異世界のいやし

近松 叡

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最初の疑問

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「あれ、スマホ買ったの?」
 
「おぉ、良いだろう?最新型のスマホだぞ」
 
 父は上機嫌な様子で答えた。
 
「いや、そうじゃなくってさ。スマホだよ、買ったの?」
 
「うん?そうだよ。最新型」
 
 少し不思議そうな顔で言う。
 
「それはわかってるよ。でも、お父さん携帯持たないんじゃなかったの?」
 
 素直な疑問をぶつけた。こちらは母から指令を出されているのだ。それが思案する間も無く解決とあってはこちらの立つ瀬が無い。

「誰の話をしてるんだ?父さんは昔から持ってるだろ」

「え、そんなこと…」

 聰は自分を疑った。自分が知らなかっただけなのか、それとも仕事の忙しさでちっとも実家に帰れなかったうちに使い始めたのだろうか。 
 でも、だったら何故、母親は説得してくれなどという話を自分にしたのだろうか。

 恐る恐る父に聞いてみる。

「あのさ、お母さんも知ってるの?」

「知ってるって何をだ?」

「そのスマホのこと」

「そりゃ知ってるよ。一緒に選んだんだからな」

「えっ、それって買ったのいつ?」

「うーん、もう一ヶ月前くらいになるな」

 そんな馬鹿な。では、昨日の話はなんだったのか。
 聰は今日帰宅すると昨日電話で伝えていた。母と父の携帯について話したのはその時だ。父とは迎えの車についての話はしたが、勿論携帯についての話などしていない。

(両親がグルになって息子にドッキリでも仕掛けようってのか?)

 それにしたって小さなドッキリである。さして愉快だとも思えないし、そもそも両親の性格上そのようなことをするとは到底思えない。

(一体どういうことだ…)

「考え込んでどうした?何か悩みごとか?」

 父はミラー越しに神妙な顔を見せている。聰はただでさえ仕事のことで心配をかけている中で、更に父の不安を煽るのは良くないと思った。
 この話はあまり深く掘り下げずに後で母に確認してみることにした。

「いや、大丈夫だよ。でも、長旅でちょっと疲れちゃったみたいだ」

「そうか、帰ったら休むと良い。お前の部屋はたまに母さんが掃除してるからすぐに使えると思う」

「わかった。ありがとう」

(そうだ。まずは実家に帰ってゆっくり休もう。ドッキリにしても何にしても頭がスッキリした状態じゃないと混乱するばっかりだ)

 「さて、そろそろだぞ。」

 気付けば車は見慣れない道を進んでいた。周りに民家はあるものの、来たことが無い場所だ。

 「あれ、ここどこ?」

 「どこって…。もう家の近くだぞ」

 そう言われても周囲に見覚えのあるものは無い。

「ははは、久し振りの帰省だからって家の場所まで忘れたのか?」

 父は冗談めかして笑った。

「ハハ…。そんなことはないと思うけど、この辺なんか変わった?」

「いや、特に変わったものはないと思うけどな…?」

 そんな話をしている間に車は、ある家の車庫に入って停車した。

「よし、着いたぞ。おかえり」

 車内から外を見る。
 見たこともない家だった。

「おかえりって…。ここ、うちじゃないじゃない」

「なーに言ってるんだ。れっきとしたうちじゃないか」

「いやいや、違うって!なんの冗談だよ」

「お前こそさっきからどうしたんだ?おかしなことばかり言ってるぞ」

 自分がおかしい?聰は考え込んだ。
 以前の帰省から5年以上経過している。確かに実家に何か変化があったっておかしな話ではない。
 では、家を引っ越したということだろうか。そうだとしても、自分に一言の相談もなく引っ越すなんてことあり得るのか?
 聰はわからないことだらけで混乱するほか無かった。

「ほら、冗談はもう良いから。降りた降りた」

 父に促されるようにして車を降りて家の正面へと向かう。
 聰は混乱しながらも父が実家だと言い張る建物をじっくりと時間を掛けて観察してみた。

 一見して何の変哲も無い、一般的な日本家屋だ。
 玄関は4枚の木製の引き戸で柔らかな色をしている。玄関先までは飛び石が置かれ、周りには白い玉砂利が敷き詰められ、太陽の光を受けたそれはまるで龍の背中のようだった。家は二階建てでベランダが二箇所あり、その一方に洗濯物が干してある。

 しかし、聰の記憶の中の実家とは明らかに違う。
 聰が覚えている玄関は母の小百合がせめて洋風の入り口にしたいと言って決めた片開きのドアだ。実家も二階建てではあるのだが、ベランダは無い。本当は欲しいと家族で話していたが、予算の都合で玄関のドアとの二択に迫られ、泣く泣く諦めたのだと母がよく愚痴をこぼしていた。
 そして何より決定的な違いは記憶より明らかに広くて大きいことだ。

「えーっと、立派なお宅だね」

「久しぶりに帰ってきた感想がそれか?」

 他に言葉が出なかった。
 ここに来るまでの道中だけでも頭を悩ませることがあったのに更にこれである。

「あのさ、俺やっぱり疲れてるかもしれない」

「…そうだな。父さんからもそう見える」
「まぁとりあえず部屋で一息つきなさい」

「部屋って、俺の部屋?」

「当たり前だ。さっきも母さんがたまに掃除してるって話をしただろう」

(この家に俺の部屋がある?本当に?)

 聰はとても信じられなかったが、考え疲れてしまってもいた。

「あら、やっぱり帰ってきてたの?」

 母の小百合が玄関から顔を出した。

「お母さん…」

 目の前にいる父が何だか薄気味悪いものに見え始めていた矢先、母の姿を見た聰は少しだけホッとした。

「もう。帰ってきたんならさっさと家に入れば良いじゃないの」

「俺はそうしたいんだが、聰のやつがおかしなことを言うもんだから」

「あら、聰。そうなの?」

「いや、俺はそんなつもり無いんだけど」

「だってお前、さっきここはうちじゃないとかなんとか言ってただろう」

「え!聰…!」

「いや、それは!」

「…あなたグレたの?」

 思わず吹き出しそうになる。
 こんな時にこの人は何を言ってるんだと思う反面、いつもと変わらない母がそこにいてくれるのは有難かった。

「グレるとかグレるじゃなくってさ…。あー、もう良いや!」
「ここが家なんだよね?中に入っても良い?」

(そうだ。二人からのサプライズかもしれないし、ここは乗っかっておいてやろう)

 聰は開き直ってこの状況に身を任せてやることにした。

「…確かに何か変ね」

「…そうだろう?」

 二人はそう言いながらも家に迎え入れてくれた。
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