異界のレゾナンス

近松 叡

文字の大きさ
上 下
15 / 45
始まりのプローロ

M14. ポーション

しおりを挟む
 爽志は足取りがおぼつかない状態だ。フルマラソンを走った後のようにフラフラする。口だけは何とか回ったので、ロディーナに質問をしてみた。

「あの、ロディーナさん。さっきクレアさんが音素がどうのって言ってましたけど、これって…」

「はい、音素の使い過ぎ…ではないかと思います。二つの道具が融合する時に、その材料としてソーシさんの音素が大量に消費されてしまったのではないでしょうか」

「音素の使い過ぎ…。なるほど…こうなっちゃうんですね。はは、身をもって知りました」

 爽志は力無く笑った。仮に自分が置かれている状況を理解したとしても、頼みの綱であったスマホが無くなってしまったことで家族や友人に助けを求めることも出来なくなってしまった。いよいよ途方に暮れてしまいそうだ。
 おまけにスマホと一緒になったモノといえば、呪いのネックレスかもしれないシロモノである。不安を覚えずにはいられなかった。

「ごめんなさい…。私があの時、祈りさえしなければ、ソーシさんがこんな目に遭うことは無かったのに…」

「いや!それとこれとは別ですよ!危ない目に遭えば誰でも祈りたくなりますって!
だから、気にしないでください!」

 爽志はロディーナの言葉を強く否定した。自分のことで誰かが気に病んでしまうのは嫌だった。

「ソーシさん…。ありがとうございます。
…じゃあ、まずは体を休めましょう。ジュゼィさんのところへ行きませんか?」

「そう…ですね。行きましょうか」

 空を見上げると徐々に日の光が弱くなってきているのがわかった。もうしばらくすると日没だろう。爽志はクタクタの体に鞭を打ち、ジュゼィの家へと向かった。ロディーナはそんな彼を気遣い、ゆっくりとした足取りで爽志の前を歩く。

 ランプロン道具店からジュゼィの家まではそれほど掛からない距離だった。二人は家に着くと、ドアの前に立った。ドアの上の方に呼び鈴がついていて、そこから紐が伸びている。紐を引っ張ったら鳴る仕組みらしい。ロディーナは紐を引っ張った。

―――チリン チリン―――

「ジュゼィさん。いらっしゃいますか?」

「おー、ロディちゃんかい?開いてるから入っといで」

 中から返答があった。二人は家の中へと入っていく。

「お邪魔します」

 中ではジュゼィが本を読みながら寛いでいた。

「早かったね。もう用事は済んだのかい?」

「はい、一応…」

「そうか、そりゃ良かった。…ん?ソーシくんはどうしたんだ?」

 明らかに元気のない爽志を心配するようにジュゼィが声を掛ける。

「はは…、実はですね―――」

 爽志は道具店で起こった出来事をジュゼィに話した。

「そんなことが…そりゃ大変だ!とりあえず、そこに掛けなさい」

 ジュゼィに促され、爽志は椅子に深々と腰掛ける。遠慮したいという気持ちはあったが、疲れからそれは頭の隅へと追いやられていた。

「今、ポーションを持ってくるから待ってなさい」

 その言葉に爽志は遠慮の気持ちを取り戻す。少しの間休憩させて貰えれば十分だと思えた。

「えっ、そんなことまでして貰うわけには…」

「何を言ってるんだ。ロディちゃんの恩人なんだから、遠慮せずに休んでなさい」

そう言うとジュゼィは奥の部屋へと消えていった。

「あっ…行っちゃった」

 少し大げさな気もしたが、今はその強引さに救われる気がした。

「きっとジュゼィさん嬉しいんですよ。…有難いことに私のことを孫みたいに思ってくれてて、そんな私を助けてくれたソーシさんに感謝してるんだと思います」

「そうなんですね…。なんか恐縮しちゃうな」

「そんな…!私も凄く感謝してるんです!ソーシさんがいなかったら命があったかどう
か…」

「人の役に立てたのなら良かったですよ」

 爽志は帰宅途中に助けた子供のことを思い出していた。あの後、どうなったのかもわからない。心残りではあった。

「ソーシさん?」

 そのまま少し考え込んでしまっていたようで、ロディーナが心配そうに顔を覗き込んできた。爽志は目の前に突然ロディーナの顔が現れビックリしてしまった。

「どわぁ?!」

「ひゃっ!」

 爽志の声に今度はロディーナが驚いて声をあげてしまう。

「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃって」

「い、いえ、ちょっとビックリしただけなので大丈夫です」

 その時、何ごとかと言わんばかりにジュゼィが戻ってきた。その手には液体の入ったガラス瓶が数本握られている。

「なんだなんだ?!どうしたんだ?!」

「な、なんでもないです。お騒がせしてすみません」

「それなら良いんだが…。
…あぁ、ほら、ポーションだ。飲むと良い。いくらかマシになるはずだ」

「ありがとうございます」

 爽志はジュゼィからポーションを受け取った。液体は緑色で、中にはキラキラとしたモノが漂っている。クレアの店でも見たが、改めて見ても不思議な液体だ。ついつい時間を忘れて眺めてしまう美しさがある。

「はい、ロディちゃんも」

「え、、私にもですか?」

「当たり前じゃないか。朝から調査に調律、それだけじゃなく音災の処理まで。一番休まなきゃならないのは君だろう?」

「そんな!大げさですよ…!大変なのはソーシさんですから。私はへっちゃらです!
あ、でも、せっかくいただいたのでポーションは大事に飲みますね!」

 ロディーナは笑っている。だが、強がっているのは明らかだ。それを見た爽志は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ロディーナは周りの人たちに心配を掛けまいと振る舞っているというのに自分はたかがスマホが無くなったくらいで意気消沈して如何にも不幸です、というざまを振りまいている。情けないことこの上ないではないか。

「ロディーナさん…すみません。…ありがとうございます」

 爽志は密かに決意した。周囲に不幸を振りまく存在であってはならない。せめて、身近な人たちだけでも笑顔に出来るようにならなくては、と。

「ソーシさん!もう良いですから!早くポーション飲んでください!」

「わ、わかりました…あの、これって飲む物なんですか?」

「あぁ、ポーションは飲むことで効果を発揮するんだよ」

「そうなんですね。じゃ、じゃあ…」

 見た目はメロンソーダにも見えなくはない。爽志は意を決してポーションを喉に流し込んだ。…意外にも美味しい。香り高く、苦味は無い。後味にふわっと甘みが広がり、爽やかだ。例えて言うなら紅茶に近い。しかし、特徴的なのは喉越しである。

―――ブゥゥウウウン―――

 液体が喉を通過する時に、体が振動し、全身が共鳴するような感覚になるのだ。まるで全身をくまなくマッサージされているような、不思議な飲み心地である。

「うわぁ!なんだこれ!」

「ははは、どうだね?初めてのポーションは」

「結構美味しいんですね!癖になっちゃうかも!」

「そうだろ?でも、昔はとても飲めたもんじゃなかったけど、今のポーションは飲みやすさも追及されてるからね。随分と飲みやすくなったもんだよ。
今じゃ勉強のお供にポーションって宣伝文句もあるくらいだ」

「へー、そうなんですね。良い時代だ…」

「はは、そういうことだね。ところで、気分はどうだい?」

 ジュゼィに言われて初めて気が付いた。爽志はいつの間にか疲労を感じなくなっていた。ポーションを飲む前とは雲泥の差だ。

「凄い!とっても楽になりました!ありがとうございます!」

「そいつは良かった!」

「ジュゼィさん、助かりました。それに、私の分までありがとうございます」

「良いんだ良いんだ。ところで、君たちこの村を発つのはいつにするか決めたのかい?」

「はい。出来るだけ早いうちに、ソーシさんが良ければ明日にでも出発したいと考えています」

 ロディーナは即答した。村のためにも早く報告をしなければという意思を持っているのだろう。

「俺はいつでも良いですよ!ここまで来たら早かろうが遅かろうが同じです!」

 爽志もそれに勢いよく乗っかる。

「そうか、もう行ってしまうのか。寂しくなるね…。よし!それじゃあ、約束通り今夜は君たちにたらふくご馳走してあげよう!私からの餞別だと思ってたくさん食べると良い」

「やったー!ありがとうございます!」

 ロディーナは今日見た中で一番テンションが上がっている。爽志もロディーナもホロウノートの騒ぎ以降、ご飯にありつけていないのですっかりお腹が空いていた。当然と言えば当然のテンションだ。

「ははは。では、行こうか」

 ジュゼィのはからいで場所を食堂へと移した。爽志とロディーナはプローロ村の田舎料理を心行くまで堪能した。
 今日のことや、これからのこと、積もる話もあり楽しく過ごしたのだが、会計の時にジュゼィの顔が少しだけ引きつっていたのはここだけの話だ。
しおりを挟む

処理中です...