情に、ヴィアベルは身構えた。
「今の……洋服をきれいにしてくれたの、妖精さんの魔法?」
「そうだが」
「妖精さんの魔法ってタイカが必要なんでしょう? おじいちゃんが言ってたよ。今の魔法に必要なタイカ、私でも払えるかなぁ? 私、なんにも持っていないの。おじいちゃんやあなたがとても良くしてくれるのに、なんにも返せない」
言いながら、ペリーウィンクルの目の輝きが失われていくのが見えた。
ヴィアベルはそれを、もったいないと思った。
だって、キラキラしている彼女の目は、とても気持ちが良いものだったから。
(月明かりの妖精である自分のそばにこそ、あるべきものだ)
いつまででも見ていたくなって、ヴィアベルはどうしたらそれができるのだろうと考えた。
つらいことをすべて取り除いて、甘くてやさしい世界で守ってやれば良いのだろうか。
そうだ、お伽噺に出てくる姫のように、塔に閉じ込めてしまうのはどうだろう。
(だが、閉じ込めた姫は王子に取られると決まっているではないか)
返事をしないヴィアベルに、ペリーウィンクルが心配そうに「妖精さん?」と声をかける。
あどけない声に、ヴィアベルの意識は唐突に引き戻された。
あと数年もすれば寿命を終えることを、ヴィアベルは知っていた。
最期まで見届けてから帰るつもりだったが、ちょっと早めるのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えながら、ダラダラと帰国する日を決めかねていた時だった。
「ん、しょ……ん、しょ……」
それは、誰もが寝静まった夜のこと。
ヴィアベルが散歩から戻ってみると、キッチンから小さな音が聞こえてきた。
はじめは、ネズミでもいるのかと思った。
吊るしているハーブを齧られてはたまらないと、ヴィアベルは渋々キッチンへ向かう。
「む?」
そっと近づいて戸を少しだけ開けてみると、ハーブとチーズの香りが漂ってきて驚いた。
(まさか、ハーブとチーズのクッキーか⁉︎今クッキーをくれるなら、国へ帰るのは延期してやっても良いぞ)
鼻をくすぐる香りは懐かしさを覚えるほどで、もしやと期待しながらヴィアベルはキッチンをのぞく。
だが、予想に反して、キッチンに居たのは契約者ではなくペリーウィンクルだった。
彼女は作業用の椅子の上に立ち、濃紺色のワンピースを小麦粉で真っ白にしながら、オーブンの中をのぞき込んでいるところだった。
「なにをしている」
ヴィアベルがそうっと近づいて声をかけると、ペリーウィンクルは震え上がって椅子の上でしゃがみ込んだ。
危うく椅子ごと倒れ込みそうになるのを、ヴィアベルはとっさに魔法で押しとどめる。
「危ないではないか」
「ごめんなさい……!」
「怒っているわけではない。私は、なにをしているのかと聞いただけだろう?」
小さな椅子の上で丸まるペリーウィンクルを見て、ヴィアベルは器用なことだと思った。
いくら彼女が小さいといっても、そんなところで丸まっていたら危ないだろう。
だって目の前にはオーブンがあって、下手をすればお伽噺の魔女のように焼かれてしまうかもしれない。
そうでなくとも、火傷をしそうなものである。
「クッキーを、作ろうと思って……」
自分が泣くから、祖父はクッキーを作れない。
このままだとヴィアベルはいなくなってしまう。
だから、自分でクッキーを作ろうとしていたらしい。
ぽつりぽつりと話すペリーウィンクルに、意外と勘が良い娘なのだなとヴィアベルは感心した。
(泣いてばかりの愚図かと思っていたが……まぁ、器用でないのは確かだな)
仕様がないやつだと嘆息し、ヴィアベルは小さな手でくるりと円を描いた。
すると小さな風が起こり、ペリーウィンクルの周りを駆け回って消える。
「わ、あ……!」
黒い瞳が、星のように瞬く。
いつだって下を向いて泣いたばかりいた女の子が、ヴィアベルのことをキラキラした目で見ていた。
「な、なんだ」
見慣れない表情に、ヴィアベルは身構えた。
「今の……洋服をきれいにしてくれたの、妖精さんの魔法?」
「そうだが」
「妖精さんの魔法ってタイカが必要なんでしょう? おじいちゃんが言ってたよ。今の魔法に必要なタイカ、私でも払えるかなぁ? 私、なんにも持っていないの。おじいちゃんやあなたがとても良くしてくれるのに、なんにも返せない」
言いながら、ペリーウィンクルの目の輝きが失われていくのが見えた。
ヴィアベルはそれを、もったいないと思った。
だって、キラキラしている彼女の目は、とても気持ちが良いものだったから。
(月明かりの妖精である自分のそばにこそ、あるべきものだ)
いつまででも見ていたくなって、ヴィアベルはどうしたらそれができるのだろうと考えた。
つらいことをすべて取り除いて、甘くてやさしい世界で守ってやれば良いのだろうか。
そうだ、お伽噺に出てくる姫のように、塔に閉じ込めてしまうのはどうだろう。
(だが、閉じ込めた姫は王子に取られると決まっているではないか)
返事をしないヴィアベルに、ペリーウィンクルが心配そうに「妖精さん?」と声をかける。
あどけない声に、ヴィアベルの意識は唐突に引き戻された。
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