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二人の初めての旅行
4日目〜二人だけの時間〜
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不思議と、今日は早く目が覚めた。
時計の針は五時を少し過ぎたくらいで、空はまだ薄暗い。
風子はベッドから降り、床に散らばっている荷物に当たらないよう、足で探り探りに洗面所に向かった。
「もう最終日かぁ…」
んんっ、と伸びて鏡を見る。相変わらず前髪が少し跳ねている間抜けな顔と対面する。
今日は、未来と二人きりで過ごせる日。
昨日、あれだけ深いキスをしても、そのことに風子は緊張していた。
今、この部屋にあの二人はいない。かわいいお姫様と二人だけの世界だ。
風子は一通りに身だしなみを整えて寝室に戻った。
「…っと、失礼しまーす…」
風子は自分のベッドではなく、未来の布団に潜り込んだ。
暖かい体温が心地いい。
ゴソゴソと体をくっつけて起こさないように抱きしめてみる。本当に細くて、折れそうだな、と思った。
「……すぅ…」
その寝息さえも愛おしくて、風子は無意識に回した手に力を込めた。
「んん……」
かわ……。身じろいでる……。
ほんと、このお姫様はどこまで私を魅了したら気が済むのかなー…?
心がぽかぽかして、まどろむ。
もう少し、このままで……―――
「起きなさい」
「いでっ」
わっ、やば!ガチで二度寝してたっ。
突然の痛みに風子は意識を戻した。どうやら身を起こした未来からジト目で見下されているようだ。
あー…、私つねられたのか。ほっぺたがひりひりする。
「どうしてあなたがここにいるのよ」
離れて、と未来が風子の手を解く。急に温かみを失った腕に寂しさを覚えた。
「ごめんね、つい…」
「…あなたの行動は、やっぱり理解できないわね」
あはは、と笑う風子をよそ目に、耳が少し赤くなった未来は身支度をすべく、洗面所に向かった。
「おっはー風子」
「あ、おはー」
ごめんなー、と手を合わせる香菜と友里と合流して、朝食を先に取りに行った未来を除いた三人で食卓に着いた。
朝食はホテルのホールを貸し切っている。バイキング形式であるため生徒の移動も多く、室内は賑わっていた。
風子は隣の席に座る香菜に話しかけた。
「昨日どんな恋バナしたの?」
「んー?たいしたことねぇって。当たり障りない感じだよ」
香菜の返答に、お?と友里が口を突っ込んできた。
「聞いてよ、ふーこ!コイツさ、マジでピュアなんだよ!この歳で彼氏もいるのにHの話になるとめっちゃ赤くなってさ~…?」
ニヤニヤと香菜を見る友里に香菜が小さく、うるさいっと吐いた。確かに顔を真っ赤にしているあたり、ピュアなのは本当なのだろう。
「朝から相変わらず酷い会話ね。…もう少し自重できないのかしら?」
ガタッ。風子の向かいの席に色鮮やかな料理が乗ったトレイが置かれた。トレイ上のお茶の液面が激しく揺れた。
「3人ともそんな話はいい加減にして、早く料理を取ってきたらどう?」
「う、うんっ!そうするね!」
未来のキツい促しに三人は足早に席を立った……はずだったのだが…
「香菜姉…?」
「……っ!」
一向に腰を上げず、無心状態だった香菜が、風子の声に我を戻したように顔を上げ、作ったような笑みを顔に貼り付けた。
「…ごめんごめんっ!行こ行こ!」
なんだよーと友里が、慌てて横に並んだ香菜を小突いた。香菜はヘラッと笑って、友里にたいした反抗をみせず、足早にバイキングに向かって行った。
去り際の香菜の表情の痛々しさが、風子の目にこびりついた。
「おかしいんじゃない?」
「…やっぱ相原さんもそう思う?」
舞台はうって変わって、風子と未来は小樽の街を並んで歩いていた。
あの後の香菜は何事もなかったかのように取り繕っていたが、風子は僅かな違和感を感じ取っており、それは未来も同様であったようだった。
「確か、前も三人で話してた時にこんな違和感感じたんだよね」
「何か悩んでるんじゃないの?」
「えー…。でも彼氏もいるし順風満帆に見えるけどなぁ…」
「乙女には色々あるってもんじゃない。まあ、無理に聞き出すのは良くないと思うけれど…」
未来はそこで一度言葉を止めて、大事に、そしてはっきりと続きの言葉を紡いだ。
「あなたなら、いつか、彼女の力になってあげることができるわ。孤独だった過去の私を救ってくれたように……ね?」
そう言って顔を淡く赤らめた未来が、あまりにも可愛くて、そしてその言葉が嬉しくて、風子は溢れんばかりの笑顔になる。
「そーだね!……でもまぁ今はそのことはとりあえず置いといてー…」
風子は肩が触れるほどに未来に近寄った。
「今は相原さんのことしか考えるつもりないから!」
「……もうっ…」
顔を赤くしてぷいっとそっぽを向く彼女に風子は胸がきゅぅっと締め付けられて、満面の笑みが溢れた。
そっと、未来の手が風子の腕に絡みつく。唐突の未来の行為に、幸せな感情が二人の中にぐぐっと込み上げてきて、なんだかもどかしさを覚えた。
「…可愛すぎるんですがー…」
「嫌ならやめるけど?」
「そっ、それはやだ!!」
「なら静かにして。……恥ずかしいから」
私の頭の中は相原さんでいっぱいで…、他のことが入ってくる隙間なんて無くて。
今そばにある幸せを感じながら風子は未来との異郷の地でのデートを楽しんだ。
「ね、相原さん。これお揃いにしない?」
小樽での自由時間もいよいよ終盤。二人はあるお店でお土産を物色していた。
「リスの木細工のキーホルダー?…かわいいわね」
「だよねっ!それに、これの裏側に名前書いてもらえるらしいよ!ね、お揃いにしようよ~?」
ダメかなぁ?と首を傾げておねだりをする風子に未来はポッと顔を赤らめて、反則よ…と誰にも聞こえないほどにそう呟いた。
「……いいけれど、一つ条件をつけてもいいかしら?」
「え?」
未来はそう言って風子の手からキーホルダーを取り上げた。
「ここに書いてもらう名前、自分のではなくて、お互いのものにしない?」
え?なんのために…?
風子はそれが示す意味を理解できず、呆けていると、はぁ、と明らかな溜息が目の前の彼女から漏れた。
「あなたの名前が書いてあれば、……その、離れていても、あ、あなたを感じることができるし……。恋人らしいでしょ…?」
「…っ!」
え?え?相原さんってこういうキャラだった?…さっきから破壊力バツグンなんだって、も~……。
顔を真っ赤にして、それでも未来の目を見て、いいよと頷いた。ほっと安堵した照れ顔の未来になんだかむず痒くなったが、我慢して、レジカウンターへと足を運んだ。
ゴー……。
風子は飛行機の中で、ぼーっと外を見つめていた。雲の上を泳ぐ機体から見える景色はもう真っ赤に染まっていた。
「……ん…」
「…っと」
隣に座っていた未来は疲れていたのだろうか。飛行機が離陸してすぐに風子の肩にその小さな頭が寄りかかってきた。
風子は起こさないように彼女にフィットするであろう体勢をキープする。風子はそっと未来の膝の上に置かれた手を取った。優しく握ると、心なしか、未来は幸せそうに綻んだ。
未来……かぁ…。
風子も目を閉じて、先程起こった出来事に思いを巡らせた。
「どうしたの?」
小樽観光も終わり、お土産も無事に手に入れた後。空港へ向かうバス乗り場に向かおうとすると、未来に人目につかないような狭い路地に引っ張り込まれた。
未来の手がぎゅっと風子の袖を掴んでいる。
やっぱこれって、キスとかそうゆうのせがまれてるのかな…?
「じゃ…、じゃあ相原さん、失礼して…」
「それ、じゃない」
「……え?」
風子が自分の手を未来の頬に添えようとすると、その手をガッと掴まれた。風子は慌てて、ごめん!、と手を引っ込めた。
「人の話も聞かずにせまって…。その…、申し訳ありませんでしたっ!」
「別に…、キスは嫌ではないけれど…」
「…ええ?」
拍子抜けなんだけど…。意味がわかんない。
「えと、じゃあ何が嫌なの?」
風子は目を逸らしている未来の顔を覗き込んだ。未来は目を合わさず、か細い声で
「名前呼びがいい…」
と告げた。風子は目を大きく見開いて、その内容を再度確認する。
「下の名前ってこと?苗字じゃなくて?」
「…ええ」
そうか、相原さんも私とおんなじこと考えてくれてたんだ…。
そのことに風子はつい感動してしまい、言葉を発せなかった。違和感のある間に、未来は動揺を見せた。
「ご、ごめんなさい…。嫌なら別に…っ!」
折角の彼女からの要求を無下にするなど考えられない。風子は人差し指をふっくらとした彼女の赤い唇に触れさせた。
風子は未来と目を合わせ、まるで風子の意図が分からないと、ゆらゆらと揺れる瞳に思わず笑みがこぼれてしまう。
「未来」
「…っ」
今度は未来の目が大きく見開かれる。未来は言葉にならない音を発して、風子の胸元に収まった。風子の背中にまわる手にきゅっと力が入っている。
「ふふ、どう?名前で呼ばれた感想は」
「……嬉しい…」
自分の胸から、か細く、くぐもって聞こえる声に風子は悶える。そっと未来の頭を撫でてみた。
「未来も私の名前呼んでみてよ」
「……ふ、風子…」
よくできました、と褒めてあげたいところだが、風子はそんなに優しくない。悪戯心が働き、ある要求を突きつけた。
「ね、私の目を見て言って欲しいな~?」
「え?」
未来の顔を自身の手で胸元から剥がし、無理矢理目線を合わさせた。するとたちまちこれでもか、と言うほど未来の顔はみるみる赤く染まっていく。
「そ、それは……、恥ずかしいから」
「えー?じゃあ私も相原さんに戻そうかなぁ」
「だ、だめよっ…」
風子のわざとらしい嫌がらせを本気で信じ込み慌てる未来の姿はいつもなら到底見れるものではなく、切羽詰まっている様子がよく感じられる。しかし風子のにやける表情に未来は少し冷静を取り戻したようだった。
「……はぁ、分かったわ」
「…ぉわっ!?」
くいっと風子の襟が引っ張られる。予想外の出来事に風子がバランスを崩すと、そのまま二人の唇が重なった。けれど一回だけの口付けだけで、すぐに未来の方から離れた。
風子の体が無意識に次のキスを乞おうとすると、未来はそれを制止して、自らの口を風子の耳元に持っていった。
「好きよ…、ふ、ふうこ…」
「んっ…」
まるで息のような音が吹きかけられ、風子の耳は赤くなった。それを見た未来はしたり顔をして微笑み、体勢を戻した。
「……何勝ち誇ったような顔してんの…」
「あなたが私をからかうからでしょう?」
自分の要望が叶ったからなのか、満足そうに笑っている。それは、いつもの少し憎い彼女そのものであった。
ふと未来が腕時計の時刻を見る。細い腕に巻かれた、渋くてかつ可愛い、飽きをこさせない見た目のそれはいかにも未来のセンスを際立たせていた。
「そろそろ行かないといけないわね。ごめんなさい、引き止めて」
行くわよ、と先を行く未来がついて来るように促す。
咄嗟に風子の手が未来の腕を掴み、手元に引き寄せた。
「…焚き付けられて、我慢出来るわけないじゃん…」
「…え?」
じりじりと未来を壁際に追いやっていく。風子は未来の肩に両手を置いた。
「未来を、我慢、出来そうにないから…。ギリギリまで、その、キスさせて欲しい、です……」
風子の目に宿るものは、理性ではなく、本能のままの欲望だった。
「…そうね、あなたのお願いも聞かないとフェアじゃないわ。……好きなようにして」
その言葉に歯止めが効かなくなり、風子は素早く未来の口に吸い付いた。いきなりの攻めに未来も抵抗することなく、風子の腰に手を回す。
「んっ…んぅ……」
「ん……はっ…」
いつか誰かに見られるかもしれないという状況下からの背徳感からなのか、二人の熱はどんどん上がっていった。
「……っはぁ…。そろそろ時間やばいよね…」
「……っ。…そうね」
しばらくして風子から離れた。突然の終わりに未来が名残惜しそうに見つめてきたのを、風子はにやっと笑った。
「未来ってば、キス気持ち良すぎて止めるの忘れてたでしょ?この前した時は時間に厳しかったのに」
「……!そ、それは…」
未来は、指摘されて照れを隠すようにぱっと顔を背けた。そして、右手で髪を触りながら、そっとつぶやいた。
「…私は風子が好きなのだから。触れ合うのが気持ちいいのは当たり前でしょう…?」
「…!?」
未来の貴重なデレに風子の頭もショートした。二人して顔を赤らめ、なんとも言えない空気が流れる。でも、決して気まずいものではなかった。
風子は手を差し伸べ、その沈黙を破るように明るく笑いかけた。
「私も、未来が大好きだよっ」
「……んぅ…」
「…起きたの?おはよう」
目を開けると、未来が風子を覗き込んでいる姿が目に映った。どうやら風子も寝てしまっていたようだ。時計を見ると、もうそろそろ地元に着く時間帯だ。
「……相原さん、いつ起きたの?」
「……」
「……あれ?」
返事をしない未来の目の前でおーい、と手を振ってみる。反応は薄い。むしろ軽蔑しているような目で見られている。
「…風子、最低ね…」
名前で呼んでくれるんじゃなかったのかしら、と未来はそっぽを向いてしまった。あ、と間抜けな音を発する風子を未来はじっと睨みつける。
「ごめん!ほんと、つい癖で…」
むっとほっぺたを膨らます彼女の姿は、本気で怒っているようには見えず、愛くるしいもののように思えた。
「じゃあ、おはようのキス、して」
「!?!?」
え?本当に未来なの!?やっぱ全然キャラ違うって…!
「でもこんなっ、周りに人いるのに…」
「みんな寝てるじゃない…。……してくれないのかしら?」
ほら、と風子の前に未来の顔が突き出される。こんな時でも、やはり美しいと思えてしまう。重症だな、と思いつつ、それを受け入れてしまう自分自身がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「…なによ」
「んーん。何も?」
周りをぱっと見渡して、左手を未来の頬に添えた。徐々に二人の距離が狭くなる。
未来が、これからのことに期待が籠った瞳をそっと閉じた。風子も同じように瞼を落とす寸前、視界の端に未来の手に握られたスマホが映った。
そこにつけられたキーホルダーは先程二人でお揃いで買ったもので、ちらりと自分の名前が刻まれているのが見えた。
今携帯は機内モードだし、SNSが使えないのだから、もしかして私が起きるまでそのキーホルダーを見て私のことを考えてくれてたのかな、と烏滸がましくも期待してしまう。そうだったらいいな、と風子も目を閉じ、そのまま二人の影は一つに重なった。
時計の針は五時を少し過ぎたくらいで、空はまだ薄暗い。
風子はベッドから降り、床に散らばっている荷物に当たらないよう、足で探り探りに洗面所に向かった。
「もう最終日かぁ…」
んんっ、と伸びて鏡を見る。相変わらず前髪が少し跳ねている間抜けな顔と対面する。
今日は、未来と二人きりで過ごせる日。
昨日、あれだけ深いキスをしても、そのことに風子は緊張していた。
今、この部屋にあの二人はいない。かわいいお姫様と二人だけの世界だ。
風子は一通りに身だしなみを整えて寝室に戻った。
「…っと、失礼しまーす…」
風子は自分のベッドではなく、未来の布団に潜り込んだ。
暖かい体温が心地いい。
ゴソゴソと体をくっつけて起こさないように抱きしめてみる。本当に細くて、折れそうだな、と思った。
「……すぅ…」
その寝息さえも愛おしくて、風子は無意識に回した手に力を込めた。
「んん……」
かわ……。身じろいでる……。
ほんと、このお姫様はどこまで私を魅了したら気が済むのかなー…?
心がぽかぽかして、まどろむ。
もう少し、このままで……―――
「起きなさい」
「いでっ」
わっ、やば!ガチで二度寝してたっ。
突然の痛みに風子は意識を戻した。どうやら身を起こした未来からジト目で見下されているようだ。
あー…、私つねられたのか。ほっぺたがひりひりする。
「どうしてあなたがここにいるのよ」
離れて、と未来が風子の手を解く。急に温かみを失った腕に寂しさを覚えた。
「ごめんね、つい…」
「…あなたの行動は、やっぱり理解できないわね」
あはは、と笑う風子をよそ目に、耳が少し赤くなった未来は身支度をすべく、洗面所に向かった。
「おっはー風子」
「あ、おはー」
ごめんなー、と手を合わせる香菜と友里と合流して、朝食を先に取りに行った未来を除いた三人で食卓に着いた。
朝食はホテルのホールを貸し切っている。バイキング形式であるため生徒の移動も多く、室内は賑わっていた。
風子は隣の席に座る香菜に話しかけた。
「昨日どんな恋バナしたの?」
「んー?たいしたことねぇって。当たり障りない感じだよ」
香菜の返答に、お?と友里が口を突っ込んできた。
「聞いてよ、ふーこ!コイツさ、マジでピュアなんだよ!この歳で彼氏もいるのにHの話になるとめっちゃ赤くなってさ~…?」
ニヤニヤと香菜を見る友里に香菜が小さく、うるさいっと吐いた。確かに顔を真っ赤にしているあたり、ピュアなのは本当なのだろう。
「朝から相変わらず酷い会話ね。…もう少し自重できないのかしら?」
ガタッ。風子の向かいの席に色鮮やかな料理が乗ったトレイが置かれた。トレイ上のお茶の液面が激しく揺れた。
「3人ともそんな話はいい加減にして、早く料理を取ってきたらどう?」
「う、うんっ!そうするね!」
未来のキツい促しに三人は足早に席を立った……はずだったのだが…
「香菜姉…?」
「……っ!」
一向に腰を上げず、無心状態だった香菜が、風子の声に我を戻したように顔を上げ、作ったような笑みを顔に貼り付けた。
「…ごめんごめんっ!行こ行こ!」
なんだよーと友里が、慌てて横に並んだ香菜を小突いた。香菜はヘラッと笑って、友里にたいした反抗をみせず、足早にバイキングに向かって行った。
去り際の香菜の表情の痛々しさが、風子の目にこびりついた。
「おかしいんじゃない?」
「…やっぱ相原さんもそう思う?」
舞台はうって変わって、風子と未来は小樽の街を並んで歩いていた。
あの後の香菜は何事もなかったかのように取り繕っていたが、風子は僅かな違和感を感じ取っており、それは未来も同様であったようだった。
「確か、前も三人で話してた時にこんな違和感感じたんだよね」
「何か悩んでるんじゃないの?」
「えー…。でも彼氏もいるし順風満帆に見えるけどなぁ…」
「乙女には色々あるってもんじゃない。まあ、無理に聞き出すのは良くないと思うけれど…」
未来はそこで一度言葉を止めて、大事に、そしてはっきりと続きの言葉を紡いだ。
「あなたなら、いつか、彼女の力になってあげることができるわ。孤独だった過去の私を救ってくれたように……ね?」
そう言って顔を淡く赤らめた未来が、あまりにも可愛くて、そしてその言葉が嬉しくて、風子は溢れんばかりの笑顔になる。
「そーだね!……でもまぁ今はそのことはとりあえず置いといてー…」
風子は肩が触れるほどに未来に近寄った。
「今は相原さんのことしか考えるつもりないから!」
「……もうっ…」
顔を赤くしてぷいっとそっぽを向く彼女に風子は胸がきゅぅっと締め付けられて、満面の笑みが溢れた。
そっと、未来の手が風子の腕に絡みつく。唐突の未来の行為に、幸せな感情が二人の中にぐぐっと込み上げてきて、なんだかもどかしさを覚えた。
「…可愛すぎるんですがー…」
「嫌ならやめるけど?」
「そっ、それはやだ!!」
「なら静かにして。……恥ずかしいから」
私の頭の中は相原さんでいっぱいで…、他のことが入ってくる隙間なんて無くて。
今そばにある幸せを感じながら風子は未来との異郷の地でのデートを楽しんだ。
「ね、相原さん。これお揃いにしない?」
小樽での自由時間もいよいよ終盤。二人はあるお店でお土産を物色していた。
「リスの木細工のキーホルダー?…かわいいわね」
「だよねっ!それに、これの裏側に名前書いてもらえるらしいよ!ね、お揃いにしようよ~?」
ダメかなぁ?と首を傾げておねだりをする風子に未来はポッと顔を赤らめて、反則よ…と誰にも聞こえないほどにそう呟いた。
「……いいけれど、一つ条件をつけてもいいかしら?」
「え?」
未来はそう言って風子の手からキーホルダーを取り上げた。
「ここに書いてもらう名前、自分のではなくて、お互いのものにしない?」
え?なんのために…?
風子はそれが示す意味を理解できず、呆けていると、はぁ、と明らかな溜息が目の前の彼女から漏れた。
「あなたの名前が書いてあれば、……その、離れていても、あ、あなたを感じることができるし……。恋人らしいでしょ…?」
「…っ!」
え?え?相原さんってこういうキャラだった?…さっきから破壊力バツグンなんだって、も~……。
顔を真っ赤にして、それでも未来の目を見て、いいよと頷いた。ほっと安堵した照れ顔の未来になんだかむず痒くなったが、我慢して、レジカウンターへと足を運んだ。
ゴー……。
風子は飛行機の中で、ぼーっと外を見つめていた。雲の上を泳ぐ機体から見える景色はもう真っ赤に染まっていた。
「……ん…」
「…っと」
隣に座っていた未来は疲れていたのだろうか。飛行機が離陸してすぐに風子の肩にその小さな頭が寄りかかってきた。
風子は起こさないように彼女にフィットするであろう体勢をキープする。風子はそっと未来の膝の上に置かれた手を取った。優しく握ると、心なしか、未来は幸せそうに綻んだ。
未来……かぁ…。
風子も目を閉じて、先程起こった出来事に思いを巡らせた。
「どうしたの?」
小樽観光も終わり、お土産も無事に手に入れた後。空港へ向かうバス乗り場に向かおうとすると、未来に人目につかないような狭い路地に引っ張り込まれた。
未来の手がぎゅっと風子の袖を掴んでいる。
やっぱこれって、キスとかそうゆうのせがまれてるのかな…?
「じゃ…、じゃあ相原さん、失礼して…」
「それ、じゃない」
「……え?」
風子が自分の手を未来の頬に添えようとすると、その手をガッと掴まれた。風子は慌てて、ごめん!、と手を引っ込めた。
「人の話も聞かずにせまって…。その…、申し訳ありませんでしたっ!」
「別に…、キスは嫌ではないけれど…」
「…ええ?」
拍子抜けなんだけど…。意味がわかんない。
「えと、じゃあ何が嫌なの?」
風子は目を逸らしている未来の顔を覗き込んだ。未来は目を合わさず、か細い声で
「名前呼びがいい…」
と告げた。風子は目を大きく見開いて、その内容を再度確認する。
「下の名前ってこと?苗字じゃなくて?」
「…ええ」
そうか、相原さんも私とおんなじこと考えてくれてたんだ…。
そのことに風子はつい感動してしまい、言葉を発せなかった。違和感のある間に、未来は動揺を見せた。
「ご、ごめんなさい…。嫌なら別に…っ!」
折角の彼女からの要求を無下にするなど考えられない。風子は人差し指をふっくらとした彼女の赤い唇に触れさせた。
風子は未来と目を合わせ、まるで風子の意図が分からないと、ゆらゆらと揺れる瞳に思わず笑みがこぼれてしまう。
「未来」
「…っ」
今度は未来の目が大きく見開かれる。未来は言葉にならない音を発して、風子の胸元に収まった。風子の背中にまわる手にきゅっと力が入っている。
「ふふ、どう?名前で呼ばれた感想は」
「……嬉しい…」
自分の胸から、か細く、くぐもって聞こえる声に風子は悶える。そっと未来の頭を撫でてみた。
「未来も私の名前呼んでみてよ」
「……ふ、風子…」
よくできました、と褒めてあげたいところだが、風子はそんなに優しくない。悪戯心が働き、ある要求を突きつけた。
「ね、私の目を見て言って欲しいな~?」
「え?」
未来の顔を自身の手で胸元から剥がし、無理矢理目線を合わさせた。するとたちまちこれでもか、と言うほど未来の顔はみるみる赤く染まっていく。
「そ、それは……、恥ずかしいから」
「えー?じゃあ私も相原さんに戻そうかなぁ」
「だ、だめよっ…」
風子のわざとらしい嫌がらせを本気で信じ込み慌てる未来の姿はいつもなら到底見れるものではなく、切羽詰まっている様子がよく感じられる。しかし風子のにやける表情に未来は少し冷静を取り戻したようだった。
「……はぁ、分かったわ」
「…ぉわっ!?」
くいっと風子の襟が引っ張られる。予想外の出来事に風子がバランスを崩すと、そのまま二人の唇が重なった。けれど一回だけの口付けだけで、すぐに未来の方から離れた。
風子の体が無意識に次のキスを乞おうとすると、未来はそれを制止して、自らの口を風子の耳元に持っていった。
「好きよ…、ふ、ふうこ…」
「んっ…」
まるで息のような音が吹きかけられ、風子の耳は赤くなった。それを見た未来はしたり顔をして微笑み、体勢を戻した。
「……何勝ち誇ったような顔してんの…」
「あなたが私をからかうからでしょう?」
自分の要望が叶ったからなのか、満足そうに笑っている。それは、いつもの少し憎い彼女そのものであった。
ふと未来が腕時計の時刻を見る。細い腕に巻かれた、渋くてかつ可愛い、飽きをこさせない見た目のそれはいかにも未来のセンスを際立たせていた。
「そろそろ行かないといけないわね。ごめんなさい、引き止めて」
行くわよ、と先を行く未来がついて来るように促す。
咄嗟に風子の手が未来の腕を掴み、手元に引き寄せた。
「…焚き付けられて、我慢出来るわけないじゃん…」
「…え?」
じりじりと未来を壁際に追いやっていく。風子は未来の肩に両手を置いた。
「未来を、我慢、出来そうにないから…。ギリギリまで、その、キスさせて欲しい、です……」
風子の目に宿るものは、理性ではなく、本能のままの欲望だった。
「…そうね、あなたのお願いも聞かないとフェアじゃないわ。……好きなようにして」
その言葉に歯止めが効かなくなり、風子は素早く未来の口に吸い付いた。いきなりの攻めに未来も抵抗することなく、風子の腰に手を回す。
「んっ…んぅ……」
「ん……はっ…」
いつか誰かに見られるかもしれないという状況下からの背徳感からなのか、二人の熱はどんどん上がっていった。
「……っはぁ…。そろそろ時間やばいよね…」
「……っ。…そうね」
しばらくして風子から離れた。突然の終わりに未来が名残惜しそうに見つめてきたのを、風子はにやっと笑った。
「未来ってば、キス気持ち良すぎて止めるの忘れてたでしょ?この前した時は時間に厳しかったのに」
「……!そ、それは…」
未来は、指摘されて照れを隠すようにぱっと顔を背けた。そして、右手で髪を触りながら、そっとつぶやいた。
「…私は風子が好きなのだから。触れ合うのが気持ちいいのは当たり前でしょう…?」
「…!?」
未来の貴重なデレに風子の頭もショートした。二人して顔を赤らめ、なんとも言えない空気が流れる。でも、決して気まずいものではなかった。
風子は手を差し伸べ、その沈黙を破るように明るく笑いかけた。
「私も、未来が大好きだよっ」
「……んぅ…」
「…起きたの?おはよう」
目を開けると、未来が風子を覗き込んでいる姿が目に映った。どうやら風子も寝てしまっていたようだ。時計を見ると、もうそろそろ地元に着く時間帯だ。
「……相原さん、いつ起きたの?」
「……」
「……あれ?」
返事をしない未来の目の前でおーい、と手を振ってみる。反応は薄い。むしろ軽蔑しているような目で見られている。
「…風子、最低ね…」
名前で呼んでくれるんじゃなかったのかしら、と未来はそっぽを向いてしまった。あ、と間抜けな音を発する風子を未来はじっと睨みつける。
「ごめん!ほんと、つい癖で…」
むっとほっぺたを膨らます彼女の姿は、本気で怒っているようには見えず、愛くるしいもののように思えた。
「じゃあ、おはようのキス、して」
「!?!?」
え?本当に未来なの!?やっぱ全然キャラ違うって…!
「でもこんなっ、周りに人いるのに…」
「みんな寝てるじゃない…。……してくれないのかしら?」
ほら、と風子の前に未来の顔が突き出される。こんな時でも、やはり美しいと思えてしまう。重症だな、と思いつつ、それを受け入れてしまう自分自身がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「…なによ」
「んーん。何も?」
周りをぱっと見渡して、左手を未来の頬に添えた。徐々に二人の距離が狭くなる。
未来が、これからのことに期待が籠った瞳をそっと閉じた。風子も同じように瞼を落とす寸前、視界の端に未来の手に握られたスマホが映った。
そこにつけられたキーホルダーは先程二人でお揃いで買ったもので、ちらりと自分の名前が刻まれているのが見えた。
今携帯は機内モードだし、SNSが使えないのだから、もしかして私が起きるまでそのキーホルダーを見て私のことを考えてくれてたのかな、と烏滸がましくも期待してしまう。そうだったらいいな、と風子も目を閉じ、そのまま二人の影は一つに重なった。
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