異世界のいやし

近松 叡

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「うん、そうなんだよ。………えっ??!!」

 聰は驚きを隠せなかった。それを見たあか里は戸惑った顔を見せる。

「ど、どうしたの?」

「なぁ、やっぱり俺のじいちゃんとばあちゃんって亡くなってるよな?!」

「うん。だって、私も葬儀に参列したじゃん。忘れたの?」

 そうだった。あの時あか里には随分と元気付けられたものだった。

「忘れてないよ。もちろん忘れてない…」
「変な言い方かもしれないけど、…その、うちにいるんだよ。生きてるんだ」

「…それって怖い話ってわけじゃ…ないんだよね?」

「勿論」
(ある意味怖いけど)

「ここではさとくんのおじいちゃんとおばあちゃんは生きてるってこと?!」

 あか里は信じられないという顔をして言った。

「うん、そういうこと」
「…それじゃあ、あか里は俺の知ってる、あか里ってことか…?」

「そうだよ?だから言ったじゃん」

「どう言ったら良いのかわかんないんだけど、家族はそれを疑問に思ってなくて、やっぱり俺がおかしくなったんじゃないかとか考えこんじゃって、不安だったんだよ…」
「せっかく再会出来たのにあか里までそうだったら、いよいよ自分を疑わないとって思ってさ」

「あ、そうか。そうだよね。」
「えっと、それじゃあ、もう少し私の話をしても良い?」

「あ、あぁ、どうぞ」

「私が掃除してた家あるでしょ?」

 聰は頷いた。
(俺の家があるはずの場所だ)

「私の記憶だと、あそこにはさとくんの家があって…」

「うん、そのはずだった」

「そうなの。でも、なんで私があそこにいたかって言うと…」
「さっき私、仕事でやらかしちゃったって話したよね?」

「あぁ、そうだな。悪かった。」

「ううん、それは良いの。…それでね、こっちに戻ってきて、駅までお母さんに迎えに来て貰ったんだけど。」

(どこかで聞いたような話だな…)

「そこまでは良いんだけど、なんだか変だなって思って。まず、車が替わってた」

「車くらい買い替えるだろ?」

「勿論そうなんだけど、うちの親って何か大きな買い物をする時って必ず私に相談して来るんだ。車を買うなんて話になれば、間違いなく私に相談するはず」
「でも、今回は知らないうちに替わってた」

「…それは確かにおかしい」
(うちのスマホの話も似たようなもんだし)

「途中からはもっとおかしな話になっちゃって、えーと、例えば…私は毎年、年末年始には帰省してるんだけど、お母さん私が5年以上ぶりに帰ってきたって言うの」

「5年以上…」

「極めつけは年齢の話」

「年齢?」

「うん。あのさ、確かさとくんのご両親って50代くらいだったよね?」

「あぁ、ちゃんとは覚えてないけど、確か50代半ばだったと思う」

「だよね。うちはお母さんがさとくんちと同じくらいで、お父さんが少し上って感じだったの」

「うん、それで?」

「何て言うか、毎年実家に帰ってたからお母さんの顔に違和感があって…。
あ、違和感って言っても別人だとかそういう意味じゃなくってね」
「それで、ちょっと気になったから自動車の免許証を見せて貰ったの。
そしたら、誕生日は同じなんだけど、生まれた年が違って…計算してみたら…」

 あか里が珍しく言い淀んだので、聰は促すように聞いてみた。

「…みたら?」

「47歳なの…明らかに記憶より若いんだ…」

「マジかよ…」

「マジです」

「フフッ」

 あか里の声のトーンに思わず笑ってしまった。

「もー、笑い事じゃないんだから!」

「ごめんごめん!緊張しすぎて笑っちまった」 

「気持ちはわかるけどさー。最後まで聞いてよね」

 あか里は笑いながら言った。

「でね。車の中でそんな話をしてるうちに家に着いたんだけど、
着いたのがさっきの家で、もう何がなんだかわからなくなっちゃったの」
「帰ってきて2週間くらいなんだけど、まだ全然慣れないんだー」

 一転、あか里は哀しそうに言った。


「私がおかしいのかなぁとか、私は壊れちゃったのかなぁとか何が正しいのかわからなくなっちゃって。だから、昼間は気持ちの整理をするために家の掃除をするようにしてたんだ。…そしたら、さとくんが登場したってわけ」

「そうだったのか…。あか里も同じような思いを…」

「でも、おじいちゃんとおばあちゃんが生きてるなんて経験はしてないよ」

「おい、やめろ。曲がりなりにも慰めてんだぞ」

「あはは、ごめーん」

「ったく…!」

 あか里は少しの間を置いてから

「…だから、だからね。さとくんと私はどこか別の世界に迷い込んじゃったんだと思う…」

 絞り出すようにそう言った。


「…やっぱり、そう考えるしかないよな。あの時の悲しみが夢だったのならどんなにか嬉しいけど、そんなわけない。あの経験は俺の一部であるはずなんだ」

「うん、私だって私の経験を夢だったなんて思いたくない」


 二人の間に重々しい空気が立ち込める。そして、しばらくの沈黙の後、聰が口を開いた。

「じゃあさ、帰るしかないんじゃない?」

「…帰る?」

「元いた世界にさ」

「でも、どうやって?帰れるなら帰りたいよ…」

「どうやってもさ。俺たちは自分を取り戻さないと」

「自分を…取り戻す…」

「そう。このまま現状に流されっぱなしじゃ、俺たちの一部は永遠に欠けたまんまだ」
「そんなの本当のあか里じゃないし、俺でもない。そんなのつまんないだろ?」

「そう…だね」

「元の世界に戻る方法は絶対にあるはずだ。こっちに来ることが出来たのなら帰ることだって出来るはず。その為に俺たちに出来ることは必ずあるはずだよ」

 聰は力強く言い切った。

「…うん、ありがとう。私、知らない内に弱気になってたみたい」

「良いんだ。俺も自分に言い聞かせたかったし」

 気付けば辺りは夕暮れを迎えていた。

「とりあえず、今日は帰るか」

「うん、そうだね」

「まったく。ダムを眺めるどころじゃなかったな」

「ふふ、ホントだね」

「そう言えばさ、ここ2週間くらいは全国的に雨降ってなかったのに
ここはダムいっぱいに水が貯まってんだな」

「え、この辺は一昨日くらいまで長雨で凄く降ったんだよ?」

「え、ホントか?俺、今日こっちに来る前に天気予報見たんだけど、確か14日連続で雨降ってないとか言ってたんだけどな。…あ、これもこの世界との違いってやつなのか…?」

「そうかもしれないね。天気まで違うんだ…」

「…まぁ今は考えても仕方ないか。じゃあ、帰る?」

「うん、帰ろ」

 二人はまた明日会う約束をして、今日はそれぞれの家に帰ることにした。
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