異界のレゾナンス

近松 叡

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ペルティカの夜想曲

M25. 心構え

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 そのことがあってしばらくのこと。ロディーナの部屋のドアが勢い良くノックされた。

―――コンコンコン!―――

「ロディーナさん!起きてるかい?!」

 モークスの声だ。少し前に起きていたロディーナはその声を聴いて慌てて部屋のドアを開けた。ドアの前にはモークスが焦った様子で立っている。

「どうされましたか?」

「ついさっきリトルホロウの叫び声が聴こえたんだ!奴ら現れるかもしれねぇ!」

「わかりました!…ソーシさんは?」

「わからねぇ…。反応がねぇからまだ寝てるのかも…」

―――ギィィイイ―――

 爽志の部屋のドアがゆっくりと開いた。中から爽志が出てくる。

「俺は大丈夫です。…準備出来てますよ」

「ソーシさん…!大丈夫ですか?ちゃんと休めましたか?」

 ロディーナが心配するように言う。さっきの夢のこともあり、爽志は少しだけ不安な思いがありはしたが、力こぶを作って元気だとアピールをした。これから戦いがあるのだ。余計な心配を掛けるわけにはいかない。

「この通り!元気です!」

「良かった。では、行きましょう。そろそろリトルホロウが攻めてくるかもしれません
モークスさん、お願いします」

 二人はモークスに先導され、村の東側へと向かうことになった。

「モークスさん、リトルホロウは東から来るんですよね?村長さんが言ってた湖から来るんですか?」

「それが、わからねぇんだ。確かに村の東にはデカい湖がある。前にリトルホロウが目撃されたってんで村のもんで調査もした。だが、その時はリトルホロウどころか動物一匹いやしなかったんだ」

「何もいなかった…」

「変わったことと言えば湖の周りの木がいくつか折れてたくらいだが、奴らは現れなかった。全くどうなってんだか、チンプンカンプンよ」

「なるほど。周りの木が折れていた…」

「なんかわかりそうなのか?」

「…いえ、今は何とも。リトルホロウが現れる原因の様なモノが取り除かれれば、村の皆さんが脅かされることもないでしょうに」

「ギルドに依頼が出来なくなってからは更に余裕が無くなってな。原因を調べるなんてこと考える余裕すらなかったよ」

「…原因のことは後から考えるとして、今は村を守ることが先決ってことですね」

 爽志が重苦しくなりかけた空気を振り払うように言う。リトルホロウを撃退する。やることは決まっているのだ。

「そうだな。ソーシさんの言う通りだ。俺自身に戦う力なんて無いに等しいが、出来る限りサポートさせて貰うぜ!」

「モークスさん、ありがとうございます!」

「礼を言うのはこっちの方だぜ!ありがとうよ!」

 ロディーナはそんな二人の会話に緊張を解く。それから昨日今日という短い期間にも関わらず、徐々に逞しさを増していく爽志を頼もしく思い始めていた。昨日初めて符術を使ったばかりなのに、既に術を安定して放てるようになっている。今はまだ炎音・一色を使用出来るのみだが、このままいけばその他の属性の符術もマスターしていくかもしれない。クラルステラの常識では考えられない驚くほどの進歩だ。

「さて、お二人さん、そろそろ着くぜ。準備は良いか?」

「は、はい!大丈夫です!」

 ロディーナはモークスの声で現実に引き戻された。そうだ、今は戦いに集中しなければならない。リトルホロウが来る前に配置を確認する。

「ソーシさん、さっき話した通りです。私が前に出てリトルホロウの相手をします。もし私が打ち漏らした場合の対処をお願いします」

「わ、わかりました」

 ソーシの顔が緊張で強張っている。

「ソーシさん?」

「…」

 返事が無い。考え込んでしまい、ロディーナの声が耳に入っていないようだ。

「ソーシさん!」

「は?!はい?!」

「ソーシさん、落ち着いて。私たちの前には自警団もいます。そうそうこちらの方に流れてくることは無いでしょう。私たちはあくまでも保険です」

「そ、そうですよね…。すいません、俺昨日と同じようにって考えたら何だか緊張してきちゃって」

「気持ちはわかります。私も初めて音災に遭遇した時は怖くて動けませんでしたから…」

「えっ、ロディーナさんでもそうだったんですか?」

「はい、今でこそ何とか戦えていますが、最初は足がすくむばっかりで何も出来ませんでした。
今だって怖いものは怖いですけどね…」

「そっか…」
(怖いのは俺だけじゃないんだよな)

 爽志はチャクラムをギュッと握りしめ、恐れを振り払うように左右に首を振った。

「…ロディーナさん、ありがとう。…もう大丈夫です!」

「良かった。頼りにしてますからね!」

「えぇ?!俺はオマケくらいで考えといてくださいよ~!」

「う~ん、そうですねぇ…。善処します!」

「善処って…。ちょっと~!」

 二人が和やかな雰囲気を取り戻す。過度な緊張が良い結果をもたらさないことをロディーナは知っていた。適度な緊張とリラックス、それこそが最良の結果をもたらす。それが母に何度も叩き込まれた戦闘での心構えだった。

「ギャギャ!ギャギャギャー!!」

 その時、遠くで叫び声が聴こえた。自警団がいる方だ。ついに、リトルホロウがやってきた。自警団の男たちが気合いを入れる声も聴こえてくる。

「ソーシさん、来たみたいです。私たちも出来ることをしましょう!」

「はい!わかりました!」

「モークスさんは下がっていてください!もしリトルホロウがそちらの方へ行ったら無理をせずに隠れてくださいね!」

「わ、わかった!二人とも頼んだぜ!」

 モークスはそう言うと、村の入口から少し離れた建物へと入って行った。自警団がいる方からは金属がぶつかる音が聴こえ、男たちの怒号が飛び交い始めていた。
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