異界のレゾナンス

近松 叡

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インターバル・宿にて

M38. シュクシェ

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 爽志とロディーナを乗せた馬車は宿場町シュクシェに到着した。ペルティカとアルファベースのちょうど中間に位置するここは各地を行き来する者たちにとっては砂漠の中のオアシスにも似た有難い存在であった。今日はここに宿泊し、明日またアルファベースへと移動をする予定だ。
 
「お~!僕こういうところに来るの初めてだからワクワクします…!」
 
「ふふふ、そうですか?高級な宿に比べれば質素なものですが、これはこれでおもむきがあって良いですよね」

「それじゃあお客さん。今日のところは私も失礼させていただきますよ」

 御者とは一旦ここで別れ、明日の出発の際に再び合流する予定だ。安全な旅のためにもしっかりと休んで貰わねばならない。

「はい、ありがとうございます」

「明日はいつ頃の出発で?私はいつでも構わんですよ」
 
 爽志とロディーナは顔を見合わせる。そこは特に考えていなかった。急ぐ旅ではあるが、ここのところの連戦で満足に休めていないところもある。それに今日明日で終わる旅でもないだろう。いっそのことしっかりと休息を取ることにした。

「では、お昼をいただいてから出発ということでいかがでしょうか?」

 ロディーナがそう提案すると、御者は問題ないといった様子で返事をした。その頃になったら馬車に集合というざっくりとした予定を決め、御者とはそこで別れた。

 ここシュクシェは宿場町とは言うものの、付近がいくらかひらけているのみでこれといって大きな建物などはない。いくつかの質素な宿と酒場が軒を連ねるのみである。今は夕方の頃合いで空が暗くなりはじめており、その質素な建物から漏れ出る明かりのみが貴重な光源となり、宿場町を照らしている。
 二人はボロボロでもない、かと言って綺麗でもない、そこそこといった宿で部屋を取り、明日からの行程を確認するため爽志の部屋で話をすることになった。部屋に入ってしばらく休んでいると、ロディーナが訪ねてきた。
 
「お邪魔します…」
 
「はい、どうぞ」
 
「わぁ~、こんな感じなんですね」
 
 同じ宿なので部屋にそれほど大きな違いは無いはずだが、ロディーナは爽志の部屋を見渡しながらそう言った。まるで初めて見るもののように目をキラキラとさせている。
 
「部屋の形、違いました?」
 
「いえ、変わりませんね。強いて言えば間取りが逆なくらいです」
 
(…これボケか?ボケてんのか?)
 
「ア、アハハ」
 
「?…どうかしました?」
 
「い、いえ、なんでもありません」
(天然かよぉ!)
 
「ソーシさん、さっきの話ですけど」
 
「は、はい?さっきの話?」
 
「湖の女性の話です」
 
 爽志はロディーナの天然に気を取られていたので、思わぬ角度からの問いに面食らった。
 
「えっ、あの話信じてくれたんですか?」
 
「はい、去り際にエレメンタルモノクルで周囲を観察したんですが、ソーシさんがいた付近に音素の乱れがありました」
 
「ホントですか?!」
 
 馬車に戻るまでの短い間にしっかり観察しているとは大したものである。ロディーナのこういう一面は伊達にボーダーチューナーではないと思わせられた。
 
「はい。ソーシさんが符術を使ったのでなければ、一緒にいたという女性が何かしらの符術を使ったということかもしれません」
 
「お、俺は顔を洗ってただけですよ!」
 
 勿論、爽志は符術など使っていない。ロディーナの話が本当ならばあのクラネという女性の仕業だろうと考えられた。見た目通り、ますます怪しい人物である。
 
「その女性とは何を話していたんですか?」
 
「う~ん、話していたというか一方的に質問されたんです。名前とか、どこから来たのかとか…。あ、それと職業も」
 
「名前と、来た場所。職業まで…」
 
「まさか召喚されました、なんて言っても信じられない話だろうし、怪しい人だったので本当のことは言わなかったですけどね」
 
「そうでしたか…。」
 
「でも、ペルティカから来たのは知ってたみたいです。馬車にペルティカのマークが付いてるからわかったって」
 
「マーク…?…いいえ、馬車にその様なマークは付いていません…」
 
「…え?!じゃあ、なんで…」
 
 何だか嫌な感じがする。もし、あの女性の言葉が嘘であれば何故爽志がどこから来たのかを知っているというのか。爽志には皆目見当がつかなかった。
 
「…しばらくは外での会話に気を付けた方が良いかもしれません。探られて困る話ではありませんが、信じがたい話ですし、噂が独り歩きするのは良くありませんから」
 
「は、はい、わかりました。
…あの、そう言えば…もう一つ気になることが」
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